018
しゃー、という舌っ足らずな声でなく白蛇は、何故か……本当に何故かは本人にも分からなかったが、シンに懐いた。
それこそ、シンが自分の母親……もしくは父親だと思っているのではないかと思うほどに。
(刷り込みって、鳥の習性だったよな? 少なくとも、蛇に刷り込みがあるなんて話は聞いたことがないけど)
そんな風に思うシンだったが、白蛇が自分に懐いてくるのは愛らしいので、すぐにそんなことを考えるようなことはなくなった。
恐らくバジリスクの能力が関係しているのだろう。
そう自分を納得させたのも大きい。
実際に山賊山脈にいる蛇は、全てシンの命令を聞く。
バジリスクの蛇の王としての能力なのだが、白蛇もそんなバジリスクの能力によってシンに好意を抱いているのは確実だった。
ともあれ、蛇というだけで嫌う者も多いのだが、シンに懐いた白蛇は山賊団の面々にも受け入れられることになる。
特に下働きをしている娼婦たちにとっては、まさにマスコット的な扱いがされている。
とはいえ、シンもその気持ちが分からないでもない。
蛇らしい蛇ではなく、円らな瞳からして、どこかデフォルメされた蛇のような印象を相手に与えるのだから。
当然ながら、それだけ人気になればその白蛇の子供に名前を付けるという話になる。
「ハク、これでも食べるか?」
「しゃー?」
シンの言葉に、ハクと呼ばれた白蛇は鳴き声を上げながら近づいていく。
その大きさは、生まれたときと比べると二倍くらい……全長二十センチほどにまで成長していた。
白蛇だからシロ。それではあまりに安直すぎると娼婦たちに言われたので、ハク。
ハクというのは白いという意味があると告げたシンに、安直ではあるという意見も出たのだが、白蛇本人――本蛇と言うべきか――が、ハクという名前を気に入ってしまった。
シンの口から出たのが自分の名前だと知り、嬉しそうにしゃーしゃーと鳴き、器用に踊ってすら見せた。
そんな白蛇……いや、ハクの様子を見れば、安直だという意見を持っていた娼婦たちもそれ以上は何も言えなくなる。
そんな訳で、ハクはあっという間に山賊団にて自分の居場所を作ってしまった。
もちろん、山賊の中にはどうしても蛇が苦手な者や、シンのペットということで、ハクの存在そのものが気に入らないという者も多かったが。
特にヘルマンは、何度か洞窟の中でじっとハクを睨み付けているところを何人かに見られており、娼婦たちからはヘルマンがハクに妙な真似をしないかといった風に半ば監視すらされていた。
「シンの頭、俺っちたちに従いたいって山賊団から、使いの奴が来てますけど、どうするっすか?」
ハクと一緒に遊んでいたシンは、ジャルンカのそんな言葉で我に返る。
ハクの卵を手に入れた山賊団を襲い、それから二週間ほど。
その間にシンたちに襲われ、もしくはシンたちを襲って逆に倒された山賊団の数は十を超える。
当然のようにその山賊団の全員が大人しくシンたちの傘下に入った訳ではない。
戦闘の途中で勝ち目がないと判断して逃げ出した者もいるし、当然ながら絶対にシンには従いたくないと言って死ぬまで戦い続けた者もいる。
だが、山賊山脈にいるほとんどの山賊は、前者のように逃げるのはともかく、最後まで戦って死ぬといった覚悟を決めた者は多くない。
結果として、シンが率いる山賊団はその勢力を大きく広げ、それこそ今回のように攻められるよりは……と、自分から降伏の使者を送ってくる者もいる。
シンたちの山賊団は、間違いなく現在の山賊山脈において五本の指に数えられるだけの規模にまで膨れ上がっていた。
もっとも、それは逆に言えば、現在のシンたちと同等の勢力を持つ山賊団が、最低でも四つはあるということになるのだが。
「そうだな。せっかくこっちに降伏するって言ってきたんだ。なら、直接会ってみるか」
シンの言葉にジャルンカは頷き、シンはハクを連れて部屋を出るのだった。
謁見室……というのは大袈裟だが、大広間とでも言うべき場所。
洞窟の中で最も広いその場所は、シンが部下たちに指示を出したり、勝利の宴会をやったりといったことをするにはちょうど良い場所だった。
そこにやってきたシンは、自分を待っていた相手に視線を向け、若干の疑問を抱く。
(本当に傘下に入りに……言ってみれば、降伏しにきたのか?)
男を見たシンに、一つの疑惑が生まれる。
男の自分を見る目が、自分を推し量っているかのような……そんな目であったためだ。
シンたちに従いたいと言ってきた以上、言ってみればそれはシンに慈悲を請う立場と言ってもいい。
だが、シンの視線の先にいる男は、とてもではないがそのような相手には見えない。
それどころか、シンが率いる山賊たちの中でも、ちょっと見たことがないような強い迫力とでも言うべきものを持っていた。
「お前、何者だ? 本当に俺の傘下に入りにきたのか?」
男と向かい合った瞬間、そう告げるシン。
大広間に集まっていた山賊たちは、シンの口からいきなり出たその言葉に若干驚くも……多くの山賊たちが、男に向ける視線を厳しくする。
山賊たちにしてみれば、自分たちの生活を楽にし、娼婦を好きなだけ抱かせてくれ、食料に困ったりもせず、ヘルマンに意味もなく殴られたりしない。
そのような環境をもたらし、その上で戦えば連戦連勝といったシンは、半ば英雄に等しい。
「……ふっ」
シンの言葉に、男はそう鼻を鳴らす。
もう演技をするのは面倒だと言わんばかりの態度をしながら、ざんばらに伸びた長い髪に手を伸ばし……そのまま掻くのかと思いきや、そのまま髪をとる。
そんな男の態度を見て、シンは男がかつらを被っていたのだと知る。
かつらをとり、現れたその姿は、先程までの不潔そうな山賊の男ではない。
精悍、と呼ぶに相応しい程にその男から受ける印象は一変していた。
「ばっ!」
そんな男を見て、驚いたように声を上げたのはシン……ではなく、ヘルマン。
シン以外の相手であれば、それが誰であろうと見下しているかのような態度をとっているヘルマンが、その男を……自分より年下の、三十代ほどの男を見て、驚きを露わにしていた。
ヘルマンの様子は、明らかに目の前の男が誰なのかを知っているものだというのは、シンにも理解出来る。
だが、何故そこまでヘルマンが驚いているのか。
その理由が、シンには分からなかった。
「ヘルマン、この男が誰だか知ってるのか?」
「あ、ああ。……マルクス。豪腕のマルクスだ」
その言葉に、シンは聞き覚えがあった。
豪腕のマルクスと言えば、腕の立つ山賊として有名な人物だ。
山賊山脈で五本の指に数えられるだけの規模になったシンの山賊団だったが、その指の数を十本にまで広げれば、そこには間違いなくマルクスが入ってくると言われるだけの勢力を持つマルクス山賊団。
そう、その名前を聞けば分かる通り、マルクス山賊団というのはマルクスが……目の前にいる人物が率いている山賊団だ。
そして、シンは知らなかったが、以前ヘルマンが戦いを挑んで負け、見逃された相手でもある。
「マルクス山賊団の頭領が、何だってこんな真似をして自分が使者になるようなことを?」
「……噂のシンというのを自分の目で直接見てみたかっただけだ。……実際、こうして見て良かったと思ってるしな」
「良かった?」
「ああ。……儂の山賊団はお前の下につく」
十本の指に入る山賊団の頭領は、シンに対してそう告げるのだった。




