016
襲ってきた山賊たちを倒し、生き残っている者は降伏させた。
それはいいのだが……このまま、いつまでも他の山賊たちに襲われ続けるってのも面白くないと感じたシンは、後片付け――死体の処理等――を終えて拠点の洞窟に戻ってくると、自分の部屋でこれからどうするべきかを考える。
もっとも、部屋という表現ではあるが実際には洞窟にいくつもある穴の一つで、出入り口を布で覆っているだけだ。
そのため、洞窟の中の声が色々と聞こえてくる。
中には先程の戦闘で昂ぶった気持ちを沈めるために、娼婦を抱いている者もいるのだろう。嬌声も聞こえてくる。
そんな声を聞きながら考えていたシンは、やがて小さく頷いてから口を開く。
「おい、誰かいるか?」
「へい、なんでしょう?」
シンの言葉にそう言いながら姿を現したのは、少し前に行われた襲撃でシンたちに降伏した商人の一人だ。
正確には商人の見習いで、年齢はシンよりも少し下だろう。
「ジャルンカを呼んでくれ。これからのことで相談があるってな」
「へい」
シンの言葉に、男はすぐに去っていく。
その背中を見送りつつ、シンはもう少し人材が欲しいと、そう思う。
山賊団の中で、ヘルマンはシンに対して隔意を抱いているのは明らかで、到底これからの山賊団についての相談といった真似は出来ない。
サンディは戦いに対して強い忌避感を抱いており、偵察を任せるには十分な能力を持っているが、山賊団についての相談をするには頼りない。……まだ十二歳、シンの認識で言えば小学校六年生なのだから、ある意味でそれは当然の結果だったが。
そんな訳で、山賊団について色々と相談する相手として一番適任なのはジャルンカということになる。
……そのジャルンカも、そこまで色々なことに詳しい訳ではない。ないのだが、それでもヘルマンをあっさりと降伏させたシンの強さを尊敬しており、裏切られるという心配はいらなかった。
裏切りというのを心配しなくてもいいのであれば、冒険者に相談してもいいのだが。
「シンのお頭、呼んでたって聞いたんですけど、入っていいですか?」
「ああ、構わない。入ってくれ」
シンの許可を得て、ジャルンカは部屋に入ってくる。
もっとも、布を扉代わりにしているだけなのだが。
「それで、要件はなんでしょう? 俺っちに出来ることなら何でもするっすけど」
「ちょっと意見を聞きたくてな。取りあえず座って聞いてくれ」
シンの言葉に、ジャルンカはは大人しく地面に座る。
一応布を敷いてあるので、直接地面に座るよりは痛くないはずだった。
ジャルンカの部屋にも、当然のように同じように布を敷いてすごしやすくはなっているのだろうが、それでも敷かれている布はシンの部屋の物の方が上質で、それに座ったジャルンカは若干そのことを羨ましく思う。
「それで、お前を呼んだ理由だがな。……この山賊山脈にいる山賊って、具体的にどれくらいの数になる?」
「へ? 山賊の数っすか? それは……ちょっと分からないっす。それこそ、その辺りを詳しく知ってる人は誰もいないんじゃないんすかね?」
「……ジャルンカでも知らないのか」
山賊団の中で一番山賊山脈の事情に詳しいだろう人物が、シンの知っている限りではジャルンカだった。
また、自分を尊敬していることから、嘘の情報を言ったりして騙そうとしてはいないだろうという思いもあったのだが……
「いや、シンのお頭。俺っちは別に情報通って訳じゃないっすかからね? というか、それこそ山賊山脈の山賊は、頻繁に結成されたり壊滅したりしてるんで、恐らく本当の意味でその辺りを全部知ってる人はいないっすよ」
「あー……そうなのか。いや、考えてみれば山賊は好き勝手に集まってるんだし、その辺りを全部把握してる訳がないか」
「そうっすね。……他の山賊団なら、ある程度付き合いのある山賊団とかいるんすけど……俺っちたちは嫌われてますしね」
少しだけ申し訳なさそうに告げたジャルンカだったが、嫌われることになった最大の理由は以前の頭であったヘルマンである以上、ジャルンカを責めても意味はない。
「気にするな。それはヘルマンのせいであって、ジャルンカのせいじゃない。……にしても、どうしたもんだろうな。最初から当てが外れた形だ」
「当て? そう言えば、山賊団について聞きたいって、何でまたそんなことを知りたくなったんすか?」
シンの言葉に疑問を抱いて尋ねるジャルンカ。
それに対し、シンは笑みを……獰猛なと評するに相応しい笑みを浮かべつつ、口を開く。
「ここ何日か、他の山賊団に何度となく襲撃されてるだろ?」
「……そうっすね」
それは、ジャルンカにとっても懸念すべきことだったのだろう。シンの言葉に、若干憂鬱そうにしながら答える。
そんなジャルンカの様子を眺めつつ、シンは言葉を続けた。……ジャルンカにとって、完全に予想外な言葉を。
「だから、いっそこっちから山賊団を襲撃していって、この山賊山脈にいる山賊を全部支配下に置いてみたらどうかと思ってな」
「……は?」
ジャルンカの口から出たのは、それこそ間の抜けた声としか言いようのない声だった。
まさか、シンの口からそのような言葉が出るとは、全く思っていなかったのだろう。
だが、少し考えれば納得も出来る。
シンはヘルマンが率いていたこの山賊団を乗っ取ったのだから、それを思えばこうした意見が出てきてもおかしくはないのだから。
ただ……だからといって、それをジャルンカが認めることが出来るのかと言われれば、出来るだけ認めたくないというのは正直な気持ちだった。
「その、シンの頭。一応聞いておくっすけど、本気なんすよね?」
「ああ。いつまでもこうして攻められっぱなしってのは、正直面白くないだろ? なら、こっちから攻めて向こうにそんな余裕をなくした方がいい」
「いや、けど……そのっすね。俺っちたちが他の山賊たちを攻めているときに、それとは別の山賊がここを襲ったらどうするすか?」
「その辺は一応考えている。別に全員で他の山賊たちを攻めなきゃいけないって訳でもないしな。攻めるのは……そうだな、半分……いや、七割くらいの戦力か? それに、下働きをしてる連中も自分たちの居場所を守るためには必死になって戦うだろうしな」
それは、間違いのない事実だった。
シンの率いるこの山賊団でこそ、皆がある程度自由にしていられるし、理不尽な暴力もない……とまでは言わないが、かなり少ないのは間違いない。
もし他の山賊団に捕らわれたりした場合、間違いなく今よりも酷い暮らしになる。
であれば、やはりそれを防ぐためにこのアジトを守るために必死になって頑張るはずだった。
「なるほど、そうかもしれないっすね。……分かりました。正直、俺っちだけでは自信がありませんが、シンの兄貴がいるのなら何とかなると思うっす。取りあえず、俺っちの知ってるだけの情報を教えるっす。いきなり全部の山賊団に……ってのはちょっと厳しいっすし」
ジャルンカの言葉に、シンは少し考えるような仕草をしたものの、やがて頷きを返す。
「分かった。なら、そうするか。一体どういう相手がいる?」
「そうっすね。用心深い……いや、臆病な奴がここから少し離れた場所にいるっすよ。前のお頭……ヘルマンさんがいるときは、全くこっちに手を出してこなかったっす」
「……決まりだな。なら、最初はそこから攻めるとしよう」
シンは獰猛な笑みを浮かべながら、そう告げるのだった。




