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022

 空を舞った馬車が破壊され、シンたちのすぐ側に落ちた。

 その馬車に乗っていた女もまた、シンの側に落ちると、その衝撃で気絶している。

 そして、シンとその部下たちの前には十騎を超える騎兵の群れ。

 シンとその部下は、騎兵の群れと向かい合っていた。

 数秒の沈黙の(のち)、最初に口を開いたのは騎兵を率いていると思われる男。


「貴様ら、何を見ている。さっさと消えろ。下賤の者が何のつもりだ。本来なら、貴様らごときが私たちの前に姿を現すということ自体、無礼なことなのだぞ! この屑どもが! 身のほどを知れ!」


 そう叫んだ男の言葉に、それを他の騎兵たちの全員が見下す視線をシンたちに向ける。


「そうか」


 呟き、シンは手首の動きだけで流星錘を投擲した。

 そこにあるのは、何の躊躇いもない動作。

 相手があからさまに立場のある者……それこそ貴族らしい雰囲気を言動で臭わせているにもかかわらず、シンの行動に一切の躊躇はなかった。


「ぶびっ!」


 シンに向かって消えろと言った男は、まさかシンがいきなりこのような行動を取るとは思っていなかったのだろう。シンの投擲した流星錘をまともに顔面で受ける。

 それでも騎兵の男にとって不幸中の幸いだったのはシンの放った流星錘の一撃が手首の動きだけで放たれたものだったことだろう。

 これがもし、本来のように何度か頭の上で回して遠心力を使って放たれた一撃であれば、それこそ顔面が骨折……もしくは陥没していてもおかしくはない。


『なっ!?』


 そんなシンのいきなりの行動に驚いたのは、当然のように騎兵たちだ。

 特にシンの一撃で鼻の骨を折り、その衝撃で馬から落ちて地面に叩きつけられ、脳しんとうを起こして気絶した男の同類……貴族の子弟たちが受けた衝撃は大きい。

 高貴なる血を引いている自分たちに、平民のシンたちが攻撃をしてくるとは、と。

 こうしてアリスの追撃に回されているだけに、騎兵たちは腕利きの精鋭なのは間違いなかった。

 血筋だけで威張っているのではなく、きちんと実力も持っている者たちなのだ。

 だが、それでもこの国の王女たるアリスを追い詰め、ようやく捕らえることが出来たという喜びと、平民が自分たちに逆らい、危害を加えるとは全く思っていなかったことから、完全に不意を突かれたのだ。

 ……シンの放った流星錘の一撃がそれだけ鋭い一撃だった、というのもある。

 だが、そんな戸惑いもすぐに消え、騎兵たちは手に持つ槍の穂先をシンに向け……


「邪魔だ」


 問答無用で、騎兵の大半がバジリスクの力を使った魔眼により石化させられる。


『あ』


 今度声を揃えて驚いたのは、シンの部下たちだ。

 まさか、シンがこうもあっさりと騎兵を……それも、見るからに立場のある者たちを石化させるとは、思ってもいなかったのだろう。

 ましてや、部下たちの中にはシンの持つバジリスクの能力について、噂は聞いていたが、実際にその目で見たのは初めてという者も多かっただけに、驚きはより強い。


「あー……しまった。馬も石化させてしまったか」


 そんな部下たちの様子を全く気にした様子もなく、シンは騎兵を石化……つまり、馬とそれに乗っている兵士――貴族だから騎士かもしれないが――を諸共に石化させてしまったことを悔やむ。

 もっとも、バジリスクの持つ能力の中でも最大の能力でる石化の魔眼は、強力なだけにその効果範囲にいる相手を無差別に石化させる。

 もしかしたら、もっと魔眼の扱いに熟練すれば石化させる対象を選別出来るのかもしれないが、少なくとも今のシンにそのような真似は無理だった。


「この馬、間違いなく良い馬なんだろうけどな」


 貴族が乗っていた馬だけに、間違いなく高い能力を持っている馬なのは間違いなかった。

 馬というのは、この世界において非常に高価な代物であると同時に、足としても便利な動物だ。

 山賊山脈にやって来る商人……隣国に向かうためではなく、山賊団と取引をする商人だが、そのような商人にも高く売れる。

 もっとも、馬というのはそれなりに大食らいで水も飲むし、世話も必要だ。

 馬が多ければ多いほどに財産が増えるのだが、その財産を維持するにも手間や物資が必要となる。

 そして、今のシンが率いる山賊団――傘下にいる山賊ではなく、以前はヘルマンが率いており、シンが乗っ取った山賊団――には、商人や商隊を襲ったり、山賊団を配下にするときの戦いで奪ったりして、馬は二十頭近く存在していた。

 幸いにも娼婦や襲ったときに降伏した者たちが下働きといったことをやってくれているので、馬の世話をする者には困らない。

 だが、餌となる飼い葉や消費する水の量を考えると、全てとはいわないが、半分ほどは商人に売った方がいいのではないかというのが、シンの考えだった。


「ともあれ、馬が手に入らなかったのは残念だったな。……こっちの馬も死んでるし。石化されてないだけ、使い道はあるけど」


 空を舞った場所を牽いていた二頭の馬も、そのときの衝撃で首の骨を折って死んでいる。

 それでも石化された訳ではない以上、肉は食料になる。

 これが騎士や騎兵といった者であれば、自分のパートナーたる馬を食うとは何事だ! と怒るのかもしれないが、シンたちは山賊だ。

 馬として使えるのならまだしも、もう死んでしまった以上は食料にするのは当然だった。


「それと、馬車の中を調べろ。これだけ立派な馬車だし、貴族と思われる兵士が追ってきていた相手だ。馬車の中に何らかの貴重な品が入っていてもおかしくない」

『分かりました!』


 シンの言葉に、部下の山賊たちはすぐに馬車を調べ始めた。

 そんな山賊たちを傍目に、シンは少し離れた場所で気絶している女に向かう。

 何らかの貴重な品を馬車で運んでいたという可能性もあるが、より率直にこの馬車が狙われたのは、気絶している女が目的だという可能性もあった。


「これは……」


 そんな女の顔を見たシンは、それ以上に声が出なくなる。

 何故なら、その女はそれほどの美貌を持っていたからだ。

 日本にいたときは、それこそアイドル、モデル、女優といった者たちをTVや雑誌で見る機会もあったシンだったが、目の前で意識を失っている女は、土や草で汚れているにもかかわらず、不思議と怪我らしい怪我はしていない。

 豪奢な黄金の髪と、寝ていても分かる気が強そうな……それでいて、驚くほどに整った顔立ち。

 それは、シンが今まで見てきたどのような女よりも美しいように思えた。


「……今回の最大の収穫は、この女だな。あの連中が狙っていたのも、間違いなくこの女だろうし」


 着ている服はかなり汚れているが、それでも上質なものなのだとシンにも理解出来る。

 それだけに、石化した者たちが狙っていたのも、十中八九この女だと予想するのは難しい話ではない。


「シンのお頭、馬車の中はほとんど何もないっすね。……食料と水の入った水筒が若干ってところです」

「そうか」


 女を見つけていただけに、シンは部下からの報告を特に残念には思わない。

 それどころか、やはりこの女こそが狙われていた理由なのだろうと、より一層その思いを強くする。


「なら、そろそろ戻るぞ。ここにいつまでもいて、これ以上余計な面倒に巻き込まれるのはごめんだからな」


 そう告げ、シンは自分の住処たる山賊山脈に帰るのだった。

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