023
「ん……」
聞く者が聞けば艶っぽい声を上げながら、アリスは目を覚ます。
寝ぼけた顔で周囲を見回し……即座に気絶する前の状況を思い出すと、素早く周囲を見回す。
もしかしたら、自分は追っ手に捕まったのではないか。
そう思って焦ったのだが、手足が拘束されている訳ではなく、見張りもいない。何より……
「ここは、一体どこですの?」
周囲の様子を見ながら、アリスの口からそんな疑問の声が出る。
もしここが、牢屋であれば……もしくはどこかの部屋であれば、アリスが不思議に思うことはなかっただろう。
だが、アリスが今まで寝ていたのは、地べたの上に布を敷いたような場所だった。
慌てて周囲を見回せば、そこにあるのは岩肌と地面。
それこそ、洞窟かどこかとしか思えないような場所だった。
(少なくとも、あの下種共に捕まらなかっただけよしとしましょうか。けど、ここは一体……)
周囲の様子を確認するが、それで分かるのはやはりここが洞窟であるというだけ。
だが、そんな中で唯一外に繋がっていると思われる場所を見つける。
扉が嵌められている訳でもなく、ただ外に繋がっている穴とでも呼ぶべき場所。
ここがどこか分からない以上、そこか出て自分の現状を確認する必要があった。
それを知るために、部屋の外に出ようとしたアリスだったが……
「ん? ああ、気がついたのか」
不意にそんな声が聞こえ、アリスが出ようとした場所から一人の男が姿を現す。
右肩に小さな白蛇を乗せているのが、アリスに強い印象を与えた。
だが、そんな男の様子に目を奪われたのも一瞬。すぐに、アリスは男を警戒しながら口を開く。
「貴方は誰ですの? どうして私はここに?」
アリスのそんな、いかにもな言葉遣いにやはり目の前の女はいわゆる高貴な出だったがと納得したシンは、アリスの美貌に目を奪われつつも、口を開く。
「そうだな。端的に言えば、ここは山賊山脈にある山賊団のアジトだ」
「なっ!?」
山賊山脈にある、山賊団のアジト。
そう聞かされたアリスは、慌てて自分の身体を確かめる。
もしかして、意識を失っている間に何かをされた……具体的に言えば、純潔を穢されたのではないかと。
だが、幸いにして身体には特に何の違和感もなく、安堵する。
そんなアリスの様子を眺めていたシンだったが、やがてアリスが落ち着いたのを見ると、再び口を開く。
「お前が意識を失うまでのことは、どこまで覚えている?」
「どこまで……そう、私は追っ手から逃げているときに、馬車が……あの子たちは?」
「あの子たち? ……馬車にはお前以外には誰も乗っていなかったが?」
「違うわ。馬車を牽いていた馬たちよ。無事なの?」
その言葉で、アリスの言いたいことを察したシンは、黙って首を横に振る。
「いや、馬車が横転したときに死んでしまったよ。せっかくの馬だから、死体は肉にするためにこっちで貰ったけど、構わないよな?」
「……そう」
若干不満そうな様子だったが、それでも自分を助けたのだから……と、そうアリスは半ば無理矢理自分を納得させる。
「それで? お前は一体誰なのか聞いてもいいか? あの騎兵たちは、間違いなくお前を追ってきた。そうである以上、お前には狙われる理由があったはずだ」
右肩に乗っているハクを撫でながら尋ねるシンに、アリスは少し考えたあとで黄金の髪を掻き上げつつ、口を開く。
「私の名前は、アリス・クロネーラ・ミストラ。こう言えば、私が誰なのか分かるでしょう?」
アリスにしてみれば、名前にミストラと入っている時点で、絶対に自分が誰なのかは分かると思っていたのだが……シンは、そんなアリスを見ながら、首を傾げる。
「誰だ?」
シンの言葉に、アリス言葉に詰まる。
自信満々に自分が誰なのか分かるだろうと思っていただけに、肩すかしを食らった感じは余計に強い。
「私はこのミストラ王国の王女ですわ! 名前にミストラと入ってる時点で、気がつくべきではなくて!?」
不満一杯に叫ぶミストラの言葉で、シンはジャルンカから聞いた話を思い出す。
(そう言えば、ミストラ王国がどうとか言ってたような気がするな。なるほど)
ミストラ王国と聞いても、結局のところシンが思ったのはそれだけだった。
元々この国の……いや、この世界の生まれという訳でもないシンにとって、ミストラ王国だと言われても、そこまで気にすることはない。
アリスは、まさか自分の名前どころか王女という身分を明かしてもこのような対応を取られるとは思っていなかったのか、シンの態度に驚くだけだ。
「王女だというのはいいとして、だ。……アリスだったな、お前はこれからどうするつもりだ?」
「貴方、私の名前を呼ぶことを許したつもりはありませんわ」
「……残念だが、お前の地位がなんだろうと、今のお前は俺の戦利品でしかない。……ああ、自己紹介をしていなかったな。俺はシンだ。山賊山脈で山賊団を率いている」
正確には山賊山脈の主要な山賊団全てを率いてるというのが正しいのだが、まだ会ったばかりで、しかも一国の王女だというアリスにその辺の事情を教えるのは危険と判断し、そう誤魔化す。
「なっ!?」
だが、アリスにとっては、シンの口から出たその言葉だけで十分だった。
一瞬呆然とし、次の瞬間にはその気の強そうな美貌でシンを睨み付ける。
「この私を戦利品扱いするつもりですの!?」
「実際、その通りなんだから当然だろう。それに……これは、お前にとっても悪い話じゃないと思うぞ? 少なくとも、俺の戦利品でいる限り、他の山賊たちは手を出すような真似はしないし、追っ手だってそう簡単に山賊山脈に入ってきたりはしないはずだ」
シンの説明に一理あるということは、アリスも理解出来た。出来たのだが……それでも王女である自分が、山賊ごときの戦利品として扱われることに我慢出来るはずもない。
不満を隠そうともせず……だが、封印具を使われて以前のように魔法を自由に使える訳ではないアリスとしては、シンの言葉に真っ向から不満を漏らすことは出来なかった。
長い……それこそ十分近くも葛藤した末に、アリスはようやく口を開く。
「分かりましたわ。ひとまずは貴方……シンの戦利品であるというのを認めましょう。ですが! 私の貞操をどうにかしようとしたら、分かってますわね?」
そう言われ、普段であれば戦利品が何を言うと苛立ちを覚えてもおかしくはない話だったが……アリスの美貌と共に告げられたその言葉は、不思議とシンに不満を抱かせずに、シンは分かったと頷くのだった。




