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002

 嗅ぎ慣れた緑の香り。それでいながら、どこか信也が知っている緑の臭いとは違う、そんな奇妙な臭いに信也は目を開ける。

 まず目に入ってきたのは、緑生い茂る木の枝。

 一瞬だけ自分の視界に入ってきた光景に違和感を抱く。

 信也が知っている限り、今の季節は秋だったはずだ。

 少なくとも、視線の先にあるように緑が青々と生い茂っている光景はおかしい。

 また、その枝の葉を通して見える太陽の光も、秋の太陽とは思えないほどに柔らかな日差しだ。

 何より、秋ともなれば日中から空気は冷たいはずなのに、現在信也が感じている空気は暖かな温度を持っている。

 そんな空気を吸い込みながら、信也は片手をついて上半身を起こし……そこで、自分が異世界に来たということを思い出す。

 そう、習い事に行こうとして自転車で移動していた信也は、父親に借金を断られた男に金属バットで顔面をフルスイングされたのだ。

 ……そのような状況でありながらも即死とならなかったのは、信也を殴った男が無意識のうちに手加減をしてしまったのか……もしくは、単純に信也が自分で思ったよりも丈夫だったのか。

 元々父親の命令によって、信也は柔道や剣道、それ以外にもいくつかの格闘技を習っていた。

 結果として、もしそれが信也を即死させるようなことがなかったとしたら、一種の皮肉だろう。


「もっとも、おかげであの男から解放されたんだから、恨みどころか感謝しかないけどな」


 自分の人生全てを操ろうとした父親を、父親ではなくあの男呼ばわりして、信也はすぐに自分の異常に気がつく。

 何か異常があるのに、異常がない。そんな、意味不明の違和感。

 一瞬戸惑った信也だったが、それでもすぐにあの広大な……それこそ冗談でも何でもなく、地平線の彼方まで広がっていた空間のことを思い出す。

 そして、自分の側に置かれていたパソコン……正確には、その形をとった超常的な存在の何かを。

 そのパソコンを設置した超常的な存在そのものに会うことは出来なかったが、信也はそのパソコンの前にある椅子に座った瞬間パソコンが起動し、一種のナビゲートが起動した。

 とはいえ、それは無制限に力を与えてくれるというものではなく、あくまでも本人――この場合は信也――が持っていて、眠っている能力を覚醒させるといったシステムであり、例えば信也が世界最高の魔力を欲しいと願っても、その素質がない場合にはその能力を得ることは出来ない。

 また、そのパソコンの案内通りに能力を覚醒させた場合、地球という世界からは弾かれることになると前もって警告文があり、もし能力を覚醒させないのであればそのまま地球に戻ることも可能だと、そう画面に表示されていたが……信也は、迷うことなく能力の覚醒を選択した。

 父親の操り人形の如き存在となっていた地球に対して、信也は全く愛着を持っていなかったからだ。

 学校でも苛められはしないが、基本的に孤立しており、教師からも腫れ物のように扱われる。……それでも、学校にいる時間は父親の束縛から逃れられる唯一の時間ではあったのだが。

 ともあれ、そんな世界に対して未練など一切ない信也は、新しい世界で生きていくということを即座に決める。

 今度こそ誰にも縛られず、自分に正直に、自由に、そして思うがままに生きるという決意を込めて。

 ……もっとも、それで飛ばされる世界はどことも決められた訳ではなく、ランダムで決められるという話を聞き、若干不安に思ったのだが……


「この辺りを見る限り、環境が過酷な世界って訳じゃないのか。……ともあれ、能力の確認をしておくべきだな」


 信也が持っていた資質から覚醒した能力は、バジリスクの能力と、土系の魔法の能力。

 ただし、信也が本当の意味で素質を持っていたのはバジリスクの能力で、土系の魔法にかんしては一流に届くかどうかといった程度の能力しかない。

 もっとも、一流に届くかどうかという点で十分に強力なのだが。


(けど、俺の素質で土系の魔法? 別に農作業とかそういうことをしていた訳でもないのに?)


 そのことに若干の疑問を抱く信也だったが、土系の魔法とは裏腹にバジリスクの能力というのは自分でも驚くほどにすんなりと納得出来た。

 信也もそこまでゲームや神話に詳しい訳ではないが、能力を覚醒させる際にパソコンはバジリスクがどのような生物なのかをしっかりと信也に教えてくれたのだ。

 曰く、蛇の王。

 曰く、その視線は全てを石化させる。

 曰く、毒のブレスを吐く。

 曰く、曰く、曰く。

 それ以外にも色々と表示されていたが、大雑把に考えればこの三つがバジリスクの特徴だった。

 その中でも、特に信也を納得させたのは視線で相手を石化させるという項目。

 自分を金属バットで殴った男を睨んだとき、その男は間違いなく恐怖や絶望といった表情を浮かべていた。

 つまりそれは、自分の視線にそれだけの力があったということなのだろう、と。

 ……もちろん、視線を媒介に攻撃するような存在というのは、いくらでもいる。

 何故その中でバジリスクの能力を覚醒させたのかは、信也にも全く理解は出来なかったが。

 ただ、そういうものであると理解して使うことしか出来ない。


「ともあれ、能力を使ってみるか」


 ここがどのような世界なのかはまだ理解出来ない。

 いや、普通に暮らせるだけの場所であるというのは理解しているのだが、具体的にどのような場所なのか……そもそも、人が住んでいるのかどうかすら分からない。

 ランダムで転移した場所なのだから、そこが最悪の場所でもあってもおかしくはないのだ。

 それでも、信也にとっては父親のいる日本よりは居心地が良いのは間違いなかったが。

 ともあれ、何をするにしても自由に生きる、意に沿わないような束縛をされずに生きるためには、力というのは絶対的に必要なものだった。

 その点では、蛇の王とまで呼ばれるバジリスクの力は、絶対に信也にとって役に立つもののはずだ。

 

(出来れば、蛇じゃなくてドラゴンとかだったら、もっとよかったんだけどな)


 ゲームとかに詳しくない信也であっても、当然ドラゴンの存在は知っている。

 蛇の王よりもドラゴンの王の方が絶対的に強そうなのは理解出来た。


「もっとも、今更その辺を考えたところで意味はないか。まずは……」


 自分の中にある、覚醒させた力に意識を集中させた信也は、それを発動しながら近くにあった自分の背丈くらいの木を眺め……そのバジリスクの能力を発動させる。

 すると、その能力は何の問題もなく……それどころか、こんなに簡単に発動してもいいのかと信也が思うほどあっさりと発動し、視線の先にあった木は視線の向けられた場所を中心点として急速に石化していく。


「おお」


 そんな、これ以上ないファンタジーの光景に、信也の口から驚愕の声が出る。

 自分の能力でそのようなことが出来ると分かってはいた。分かってはいたが……やはり、自分の目で直接その結果を見れば、驚くのは当然だろう。

 その後も何本かの木に石化の視線を使って石化しているのを確認し、同時に雀くらいの大きさの鳥に向けて石化の力を使い、生き物にも石化の視線が有効なことを確認する。

 ……植物はともかく、鳥という生き物に対しても平気で石化の視線を使って命を奪うといったことをしても、全く動揺しなかったのだが……今の時点で、信也がそのことに対して疑問を抱くことはなかった。 

 バジリスクの能力という、これでもかと言わんばかりのファンタジーに驚いていたというのもあるが、何より大きいのは、これが信也にとって生まれて初めて……いや、物心ついてから初めての自由を満喫していたからだろう。

 そうして石化の能力を一通り確認し、それ以外の能力は一旦置いておき……次に、魔法について試そうとする。

 一流に届くかどうかといった程度の土系魔法の才能ではあったが、それでもこの世界で生き抜くためには使いこなすべき能力だった。

 そうして、意識を集中し……自分の中に魔力と呼ばれる流れがあるのを感じながら、ふと疑問を抱く。


「あれ? 土の魔法ってどうやって使えばいいんだ?」


 土の魔法における才能は得ても、具体的にその魔法をどうやって使えばいいのか……それを信也は理解出来なかった。

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