015
「シンのお頭! また他の山賊が攻めて来たっす!」
「またか」
ジャルンカの言葉に、シンは苛立ち交じりの言葉を発する。
最初にシンたちの縄張に侵入して商隊を襲っていた山賊たちとの三つ巴の戦いから、五日ほど。
あの山賊を始めとして、これで山賊たちがシンたちの縄張りに侵入してきたのは四度目だ。
ほぼ、一日に一度くらいの割合で山賊が襲ってきている。
……そう、最初の山賊たちのように商隊や商人、もしくは旅人を襲うのではなく、純粋にシンたちを襲いにきているのだ。
その理由は、当然のようにヘルマン。
良くも悪くも、ヘルマンはその強さで周辺の山賊たちに名前を知られていた。
だが、そのヘルマンがシンのような子供に倒されたと知り、ならばこれを良い機会だとして攻めてくる山賊たちが多いのだ。
(普通に考えれば、ヘルマンを倒した俺に勝てる訳がないだろうに)
そう思いつつ、ここ五日ほどの実戦でシンの戦闘技技術……特に流星錘の扱いが急激に上昇しているのは間違いのない事実だった。
やはり、数日の練習よりも一度の実戦といったところなのだろう。
「行くぞ。……俺たちの支配下に着きたいのなら、そうさせてやろう」
これまでの五日で襲ってきた山賊の中でも、戦いで生き残った山賊はシンたちに降伏して、その山賊団の縄張りも奪い結果的にはシンが率いる山賊団は急激に大きくなっていた。
当然ながら、今までの人数でその縄張りを全て治められるはずもなく、現在は配下にした山賊たちには上納金を納めさせるということで、半ば自由にさせている。
本来ならしっかりと山賊たちを支配するようなことが出来れば良かったのだが、山賊の中にはそのようなことは全く出来ないという者も多いし、何よりも一人や二人目付として送ったところで、それこそ下手をすれば殺されて終わりだろう。
……シンの能力を知っているのであれば、普通ならそんな真似はしないのだが、そこはあくまでも山賊。
どうしても短絡的に、シンがいなければ大丈夫だろうと判断する者もいるのは間違いなく……実際、それでシンの下にそのようなことをした山賊の首が送られてきたことも二度あった。
「お頭、俺も」
外に向かっているシンの近くに、山賊の一人が姿を現して隣に並ぶ。
「分かった。それとサンディ、いるか?」
「は、はい。お頭、僕はここにいます!」
シンの言葉に、サンディはどこからともなく現れる。
一瞬忍者か? と思わないでもないシンだったが、今はそんなことよりも考えるべきことがある以上、そちらを優先する必要があった。
「取りあえず、偵察に出てくれ。向こうの戦力を把握したい。もういくつもの山賊団が俺たちに潰され、吸収されているのは向こうも理解しているはずだ。にもかかわらず、またこうして襲ってくるというのは……まぁ、何も考えていないという可能性も否定は出来ないけどな」
情報の重要さを知らず、だからこそシンたちの山賊団がどのような状況になっているのかという情報を手に入れるのが遅れた山賊団が襲ってきた、という可能性は否定出来ない。
だが、それとは逆にシンたちへの対策をしっかりと練ってから襲ってきたという可能性も否定は出来ないのだ。
その辺りの事情を考えれば、やはり今回の一件は前もって情報を集めておくのは必須とだった。
慌てたようにして自分の前から去っていくサンディを見送ると、シンは大声で叫ぶ。
「野郎共、敵襲だ! また俺たちの縄張りが広がるぞ! ヒャッハー!」
シンの口から出た『ヒャッハー』という言葉は、商隊と縄張りを荒らした山賊団との一件で口にした言葉だったのだが、それを口にすると何故か身体から力が湧いてくる気がするし、実際にあの戦いのときも訓練した以上に力を発揮出来たのは間違いない。
単純な思い込みかもしれないとは、シンも思っているのだが……病は気からといった思いや、叫ぶと気持ち良いというのもあって、あれからも好んで使っていた。
そんなシンの行動に、他の山賊たちが影響を受けないはずもなく……いつの間にか、山賊の中では『ヒャッハー』と叫ぶのが浸透していた。
全員が戦闘準備を整えて洞窟から出ていくのを、娼婦や降伏して下働きをするようになった者たちが見送る。
……この場に残る護衛の数はそこまで多くはないが、それで反乱を起こそうなどと考えている者はどこにもいない。
シンがどれだけの力を持っているのかを直接その目で見た者も多いし、何よりここでの暮らしは決して大変ではないのだ。
少なくとも、シンは意味もなく娼婦や下働きをする者に暴力を振るうような真似はしなかったし、部下にもさせなかった。
娼婦にとって若干残念だったのは、シンが自分たちを夜伽として呼ばないことか。
ともあれ、山賊の下働きと言われて想像するよりは、遙かに暮らしやすいのは間違いなかった。
それこそ、ここに来る前に比べると今の方が生活の水準は上だと思える者も多いくらいに。
だからこそ、この暮らしが長く続いて欲しいという思いを抱くと同時に、出来ればシンたちには無事に帰ってきて欲しかった。
「さぁ、今日もまたシンのお頭たちが勝って帰ってくるんだ。今のうちに宴の準備をしておくよ! 酒の方はどうだい!」
娼婦の中の一人がそう言い、勝利の宴に向けて準備を進めるのだった。
「シンのお頭、敵の数は二十人ちょっとです! ただ、僕を見つけた奴もいました、すいません!」
攻めて来た山賊たちの迎撃に向かっていたシンの前に、サンディが姿を現してそう告げる。
そんなサンディの報告に、シンは少しだけ驚く。
サンディはその気弱な性格とは裏腹に、斥候という意味では非常に優れた能力を持っている。
……代わりその性格からか、戦闘という行為そのものに恐怖を覚えており、完全に偵察要員としてしか使えなかったのだが。
だが、シンにとっては戦闘という意味では他に何人も出来る者がいる以上、偵察に特化したサンディの能力はむしろ頼もしいものがあった。
「そうか。敵の数はそこまで多くないが、サンディを見つけられるとなると厄介な相手がいることになるな。……サンディは後ろに下がってろ。また何かあったら呼ぶ。もしくは、何か異変に気がついたら知らせろ」
「分かりました!」
そう言い、サンディは後方に引いていく。
以前はそんなサンディの様子に苛立ちを見せた山賊もいたのだが、今はシンの指示によって動いているということと、何よりもサンディを有効に活用し始めてから山賊団の受ける被害が明らかに減ったということもあり、そこまで厳しい目を向けられはしない。
「ちっ、お頭の腰巾着が。力もない癖に威張りやがって」
もっとも、全員がサンディを認めた訳でもないので、そんな声が聞こえてもくるのだが。
だが、シンは聞こえてきた声には構わずに、力を使う。
それは、商隊とシンたちの縄張りに侵入してきた山賊たちと戦ったときに、明らかになった力。そして……
「う、うわああああああああああああああああああああっ!」
「蛇、蛇、蛇だぁっ!」
「くそっ、何だってこんなに蛇が!」
シンたちが進む方から、そんな悲鳴が聞こえてくる。
それは、シンたちにとっては奇襲を仕掛ける絶好のチャンス。
蛇の王と言われるバジリスクの力により、王として蛇に命じたことが上手くいったことに笑みを浮かべ、シンは山賊たちを率いて混乱している敵に向かって突っ込んでいくのだった。
「ヒャッハー!」




