転移・転生斡旋業務をしております
あぁ、兄ぃさん、兄ぃさん。そう、あんただって。あんた以外誰がいるってんだよ。そう、あんた。ばちっしリクルート決めてるあんた。振り返っても誰もいないって。おっちゃんはあんたに話しかけてるんだからさ。なんだよ、その苦虫をつぶした様な微笑みはよぅ。なになに別に怪しいもんじゃなくて、えっ、十分に怪しいって。ま、それは気にすんなって。ちょっとあんたに話が。怯えなくってもさぁ。えっ、怯えてないって。ははは。強がるなって。まぁ、そう言うことにしといてやるわ。ほら、ちょっとこっち来て、おっちゃんの話聞いてくれればいいんだって。
ほらほら、ここに腰かけてさ。そう警戒なさんな、なさんな。
あ、おっちゃんはこういうもんでな。
なに、身元照会しても怪しいって。まぁ、結構そう言う輩さんは多いんで、慣れてるよ。異世界召喚業務、なんて、こっちにはない職業だもんな。
えっ、その前に会社名が怪しいって。そうかなぁ。有限会社・スターダスト竜雲。夢ある未来を約束します。
そっち突っ込まれるのは初めてだわ。まぁ、そんなに胡散臭い会社じゃないからさ。マルチ商法とか、詐欺とか、押し売りとかもないしさ。
まぁ、本題に入ろうかね。あぁ。悪いね、椅子はあるが茶はねぇんだ。だから、そんなにびくびくするなって。取って食おうと思ってるわけじゃないんだからさ。
あぁ、でも、ある意味取って喰おうっていう表現もあってるんかね。あっ、冗談冗談。喰わない、食わない。悪かったって。ある意味ってだけだからさぁ。
兄ぃさんは異世界転生とか異世界転移とかは知ってるか?
知ってるって。それはよかった。昔からその手の類は語られてるもんな。
えっ、最近の話? 違う違う。日本でいえば、浦島太郎が有名かな。てんまのとらやんとかもその類かもな。日本じゃないところで言えば、不思議の国のアリスやピーターパン、オズの魔法使い……あぁ、すまない。おっちゃん学がねぇからそんなもんしか浮かんでこないわ。
果てしない物語?
おっ、兄ぃさん乗ってきたね。そうそう、そんな話もあった。あった。えっ、本当に知ってるのかって? 話し合わせただけだろう?って。ちゃんと知ってるよ。ちゃんと。ほら、不思議な国に行って、不思議の国を助けるんだ。そっちの国の話で言えば、ナルニア国物語とかもあるだろう? ほら、ちゃんと分かってるだろ? えっ、国が違う? いいんだよ。おんなじヨーロッパ。
まぁ、その辺が転移の話だな。で、転生ってなるとな。こっちから行った奴らのはちょっと語られないんだわ。きっと言っても分からんだろうし。なんせ、向こうに生を享けるわけだからさ。向こうの武勇伝さ。だから、逆に言えば、こっちに来た偉人達の語りならあるんだぜ。
日本で言えば、有名どころは桃太郎。金太郎なんて、そのものだろう? 山姥の腹に雷が宿した命だ。ありえねぇさ。
えっ、現実に活躍した人達がいないって。何言ってるんだ? 金太郎って呼ばれるがぁ、坂田金時は実在だろうが。桃太郎はあの時代の鬼退治全般を指すんだよ。現代っ子に分かりやすく言えば、鬼=魔王だな。うん。これなら分かるか?
勇者一人に対して、魔王は一体。決まってるんだって。あの時代は鬼が多かったからな。その一体一体に名前があったわけでも、その勇者一人一人に名前があったわけでもないんだわ。だから、桃太郎はその総称。あぁ、例外的には安陪晴明かぁ。あの化け狐の子だよ。言ってみれば、あいつはかなりチートな運命だったからな。だいたい名前が残ってる奴らは、チートなんだよな。金太郎なんて熊にも負けない力自慢。晴明は妖を使役する。
これって、チートって言うんだろ? あんたらは。
えっ、言わない? 兄ぃさんが言わないだけじゃないの? 初耳だって? そうなのかい? ふーん。まぁ、いいよ、そんなことは。とりあえず、破格の力を持つには宿る腹に左右されるってわけさ。卑弥呼なんかもそうだけどな。
えっ、海外? またまた兄ぃさん。欲張りな好奇心だねぇ。
そうだねぇ、釈迦なんかがそうだね。釈迦にキリスト。モーセとかもか。人を惹きつけてやまない宗教の開祖たちはたいがいそんなもんだ。みんな桃源郷を叶えたくて、いろんなものと戦ったんだ。というか、ギリシャ神話で神や勇者と称えられてる奴らだってそうなんだぜ。
そして、今の地球ができてる。安全だろう?鬼なんかいないし。喰われるのに怯えなくていいし。
卑弥呼繋がりで女性ならジャンヌダルクかね。悲劇だったけどねぇ。彼女は確かに天啓を聞いていたのだけどね。記憶が曖昧で転生してしまった悲劇だねぇ。転生前の彼女が望んだ結果だったんだけどさ。本当に可愛そうなことをしたよ。記憶があれば、故郷に戻りたくなるから。帰りたくなったら、役目を果たせないからって。おっちゃん、後悔したね。一日仕事が出来なくなるくらいは。だから、おっちゃん、それ以来、お客さんの言い分は聞くけど、譲れない部分も持つことにしたんよ。
商売人として当たり前だけど。だから、兄ぃさんは心配しなくても……。どうしたんだい? えっ、もう時間がない? その言い分は確かだ。急ぐ必要ないって言っても、兄ぃさん自身の時間の問題はおっちゃんにはどうしようもない。
じゃあ、単刀直入に聞こう。
兄ぃさんは勇者になりたいかい? RPGの勇者みたいに魔王を倒して、人々から称賛される人生さ。もし、なりたいのなら、ここにサインして、拇印を押してくれればいい。それで契約は履行される。
あっ、ちょっと待ってくれよぅ。人の話は最後まで、ちゃんと聞かなくちゃ。ほら、兄ぃさん。いい加減にしろって言われてもさ。
勇者になるなんて夢物語じゃなくて、就職の面接の方が大事。確かに今はな……。そりゃそうかもしれないけど。でも、おっちゃんは悪い話をしてるわけじゃないんだよ。ここまで聞いたってことは、関心があったんだろう?
あっ、……。行っちゃったかぁ。
全く、せっかく選択肢を用意してやってたのに。最近の奴らは信じようともしない。これじゃあ、商売あがったり……いや、商売でもないか。魂をすべての世界に間引く。偏ってるからなぁ。確かに人間には地球が住みやすいんだろうけど。魔物もいないし人間が喰われることなんてほとんどないしな。でもなぁ、生きやすくても、魂が疲れ果てるから輪廻にかかる時間が半端ないしな。
あの兄ぃさんならここ以外でもやっていけそうだったんだけどなぁ。次の安全な星づくり。魂が疲れ果てるここはもう崩落寸前の星ともいえるしな。
…………えっ、あっ、いつからそこに? あんたどちらさん? おっちゃん気づかなかったよ。あんた、忍びの一族? 気配ってものが少なすぎ。
最初からここに? ニートで引きこもり気味の失業者? 会社がブラックで、辞めたんだ。そりゃ、お気の毒に。えっ、遅刻が許されないから? ……。言葉もないよ。たまたま失業保険もらいにに出て来た? まんの悪いことで。
えっ、さっきの話本当かって? もちろん。本当の話で。あぁ、でも、あんたにはまだここでやるべきことがあるんだよね。せっかく声かけてくれたのに申し訳ないねぇ。
えっ、おっちゃん? おっちゃんは、有限会社スターダスト竜雲の召喚業務部にいる……まぁ、なんというか、こっちの世界でいえば『死神』と呼ばれる者さ。
どうしたんだい? 急に飛び上がってさ。えっ、今の音? 聞いたとおりの音だよ。人間がトラックに跳ね飛ばされて、轢かれる音。ざわめき、悲鳴。全部あんたの考えている通りさ。真実だよ。すげーって。気楽なもんだね。人一人が死んだんだよ。まぁ、あんたの人生には関係ないのかもしれないけどさ。
転生? 馬鹿なこと言うね。契約は不履行。死んだ者の先にあるものは、『死』だけだよ。サインがないんだから。彼はあのまま魂の輪廻に乗って行く。きっと後悔の塊になるんだろうね。夢に向かって歩んでいく最中だったからな。
えっ、あんた? だから、あんたはまだ……。はいはい、分かった。分かった。あんたの死期が近付いたら声かけてやるから。それまでに、声をかけたくなるくらいの魂の持ち主になってておくれよ。
んじゃあ、次の仕事があるから、おっちゃんは場所を変えるわ。
「あ、そこの、そこのあんた。あんただよ。ちょっと話があるんだ。なに悪い話じゃない」
今日もどこかで男は声をかけ続ける。
『不思議の国のアリス』ルイス・キャロル 『オズの魔法使い』ライマン・フランク・ボーム 『ナルニア国物語』C・S・ルイス 『ピーターパン』ジェームス・マシュー・バリー『果てしない物語』ミヒャエル・エンデ
作中に題名をお借りしました。




