019
山賊山脈の中でも十本の指に入るだけの規模を持つ山賊団の頭にして、個人としての能力も非常に高く、ヘルマンを相手に以前戦って勝ったことがあるという人物。
そのような人物が、何故かシンと出会ったその場で、自分たちはシンに従うと言い出したのだ。
それをその場で信じろと言われて、すぐに信じられるはずもない。
ともあれ……ということで、シンはマルクスと腹を割って話すべく自分の部屋に案内する。
「しゃ? しゃあああっ!」
部屋の中に入ってきたシンの姿を見て嬉しそうに鳴き声を上げるハクだったが、その後ろに見覚えのない人物がいると知ると、威嚇の声を発する。
「ほう。白蛇とは珍しい。お主もほとほと奇妙な男よな」
三十代ほどの年齢にそぐわぬ、それこそ老人のような喋り方をするマルクスに、シンはそうか? と不思議そうな視線を向ける。
もっとも、日本からこのような世界にやって来たのだからそれで奇妙ではないとは到底言えなかったが。
「ハク、落ち着け。こいつは敵じゃない。少なくとも今のところはな」
今のところ、という場所に力を込めて呟かれたその言葉に、マルクスは笑みを浮かべる。
……それも、苦笑といった笑みをではなく、面白そうな笑みを。
「しゃあ……」
ハクはシンの言葉に納得したのか、マルクスに向けて威嚇の声を発するのを一旦止める。
そんなハクをシンは撫で、滑らかな……犬や猫を撫でるのとは、また違った滑らかな感触を楽しみつつ、マルクスに声をかけた。
「取りあえず適当に座ってくれ」
そう言いながら、シンもまたその辺りに適当に座る。
ここはシンの部屋ということもあり、一応椅子も用意されている。
だが、それはあくまでも普通の体格の者が座るように設計されている椅子で、筋骨隆々という表現が相応しいマルクスが座れば、恐らく壊れてしまうのは目に見えていた。
「うむ、感謝する」
「別に座らせただけで、感謝される覚えはないんだけどな。……ともあれ、だ。ここでなら俺とマルクス、それとハク以外には誰もいない。表向きの理由やら何やらはともかく、腹を割って話すことが出来る。……それで改めて聞くけど、何だって今回のような真似を?」
「今回のような真似というのは、儂が変装して一人でここに来たことか?」
「それもあるし、何より俺の下につきたいと言ったことだ。お前の率いる山賊団は、それこそ山賊山脈の中では十本の指に入るくらいの大きさを持ってるんだろう? そんなお前が、何故わざわざ俺の下に付こうとする?」
誤魔化しは許さない。
そんな視線を向けて尋ねるシンの言葉に、マルクスは山賊らしい男臭い顔を真面目な表情にしながら、口を開く。
「そうだな、言ってみればお前を見た瞬間に何かを感じたから、というのが正解だな」
「……何か?」
「うむ。儂はこう見えてそれなりに長い間この山賊山脈で山賊をやっている。それだけに、勘というのはかなり鋭いつもりだ。そんな儂の勘が言うのよ。お前に……シンについていけば、今までは見たこともない、それこそ山賊をしているだけでは見ることが出来ない景色を見られると」
そう告げるマルクスの顔に、嘘があるようには思えない。
本当に自分の見たことのない景色を見てみたいと、そう思っているかのような態度だった。
「しゃー」
何故かハクは、そんなマルクスに対して先程までの警戒が嘘だったかのように、気を許したような鳴き声を上げていた。
そんなハクの様子を見たシンは、恐らくマルクスが言ってるのは本当なのだろうと考える。
もちろん、ハクが気を許したからといって、完全に気を許した訳ではなかったのだが……それでも、ハクが相手を見抜く能力に高いものがあるというのは、ハクのヘルマンの態度を見れば明らかだった。
……もっとも、ヘルマンの場合はハクを敵意に満ちた視線で睨み付けることも多かったので、見抜く云々以前の話だったのかもしれないが。
「山賊だと見られない景色、か。それはたとえば……山賊山脈にいる全ての山賊を俺が支配するとかか?」
「そんなもんじゃ、ない」
シンの言葉を、マルクスはあっさりと否定する。
だが、それはマルクスにしてみれば当然だった。
現時点でも、シンの率いる山賊団は山賊山脈の中で五本の指に入るだけの規模を持っているのだ。
そこに十本の指に入るマルクスの山賊団が合流する以上、山賊山脈の山賊団を統一するというのは、それこそ難しい話ではない。
そんな状況で山賊山脈の山賊全てを従えるのは、とてもではないが見たことのない景色とはマルクスには思えなかった。
実際には、今まで山賊山脈の山賊全てを従えた存在はいないのだから、シンの言ってることはある意味で正しいのだが。
それでもマルクスにしてみれば、もっと別の……想像もしたことのないような景色を見せてくれるだろうというのが、その予想だった。
「もっと大きな……普通なら見られないような景色を儂に見せてくれ。そのためであれば、儂はシンに全面的に協力しよう」
正直なところ、シンとしてはそのように言われてもピンとくるようなところはない。
だが、マルクスの言葉には不思議な……そう、どこか不思議な力のようなものがあった。
また、実際にシンが覚醒させたバジリスクの能力は使いどころが若干難しいが、破格の能力を持っているのも事実だ。
もちろん、バジリスクの能力は無敵という訳ではない。
戦闘を本職としている者や魔法使い、学者といったような者であれば、何らかの手段でバジリスクの能力を無効化するという可能性も決して否定出来ない。
「俺の能力だけを当てにしてそんなことを言ってるのなら……」
「違う。いや、全く違うとは言わんが、儂が見込んだのはお主の力ではなく、その力も含めたお主の存在そのものだ」
「……そうか」
素っ気なく告げたシンだったが、その言葉が嬉しくなかったのかと言われれば、当然のように嬉しい。
自分の能力だけではなく、自分そのものを認めて貰ったと……そのように思えるのだから。
「けど、見たことのない景色か。……具体的にどういう景色なんだ? まさか、こことは違う場所で絶景を見せればいいってことじゃないんだよな?」
マルクスの言っている見たことのない知識というのは、あくまでも比喩にすぎない。
シンもそれは分かっているが、一応といった具合で座っている自分の膝の上に乗ってきたハクを撫でながら尋ねる。
「しゃー?」
撫でられたのが嬉しかったのか、ハクは舌を出しながら上機嫌に鳴き声を上げる。
「どのような景色と、儂から言うことは出来ん。儂が説明出来ないからこそ、見たことのない景色なのだからな。だが……それでも、この山賊山脈の山賊たちを束ねるようなことだけではないのは、間違いない」
そう告げるマルクスの言葉に、シンはどうするべきかと悩む。
見たことのない景色を見たい。
それは別にいいのだが、それが具体的にどのようなものなのかが分からない以上、必ずしもそれを見せるといったことを約束出来る訳もなかった。
「取りあえず、マルクスの希望は分かった。分かったが……だからといって俺は、はいそうですかとは言えない。ただ、マルクスが俺と一緒に行動して、その結果としてマルクスが見たことのない知識を見ることが出来るかもしれない、とだけは言っておく」
ある意味で無難な、玉虫色と呼ぶべき言葉ではあったが、マルクスはそんなシンの言葉にそれで十分だと、満足そうに頷き……こうして、マルクスとその山賊団はシンたちの傘下に入ることになるのだった。




