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014

 味方にしろ、敵にしろ、それが突然石化するというのは、その場にいる誰にとっても異常な光景だった。

 もっとも、この世界には様々な種類の魔法が存在する。

 それを使えば、相手を石化させるような真似も不可能ではないだろう。

 ……だが、シンが今やったのは、呪文の詠唱も何もなく、突然その結果をもたらしたのだ。

 言うなれば、魔法を使うための行為――呪文が一般的だが――を無視して、その結果だけをもたらしたと言ってもいい。

 戦っていた全員が、何が起きたのか分からず沈黙する。いや、実際にはシンの使ったバジリスクの能力を見て沈黙したのはシンたちの周囲にいた者たちだけだったのか、その者たちが沈黙したことによって、他の者もまた釣られるように沈黙した、というのが正しい。

 ともあれ、そのような異常な状況の中……もしかしたら降伏をするように言えば、すぐにでも降伏するのでは?

 そんなシンの希望は、次の瞬間に響き渡った叫びで叶えられることはなかった。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 咆吼とも呼ぶべき叫びを上げたのは、ヘルマン。

 その咆吼の中に混ざっているは、非常に複雑な感情だ。

 シンの持つバジリスクの能力を改めて見て、最初にシンと会ったときに大人しく降伏してよかったという思いと、シンのような子供――ヘルマンから見てだが――に従わなければならない屈辱。

 それ以外にも、自分が率いていた山賊団をあっさりとシンに奪われた怒りや、元とはいえ自分の縄張りを荒らした者たちへの苛立ち。

 それらが複雑に絡み合った感情のままに叫び、自分の中にある感情をどうにかするために、近くにいた商隊の護衛に向かって、持っていた斧を振るう。

 その護衛もそれなりに腕に自信はあったのだが、それでも突然のヘルマンのその行動に対してはなすすべもなく、頭部に斧の刃を振り下ろされた。

 周囲に散らばる、護衛の男の脳みそや肉片、血、体液。

 凄惨と呼ぶのが相応しい光景ではあったが、ここは戦場だ。

 むしろ、ヘルマンのその行動がきっかけとなって、他の者たちも戦いを再開する。


「やれええええええええええええええええええええっ! ヘルマンも商隊も、そのどっちも生かして帰すな! ここは俺の、俺たちの新しい縄張りにするんだ!」

「守れ、守れ、守れ! ここで踏ん張らないと、皆が死ぬことになるぞ! もしくは、生き残っても奴隷として売られるだけだ! 今はとにかく、凌げ! 山賊同士で戦わせるんだ!」


 シンたちの縄張りに侵入してきた山賊の頭と思しき男の叫びと、商隊を率いていると思しき男の叫び。

 そんな二人の声が周囲に響き、それぞれの陣営の者たちを鼓舞する。

 山賊たちは、特に動揺が激しい。

 ヘルマンが負けたという噂を聞き、しかもそれをやったのがそこまで強そうな相手ではないということで、自分たちなら勝てると考えて今回の行動に出たのだが……それが、大きなミスであることに気がつく。

 もう少し考える頭があれば、そのような弱そうな相手にヘルマンが負けたのだから、何かがあると思ってもおかしくはなかったのだが……残念ながら、この山賊団を率いている者はそこまで頭が回らなかった。

 山賊たちが動揺し、シンたちがやってきたために二つの山賊団と戦っていた商隊の護衛たちは、若干態勢を立て直すことに成功する。

 元々が三つ巴の戦いではあったが、山賊たちが狙っているのは商隊である以上、どうしてもそちらに攻撃が集中するのは当然だった。

 だが、商隊が態勢を立て直したところで、その戦いはシンという異常な能力を持つ者を有する一団に対し、山賊と商隊が何とか耐えるという戦いで……


「うっ、うわああっ!」


 不意に、悲鳴が周囲に響き渡る。

 戦闘の中での悲鳴ではあったが、その声を聞いた山賊――シンと敵対している方――は動きを止める。

 何故なら、その悲鳴を口にしたのは自分たちの頭だったためだ。

 自分たちを率いる人物がこれだけの叫びを上げたのだから、それは当然のように山賊たちの士気にかかわる。

 元々山賊というのは、兵士たちのように鍛えている訳ではない。

 それだけに、士気というものが重要になり……その士気は上がるのが早ければ、下がるのも早い。

 結果として、自分たちの頭が倒されたことで山賊たちは降伏するか、逃げるかを選択することになり……その多くが逃げ出した。

 それを少しだけ意外に思ったのは、商隊の護衛の一人と向き合っているシンだ。

 てっきり降伏するのだとばかり思っていたのだが、まさかこのように逃げ出すとは、と。

 具体的にどれくらいの山賊が逃げたのか、護衛と向き合っているシンにははっきりとは分からない。

 だが、視界の片隅で確認した感じだと、恐らく九割近い人数の山賊たちが逃亡しているように思えた。

 ……なお、実戦経験がまだ多くないシンが、こうして商隊の護衛を向き合いながらも周囲の様子をしっかりと確認出来ているのは、純粋に護衛がシンという人物を恐れているというのが大きい。

 運が悪いと言うべきか、もしくは良いと言うべきか。

 現在シンと向き合っている護衛の男は、最初に自分たちを襲ってきた山賊が石化する光景を、自分の目で直接見てしまっている。

 それだけに、こうして向かい合っている今でも自分が迂闊に動くのは危険だと、そう理解していたのだ。

 とはいえ、シンの前にいる男は護衛の中でも腕利きの部類だ。

 いつまでも自分がシンと向き合っているのでは埒が明かないというのも理解している。


「降伏しろ。そうすれば命は助ける」


 流星錘を手にしたシンの言葉に、護衛の男は鼻を鳴らして無視する。

 先程からの戦いで、シンが油断出来る相手ではないのは理解していたが、それでも恐れるべきは得体の知れない石化能力だけだ。

 であれば、どうやってその能力を使っているのかは分からないが、それを使おうとした瞬間に攻撃を仕掛ければいい。

 少なくとも、護衛の男が見た限りでは武器を使ったシンの戦闘能力というのはそこまで高くはない。

 ならば何とかなる。……そういう思いから、護衛の男は長剣を握る手に力を込め……


「え?」


 ふと、その動きに違和感を抱く。

 その足下は手ではなく、身体でもなく……足。

 シンを目の前に、視線を逸らすというのは一番やってはいけないことだというのは、男も理解していた。

 それこそ視線を逸らした隙に石化させられるという可能性もあるのだから。

 だが、それでも半ば反射的に自分の足下を見たのは、そうしなければならないと判断したからだろう。

 そうして足下を見た男は……何匹もの蛇が自分の足に絡まっているのを目にする。


「うっ、うわあああああああああああああああああああっ!」


 あまりに予想外の光景に叫んだ男だったが、その隙をシンが見逃すはずもなく、素早く投擲された流星錘は男の頭部にぶつかり、意識を刈り取るのだった。

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