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1万年生きた魔王

「笹本君、上井さんはまだログイン中?」


「えぇ。久留間さん、あいつに何かありました?」


「お昼ご飯でも、一緒に行こうかなっとおもってさ」


 久留間さんは笑顔でそう言うと、手に財布を持ちながらフロアを出て行った。俺は久留間さんが出て行くのを見届けると、上井との通話を再開した。


「上井、ちょっと言いたい事があるんだが」


「『はい、何でしょうか?』」


「なぁ、何故上井がモンスターを殲滅してるか教えてくれるか?」


 目の前のパソコンに映し出されている『モンスター性能試験空間』では、何故か上井がモンスター相手に無双状態で戦っていた。


「『え? 魔王様に良いとこ見せたくてですが?』」


 俺は全く冗談を言っている様に感じない上井の声に、背筋が寒くなるのを感じながらも、なるべくその事を表に出さない様に努めた。


「ですが? じゃねぇよ。何のためにソコ(・・)を用意したと思ってるんだ。しっかり仕事しろ、仕事だ仕事」


「『分かりました。それでは魔王様にモンスターを討伐してもらいますので、記録の方よろしくお願いします』」


 今度はしっかりと、仕事をしている時の上井の雰囲気の声が聞こえてきた。画面には、俺との通話を切った上井が魔王様に話しかけている姿が画面に映し出されていた。そして、今度は魔王様が出現しているモンスター相手に戦闘を始めた。


「いきなりどうしたんだ、あいつは」




 上井からハスレ村を出立する前に『モンスター性能試験空間』を使用するとの連絡が入り、俺は使用許可申請をすると場所の選定を始めた。今いる場所から離れすぎず冒険者が居ない場所として、過去に廃れてしまった平原の狩場へと上井を誘導した。


 誘導した場所にあらかじめ転移陣を設定し、『モンスター性能試験空間』を転移前の平原と景色も全く同じにしておいた。その為、転移した事等全く分からずに『モンスター性能試験空間』へと誘導する事に成功した筈だ。『モンスター性能試験空間』は実装前のモンスターの性能試験が出来る空間であり、この空間においてはリアルタイムで映像を見る事が出来る。


 既に上井が『サンゴ』として魔王様とフレンド登録した際に、ジョブが『無職』である事は分かっていたが、目の前の魔王様の戦闘を見ているとそれが全く信じる事が出来なくなる程だった。無職は、レベルが上がらない。更にジョブによるステータス補正も受けられない筈であるのにも関わらず、目の前では既に上級職の冒険者でも無傷では攻略が難しいレベルのモンスターが、魔王様に全く攻撃が当たらないままに圧倒されていた。


「しかも、素手かよ。更に、空間内に異常なステータス上昇も見られていない。基本ステータスを改造しているんだろうが……上井が、魔王様にあいつを重ねるのも分からないでもないか」


 あいつは素手で戦う事はなかったが、確かに魔王様の体捌きはあいつと似ていたのだ。


「似ている……が、あいつじゃないな。あいつはこれ程の洗練された動きは出来なかった。正直、コレは不正がどうのというレベルの動きじゃないぞ? 基本ステータスを弄ったくらいで、こんな流れるような動きは絶対に無理だ。寧ろ、俺が魔王様に弟子入りしたいくらいだな」


 画面に映る魔王様は、モンスターの攻撃の見切りと視野の範囲、体捌き、攻撃予測、どれを取っても一流という言葉すら霞む程の戦い方だった。見切りも恐らくミリ単位なのだろう、よく見ないと思わず重なってすり抜けたと錯覚しかねない程だ。そして、同時に向ってきているモンスターに対して死角がある様に見えなかった。真後ろや真上であっても、正面と同じ様に反応し対応していた。


「『威力貫通』のスキルでも取得してるのか? アレは実装が見送られたスキルだからな、ステータスに表記があれば一発で証拠になるんだが」

 

 出現させるモンスターをどんどん高レベルに変えていっているが、相変わらず拳と蹴りのみで対応しており、初見のモンスターに関しては最初のみ慎重に対応している様に見えたが、ニ体目以降は苦戦をする素振りすら見せなかった。


「画面越しで見てる俺でさえ、見惚れるほどって事は……上井は、さっきの状態も踏まえると不安しかないな」


 一向に異常なステータス異常が検知されないままに、次々とモンスターを撃破していく魔王様を複雑な気持ちで見ながらも、どこか心が熱くなるのを感じるのだった。




「これは、俺を試していると思って間違いないだろうな。少々露骨だが」


 サンゴに付いて『レベル上げに効率の良い所』に向かって移動していると、何も無い平原へと着いた。サンゴが此処だと俺に告げた瞬間に、俺とサンゴが強制的に転移させられたの感じた。見た目の風景が全く先程と変わらないため、普通なら気づかないかもしれないが、俺が魔力の動きと転移陣が発動した瞬間を見逃すはずはない。しかし、ここはサンゴに合わせていた方が良さそうだと判断し、この空間からの脱出は計らなかった。


 この空間を観察し始めると同時に、空間内にモンスターが構築され始めた。その時この空間の目的は、俺の力を図るためだろうと予想したのだが、実際はサンゴが全てモンスターを狩っていた。予想が外れたかと考えていると、渋々といった様子でサンゴが俺に戦いを勧めてきた。そして、サンゴ自体は完全に観戦する様に立ったままで俺を見ていた。


 どうもサンゴは、抜けている様だった。別に俺が戦うのは構わないが、未だパーティ登録すらされていない状態で俺だけ戦うというのはどうなんだろうか。今のままだと戦わないサンゴはレベルが上がらない為、振りだけでも戦っていないと俺に怪しまれるとは思うのだが、サンゴは一向に動こうとしない上にモンスターも俺にしか向かって来なかった。


「正直、生きてもいない決まった動きの組み合わせでしかないこいつら等は、どれだけレベルが高くても無駄なんだがな」


 出現するモンスターは、元々決められた動きを組み合わせて戦っているのだろう。その組み合わせを観察し予測すれば、まずもって相手の攻撃など当たらない。ましてや、個体間での個性すらないのであれば一体を把握すれば同じ種類のモンスターであれば対応出来る。


 こちらの攻撃に関しても、モンスターの核となる魔結晶を覆うモンスターの肉体もまた魔力の収束した姿である為、容易に俺の魔力を通す(・・)事が出来た。本物の肉体を持つ者や冒険者の疑似肉体(アバター)では、ここまで容易には出来ないだろうが、唯の魔力に形をもたせたモンスターは言うなれば魔力の塊であり、俺の身体が触れさえすれば流し込んだ魔力で直接脆弱な魔結晶を破壊出来たのだ。


「見た目には相手に関わらず一撃なのだから不思議には思うだろうが、これなら()の言う異常なステータス上昇には当たらないだろう」


 暫く次々と出てくるモンスターを狩っていたが、急に辺りが静かになり再び元の場所へと再転移された感覚を覚えた。相手の目的が達成されたのかどうかは分からないが、一先ず用は済んだのだろう。


 元の平原へと戻ったのを確認すると、サンゴが近くに寄って歩いてきた。やや表情が高揚しているように見えるのは気のせいだろうか。その割には、目には狂気の色が見えるが、その理由は俺にはわからなかった。


「ねぇ、さっきの動きは何?」


「何とは?」


「あそこまで洗練された動き何て、今まで見たことないわ。廃人連中でも今の動きよりは間違いなく全てが荒いわ。まるで何百年も研鑽を重ねてきているような、そんな戦闘だったわ」


「そうだな、一万年は鍛錬を続けてきていれば、あれくらいは当たり前といえば当たりまえだな」


 俺は特に謙遜することもなく、それだけの時間を鍛錬に費やせば当たり前に出来るようになると言っただけだったのだが、サンゴはそうとらなかったらしい。


「一万年ね、そこまで行くと魔王というより魔神に近いんじゃないの?」


「魔神か……いや、俺は『魔王』だ。それ以外でもそれ以上でもない」


「そんなに怖い顔しないでよ。アバターネームも思い入れはあるものね、ごめんなさい」


 サンゴは、謝った後に用事ができたと言ってログアウトしようとした。咄嗟に俺はサンゴの腕を掴んでいた。


「俺は別に構わない、気にしないでくれ」


「ふふふ、どうしたの急に慌てて。本当に用事が出来たから、ログアウトするのよ。別に今のを気にした訳じゃないわ。案外可愛い所もあるのね一万年生きた魔王様でも」


 サンゴは、俺を見ながら(・・・・)俺を見ていない(・・・・・)ような目をしながら微笑んだ。


「本当に、大丈夫か?」


「何が? 仕事があるからまた今度ね。それと、腕を離してもらえる?」


「あぁ、悪かった……それじゃ、またな」


「えぇ、またね」


 そして、サンゴはログアウトし光の粒子となり消えていった。




「あれ? 腕を掴まれた? 戦闘スキルでもなく? しかも感触を感じた?」


 笹本先輩から至急本部へと戻るように指示を受け、社内のVRルームへと戻った私は先ほどの魔王様との別れ際の事を思い出し違和感を感じていた。その違和感を考えながらも、運営本部へと戻ると笹本先輩の様子がおかしかった。


「どうしたんですか?」


「戻ったか、上井ひとまず自分のデスクで黒羽本部長からのメールを確認してみろ」


 険しい顔を崩さないままに、私に指示を出す笹本先輩の様子を不思議に思いながらも言われた通りに自分のデスクでメールを開いた。


「……何これ……どういう事?」



『魔王討伐特別クエスト開催について』



 本文を読んだ私は、再び笹本先輩のデスクに駆け寄ったのだった。


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