ネタ装備
「そういえば魔王さん、さっきの戦闘チュートリアルの時に、素手でゴブリンをワンパンしてましたけど、現実世界では相当鍛えているんですね」
「『現実世界』で、鍛える?」
「えぇ、この『the Creation』は、最初の基本能力値は一律なんですが、元々の身体を鍛えていたりすると、その基本値にプラス補正値がつくんです」
俺は『現実世界』という言葉が気になったのだが、これまでの話から察するに転移する前の世界のことだろう。
「『元の世界』での強さが、関係してくる世界なのだな? それならば、おそらくそうだろうな」
「やっぱり! レベル1のゴブリンでも設定では一般人より、相当力は強い筈ですから、そのゴブリンの棍棒を片手で受け止めて、ワンパンなんて世紀末覇王みたいです!」
「俺の世界を統治するのには、『力』は必要だったからな。当然、違う世界においても遅れを取るつもりはない」
「ふぉお、カッコいいですね! 流石『魔王様』!」
「ん? 『魔王さん』で構わんぞ? 別にソラは、俺の『配下』という訳ではないしな」
「『配下』! なんか、何やらカッコいい響きです! 正に『魔王様』ですね!」
どの辺が、『正に』なのかよく分からないが、ソラが楽しそうなので良しとした。
「これから、ソラはどうするのだ?」
「私は、これからジョブクエストを受けて『魔術師』なるつもりです! 魔法! 魔法!」
やたらと魔法に拘っているが、よっぽど好きなんだろう。
「魔王様は、どうするんですか?」
「せっかくきた世界だからな、暫くはゆっくり見て回ろうと思っている」
それを聞いて、ソラは少し考えてから提案してくる。
「それなら、これからも一緒に遊びませんか? これも、何かの縁ですし!」
ソラが少し不安げな表情で聞いてくるが、何をそんなに不安なのだろうか?
「勿論、良いに決まっているだろう」
「やったぁ! それじゃあ、フレンド登録申請するので、お願いします!」
「あぁ、こちらこそ宜しく頼む」
ソラから『フレンド登録申請』が、俺のメニュー画面に現れた為、『登録』を押して完了した。
「ふへへへ、初フレンドゲット!」
何やらだらしない顔になっているソラを、そんなに友が居なかったのかと気の毒に思っていると、急にキリッとした顔をしてこちらを見た。
「『あ、こいつそんなに友達いないんだな』とか、思ってないでしょうね?」
「あ、いや、そんなことは……」
「そうなんです! リアルで友達作れなかったんです!……だから、せめて『the Creation』の世界だけでも、友達欲しかったんです!」
「お、おう。そうか、中々大変なのだな。ならば、改めて宜しくだ」
「はい! 宜しくです!」
ソラは満面の笑顔を見せていた。
「ここが、『ジョブクエスト案内所』なのか?」
「ここであっている筈です。そこに看板も出てますし。見た目は西部劇とかに出てきそうな場末の酒場みたいな感じですけど……なんか、某ゲームの酒場みたいで、良い感じですね!」
ソラは何やら興奮しているが、このボロいだけの建物の何処に、そんな要素があるのか俺には分からなかった。ただ、ソラが楽しそうなので、黙って付いて行った。
「ひやぁあ! 中はものすっごく広いですね! 人もたくさんいますよ!」
「ほう、ここも空間拡張魔法か」
「ここは、初期ジョブクエストの受付場所なので、ここにいる人達は私達と同じ『the Creation』の世界に来たばかりの人達が多いと思いますよ!」
「ふむ、ん? あの集団は何をしているのだ?」
「あぁ、あの人達はきっと『ギルド』の勧誘じゃないですかね? ギルド勧誘エリアって表示が出ている場所でそれぞれ陣取っていますから」
よく見ると、確かに空間の一部分に『ギルド勧誘エリア』と表示が空中に表示され、透明な板の様な物で、仕切りが立っていた。
「ここは、初心者が一番集まる場所ですから、ギルドの勧誘の人たちも、ああやって自分達のギルド員を増やそうと積極的に活動しているみたいですね」
「その『ギルド』とは何なのだ? チュートリアルクエストでは説明がなかったと思うが」
「あぁ、確かにチュートリアルでは説明がなかったですね。えっとですね、色々助け合ったりする仲間の集団みたいな? あとは同じ目的で集まっている人達みたいな?」
「なんだ? えらく曖昧だな。これまでの説明とは違って、自信がないのか?」
これまでスラスラと説明していたソラが、曖昧な返答をするので不思議に思っていると、苦しげに言葉を吐き出す。
「リアルぼっちの私には、ギルドなんていう存在は、眩しすぎてよく見えないんです!」
「よく言っている意味がわからんが、ギルドに入ればソラもたくさん友が出来るのではないのか?」
「ぐっ……鋭いですね、魔王様……」
「いやいや、誰でも思うだろ」
何を言っているのだと、不思議にしているとソラは、小さく呟く。
「だって、ギルドって沢山人がいるんですよ? 怖い人や意地悪な人とか、いるかもしれないですよね? それに実は入ったギルドが、初心者をカモにするような、悪質なギルドかもしれないですよね?」
「……要は、ビビってるって事でいいか?」
「ごふ……流石、魔王様……痛恨の一撃ですね……」
ソラが地面に四つん這いになって、瀕死になっているので、取り敢えず当初の目的を思い出させた。
「ソラよ、取り敢えずジョブクエストを受けてこなくていいのか?」
「はっ! そうだった! 魔法が私を呼んでいる! ちょっと、魔術師クエストを受けてきます!」
「俺は少し彷徨いているから、終わったら呼出してくれ」
「え? 魔王様はジョブクエスト受けないんですか? 『無職』のままになっちゃいますよ?」
「『無職』のままでいい、チュートリアルの時に『無職』はどの武器でも使えるし、魔法も使えるのだろう?」
「『無職』は、ジョブを選ぶまでのお試しジョブなので、確かに全ての装備も、魔法も使えますけど、能力値にジョブ補正もつきませんし、魔法も初級までしか覚えませんよ?」
「あぁ、それでいい。元々、今が『魔王』だから特にジョブを選ぶ必要がないからな」
「ふぉおお、そこまで一片の迷いもなく言い切るとは流石『魔王様』ですね! それじゃ、私は『見習い魔術師』になるために、ジョブクエスト受けてきますね!」
「あぁ、頑張ってこい」
「はい!」
ソラは、元気よく返事をして『魔術師クエスト』と書かれた列に並びに行った。
「さて、俺はギルドを覗いてみるか」
「ふむ、色々と目的が違うのだな」
『ギルド勧誘エリア』の各仕切りについている掲示板には、ギルド名と紹介分が記載されいた。
「おや? お兄さん、お兄さん、そこのスーツ姿のお兄さんってば」
「ん? 俺のことか?」
長髪の燃えるような紅い髪をした長身の女性が、俺を見ていた。
「まぁ、スーツ姿なんてしてるプレイヤーなんぞ、お兄さんしか此処にはいないからねぇ」
彼女は『ギルド勧誘エリア』内に立っていた。
「何か用か?」
「いやね、そんなスーツ姿でいるから気になっちゃってね。見たところオーダーメイドって感じの上等な仕上がりに見えるし、どうしたのかなって思ってさ」
「昔からこれしか着ていないが、可笑しいか?」
「『the Creation』の世界じゃ変と言えば変かな。わざわざゲームの中までスーツ装備したりなんかしないだろうさ」
「そうなのか」
「まぁ、他にも変わった格好のやつはいるけど、お兄さん初心者だろ?」
「あぁ、今日からこの世界にやって来た」
「だろうね、時々いるんだよ。『the Creation』は一番最初のログイン登録時に、選択出来る初期装備で革鎧以外を選択する奴がさ。革鎧以外の装備は、殆ど防御力がないネタ装備だからね。いわゆるネタプレイってやつ。だけど、気をつけなよ? ネタプレイが嫌いな奴もいるからね。特にファンタジーの世界に合わないって言って、いちゃもんつけてくるやつとかさ」
どうやら、この世界に俺のこの姿は合わないらしい。
「そうか、忠告ありがとう」
「いいさ、ただのお節介だとおもってくれよ」
「おぉい、紅! 手を貸してくれ!」
「あいよ! それじゃ、お兄さん、『the Creation』を楽しみなよ」
それだけ言うと、クレナイと呼ばれた女性は呼んでいた男性の方へ歩いて行った。
「ネタプレイか……」
「魔王様! 私は遂に『見習い魔術師』になってきました! ふふふふ」
「割と早かったな」
俺がクレナイと別れた後、他のギルドの説明を見ながらうろついていると、ソラが駆け寄ってきたのだ。
「まぁ、ジョブクエストって言っても、チュートリアルの時に一回やってますからね。あの時と同じ内容ですから」
「そうだったのか。それでも、ジョブクエスト完了おめでとう」
「はい! これで、私も魔法をバンバン使っちゃいます!」
ソラは小さな杖を振りかざして興奮していた。
「その杖は、どうしたのだ?」
「ふへへ、ジョブクエストを完了すると、そのジョブの装備武器を一つ貰えるんです! なので、魔王様も何か受けたら良いのに」
「そうだったのか、まぁ俺は武器は使わんしな」
「ふぉおお……己の拳一つで、この世界を渡り歩くつもりですか! 流石、魔王様!」
「どの辺が、『流石』なのか分からんが、まぁそう言うことだ」
「魔王様! 早速フィールドに出て、戦闘しましょう! 魔法使いたい!」
「そうだな、行ってみるか」
俺とソラは、街の外へと向かうべく、ジョブクエスト案内所を出ようとした。
「ちっ、ネタプレイヤーかよ……」
案内所の扉を閉める直前に、そんな呟きが俺には聞こえたが、特に気にすることなく、俺たちは街の外へと向かったのだった。