012
サンディのその言葉を聞いたとき、シンは最初何を言っているのかが分からなかった。
ここは、ヘルマンの……つまり、現在は自分の縄張りのはずだ。
そのような場所に別の山賊団がやって来たとなれば、それは明確に自分たちに喧嘩を売っているということになる。
(ヘルマンが倒された影響か?)
この辺りにいる山賊たちは、当然のようにヘルマンの強さは知っている。その上、かなり強引な性格をしているということもだ。
そのようなヘルマンと揉めるのは、色々な意味で危険だ。
そう思ったからこそ、今までヘルマンの縄張りを荒らすといった真似はしなかったはずだ。
そんなヘルマンが、どことも知らない相手に負けて、山賊団を乗っ取られた。
普通に考えれば、ヘルマンを倒した相手は間違いなくヘルマンよりも強いはずだが、山賊たちにはそれがヘルマンの衰えとでも感じたのか。
ともあれ、自分たちの縄張りで好き勝手な真似をさせる訳にはいかない。
「それで、その山賊たちの人数は?」
尋ねられたサンディは、少し考えてから口を開く。
「その、僕たちとそう変わらないと思います。もちろん、全員の姿を確認した訳ではないので、もしかしたら違うかもしれませんが……」
そう言ってきたサンディの言葉に、シンは少しだけ驚いた。
一応、といった感じで尋ねたのが、まさかこうもしっかりとした返事がくるとは思わなかったからだ。
だが、人数が分かれば躊躇するつもりはない。
敵の人数が多ければ、多少は慎重に動く必要があったのだが、幸いにも同数。
そうなれば、シンは自分が負けるという思いは一切考えていなかった。
(いざとなれば、バジリスクの能力もあるしな。もっとも、山の中だと木が邪魔だけど)
バジリスクの能力は、あくまでも視線を介してのものだ。
いや、もしかしたら他にもあるのかもしれないが、そちらはまだ完全に把握していない。
「ヘルマン、その山賊たちが誰なのか予想できるか?」
「ああ? んなこと言っても……俺様は強かったからな。強い奴は当然のように周囲から嫉妬で嫌われることが多いんだよ」
そう告げるヘルマンは、最初こそシンの命令で答えるというのが面白くなかったようだが、自分の強さを自慢しているうちに気分が良くなったのか、自慢の斧の柄を肩の上に載せる。
だが、シンはそれ以上ヘルマンに構うようなこともなく、考え……すぐに結論を出す。
シンが思いついた手段は、いくつかある。
その山賊たちとの戦闘を避けて撤退する、もしくは共闘する。……そして、山賊たちとも戦う。
複数の選択肢の中からシンが選んだのは……
「よし、山賊たち諸共に商隊も倒すぞ」
三つ目の選択肢だった。
最初は大人しく山賊たちと話をするというのも考えたのだが、山賊というのは侮られれば終わりだ。
それこそ、ここで甘い顔を見せれば、それだけで今回と同じように縄張りを荒らされることが多くなってしまうだろう。
そうである以上、シンとしてもそれを黙って大人しく見ている……などという真似をする訳にはいかなかった。
シンに従う山賊たちも、元々血の気の多い者が多かったために、サンディのような例外を除いてその意見に反対する者はいない。
「けど、シンのお頭。一緒に山賊たちも攻撃するって……どうするんすか? この先にいる連中が商隊を襲撃したら、それに乗じて……って感じっすか?」
「そうだな。そんな感じで構わない。俺たちの場合は、何をするにしても勢いが重要だからな。それで商隊と山賊の両方を攻撃する。……いいか、向こうはこっちの縄張りに勝手に入ってきてる連中だ。くれぐれも容赦はするな」
その言葉に、山賊たちは獰猛な笑みを浮かべて頷く。
そんな山賊の中には、シンたちに降伏した冒険者たちもいるのだが……傍から見ても、それは他の山賊たちと見分けは付かないだろう。
自分たちに喧嘩を売ってきた相手をどうするのかを決めると、シンたちはそのまま山の中を進んでいく。
と、山道を歩いていたシンは、先程の報告から再び前方に偵察に行かせていたサンディが戻ってきたのに気がつく。
「お頭、報告が二つあります。その、どっちも良くない報告ですけど……どうします?」
「あー……そうだな。取りあえずそこまで酷くない報告の方から聞かせてくれ」
そう告げるシンに、サンディはゆっくりと……シンを怒らせないようにと、口を開く。
「その、ですね。実はここからちょっと行った場所に何人か山賊たちがいます。あ、別に僕が見つかったとか、そういう訳じゃないですよ。単純に、周囲を警戒しているって感じでした」
「だろうな」
自分たちが他人の山賊の縄張りに入り、商隊を襲おうとしているのだ。
当然のように、そこには警戒心が働くだろう。
それこそ、ヘルマンを倒した相手が襲ってくるのではないかと。
事実、こうして襲おうとしているのだから、その判断は決して間違ってはいないのだが。
「それで、もう一つの報告は……」
そう言おうとしたシンの耳に、ふと入ってきた声。
それは、怒声と表現してもおかしくはない声で、その声が聞こえてきた理由を想像するのは難しくはなかった。
「なるほど、つまりもう襲撃が行われているって訳だ」
「あ、はい。僕が見たときはまだ襲撃は行われてなかったんですけど……」
そう告げるサンディに、気にするなとシンは告げる。
元々自分たちは山賊たちが商隊に襲いかかったのを待ってから、両方を同時に攻撃するつもりだったのだ。
であれば、むしろこのタイミングは悪くないものですらあった。
「よし、俺たちも急ぐぞ。まずは見張りの方をどうにかする必要があるな。……弓持ち、準備はいいな?」
そう尋ねるシンの言葉に、山賊の中でも弓を武器にしている者たちが微かに自信を見せながら、頷く。
降伏した冒険者たちが仲間になったことで、一番変わったのは、もしかしたらこの弓を使う者たちかもしれない。
元々この山賊団にも弓を武器としている者はいた。
だが、何人かの例外を除き、その技量は決して高いものではなかった。
特にシンに好意的なジャルンカは、元猟師というだけあって弓の腕はかなりのものだった。
だが、生憎と半ば感覚で弓を使っているジャルンカは、人に教えるのが下手……どころか、場合によってはそれが教えられる方の感覚を狂わすようなことにもなりかねない。
だが、新たに仲間に加わった者たちの中でも、弓を使う者は違った。
人に教えるということがそれなりに得意で、だからこそ山賊の中でも弓を武器とする者にそれを教えることが出来たのだ。
「いくぞ!」
そう叫びつつ、シンは先頭を進む。
流星錘を武器に選んだシンの攻撃範囲は、長剣や槍といった武器よりも広い。
……もっとも、当然のように弓には劣り、ましてやシンは流星錘を完全に使いこなしている訳でもない。
そうである以上、危険ではあるのだが……それでも、山賊たちを率いる者として、その度量を見せる必要はあった。
「シンのお頭、あそこです。あの木の上。枝に隠れているけど、あそこでこっちを狙ってます。ひぃっ!」
サンディが悲鳴を上げたのは、木の枝に隠れていた山賊の射った矢が、すぐ近くの地面に突き刺さったからだろう。
だが、シンはそんなサンディの悲鳴を聞き流し、叫ぶ。
「放て!」
シンの叫びに、その背後からついてきていた山賊たちが一斉に矢を射る。
敵は枝に隠れているので、命中しているかどうかは分からないが、それでも悲鳴が聞こえ、矢の数が減っているのを見れば、シンたちが有利なのは間違いなかった。
そうしてシンたちが見張りが隠れていた木の下まで行く頃には、すでに見張りは全滅しており……やがて、商隊に襲いかかっている山賊団の姿を目にする。
「行くぞ! 両方とも倒す!」
叫びつつ、シンは皆を引っ張るように先頭を駆けるのだった。




