餌
「結構集まってくれたんだ。割と予想外で嬉しいね」
ある空間の一室の中央で立ちながら、ブレイブは大袈裟に両手を広げて見せた。その周りには光の球がいくつも浮かんでおり、その光の球からは、声が漏れ聞こえてくる。その声の端々には『魔王』という言葉が聞こえてきており、ブレイブはその様子をニコニコと笑顔で眺めていた。
『今回お前から提案された特別クエストだが、確認するが候補者の魂に危険が及ばない様に改変してあるだろうな』
光球の一つからブレイブへと確認をする為の問いが成されたが、ブレイブは笑顔で答える。
「それは保証するよ。彼は、『魂殺』は冒険者達には絶対に使わない。ただし、あんた達は気をつけた方が良いと思うよ」
『どういう事だ。対象は魂に危害を加える力を、封印または破壊したものと決めてあるのだぞ』
「今回の『魔王』は、本人が魔王と名乗っているが元は人間の勇者だった者だ。神を一度殺しているし、きっと彼は敵であれば神を殺す事も厭わないだろうね。実際にその力もある。それにね、彼を改変するのは無理だよ。同じ神格のに対して改変は行うことは出来ないからね」
ブレイブが飄々と告げた事実に、周りの光球からは驚きの声が上がっていた。
『何故、そんな者がこの世界に存在しているのだ?』
「いやいや、何故って言われても分からないよ。この世界に呼ばれる様な者は、大神様が関わっているんだろ? 『神殺し』を成したほどの魂だ、あの時に僕も彼の息の根を止めたけど大神様がどっかの世界の神にでも取り立てたんじゃないの? そこの世界で何かしたから、この世界に島流しにでもあったんだろ」
周りの光球達に向かって、ブレイブは呆れた様に答えた。しかし、光球達はブレイブを無視して会話を始めた。
『今、管理部の眷属共に確認したが、この世界の壁を越えて侵入してきた者が居たそうだ。全く、問題がこれまで起きなかった為に管理を眷属に全て任せておったら、こんな事が起きていたとは。管理部の眷属共は、言われたことしかせぬからな』
『仕方あるまい。まさか神の作り上げた世界に問題が起きるなど、神でも思わぬさ』
『で、どうする。勇者の仕留め損なった魔王ではなく、神に至った元勇者だったわけだが』
光球達は、ブレイブ頭上で『魔王様』の存在に対する話し合いを始めていた。
「ちょっとちょっと、今回の会議の発起人を無視して、勝手に進めないでくれるかなぁ? それに、彼がこの世界に侵入して来たって言ってるけど、そもそもそんな事出来るの? 出来ないから、ここは神に匹敵する問題のある者の隔離所兼始末所なんでしょ?」
ブレイブは、この世界へと大神により擬似肉体に神核を堕とされた時に、力を封印された状態だった。そして、再びこの擬似肉体を鍛え直し、この世界の管理の仕事を真面目にすれば再び恩赦を与えると言われていたのだった。
『罪堕神は黙って管理の仕事をしておれば良い。人間達から一人でも多くの突破者を発見し育てれば良いのだ』
『しかし、今回の報告と特別クエストの開催は結果的には良くやった。褒めてやるぞ』
『そうであれば、勇者候補達の餌とさせるか。運悪く誰かの勇者候補の魂が破壊されたら、大神様に報告すれば良いだろう』
『では、そういう事だ。特別クエストを楽しませて貰うとしよう。罪堕神よ、お主も自分で遊ばずに勇者候補を一人でも育て大神様から恩赦貰えるようにするのだな』
それだけ言うと、光球達は次々と消えていきブレイブが招集した会議は、勝手に終わっていた。
「はぁ、自分で言うのも何だけど、神って奴は本当に話を聞かないな」
ブレイブは、光球が全て去った後に特殊空間を解除すると、『救世主』のギルドマスター室の椅子に座りながら呟いた。
「本当に自分で言っておいてって感じよね。ギルマスも大概神様してるわよ」
「やぁカルマ、もう君が来る時間だったかな?」
「いつもよりはちょっと早いわね。今日は定時で上がったから。あなたに特別クエストの事も聞かなくちゃいけなかったしね」
カルマはギルドマスター室のソファー寝転がりながら、ブレイブへと開催が決まった特別クエストの事を楽しそうに笑顔で聞こうとしていた。
「君たち人間も、本当にゲームが好きだねぇ。まぁ、僕らも遊戯は楽しいから良くするけどね」
「あなた達の場合は、人を使ってやるからタチが悪いのよ。勝手に異世界へ召喚して魔王倒せとか、リアルで言われてもどんな罰ゲームよ。私達が好きなのは、本当のゲームよ。死にたくないもの」
「まぁ、君達にしてみればそうだろうけどね。それを見ている側としては、結構面白いんだよ」
ブレイブは、悪意に満ちた嗤い顔で思い出し笑いをしていた。その様子を見ていたカルマは、分かりやすく溜息を吐きながらソファーに座り直した。
「それでもっと楽しむ為に自分で悪役やって、最後には召喚された勇者に倒されちゃ意味がないじゃない」
「良いじゃないか、今度は逆なんだからさ。折角だから僕も楽しませてもらうさ。そっちの動きはどうなんだい?」
ブレイブは、かつての自分を馬鹿にするような言葉にも楽しげにしていた。そして、カルマに対して、『外』の動きに対しての報告を聞こうとした。
「どうって言ったって、あなたの言った通りになるに決まっているじゃない。取締役達は、全員あなたの子飼いなんだから」
「いやいや、そっちはどうでも良いんだけどね。一人だけ運営でいただろう? 何処のギルドにも所属してないのがさ」
「あぁ、笹本君ね。彼は元々自分がギルマスだったけど、会社の内定が出た時に何かと理由を付けてギルマスを変わってからは、今もソロで気分転換程度にしかログインしてないって言ってたわよ? 仕事に関しては、彼は優秀だから色々プロジェクトに引っ張りられてるみたいね」
カルマは、皆より先に帰っている姿を見たことがない笹本を思い浮かべ苦笑いをしていた。そして話を終わろうとした時に、もう一人ギルドに所属していない人間を思い出した。
「あぁ、それと今年入った子が確か笹本君と同じく内定時にソロになったって言ってたわね。確かその子も笹本君同様有名だから、あなたも知っているんじゃない?」
「へぇ、誰だい?」
「『白銀の天剣』よ」
ブレイブは、その通り名を聞いて誰か思い出すように目を閉じたが、すぐに笑顔を浮かべた。
「なるほどね。僕らの魅了を受け付けなかった突破者が二人、今は運営という場所にソロでいるのか」
「何よ、悪い顔して」
カルマもまた面白そうに笑顔でブレイブに問いかけた。
「これから、面白くなりそうだなと思ってさ。それで開催はいつからだい?」
「いつもと変わらないわ。取締役会での決定から三日後ね。それまでにイベント告知と一応のシナリオをサクッと作って、報酬を決めてヨーイドンよ」
「報酬か……とびきり上等なのを頼むよ」
「わかったわよ。やる気を煽るやつが良いんでしょう」
カルマの応えに対して、ブレイブはにっこりと微笑み返した。そして、本当に心の底から楽しそうな声で呟いたのだった。
「魔王よ、この勇者がお前を倒し、世界を救ってやるぞ……くくく……アッハッハッハッハ!」
そして、名指しされた魔王様は何故か正座をしていた。
「なぁ、ソラよ。俺は何故正座をさせられているんだ?」
サンゴと別れた後に再びハスレ村のシリル親娘の家へと戻ると同時に、ソラからログインしたとのメールがありハスレ村に居ると返信した。しかし、ハスレ村の場所が分からないということで、二人が共通でわかる場所の狩場で待ち合わせた。そして俺を見かけたソラは、再開してすぐはとても喜び再会を祝った。そして、俺が連絡不通になっていた事を説明する為に経緯を話そうと紅の名を出した瞬間、ソラの目から光が消え代わりに怒りの炎が燃え上がった。
「ほほう、ほほう、ほほう! 再開した嬉しさで忘れてましたよ! どんなスキルを使ったかは、この際はどうでも良いです! 何なんですかアノ面倒くさい人はぁああ!」
「そうだろう、だから変わってもらった訳だしな」
「きぃいいい! 言いたい事が山ほどあるんですからね! そこになおれぇええ!」
「長くなるなら、先ずはハスレ村に行ってからにしないか? その村の気の良い親娘が俺の回復祝いに料理を作ってくれているのだ」
「良い度胸ですね! えぇ、行きますとも! NPCの村料理って何だかレアな感じですね!」
早速、別の事に気が取られた様子のソラを見て微笑むと、俺は村へと案内すべくソラの前を歩き出した。
頭の中では、ソラと再開した事で奴が言っていた言葉を思い出していた。
『君に似て、良い魂の輝きだったよ。アレなら、遠く無い未来に限界を突破するだろうね。それが、あの子にとって良いかどうかは別にしてさ』
違和感と嫌な予感を何処かで感じながらも、俺はソラの前を歩くのだった。