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マルクス率いる山賊団を配下にしたシンは、まずは山賊山脈の山賊全てを自分の勢力下に置くべく行動を開始した。
現在の山賊山脈の中で五本の指に入る勢力を持つシンの山賊団と、十本の指に入るマルクスの山賊団。
その二つが手を組んだのだから、他の山賊団に抗う術はなかった。
いや、シンがやったように他の山賊団同士で手を組めば、まだ対抗出来た可能性はあったのだが、山賊団を率いている頭と呼ばれる者は、基本的に我が強い。
他の山賊団と手を組むにも、最初は良くても、少し時間が経てばお互いにいがみ合うようになる。
ましてや、山賊団の規模が大きくなればなるほどにその傾向は強く、それがシンたち以外の五本の指に入る山賊団ともなれば、それこそお互いを強く敵視している者も多かった。
結果として、シンとマルクスが率いる山賊団は、そのような者たちを各個撃破していくことに成功し……
「くそがぁっ!」
五十代とは思えないほどに筋骨隆々の男が、そう叫びながら持っていたハルバードを大きく振るう。
本来なら、木々が生えている山の中では使いにくい武器。
だが、男はそんな中でも全く気にした様子もなくハルバードを振り回していた。
しかし、シンはそんなハルバードの一撃を近くに生えていた木を盾に回避する。
男の振るったハルバードは、シンが盾にした木をへし折りながら、それでも勢いを衰えさせることもないままにシンを叩き切ろうとするが……勢いそのものは衰えずとも、木にぶつかったことによって速度が落ちたのは間違いのない事実だ。
結果として、シンはハルバードの一撃を回避しつつ……手の中にあった流星錘を素早く投擲する。
同時に、バジリスクの能力のうち蛇の王としての能力を使い、近くに集めておいた蛇に男を襲わせた。
シンが蛇を操る能力を持つというのは、すでに広く知られてる。
シンたちが戦った山賊たちの多くが蛇によって行動を阻害されているのだから、その能力が広まるのは当然だろう。
ましてや、シンの率いる山賊たちと戦って負けた山賊の中には、死なずに生き残ったのはいいものの、シンに従うのは嫌だとして、逃げ出した者も多い。
そうして逃げ出した山賊は、シンと戦った……その能力を直接体験したということもあって、他の山賊たちに迎え入れられ、そこからシンの能力は多少なりとも広がっていく。
もっとも、シンが山賊たちを逃がしたのは、半ば意図的なものがある。
たとえ自分の能力が知られても、山の中で戦う以上は蛇の全てをどうにかすることは出来ないだろうという判断からだったし、同時にバジリスクの能力の中で使っているのが、蛇を操る能力が主だ、というのも大きい。
もっとも、シンとしては別に狙ってそうしている訳ではない。
バジリスクの能力のうち、石化の視線は非常に強力だが、石化した相手を元に戻せる手段がないので、戦って部下にしようとしている相手に石化の視線を使うというのは可能な限り避けたいと思いがあった。
毒のブレスにかんしては、まだ純粋に使い慣れていないというのが大きい。
「ぬおっ! この程度!」
突然蛇に足下から襲われるというのは、何も知らない状況であれば、一瞬……場合によっては数秒近くそちらに意識を奪われることになり、それは戦いにおいて致命的なミスになりかねない。
だが、シンが蛇を操れるという情報をすでに知っているのであれば、その焦りを気にしないようにするのは可能だ。
もちろん突然のことである以上は完全に無視するような真似は出来ないだろうが、それでも影響を最小限にするのは難しい話ではない。
事実、シンと戦っていた山賊の男も、前もってその情報を知っていたおかげで、足首に突然蛇が巻き付いてきても、即座にシンに向かっての攻撃に切り替える。だが……
「ぐがっ!」
シンに向かって斧を振り下ろそうとしたその男は、次の瞬間には頭部に激しい衝撃を受け、意識を失って地面に倒れる。
そんな山賊の男を見ながら、シンは流星錘を回収する。
木を利用して相手の死角となる真横から流星錘を投擲したのだ。
……もし男が一瞬であっても足下の蛇に意識を奪われなければ、もしかしたらシンの放った流星錘に気がついたかもしれないが、それは今更の話だろう。
「敵の大将を、シンのお頭が討ち取ったぞ!」
シンが敵を倒した瞬間、そんな叫びが周囲から響く。
当然だろう。シンと気絶した男との戦いは、一騎打ちだったのだから。
山賊山脈に居を構える山賊団のうち、気絶している男の山賊団が最後の山賊団だった。
いや、正確にはまだ小さな山賊団ならそれなりの数が残っているのだろうが、ここまで大きくなったシンたちの山賊団に、そのような小さな山賊団では敵対することもできないだろう。
多くの山賊を傘下として従えたシンの山賊団は、最後まで抵抗を続けていたこの山賊団、山賊山脈では三本の指に入ると言われた、その山賊団に攻撃をしかけた。
五本の指に入ると言われたシンの山賊団と、十本の指に入ると言われたマルクスの山賊団。
その二つの山賊団が協力し、他にも大勢の山賊団も従えている状況であっては、この山賊団もまともに戦っても勝ち目がないというのは理解していたのだろう。
だからこそ、一騎打ちを選んできたのだ。
……シンの外見から、一騎打ちでなら勝ち目はある。いや、一騎打ちでしか勝ち目がないと、そう判断しての行動だったが、その結果はシンの勝利で終わった。
味方からは絶賛の声を、敵からは絶望の声を聞きながら、シンは皆に見えるようにと手を大きく上げる。
「この決闘、俺の勝ちだ! よって、決闘前の約定通り、この場にいる全ての山賊は俺の傘下に入る! これに文句がある者は、前に出ろ! 俺が相手をしてやる!」
そう叫ぶシンの言葉に、不満そうな顔をする者はいるが、それ以外では誰も出てくる者はいない。
この場にいるのは、所詮山賊とはいえ、中には元冒険者、元兵士、元騎士といった経歴の者も少なくない。
だが、それでも今までシンと戦っていた山賊が一番強いからこそ、お頭という地位にあったのだ。
そのお頭がシンに倒されてしまった以上、正面からシンに勝てる者はいない。
……いや、自分であれば勝てるかもしれないと思っている者は他にも何人もいたが、山賊ではあっても目立ちたくない、もしくはシンの持つ得体の知れない能力……バジリスクの能力を使われれば、勝ち目がないと考えている者もいる。
結局のところ、力で強引に屈服させるといった真似をした以上、不満を抱く者が多く現れるのは当然だったのだが。
とはいえ、山賊というのは非常に我の強い者の集まりだ。
であれば、話し合いで傘下に収める……などといった真似は、そう簡単に出来るはずがないのも、事実だった。
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』
決闘を見守っていた、シンの部下たちから大きな歓声が上がる。
ヘルマンを倒したときから一緒に行動している山賊もいれば、マルクスの部下としてシンの仲間になった山賊、もしくはそれ以後に併呑された山賊団の山賊といった具合に、歓声を上げている山賊の種類は様々だ。
だが、それでも自分たちが応援していたシンが決闘に勝ったというのは、山賊たちにとっては嬉しいのだろう。
普段であればシンに対して思うところがあるような者も、今は……今だけはシンの勝利に酔っていた。
とはいえ、それも全員ではない。
「くそっ! 誰もあのガキに勝てねえのか……いや、まだだ。今は無理でも、いずれはきっと誰かが……そして、俺様は自分の山賊団をまた取り戻してやる」
誰にも聞こえないように、ヘルマンは忌々しげには呟くのだった。




