月がきれい、だから
「月、すごく、きれい」
台風が去ったその日、空気はすごく澄んでいた。
夏の暑さも、湿気の不快さも、昨日よりマシだ。
余分な物をすべて持ち去って北東へ消えた。
上を向いている彼女を横で見ていて、彼女の方が綺麗だと思った。
思っただけで、言うほどの勇気もない。
そんな僕ができるのは同意。
「本当だ」
月の光は冬みたいにやけに強くて。
照らされた彼女の肌の白さが浮き上がる。
黒い長い髪が風に揺れて、僕はなぜだか竹取物語を思い出した。
月を見上げる彼女が、月に行ってしまうような気がした。
ばかばかしい。
月には行けないだろ。
でも、一人ではどこかへ行ってしまうかも。
彼女の自由ではあるけれど、つなぎ留めたくて、僕は彼女の横にたれている手をギュッと握った。
突然だったから、彼女は驚いて僕を見た。
「何?どうしたの」
「ごめん」
僕は口先だけで謝った。
頭は別のことを考えていたからだ。
彼女は月に見入っていた。
かぐや姫は月を見て泣いていた。
正反対だ。
どちらもきっと美しいと評されるのだろうけれど、僕は断然彼女を選ぶ。
「なんでもない」
そういって月に目をやる。
こんなに月を見ていても、オオカミになれそうもない。
友達から距離を縮められないでいる僕は、ただの草食動物だろう。
草食動物もすり寄って距離を縮める努力くらいはできる。
ラグビーボールと呼ぶには太りすぎている、満月には少し足らない月を見上げて
「本当に綺麗な月だから、手を繋いで帰ろうか」
何が、だから、なのか。
自分でも関連はないと思う。
ただ繋ぎたかっただけだ。
理由は何でもよかった。
「何言っているの?意味わかんない」
「自分でもそう思う」
「だけど、いいよ」
その返事が嬉しくて、彼女に目を向けると、白い肌に赤みがさして見えた。