レベル上げ
「このレベル上げというものは、いつまでやるんだ?」
俺は、襲ってくるゴブリンやスライムをぶっ飛ばしながら、ソラへと尋ねる。
「『火球』! この『the Creation Online』に、レベル上限はありません! レベル上げに終わり何てないんです! そして、レベルが上がれば新しいスキルや魔法が覚えられるんです! そう! こんな風に!」
ソラは、少し離れた所にいたオークと呼ばれる鼻が潰れた大柄な太ったモンスターへと、魔法を放つ。
「『火矢』!」
ソラの杖から、オークに向かって火で形作られた矢が放たれた。
「ピギュアァアア!」
火矢を当てられたオークは、断末魔を上げながら光の粒子へと変わっていった。
「ほほう、新しい魔法か?」
「はい! さっき【見習い】『魔術師』のレベルが上がって、覚えたんです! ふふふ、射程も伸びてるんですよ!」
ソラは、杖を天に掲げ得意げな顔をしていた。
「レベルに上限がないということは、此処でずっと戦っていればそのうち、どんどんレベルが上がり強くなれるということか?」
俺とソラは、一度休憩を取るため低級モンスターが寄ってこなくなる『モンスターイヤガルー(低級)』という簡易結界を使った。これは、PK共がドロップしていったものをソラがしっかり使っているのだ。
「うぅん、それはどうでしょうね。レベルが上がるのに必要な経験値は、レベルが上がるごとにどんどん上がっていますしね。可能かどうかで言えば可能でしょうけど、そんなことするくらいなら、どんどんレベルにあった狩り場へ移動する方が効率的ですよ」
「確かに、効率良くこの世界で冒険者が強くなろうとしたら、そうなるか」
「えぇ、間違って強すぎる狩場へ言って戦闘不能になっても、復活の神殿で復活できますからね」
「取り敢えず、挑戦してみて勝てなければ、もう少し弱い狩場に行くということか?」
「えぇ、そうですね。それにネットの情報だとレベルに上限は確かにないらしいですが、レベル100以上を突破するのには、色々条件があるらしいですしね」
命が軽いというより、冒険者はこの世界に於いて、失くす命すらも持っていないという事だ。それを生かした強くなる方法を選択しているという事だろう。
「NPCは見かけないが、彼らはレベル上げしないのか?」
「はい? NPCが、レベル上げするわけないじゃないですか」
ソラは、何を言っているんだという顔をしていた。
「何故だ? 強くなれば、生きるのも楽になろう。この世界には、モンスターがいるではないか」
「いるでは無いかと言われても……モンスターって、そもそもNPCを襲う設定なんだっけ?」
ソラが、何やら悩ましい顔で考え始めた所で、『モンスターイヤガルー(低級)』の効力効果制限時間が切れる事を報せるアラームが鳴り始めた。
「さぁ、レベル上げの続きですよ!」
ソラはアラームが鳴ると共に、一瞬にして顔にやる気を漲らせ、再度モンスターを狩りに駆け出していった。
「設定……か」
俺は、駆け出していったソラを追いかけながら、小さく呟いた。
「『魔王様』か……」
私は、仕事から一人暮らしのアパートの部屋へと帰宅し、食事を済ませた後にお風呂で今日の事を考えながら湯船に浸かっていた。
「それにあの顔……笹本先輩、あの人の事まだ諦めて無いんだ…」
『それで、ここまで来たんだ俺は』
四年前のあの日、あの人と笹本先輩は共に『the Creation Online』の運営会社ゴッズから内定を貰っていた。親友同士だった二人は、同期として同じ会社に入社したのだ。
そして二人は新人研修の最後の日、会社の恒例となっている『the Creation Online』内の親睦会で、会社が用意した特別アバターを用いた未実装装備の体験イベントに参加した。
『the Creation Online』内の特別エリアにて、まだ一般プレイヤーには実装されていない特殊武器やアイテムなどを好きなだけ使えるというものだった。
二人も元々『the Creation Online』のプレイヤーであった為、未実装のレア武器やアイテムに大いに興奮し、楽しんだそうだ。
そして、ある特殊アイテムをあの人が使うと、激しく光があの人のアバターを包み込み、光が収まった瞬間あの人は消えていたそうだ。
消える様はまるでログアウトするかのようだったらしく、初め笹本先輩はあの人が何らかの理由で、ログアウトしたのだろうと思ったらしい。
しかしその日から、あの人は本当に姿を消した。
「『何処に、連れてってくれるのかな?』……か」
特殊アイテムを使う直前に、あの人がそう呟いたらしい。
私も含めて、あの人の家族も笹本先輩も消えたあの人の行方を捜した。会社は、他の新入社員より早くログアウトして帰宅したと、あの人の家族や警察に説明していた。
親睦会だった為、帰るのも自由だった事から、早めに帰るといったあの人を特に引き止める事はしなかったそうだ。
警察はただの失踪として、特に会社に対して捜査をする事もなく、処理された。
しかし笹本先輩は、会社の証言に対して疑問を感じたと言っていた。
『最後の言葉。そして、あいつが時間を残して、こんなイベントを帰る訳がない』
あの人も笹本先輩も『the Creation』で攻略組の最前線でプレイするプレイヤーだったのだ。そんなあの人が他のプレイヤーより先に未実装の武器やアイテムを使えるチャンスを、理由もなしに帰る筈がないと笹本先輩は常に言っていた。
そして、笹本先輩は子供の頃から、異常なほどに勘が良かった。
『あいつは絶対に、何処かで生きている。そして、この会社は何かを隠していると、俺の勘がそう言っている』
「生きているなら、何処にいるのよ……あのバカ……」
何処か寂しげで、それでいて少し震える声での呟きは、浴室に静かに響いたのだった。
「魔王様ぁ! そろそろ一度、街に戻りますよぉ!」
ソラが、俺に向かって叫んでいる。
「そうか、特に疲れていないが、何故帰るんだ?」
「ふふふ、そろそろ装備を買うのです! 魔術師のローブを!」
セラは再び、天に杖を掲げているが、この子のクセだろう。
「装備を買う金が、もう溜まったのか?」
「はい! いきなり臨時収入がありましたからね! 取り敢えず、売っている装備の中ではまずまずの物が買えそうです!」
PKから得た金を既に臨時収入と言い切るソラの逞しさに感心しながら、俺とソラは街へと一旦戻るのであった。
ウキウキと楽しげなソラの後ろを、優しげな表情で魔王様が付いて歩いて行くのであった。
ソラの様子を見て微笑みながら歩く魔王様は、まるではしゃぐ妹を見守る兄の様でもあった。