お約束
第4章『狂騒』開幕でございます
よろしくお楽しみご覧下さい
「さて、ソラには何とか返信できたな」
「私との決闘の最中にメールを打つたぁ、舐められたもんだね」
俺の目の前には、鮮やかな緋色の髪を靡かせた長身の女剣士が俺を睨みつけていた。
「舐めている訳では、決してないんだがな。それに、ソレを揉んでしまったのは謝るが、事故だと言っているだろう」
俺が、目の前の女剣士の立派なソレをチラ見して訴えかける。
「……変態チート野郎……コロス」
そして、再び俺に向かって斬りかかってきた。
「どうしたものかな」
俺は、溜息を吐きながら今の状況を憂いて思わず遠い目をしてしまうのだった。
「『空間転移』『転移目印未設定』『起動』!」
俺は、空間時間停止系の術から急遽逃れる為に、転移先を未設定したままで空間転移を起動した。転移先で生物と重なる事はないが、壁の中に入ってしまうという事は十分考えられたため、転移が完了した瞬間に何処かの部屋の中だと気付いたのは僥倖だった。
ただ、部屋の中は中でも天井に近い空中に転移した様だった。幸い天井に頭が突き刺さるという形は避けたものの、着地に意識が向いたため足元に何が居るかまでは気にも止めなかった。
「ぬわ!?」
「きゃぁ!?」
誰かの悲鳴が聞こえた時には、もう回避するには遅くそのまま二人して床へと倒れこんでしまった。そして、俺は起き上がろうと手を着くととても柔らかい感触が、手を伝ってきたのだった。
「……済まん」
「……謝る前に、先ずその手を退かすんだね」
魔王の俺が凍てつく程の声が、目の前で下着姿で床に仰向けになっている女剣士の口から放たれた。俺は背中に汗を感じながら、ゆっくりとソレから手を離し起き上がる。
「これはだな、ちょっとした事故と言うものであってだな。決してわざとここに転移したわけでは……」
「つべこべ言わずに……出て行けぇええ! ここは、装備の試着室だ! バカやろうがぁああ!」
「おわ!? 待て! わかったから、そんな格好で剣を構えるな。落ち着け、色々まずいだろう女としては」
「……シネ」
その女剣士の目が漆黒の闇に染まっ為に、一先ず俺はその部屋を飛び出した。そして廊下を抜けると、何処かの武具屋に出た様だった。
「紅、 もう調整終わったのか? 適当にやるなよ? オーダーメイドの装備は、最初に詳細な調整が大事って……あんた、誰?」
店屋の中のカウンターには、黒髪で片目が前髪で隠れている女性が肘をついており、その目は俺を不審者を見るかの様な目で見ていた。実際、不審者と言われれば違いない所が困るのだが。
「偶々、転移で事故ってな。直ぐ立ち去るから案ずるなよ……これは……では、さらばだ!」
「ちょ!? あんた!?」
物凄い殺気がこちらへ向かってくるのを感じたため、一先ずこの店を後にした。あの狂化したような状態では、何を話しても恐らく通じないだろう。そして俺は外へと出てメニューで町の名前を確認すると、『豪の者達の楽園ストレンシア』と表示されていた。
先ずは鍛冶屋「カジカ」と書かれた看板がかかっている先程出てきた店から、一刻も早く距離を取るため、直ぐ近くの路地裏へと進み街の外れへ移動を始めた。
「なんだったんだ? しかも、こんな最前線の戦さ場にネタ装備でいるとか、バカな煽り屋か?」
鍛冶屋「カジカ」の店主カジカは、先程のスーツ姿で試着室から出てきた冒険者に驚き、そして引き止める間も無く魔王様が店を出て行った為、訝しげな表情を浮かべていた。そして、そこに奥から紅蓮に燃える焔の如き緋色の鎧を身につけた紅が姿を現した。
「……今日って、ギルド戦だったか?」
まるで、今から格上ギルドとのギルド戦でもするかの様に殺気立っている紅に若干引いているカジカだったが、紅が装備していた緋色の鎧が全身にしっかりフィットしている様子を見て、自分の仕事に満足していた。しかし目があった紅は、完全に光を失っており、その目に完全にカジカはドン引きしていた。
「……カジカ」
「ひゃい!」
「ここの試着室は、当然使用者以外は立ち入り制限になっているね?」
「も、勿論ですとも!」
「そう……もう一つ確認だけど、プレイヤーは、戦闘時も非戦闘時も直に胸には触れない筈よね?」
「ん? そらそうよ。アバターなんかの胸や尻を触りたいかどうかは別としておいて、ゲームの設定としてお触り出来んよ」
カジカが紅の質問に、何を今更確認しているんだと言う表情見せたが、紅の表情は能面のように無表情だった。
「そうだね……ならあのスーツ野郎は、チート確定の変態って事だね……」
「スーツ? あぁ、さっき突然試着室から出てきた男だね。あれ? そういや、奥に通した客は紅以外にいなかった筈……ひぃ!?」
「そいつは……ドコイッタ?」
カジカがスーツ姿の男という言葉を出すと、一瞬にして間合いを詰めた紅がカジカに詰め寄っていた。
「今さっき、そそそこを出て行ったよ……この辺りじゃ珍しいネタ装備だったし、直ぐ見つかるんじゃないか?」
「……待ってろよ……」
そう言い残すなり、紅は鍛冶屋を出て行った。
「……今日見た事は忘れよう……絶対巻き込まれたくない……」
心にそう固く誓うカジカであった。
「ん? そろそろ街の外か。少し、外の様子を見てみるのも良いな。ソラのレベル上げにも良いかも知れんしな」
こちらの世界に来て二つ目の大きな街だったが、多少面倒ごとになりそうだったので、人目を避け気配を隠蔽した状態で、街の外へと向かっていた。街の中を隠れて移動しながらも人目についた冒険者を見ると、随分とスターテインと冒険者の雰囲気が異なっていた。『豪の者達の楽園ストレンシア』にいる冒険者達は、総じて佇まいが戦士然としていた。装備しているものも総じて厳ついものが多かった。
「ソラを連れて来れたら、その辺りも説明してくれるかもしれんな」
そして、街の外へと出た俺は、やはりスターテインとの違いを目にする。
「街の外だと言うのに、賑わっておらんな」
スターテインの直ぐ外は、冒険者達でごった返しているが、ここは全く冒険者が見られない。見たことないモンスターが彷徨いているのは一緒だが、それを嬉々として狩る冒険者は見られなかった。
俺はこの辺りの様子を観察するべく、少し街から歩いて離れながら散策を始めた。俺に気づいてスターテイン付近のゴブリンをさらに醜悪にしたような巨大化したモンスターが向かってきたが、降り下された巨大な剣を受け止め強さを確認したあとはいつも通り消し飛ばした。ただ、ソラとレベル上げをしている場所で出てくるモンスターよりも随分と膂力が強いと感じたが、特に脅威を感じるほどではなかった為、更に散策を続けた。
「街中では気配を消していた筈だが……真っ直ぐ、こちらへ向かってきているな」
『鍛冶屋カジカ』を出た直後から気配を消し更に路地裏を進んでいた為、誰も追っ手は来ていなかった筈だった。事実、先ほどまで俺を追ってくるような気配はなかった。
「探索の能力でも持っているのか?」
俺が不思議に思っていると、その大気を震わす程の怒りの気を周囲に撒き散らせながら女剣士が此方へと駆けて来るのが見えた。
「いたね……変態チート野郎」
「俺は特に不正などしておらんが?」
「やかましいね。往生際が悪いよ。あんたが急に現れたあの部屋は、使用者以外は立ち入り制限が設定されていたんだよ。それなのに、あんたどうやって現れたんだい? しかも、この『the Creation Online』は……揉めないんだよ!」
どうやら、おそらく俺は通常の冒険者では出来ない事をしてしまったらしく、それが不正をしているという事なのだろう。
「ただ、残念ながら怒りに忘れてスクショを撮るのを忘れちまったからね。こうして追いかけてきたってわけだよ。取り会えず、あんたも男なら潔くチートを認めて、この世界から出て行きな」
「それは出来んな。この世界に興味が湧いてきたしな。少々因縁も出来てしまったのもある。それに俺は不正などしておらん。自らの力のみで、堂々と生きている」
俺が此処へ飛ぶ事になった原因であるバーサーカークイーンホーネットを頭に思い浮かべながら、言葉を返した。
「男の癖に往生際が悪いね。しかも、あんたこの間スターテインにいた初心者だね。そのスーツ姿で思い出したよ」
「そうだ、そっちは紅だったか?」
「名乗った覚えはないが、誰かに呼ばれているのを聞いたのかい。そっちは名乗らないのかい? それとも変態チート野郎は、晒されるのが怖くて、名乗りも出来ないかい?」
紅は、俺を挑発的な目で見てきていた。
「俺は『魔王』だ」
「『魔王』?……ふ……ふははははは!」
俺の名を聞いて、紅が突然大声で笑い出した。
「変態でチートで、ユーザーネームが『魔王』と来たもんだ。あんた異世界からこの世界を侵略しに来た魔王様気取りかい? それなら、此処で討伐しておかないとね」
「別に、侵略しに来たわけではないがな」
俺が言葉を返すと同時に、何かを知らせるメニュー音がなった。
「今、あんたに『決闘』を申し込んだよ」
「『決闘』とはなんだ?」
「今更、初心者のフリなんざしてどうするっているんだい。さっさと承認しな。あくまでチート野郎じゃないのと言うのなら、その心をへし折って自白させてやるよ」
紅は、イラつきながら俺に『決闘(トレーニングモード/制限時間無し/回数指定無し)を承認しますか?』という文字を押せと言っているのだろう。これは、どんなモノなのかと聞きたい所だったが、先ほどから普通に会話をしているように見えて、紅の目には全く光が見えない状態だった。恐らく、実際は、先程から殆ど状態は変わっていないのだろう。
「なんだかんだと、我を忘れている様だな。その状態で、よく会話が出来ると感心するものだな」
俺は、紅の様子を見ながら、一度落ち着かつかせる為に指示に従った方が良いだろうと『承認』を選択した。
「『承認』したね……あんたが、土下座して赦しを請うまで、逃げても粘着してやるよ!」
そして、紅は二本の剣を抜き、俺に向かって斬りかかってきたのだった。
「ソラから、再度メールが来たようだな」
ソラに戦闘中だった為に、簡素にメールを返したが、それに対してソラからの返信の知らせが鳴っていた。それに、再度聞きたい事を返信した。
「なぁ、ソレは擬似肉体なんだろう。触られた所で、そこまで狂うほど怒らんでも良いじゃないか」
「……感触は……伝わるんだよぉおおお! この痴漢野郎ぉおおお! 痴漢はシネぇえええ!」
俺の言葉に、何故か怒りが限界突破した様子の紅は、完全に正気を失った様に斬りかかってくる。そこに、ソラからの聞きたい事の返信が来た知らせがあり、斬撃を躱しながら、メールを読むと方針を決めることが出来た。
「それなら、丁度良いな」
そして、俺は拳を握り締めたのだった。
後に俺はソラに大いに叱られる事になるのだが、この時はそんな事は思いもよらなかったのだった。