都市伝説
「どういう事ですか! 笹本先輩!」
私は、メールを見てすぐさま笹本先輩の元へと駆け寄った。
「黒羽本部長からのメールの宛先は、斜内統轄Mgr.と上井と俺の三人だけだ。だから、先ずは落ち着け。周りが何事かと思うぞ」
確かに周りを見ると、私の大声に反応してこちらを見ている部員達が多かった。私は頭を下げて、一応騒ぐのを抑え笹本先輩に再度向き合った。
「斜内統轄Mgr.は何と?」
「『黒羽本部長からの指示に従うように』の一言だったな」
「ということは……本気で『魔王様』がレイドボスだったと?」
黒羽本部長から『魔王討伐特別クエスト開催について』と題したメールの着信があり、中を開くとこれまでの私と笹本先輩の不正ログインユーザー調査を全否定する内容が書かれていた。
そこには不正ログインユーザーは、そもそもおらず一般社員には知らされていないプロジェクトの一端であったと記されていた。そして今回の件は取締役以上による極秘プロジェクトであり、今回準備が整ったということで先だってプロジェクトチームのメンバーに連絡が入ったらしい。
運営本部からは、問題管理グループ、久留間さんが所属するモンスター開発導入グループがプロジェクトに参加しており、プロジェクトの統括は久留間主任が行うことになっていた。担当グループとしては思うことはないが、取締役以上の極秘プロジェクトの統括する担当が主任という事に、若干の違和感を感じなくもなかった。そして最後に、『不正ユーザーはおらず、技術保全部からの連絡などもすべて訓練の一つであった』と書かれていた。
「この会社って、こんな感じなのですか? 凄く強引で唐突感が否めないのですが」
私は笹本先輩に対して、明らかに会社のやり方に対する不信感を隠さずに今回の件について尋ねた。私の問いに対して、笹本先輩は無言で画面を操作した後に立ち上がり、自分に付いてくるように目配せをしてきた。
「どうしたんですか、わざわざ会議室を抑えてまでして。私の声、そんなに大きかったですか?」
「まぁ、でかいのは否定しないけどな」
笹本先輩は少し笑いながら、会議室の扉を開けて中へと入っていった。それに続き私も部屋に入り、笹本先輩が座った椅子の横に腰掛けた。
「でも、それだけじゃないと?」
「あぁ、さっきの質問だがな、偶にある事だ」
「は? このいきなりな強引で唐突な展開が、度々あるってことですか?」
まさか本当に肯定されるとはおもっていなかった為に、流石に私は驚いて少々声を荒げてしまっていた。
「上井も経験しているだろう? 突然始まるレイドイベントが年に一度程の頻度であった筈だ」
「えぇ、告知も直前までないサプライズ的なヤツですよね? 突発で発生した強力なレイドボスみたいな設定で、大抵の場合は大規模レイドに発展するヤツでしたけど……あれ、こんな感じで決まってたんですか?」
「あぁ、突然のトップダウン方式で降りてくるプロジェクトが時々な。まさか『魔王様』が、その対象になるとは思わなかったがな」
笹本先輩は苦笑しながらも、目だけは笑っているようには見えなかった。
「黒羽本部長はフロアにいませんでしたが、笹本先輩は話をしましたか?」
「いや、まだだ。電話も繋がらんかったしな」
「どうするんですか?」
「どうするも何も、仕事をするだけだ」
「そうですか……」
私は、明らかな落胆の表情を隠しもせずにため息を吐いていた。そんな私を笹本先輩はじっと見ながら静かに口を開いた。
「魔王様は、明らかに戦闘技術の高さが飛び抜けていた。先ほどの戦闘を見ていたが、上井もわかっているだろうが、アレは異常だ。正直、特別設定されたレイドボスだったと言われ、なるほどなと納得したが、上井はどう思う?」
「確かに魔王様の戦闘技術は、群を抜いて高かったです。ですが……彼がプログラムだとは、到底思えません。明らかに彼は、生きていました。今回の特別クエストについては、寧ろ会社側に異常さを感じます」
私は魔王様と会話を交わしたが、間違いなく彼は生きていた。プログラムされたレイドボスだとは、信じることがどうしても出来なかったのだ。
「魔王様と直接会って話をしている上井は、俺とはまた違う印象を受けていて当たり前か……今回のプロジェクト会議で上井を問題調査担当にさせるように、これから久留間さんと打ち合わせをしておく」
「問題調査担当と言うと、ログインして中でクエストでバグなどが起きていないか確認するっていう役割でしたよね?」
「その通りなんだが、そもそもバグなぞ全く起きないからな。それに普通は他の仕事も抱えているから、名目としては役割が振られるんだが、実質は『問題なし』と報告するだけになっているやつだ」
クエスト導入後にバグなどの問題が起きていないか調査する役割だったが、実質システム上のバグが全く見つからない『the Creation Online』では、名目上あるだけの役割と化していた。それを笹本先輩は敢えて私に専属として付かせると提案するらしい。
「新入社員に任せる役としては無難な役どころだし、違和感は出ない筈だ。そして『問題調査』という名目でいつでも運営アバターを使用してログインする事が出来るんだ、その役は」
「という事は、別の名目でログインしていたとしてもバレないという事ですか?」
「そういう事だ。これから『魔王討伐特別クエスト』が実装されてから、クリアされるまで上井は自由にログイン出来る立場にある。そこでやって貰いたいのは、何か分かるか?」
「魔王様とコンタクトを取り、彼の真実を探る……ですか?」
「あぁ、藪を突いて何が出てくるか分からんが、ここは突っ込むべきだと俺の勘が言っている」
「それは、頼もしいですね。笹本先輩はどうするんですか?」
やけに気合の入った顔をしている笹本先輩は、こちらで色々調べ物をするらしい。
「色んな部署を回っているとな、知り合いも増えるし色んな話を聞く機会も増える。そこでちょっとした都市伝説を聞いてな」
「都市伝説?」
笹本先輩は、ゆっくりと意味ありげに言葉を発した。
『神隠し』
私の胸がその言葉を聞いた瞬間に、酷く脈打つのを感じるのだった。