私にとってあなたとは、、、。
「○○さんこれやっといて」
不意にデスクに置かれた分厚い資料。これに目を通して、決済しろと言う事だろう。
あと少しで定時で上がれそうだったと言うのに、今日もまた残業だ。
入社3年目の私は、それなりに仕事をこなしてきたはずだが、部長に気に入られているのか、未だに新入社員より遅く帰っていたりする。
午後9時、家の扉がやけに重たく感じる。
なんとかその鉄扉の様なドアを押し開け、酒も飲んでないはずの千鳥足でリビングに向かう。
ふと、リビングのドアの前で、私の鼻に芳醇な香りがたちこめる。
この匂いに吊られ、ゆらゆらとリビングのドアを開ける。
するとそこには、
「お帰り、お疲れ様。」
と、疲れた私を癒してくれる彼がいた。
私はそのまま椅子に座って、愚痴をいっぱい彼に呟いた。
彼はそれをうんうんと頷きながら聞いてくれる。
私が愚痴を話している間に、テーブルの上には、暖かな食事が次々と彩られて行く。
私が愚痴を言い終わる頃に、丁度最後のスープが添えられる。
「どうぞ」
彼の満面の笑みを見てから、私は豪勢な食事に手を伸ばした。
食器を洗う音がリビングに広がる。
どこか心地良いその音に耳をそばだてていると、自然と意識が遠のいていった。
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朝、いつのまにかセットされていた、アラームに意識を掻き戻され、体を起こした。
目の前にファサッと毛布が落ちた。
どこまでも気の利いた彼を探すと、テーブルの上に
『仕事行ってくる!朝ご飯はチンして食べてね!』
と置き手紙がされていた。
そんな彼に心からの感謝の念を送り、シャワーを浴びて、朝のご馳走を食べ、仕事に向かう。
そんな1日のサイクルを、私達はかれこれ2年程続けている。
カフェで出会ったのがきっかけで、彼からアプローチをかけてき、気がついた頃には、薬指にはまるそれが、陽光を反射していた…
凄く幸せな家での生活は、仕事のストレスをすっかり忘れさせてくれ、私にはそれがとても大切なものだった。
そんなある日、仕事から帰ってくると、いつもの家の明かりが無かった…
彼がベットで寝込んでいた。
風邪を引いたらしく、熱は凄く高い。
何も用意できてない事をしきりに謝られたが、私には彼の容態の方が心配だった。
かれこれ3日間、私は死に物狂いで働き、課長の押し付けてくる山のようで、残業になりそうな量の仕事を済ませ、定時に帰り、家事を全て1人でこなした。
周りから見れば、当たり前なのだろうが、彼と付き合うまで実家暮らしで、包丁さえろくに扱えない私が、正直よくやったと思う。
彼はそんな奮闘する私の事を申し訳なさそうに見つめ、不恰好なお粥を、美味しいと毎食全部食べてくれた。
そんな目まぐるしい日々の中で、私がどれだけ彼に依存しているのかを、嫌という程、痛感させられた。
普段のあの居心地の良さ、家の温もりは、全て彼自身によって作り出され、私を癒すために、彼も日々を奮闘していたのだと。
3日も過ぎれば、彼もすっかりよくなり、普通に働き出した。
「今日料理私がしていい?」
私の急な問いかけに、彼は笑顔で
「いいよ」
と答えてくれた。私の考えている魂胆を見透かしてか、はたまた、そうでないのか。
正直、彼の愛はいつも感じられるし、この間の件で身に染みて分かったつもりでいるが、彼の考えていることは結婚して2年経つ今でも分からない。
私は部長の面倒くさい叱言に平謝りし、会社を早退した。
入念に今晩の準備を整える。今日は、何としても日頃の感謝を彼に伝えるつもりでいるのだ。
不意に、ドアが開く音がした。
「お帰りなさい」
と彼を玄関まで出迎えに行き、コートをもらって、リビングに案内する。
リビングには、窓際にテーブルとイスが移動させられ、照明が少し暗がりになって、窓の外の月が凄く綺麗に見える様にセッティングした。今晩は満月だ。
一通り夕飯を済ませた後、私は冷蔵庫からワインとチーズケーキを取り出してきた。チーズケーキは私の手作りだが、見た目も、売り物になるレベルのそれだった。我ながらよくやったと思う。
「この晩酌は凄くロマンチックだね」
そんな事を言いながら、彼はグラスを傾け、ワインに口つける。そして、私のチーズケーキも口へ運ぶ。
「凄く美味しい!よくできてるね!」
その少し大きなリアクションに苦笑しつつ、
「私もやればできるのよ…」
と簡潔に言い放つ。
全く、この男は私の事をどこまで把握しているのだろう。私が嬉々とせん事を、さも息をする様に飄々と行ってくる。まさにボディーブローの連続だ。
でも、今日はここで終わってはいけない。伝えるんだ。いつも彼から貰ってた物を、今日は、私が贈るのだ。
「あのね、私、、、やっぱりあなたが好き。愛してるわ。」
「あぁ、僕もだよ。これからも一緒にいようね。」
窓の外の満月が爛々と2人を照らし、そっと彼らの夜を彩ったのだった。
皆既月食おめでとうございます。
とても綺麗ですね!!!!