魔王
「ソラは、何処へ向かっているんだ?」
「一応事前にネットで情報を収集した感じだと、此処が初めてログインする街『始まりの街スターテイン』ですから……確かこっちの方向は、初心者の狩場になっている筈です」
ソラはメニューから地図機能を選択し、それを見ながら自分の知識と照らし合わせている様子だった。
「地図はここ『始まりの街スターテイン』しか映し出されていないが、街の外は自分で実際に行った場所しか、映し出されないんだったか?」
「そうですよ。正に自分の足で世界を知るという事です!」
「ふむ、なるほど。確かに、その通りだな」
ソラが口にした言葉にに感心していると、ソラは地図を見ながら唸っていたので、ふと思った事を聞いてみる。
「確かチュートリアルの時に、ジョブクエストを終えたら、次は『クエスト案内所』へ行けと言っていなかったか?」
「……は!? そうでした! 私としたことが! 魔法をあまりにも早く使いたいばかりに、基本的な事を忘れるとは、一生の不覚です」
「あまりにも、ソラが楽しそうにしていたから、伝えるのが遅れた俺も悪いのだ。そこまで、気にするな」
「ごふぅう……その気遣いが、心に刺さる……気をとり直して、『クエスト案内所』向かいましょう!」
俺とソラは街中の地図で、『クエスト発行所』を確認し、そちらへと向かって歩いて行った。
「また、ここも見た目が古めかしい感じだな」
「雰囲気重視なんでしょうね。ここはいかにも、戦士たちがクエスト求めてやってくるといった、重厚な雰囲気のある建物ですもんね」
見た目は石造りの無骨で古い感じだが、確かに戦士が自分の食い扶持を稼ぎにくると言われれば、納得できなくもない。
「やっぱり、中は広くなっているんですね」
「そうだな、まぁこの人数は流石に入るような建物を作ろうとしたら、城でも作らないと難しいだろうしな」
目の前には、先ほどのジョブクエスト案内所の比ではないほどに、広く更に人も多かった。
「凄い人の多さだな」
「えぇ、もうここは初心者だけでなく、クエストを受ける冒険者が全て来ますからね。でもカウンターに並ぶ受付さんも、さっきより沢山いますから、列に並んでもすぐに順番回ってきそうですね」
「あぁ、そのようだな」
俺とソラは一緒に一番空いていた列へと並んだ。割とすぐに順番が回ってきたため、二人一緒に受付の女性にクエストについての話を聞いた。
「チュートリアルでジョブクエストを受けた次は、ここに来るように説明を受けたんですけど」
「そうでしたか、『the Creation Online』にようこそおいで下さいました。それでは、お二人ご一緒のクエストを受けるという事で、宜しいですか?」
「あぁ、それでいい」
「はい! お願いします!」
「それでは、先ずお二人は『通常』クエストを受けるのが宜しいかと。『通常』クエストは難易度も選択でき、常時開催しているとクエストです。ジョブレベルを上げるついでに、クエストクリアによる報酬を受け取ると、無駄もありません」
他にも『特殊』『限定』『突発』等と様々な種類のクエストがあるそうだが、先ずは『通常』クエストを受ける事を勧められた為、二人で『難易度1』の『通常』クエストを受ける事にした。
「因みにお二人で、一緒同じクエストを受けるとお聞きしましたが、パーティ登録はしましたか?」
俺とソラは首を横に振った。
「お二人で同じフィールドでモンスターを討伐する場合は、パーティ登録をしておけば、倒した経験値が等分に配分されます。登録していないと、モンスターのトドメを刺したプレイヤーしか経験値や通貨、ドロップアイテムが入りませんので、ご注意ください」
「パーティ……わかりました! 魔王様! パーティ登録しましょうね!」
「うむ、そんなに力まなくても登録するから、心配するな」
そして最後に、受付の女性は俺たちに向かって口を開いた。
「『the Creation Online』に初めてログインした時は、『始まりの街スターテイン』が自動的に『地点登録』されています。もし他の街に拠点を移す場合は、必ずその街の『復活の神殿』もしくは『簡易地点登録所』での登録をお忘れなく」
「わかった、忘れずにそうしよう」
「はい! ご親切にありがとうございます!」
二人してクエスト案内所を出て、街の東門へと向かった。
「いよいよですね! 私の本格的な、魔術師デヴュー!」
ソラは、東門の前までくると出口に向かって、そう叫んだ。
周囲の人からソラに対して、生暖かい目線が向けられていたが、ソラが楽しそうにしているので、そっとしておいた。
「では、まず『ゴブリン十匹』『スライム十匹』だったな」
「はい! 早速バンバン倒して……って、人多いですね……」
「あぁ、これではゴブリンもスライムも見つけるだけでも、かなり苦労しそうだな」
俺たちが東門を出ると、冒険者がそこら中でゴブリンとスライムを見つけては、我先にと倒そうとしていた。
「魔王様、ここまで混んでいると大変なので、少し移動して人が少ない場所まで行きませんか?」
「そうした方が良さそうだな」
俺とソラは、ゴブリンとスライムに群がる冒険者を横目に、人気の少ない方へと移動していった。
「この辺なら、人が少ないですね!」
「少ないというか、全くいないのだが?」
「いやぁ、やっぱり最初は落ち着いて魔法を使いたいですしね!」
草原と森の境目に近いところまで移動してきた為か、見える範囲では誰も他の冒険者はいなかった。
そして、ゴブリンとスライムはのそのそとその辺を闊歩していた。
「あやつらは、何をしているのだ? のそのそ歩いているが」
「魔王様、その辺は深く考えちゃダメです! きっと、彼らは血に飢えていて、獲物を探し回っているのです!」
「む、そうなのか。それは、中々凶暴だな」
「そうなのです! その為に冒険者が討伐して間引くのが、この『難易度1』『通常』クエストの『ゴブリンとスライムに迷惑しているので、数を減らして下さい』なのです!」
「だが、先程見ていたら、冒険者が倒しても倒しても、至る所でいきなり出現していたが? そもそも倒したら減るのか?」
門を出たところで平原の様子を見ていたら、突然何もないところからゴブリンやスライムが出現したのだ。あれには、結構驚いたのだが、誰もその様子を気にも止めていない様子だった。
「……ここは、そういう世界なんです! 魔王様、案外細かい事を気にするタイプですね」
「細かいか? 結構、驚いたのだが」
おそらくこの濃い魔力が影響しているのだろう。よくよくその様子を観察していると、周囲の魔力が収束しだし、核となる魔結晶が創り出され、次の瞬間、瞬時に身体を構成していた。
「まぁまぁ、ゲームにいちいちツッコミいれてたらキリないんですから、そこは割り切って楽しみましょう!」
「そういうものなのか?」
「そういうものです! ほら、私が今からばばんと魔法でやっつけますから見ていてくださいよ!」
ソラはそういうと、ゴブリンに向かって駆け出していった。
「杖で狙いを定めて……『火球』!」
ソラが構えた杖の先から、火の球がゴブリンに向かって飛び出した。そして、そのままゴブリンに直撃した。
「よし! もういっちょ!『火球』!」
二発目のソラの火球が火球がゴブリンに直撃すると、光の粒子となり消えていった。
「やったぁ! ふふふ、我こそは『深淵の魔術師』ソラなるぞ!」
ソラが天に向かって、杖を掲げ声高らかに叫んでいた。
「何やら楽しそうで、よかったな」
「はうぅ! いや、あの、その、変ですよね? 私、ちょっと楽しくなると、若干はっちゃけちゃうというか……」
「別にいいのではないか? 俺は、特に気にならんがな」
「本当ですか! よかったぁ……きっと最初は興奮しちゃうと思って、人が少ない所で戦いたかったんです」
「この世界は『ゲーム』なのだろう? それならば、楽しめばいいではないか? さっきのソラは、とても生き生きと楽しそうだったぞ」
俺が、そう言うとソラの顔は満面の笑顔になった。
「そうですよね! ここは、剣と魔法のファンタジーですもんね! だって、『魔王様』がいるくらいですから、『深淵の魔術師』くらいいてもいいですよね!『魔王様』なんて、いつも『魔王様』ですもんね!」
「若干言い方が気になるが、そう言うことだ」
「魔王様も戦ってみて下さいよ! でも、気をつけてくださいよ? さっきも私の魔法で見たとおり、チュートリアルの時よりもレベルが高いゴブリンですから、素手じゃ厳しいかも知れませんよ?」
「そうみたいだな。気をつけてやってみるか」
俺は、ゴブリンに近づいていくと、あちらも俺に気づいたらしく、棍棒を振り上げながら向かってきた。
「魔王様! 危ない!」
「ゴブブブヌ!」
ソラの声が聞こえると同時に、ゴブリンが俺に向かって棍棒を振り下ろしてきた。
「ふむ、確かにチュートリアルのゴブリンよりも若干強くなっているな」
「ゴブ!?」
「え!?」
俺はチュートリアルの時と同じく、片手で棍棒を受け止め、同じようにもう一方の腕でゴブリンを殴った。
「くぺきゃ!」
変な悲鳴をあげながら、殴った腹が爆ぜて、そのまま光の粒子となり消えていった。
「やはり、魂は感じぬか……自動木偶みたいなものか?」
俺が、倒したゴブリンについて考えていると、ソラが駆け寄ってきた。
「魔王様! どんだけ魔王様なんですか!?」
「落ち着け、言っている意味が分からんぞ」
「無職は、元の世界の肉体の強さしかアバターに反映されない筈なのに! 流石、魔王様ですね!」
「当たり前だろう、魔王なのだからな俺は。これくらい出来ないでどうする」
「ふぉおお、流石ブレないですね! それじゃ、どんどん倒してクエストクリアしちゃいましょう!」
「そうだな」
そして俺たちは、お互い少し離れながらゴブリンとスライムを倒しても回った。
「きゃあ!」
俺がクエストクリア分のゴブリンとスライムを倒し終わった頃に、ソラの悲鳴が聞こえて振り返った。
「どうした?」
振り返ると、地面にへたり込むソラの足元に、矢が突き刺さっていた。
「いきなり矢が足元に飛んできて……びっくりして、尻餅ついちゃいました」
「矢だと?」
俺が、ずっと気配を感じていた方を振り向くと、三人の冒険者がこちらに向かって矢を構えていた。
「何するんですか! 当たったらどうするんですか!」
「ぎゃははは! 当たったらどうするんですか? だってさ! 狙って打ったんだから、危ないに決まってるだろう! バカかお前?」
「「ぎゃははは」」
三人は不愉快な笑い方をしながら、どうやらソラの事をバカにしたらしい。
「もしかして……PK?」
「もしかして……じゃねぇよ! PKだPK! お前ら初心者だろ? 俺達がサービスで、お前らにPKを体験させてやるよ! チュートリアルだチュートリアル! ぎゃははは」
三人は随分楽しそうにしているが、何がそんなに笑う事があるというのか。俺が不思議に思い観察していると、ソラが三人に向かって攻撃を仕掛ける。
「このぉ! 火球!」
ソラの放った火球は三人に向かって飛んで行くが、途中で消えてしまった。
「え!? 消えちゃった!」
「当たり前だろう? 火球の射程距離外に俺たちはいるんだからな! それくらい知っておけよ? 『深淵の魔術師』さん? 初心者が恥ずかしい二つ名を叫んでんじゃねぇよ! 思わず笑い転げそうだったじゃねぇか! ぎゃははは!」
ソラは、三人にそう言われ、黙って身体を震わせていた。
俺は、ソラの頭に手を乗せて撫でながら呟く。
「『深淵の魔術師』、格好良いではないか。俺は好きだぞ?」
「え?」
ソラは驚いた顔を俺に向けていた。
俺は、ソラに微笑み、そして三人に尋ねる。
「お前たち、ジョブクエスト案内所からついてきた三人だな」
「「「え?」」」
「魔王様、あの三人に気づいてたんですか!?」
「当たり前だろう? もし、俺が気づいていないと思っていたのだったら、とんだ間抜けだ」
俺は、真顔で普通に答えただけだが、相手はお気に召さなかったらしい。
「はん! そんな強がり言ったところで、意味ないぞ! お前なんて、そんなスーツでいやがって! ネタプレイは見ててイライラするんだよ!」
「そんなの、あなたたちに関係ないじゃない! スーツだって、初ログインの時に選択出来るんだから!」
「うるせぇ! 黙ってやられとけばいいんだよ!『復活の神殿』で出直してきな!」
三人が同時に同じ構えから、矢を俺たちに向かって放った。
「「「メテオアロー!」」」
3人の放った矢は、高く空に上がってから、光の尾を引きながら俺たちに向かって勢いを増して迫ってきた。その様子をソラは呆然と眺めていた。
「魔王様……『復活の神殿』で、またってやつですね……」
ソラは、力なくうなだれながら、震える声で呟く。
そして、三本の光の矢が、俺たちに辿り着いた。
「………あれ? メテオアローは?………えぇえええ!?」
「「「は?」」」
俺は、三本の矢を全て指の間で全て掴み取って、そのまま立っていた。
「ふむ、これが『メテオアロー』か、大した見た目だが威力はそれ程でもないな」
「ふ……ふざけるな! 俺たちは全員が弓師のレベル三十オーバーだぞ! それに、放った矢を初心者が掴むなんて、聞いた事ないぞ!」
「そうか? 割と簡単だったがな?」
「そんな事出来ることある筈……そうか! お前チート使っているんだろ! このチート野郎! 通報してやる! ユーザー名は確か『魔王』だったな!」
3人がしきりに『チート』『通報』などと喚いているので、どういう事かソラに尋ねた。
「『チート』というのは、不正という意味です。ズルして強くなったプレイヤーという事ですね。『通報』というのは、不正を働いているプレイヤーを運営に報告し、本当にそうであればアカウントを止められて、この世界でプレイ出来なくなります」
「なるほど、『神運営』とやらに通報とは面倒だな……それにだ、俺の強さを『不正』だと?……貴様らの尺度で俺を測るなど、一万年早いわぁあああ!」
俺は、魔力と闘気を三人に向けて解放した。
「……お前……何者だよ……」
三人が、ガチガチと歯を鳴らし、身体をガタガタと震わしながら、声を絞り出した。
「先程から言っているだろう」
俺は、三人に嗤いながら答えてやる。
「我が『魔王』だ」
「「「……魔王……」」」
「俺から、逃げられる思うなよ? 次があれば、逃さずその魂を砕いてやる」
「「「ひぃいい! げぷら!」」」
持っていた矢を、三人の頭に返してやると、光の粒子になり消えていった。
「魔王様……」
そしてソラの呟きが、不思議と響いた。
この日『魔王様』の存在が『the Creation Online』のプレイヤーに初めて確認された。
次話は8/11(金)となります、よろしくお楽しみご覧ください(。-_-。)