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月報会

「私からの進捗報告は、黒羽本部長から緊急連絡メールが部員全員に送信された『第三フィールド六番エリアにおけるキングバジリスク岩山消失』に関する報告です」


 私は会議室の正面に映し出されたプロジェクターに、報告資料を映し出した。そして第一会議室に集まっている三十人余りの運営本部員が、私の報告書を手元に置きながら報告を聞いていた。


 運営本部は六つのグループからなっており、どのグループも五名ほどの部員で構成されていた。月に一度の月報会では、主査以下の部員が自分が携わっているプロジェクトの進捗を部全体で共有化すると、着任の日に説明を受けていた。


 私が配属になった射内統轄Mgr.が受け持つ『問題管理グループ』も、当然この月報会で部員が報告する事になっていたが、流石に入社したての私は次月度の月報会から発表する予定だと言われていた。しかし、今回の件の担当を、私のOJT担当である笹本先輩が受け持った事で、OJTの一環として今日の月報会で私も発表することになったのだ。


「昨日の十三時頃に技術保全部より、黒羽本部長へと緊急連絡での報告がありました。これまでは、問題管理グループの笹本主査に連絡が入る手筈になっていましたが、先日の不正ログインの一件から、より迅速に対応と判断が出来るようにと、不正ログイン及び『the Creation Online』内の破壊等といった重大な問題が起きた場合は、技術保全部から黒羽本部長へと直で繋がる様に体制を変更しておりました」


 私は、手元に置いてあるパソコンを操作し、破壊されたキングバジリスクの岩山の画像をプロジェクターへと映し出した。プロジェクターにより大岩が無残に転がっている風景が映し出され、元が岩山であったという事は想像する事が出来ないほどだ。


「案件発生後、私が社内よりログインし現地調査を行いました。これが現場の画像ですが、跡形もなく構造物(ストラクチャー)が消失したという訳ではなく、何かしらの力により破壊された様子が見て取れるかと思います。そして、今回の件で技術保全部の報告からも外部からシステムに侵入した痕跡はない事から、『the Creation』内で破壊行為が行われたと結論付けております」


 私がそう告げると、事前に知っている者以外は一様に驚いた顔をしていた。『the Creation』内で破壊行為が行われたという事は、それが可能なのはNPCとモンスターだけだからだ。


「プレイヤーは、そもそも『the Creation』内の構造物(ストラクチャー)を破壊できる設定はありません。可能なのは、NPCとモンスターですがどちらにおいても技術保全部から、その様な破壊行為に及んだエラーはないと報告を受けております」


 統轄Mgr.以上の管理職は、既に驚いた様子も消え鋭い視線をプロジェクター画面へと向けていた。


「現状の調査や報告の結果としましては、今回の案件は今の所『原因不明』となっております。既に第一報として調査結果報告書は、公文書として発行しております。今後については、消失現場で起きた事象で原因が判明していない『異常なステータス上昇』及び『リポップポイントの不具合』を継続調査案件とし、今回の事案との関連を調査していき随時経過報告を行う予定です。以上で『第三フィールド六番エリアにおけるキングバジリスク岩山消失』報告を終わります」


 私が報告を終え、パソコンの前で立っていると直ぐに黒羽本部長から声が上がった。


「先ずは、入社早々の月報会での報告ご苦労だったな。新入社員としていきなりの初報告としては、まずまずだった。もう少し慣れれば、その表情や口調の硬さも取れてくるだろう。それでだ、上井が挙げている今後の展開としての追加調査案件だが、既に何かわかっている事はあるか?」


「ありがとうございます。現状として『リポップポイントの不具合』についてですが、笹本主査より既に技術保全部へと調査依頼をお願いして頂いています。先ずは、その調査結果待ちの状況です。そして、『異常なステータス上昇』ですが、こちらも技術保全部へ異常ステータスを持つプレイヤーの調査依頼を出しました。しかし、こちらに関しては技術保全部からの返答があり『異常無し』という事でした」


「『異常なステータス上昇』に関しては、手詰まりか?」


「ステータスに異常な上昇が見られるプレイヤーがいない為、その方面からのアプローチは難しくなっています。その為、ネットでの掲示板やプレイヤーからの通報等からアプローチをかけています」


「成果はありそうか?」


「現在、一名のプレイヤーを調査対象としております。まだ、不正ユーザーと確定するだけの証拠がない為、ユーザーネームはこの場では伏せますが、そのユーザーに対する動向調査を行う予定にしております」


 私がここ迄述べると黒羽本部長は腕を組み、少し考え込む表情をしたが、直ぐに口を開いた。


「わかった。動向調査にも色々方法があるからな、笹本主査と相談し射内統轄Mgr.に承認を得て進めるように。射内統轄Mgr.は中々ここに留まらないから、電話なりメールなりで何とかコミュニケーションとっておくんだぞ」


 黒羽本部長は最後に苦笑しながらそう言うと、他の部員の人達も苦笑していた。実際、今日も射内統轄Mgr.は出張でおらず、私の月報会資料も事前にメールで添付した際に、『問題ないから、これで報告する様に』と返信が来たのみだった。


 黒羽本部長からの私に対する質疑はこれで終わり、その後は他のグループの統轄Mgr.にキングバジリスクの岩山が消失した事による影響を確認していた。其々の統轄Mgr.と黒羽本部長の話を聞いていると、其々の担当エリアの事業部のグループと今後の対応を検討中であり、次回のメンテナンス時にキングバジリスクの岩山を再構築出来るかどうかは、技術保全部と確認中だという事だった。


 黒羽本部長と統轄Mgr.達が関連する事についての対応が話し終わると、進行役に笹本先輩から私の月報会の終了が告げられ、私は次の報告者へと変わり自分の椅子へと戻った。


 大学院の研究室とは違う会社の報告会の雰囲気に緊張したが、無事に何とか初めての報告会を終えてホッとしながら、次の人の報告を聞き始めた。




「お疲れ様。中々堂々としてたじゃない」


 月報会が終わり、私が議事録を作成していると、正面の席の久留間さんが微笑みながらパソコンの横から顔を出していた。今月の会議担当グループは問題管理グループだったので、新人の私が議事録を作るようにと笹本先輩から言われていた。


「いえ、結構なんだかんだと緊張しちゃいました。黒羽本部長も言ってましたけど、顔とか声が強張ってしまって」


「ふふふ、確かに。上井さん、これからレイドボスにでも挑もうかってくらいの、凄い気合の入った表情してたわよ。弱い男なら、ちょっと後ずさるわね」


「……本当ですか?」


 私は自分の顔を触りながら、久留間さんに思わず聞き返した。


「私は好きよ、凛々しくて。議事録頑張ってね」


「はい、ありがとうございます」


 そして、私は作成した議事録を持ち笹本先輩の元へと持って行った。




「いいんじゃないか?  最後の黒羽本部長の講評も上手くまとめられているしな。あとは、各部員一人一人のコメントはもう少しコンパクトにすると良い。直したやつを俺と射内統轄Mgr.を承認者に設定して、公文書発行の宛先は、先月の月報会議事録の宛先をコピペしたらいい」


「分かりました。それと、結局報告はキングバジリスクの岩山消失の件だけに(・・・)なりましたが、良かったんですか?」


 結局、作成していた『魔王様』に関する報告は、先程の月報会では報告をしなかった。


「あぁ、上井の報告書を見たが、まだ月報会なんかで報告する内容じゃないな」


「『行動特別監視対象』の件はどうするんですか?」


「それなんだがなぁ、射内統轄Mgr.に今回の件を報告がてらさっき相談したんだが、『理由と根拠が弱い』そうだ」


 笹本先輩は椅子にもたれながら、明らかに悔しそうな顔をしていた。


「弱い……ですか」


「『行動特別監視対象』は、明らかな悪質プレイヤーに対して行う措置だからな。俺の権限でもプレイヤー情報が見えなかった事も、中にはそういう(・・・・)プレイヤーもいると言われてな」


「そうなんですか……そうなると理由も根拠も確かに弱いというか、ありませんね。元々笹本先輩の勘ですし」


 私は、少し期待していただけに『行動特別監視対象』を適用出来なかった事が残念だった。『行動特別監視対象』に指定できれば、二十四時間体制で一定期間のみではあるが、そのプレイヤーを監視する事が可能なのだ。


「あ、でもあのスーツってどうなんです? 実装されていない物だったら、それだけでも不正ユーザーとしての証拠にならないんですか?」


「それも伝えたが、初ログイン時に選択出来るネタ用の装備は、システムが自動的にランダムに作製して設定しているからな。似たようなスーツが偶々選ばれたのかもしれん。それに、上井は興味がなかったかもしれんが、既存装備の見た目を改造出来るアイテムもあるしな。一時期の初心者スタートアップキャンペーンで配った事もあるため、それ自体が証拠にはならんのだと」


「確かに、言われてみればそんなアイテムがあった様な……でも、『魔王様』が不正アクセスのあった日にログインしたユーザーなら、そんなの持っていない筈……と言っても、方法がある以上は証拠にはならないですね」


「そういう事だな」


 そう言うと笹本先輩は、机に置いてあったマイカップ注いであるコーヒーを一口飲んでから、私を見た。その目は、真剣な様子で私を射抜くような眼差しだった。


「これはオフレコだ。アレはあいつだと思うか?」


「……アバターとしての顔も確かに面影がありましたし、スーツもあいつのスーツで間違いないと思います。でも、雰囲気は少し違うような気もしました」


「そうか、完全に否定はしないと言うことだな?」


 笹本先輩から、問い詰めるような口調で更に確認を求められた。


「はい。肯定も出来ませんが、否定も出来ません」


「それで十分だ。上井が(・・・)否定しない奴がいるという事が大事だからな」


「でも、仮にそうだとしても行動の意味が分かりません。一体何がしたいのか……完全に隠れている訳でもなく、かといって目立とうとしている訳でもなさそうですし。この会社に私が入社している事は知らない筈ですが、笹本先輩が辞めていないと思っていれば、何かしらコンタクトをして来そうなものですが」


「どうだかな。単なる他人の空似って線もある訳だしな。そもそも不正ユーザーの目的が分からない現状では何とも言えん。だが、あいつだと仮定したとしてあっちは『不正ユーザー』で、こっちは『運営』だ。そして、俺たちのアバターは既に運営仕様になっているからな。迂闊にあいつにバレるのも面白くない」


 笹本先輩表情は変わらなかったが、私は確かにこの時何かに対する怒りを感じ取った。


「一先ずは、『魔王様』が本当に『不正ユーザー』なのかどうかを確定させる事からだな。データ上での不正が見つからない以上、状況証拠を積み上げるしかないだろう。一番手っ取り早いのは、上井が魔王様に接触している時に、異常なステータス上昇が認められれば、良いんだがな。そうすれば、データに異常がないと技術保全部が言ってきても、偽造データに騙されていると主張出来る」


「不正ユーザーだと承認されれば、ユーザー情報の開示請求も承認されるという事ですか?」


「あぁ、そういう事だ。そして、俺のすぐ近くにまだ自分のプロジェクトと持っていない新人が、丁度良く暇にしている訳だ」


「……どっかの指導員が、新人を指導していないからじゃないですか?」


 笹本先輩を呆れながら見ると、私の目線を無視しながら時計を見ていた。


「まだ十五時だな、行っとくか」


「聞く気ないんですね」


 そして、私は『魔王様』に会うために、再び『サンゴ』としてログインしたのだった。



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