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021

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 馬車の上で、その人物は荒い息を吐く。

 城から逃げ出すときに敵対する貴族に使われた封印具と呼ばれる特殊なマジックアイテムにより、今の女は数日前……鮮血の王女と呼ばれていたときとは違い、魔法を行使するのに数倍、もしくはそれ以上の労力を必要としていた。

 何より、本来であれば水の魔法を得意としている女は、その強大な魔力と優れた技量によってどこでも……それこそ砂漠のような場所であっても、自由に水の魔法を使うことが出来た。

 その水の魔法により、敵対した多くの相手……兵士やモンスターの多くを血に沈めてきたことから、鮮血の王女という異名が付けられたのだ。

 今は、本来なら光り輝く黄金の髪……いわゆる、ウェーブヘアーと呼ばれているその髪型も元気がないように見えた。

 そんな髪を掻き上げながら、王女は後ろから追ってきている相手を睨み付ける。

 一国の王女が馬車の御者台に座って馬を急がせているという時点で、普通ではない。

 だが、それも当然だろう。内乱が続くこの国……周辺にいくつも存在する国の中でも比較的大きな国である、このミストラ王国の城が落ちたのだから。

 ……いや、本来なら魔法を完全に封じることが出来る特殊なマジックアイテムの封印具を使われた状態でも、大幅に能力が落ちているとはいえ魔法を使えるということが、アリスの魔法の才能がどれだけのものなのかを示しているのだが。

 アリスは現在自分がどこに向かっているのかを、正確には理解していなかった。

 すでに城から脱出して、十日ほど……ほとんど休む暇もなく馬車を走り続けさせ、城からやってくる追っ手を迎撃している。

 当然のように睡眠もほぼ最低限……いや、それ以下しか行っておらず、魔法を半ば封印されている状況で魔法を使い続けていることもあり、精神的にも体力的にも限界が近づいているのは、アリスも分かっていた。

 だが、それでも……恐らくはこの国で最後に残ったミストラ王家の血を引く者として、大人しく追っ手に捕縛されるなり、殺されるなりするというのは絶対に許容出来なかった。


(わたくし)はこのままでは終わりませんわ。絶対に……絶対に生き残って、父様や母様、姉様、兄様たちを殺した者たちに報いを受けさせてみせます!」


 アリスの口から弱気になりそうになる自分を叱咤するかのように、声が漏れる。

 そんなアリスを励ますかのように、馬車を牽く二匹の馬は揃ってブルルルル、と鳴き声を上げる。

 普通の馬であれば、ほぼ休みなく十日も走り続けるようなことは出来ない。

 それが出来るのは、この馬がただの馬ではなく、モンスターという存在だからだろう。

 ミストラ皇族の血を引く者だけに従うように契約されており、普通の馬とは違って特に訓練をせずとも戦場の中に突っ込んでいくだけの獰猛さを持ち、何よりもその額からは長く鋭い角が数本生えている。

 角が生えている馬のモンスターと言えば、ユニコーンを思い出す者も多いだろう。

 だが、このモンスターは角が生えていてもユニコーンではなく、グランドルと呼ばれている、全くの別種だ。

 モンスターとしてはそれなりに高ランクのモンスターで、それこそ兵士の数人程度であれば容易に蹂躙出来るだけの力を持つ。

 そんなモンスターだからこそ、十日もの間、ほとんど休まずに走り続けることが出来ていた。

 とはいえ、それでも生き物である以上は疲労しないということはなく、二匹ともがかなりの疲れを見せており、走る速度も明らかに落ちていた。


「ブルルルルル!」


 そんな中、馬車を引っ張っていた馬の一匹が不意に嘶きを漏らす。

 その嘶きを聞いたアリスは、疲労の溜まった顔で後ろを向く。

 すると、遠くに何騎もの騎兵の姿を確認出来た。

 それが具体的にどのような意味を持つのかというのは、それこそ疲れ切ったアリスの頭でも理解出来た。


「しつこいですわね。封印具の影響がなければ、いくらでも相手をしてもいいのですが」


 騎兵は間違いなく自分の追っ手だとそう判断し、馬車の荷台から残り少なくなった水筒を取り出す。

 モンスターの革を使って作られたその水筒は、本来なら見た目よりも遙かに多くの水を入れることが出来る代物だ。

 だが、これまで追撃してきた相手を迎撃するために、その中に入っている水はほぼ利用してしまっている。

 また、人が生きる上では当然のように水が必要で、アリスの飲料水としても消費されている。

 運が悪いことに、ここまで逃亡の途中で水を補給出来るような場所は少なく……結果として、水の残量がここまで減ってしまったのだ。

 とはいえ、水の残量が少ないからといって、ここで大人しく捕まったり、ましてや殺されたりといった真似は絶対にごめんだった。

 しかし、アリスの目的を叶えるためには、ここで抵抗するというのは絶対に必要だった。

 騎兵との距離が次第に近づいていき……アリスは残り少ない水を使って迎撃を開始する。


『水よ、水よ、水よ。三度の願いにより、我が意思に従いて敵を仕留める矢となり、敵を貫け……ウォーター・アロー!』


 水が細い矢となり、背後から追ってきた騎兵に向かって放たれる。

 だが、その矢は騎兵の持つ盾によって弾かれてしまう。

 本来のアリスの実力であれば、盾ごと騎兵を貫くといった真似も出来るのだが、封印具によって大幅に魔法を使う力を弱められ、使える水も少ないとなれば、この結果も当然だったのだろう。


(このまま逃げ切るのは……難しいですわね)


 魔法を使うことが出来ない以上、アリスにとって今の状況は逃げることしか出来ない。

 だが、たとえ馬が特別であっても、馬車を牽いている以上は当然のようにその本領は発揮出来ず……騎兵もそれを承知しているのか、馬車に並ぶと手に持っていた槍を無言で振るう。

 王女のアリスに降伏を勧めるでもなく、即座に殺そうとするのは、それだけアリスの存在が厄介であると理解しているからだろう。


「っ!?」


 振るわれた槍が馬……ではなく、馬車の車輪に突き出される。

 そうなれば、当然のように車輪の動きは強制的にロックされ……次の瞬間、馬車はそのままの速度で空を舞っていた。

 そして空を舞えば、当然のように地面に叩きつけられる。

 激しい衝撃を受けながら、それでも家族の仇を取るためにこのまま意識を失うことだけは避けようとしつつ……それでもこれまでの疲れから意識が失いそうになり、目が霞む中で、アリスは肩に白蛇を乗せた男の姿を確認し、そのまま意識が闇に沈むのだった。






 その日、シンは何人かの部下と共に山賊山脈の麓に降りてきていた。

 山賊山脈にいるほぼ全ての山賊団を支配下に置いた今、この山賊山脈はそのままシンの領地であると言っても間違いではない。

 ……モンスターやアンデッド、凶悪な動植物が存在する山賊山脈だが、何らかの資源になるような物、生活に役立つような何かがないかと、暇潰しも兼ねての行動だったのだが……


「商人じゃないな。取りあえず行ってみるか」

「分かりました」


 シンの言葉に、部下たちが頷いて視線の先で追いかけっこ……それも命懸けの追いかけっこをしてる者たちに向かって進み……やがて、ちょうど平地に到着したところで、騎兵が馬車の車輪に槍を突っ込み、馬車は空を舞ってシンの側に落下する。

 同時に、その馬車の御者席にいた女もまた、シンのすぐ側に落下し……そのまま意識を失うのだった。

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