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生きる者

「うぅ……魔王……様……もう限界です……魔法銃ソラは、体力の限界……」


「あらかた潰した(・・・)が、デカイのが一匹いるな」


「……スルーしないでくださいよ……デカイのですか? 特に周りには見えませんけど、隠れているんですか?」


 俺とソラは、沼地に現れるクレイジーホーネットの群れを一匹残らずに殲滅した。俺は基本的に拳と蹴りで吹き飛ばしながら、ソラは俺が傍に抱えた状態で振り回されながら魔法を撃っていた。最初こそは、中々当たっていなかったが、終盤は俺に振り回されながらも中々に命中率を上げてきていた。


 そして、俺はクレイジーホーネットが湧き出てくる場所を見つけては、魔力が収束する点のみを小規模に『魔力収束制限』組み込んだ術式により、クレイジーホーネットが再構築されないようにしていった。沼地には岩山の時と違い生き物が生息していた為、極力影響を少なくする為に、時間はかかったが一点一点見つけては潰して行ったのだ。


 大量のクレイジーホーネットが俺たちに倒され、そしてまた再構築され、構築地点を潰すという循環により、ソラのジョブレベルは順調に上がっていったようだ。終盤に精神的な疲労を迎えるまで、終始顔はニヤけており、魔法の詠唱を唱えながら高笑いしていた程だった。


「あぁ、地上にはいないな。だが、沼地の中心部の地下に強い気を感じる」


「当たり前の様に『強い気を感じる』って言ってますけど、実は魔王様……世紀末覇者(一子相伝)系ではなく戦闘民族(野菜な人達)系ですか!?」


「何を興奮しているか知らんが、ソレは地下で眠っている様に感じるな。しかも、この感じは……」


 俺は、地下から強い気を感じた場所の真上まで移動し、沼地の中に腕を差し込み地面に手を触れた状態で地下に向かって魔力探知を行い地中を探った。その結果、詳細までは判明しなかったが、少なくとも生きている事(・・・・・・)が分かった。そして、怒りと怨みの感情が渦巻いているのを感じ取る事が出来た。


「どうしたんですか? 『不味いな……』みたいなフラグでも立ちそうな台詞を吐きそうな顔をしてますが」


「なんだ、そのフラグというのは」


「あれ? 魔王様、漫画や小説とかも読まないんですか? 簡単に言うと、『言葉に出した事と逆になる』みたいな感じです」


「言葉と逆?」


「『俺、無事にこの戦いから帰ったら、あの子と一緒になるんだ』みたいなこと言うと、その戦いでヤられちゃうみたいな類のものです」


 ソラは、フラグを俺に説明しながら「案外バカに出来ないんですよね」等と呟きながら頷いていた。


「そんな厄介な事が起きるのか、ふむ……まぁ、誰かが何かしなければ、眠ったままだろうから、ほっといても良いか」


「……実はフラグの事知ってましたよね、魔王様……」


 ソラは、やや頬を膨らませていたが、知っていたわけではなく試しに口にしてみただけだった。しかし、一応数分その場から動かずにいたが、何も起きる様子はなかった。


「何も起きんな」


「現実は早々上手い事フラグ立てたところで、その通りにはいきませんよ。そんな頻繁にフラグが実現したら、ずっとトラブルに巻き込まれる事になっちゃいますからね」


 ソラはケラケラと笑いながらそう述べていたが、今のこそ正しくフラグと言うのではないかと思ったが、そこはそっとしておいた。


 その後、一先ずキタレ村に戻りギョクサに『クレイジーホーネットの討伐』が完了した事を伝えた。ギョクサはその事を聞いても、特に喜ぶという様子もなくただ一言礼を述べ、報酬は街のクエスト案内所で貰うように述べるだけだった。その様子に、ソラは何やらやるせない表情を作っていたが、何も言わずにギョクサの家を後にした。


 そして、俺たちは巡回馬車の停車場所へと移動し、巡回馬車が来るまでそこに設置されていた椅子に座っていた。


「魔王様、何か後味悪いクエストだったですね……」


「そうだな」




 実はソラがギョクサの家を出た後、あの沼の様子を暫く見ておくと良いと伝えた。


「何故じゃ?」


「理由は教えられぬが、クレイジーホーネットは少なくとも暫くは発生しない筈だ」


「そんな事あるわけがないだろう。一度発生したモンスターが『理の改変』を待たずして、いなくなる事などありはせぬ」


「言われただけでは、信じられる筈がないだろう。時間ができたら見に行ってみると良い、沼へと続く道の付近もモンスターは出ない筈だ」


 ギョクサは、信じられぬといった言葉を吐きながらも、その目にはどこか俺の言葉に期待する様子も見て取れた。そして、俺もソラに続いてギョクサの家を後にしたのだ。




「あとは村人次第だろうな」


「何がですか?」


「いや、しかしギョクサも沼の地下に何かいると言う事は、これまで聞いた事が無いと言っていたな」


「そうですねぇ、近くの村の村民NPCが何も知らないと言うって事は、イベントが発生する為の何かが別にあるのかもしれませんね」


 ソラは、思考を切り替えたのか憂いを帯びた表情から一転して、ワクワクしている様な表情へと変わった。


「逆に言えば、何かしらの拍子に眠りから醒めるかもしれんという事か」


「まぁ、そうかもしないし、そうじゃ無いかもしれないって事です。 要するに、分からないって事ですね!」


「そんな自信満々に言われてもな」


 そんなソラに苦笑していると、物凄い速さで巡回馬車がやって来て目の前で停車した。俺達は再び巡回馬車に乗り込みスターテイン(始まりの街)へと向かったのだった。




 スターテインへと向かっていく巡回馬車中でソラは、さして来る時とあまり変わらない窓の外の景色を、楽しそうに眺めていた。その間、俺は地下のアレについて考えていた。


 ソラがいた為に、あの場では詳細な調査まではしなかったが、明らかにアレは『生きていた』。そして、簡易ではあるが魔力探知を行った結果、冒険者、NPC、モンスターとも違う様子だった。どちらかといえば、俺に近い感じを受けたのだ。もし眠りから覚めて地上に出てきたとしても、俺が一人なら魔力と闘気を解放すれば問題無いだろう。しかし、それをすると神運営に俺の事を分析する機会を与えてしまう。その為、出来ればそこまでの力の解放は、今はまだしたく無いと考えていた。


「まだ、あの強さにはソラは早いだろうな」


「ん? 何が早いんですか?」


「巡回馬車は、速いなと感心していたんだよ」


「ですね! 若干こんだけ早くて事故とか起きないのかだけ心配ですが、ゲームの仕様なのでそれこそ要らない心配って奴ですね! あ! 着いたみたいですよ!」


 巡回馬車の車内にスターテイン(始まりの街)に着くことを知らせる案内が響いた。俺たちは、スターテイン(始まりの街)で下車し、そのままクエスト案内所へと向かった。そして『クレイジーホーネットの討伐』クエストを完了報告を行い報酬を受け取った。


「結局、今日はずっと沼地でしたねぇ」


「よいレベル上げになったのでは無いか?」


「確かにそうなんですけど……あぁ!?」


 ソラがいきなり大声を出すので、どうしたのかと声をかけると一気に顔が破顔した。


「ふへへへ、『見習い』魔術師から『駆け出し』魔術師にジョブの熟練度が上がってました! レベルばかりに目を奪われ、魔術師としての熟練度が上がっていたことを見逃すとは……このソラ、一生の不覚!」


「まぁ、戦っている間は、『レベルが! レベルが! ワッハッハ!』と、ソラは終始興奮していたからな。気づかなくてもしょうがないだろ」


「う……魔王様が声真似なんて言う高等レベルのイジリを……しかもめっちゃ上手いですと!?」


「声真似は昔から(・・・)得意だったからな」


「中々芸達者ですね、魔王様」


「あぁ、色々真似してやると喜んでな」


「……誰が喜んだんですか?」


「ん? そう言われれば、誰だったんだろうな。よくよく考えれば、そんな気がしたというだけかもしれんな」


 俺は、自然と口にした自分の言葉に少し違和感を感じながらも、長く生きていればそういう事もあるのだろうと気に留めなかった。逆にソラは、少し考え込む様にしていた。


「どうした?」


「あ……いえ! 何でもないですよ? 私はログアウトの時間になっちゃったので、これで一旦終わりますね。では、またです!」


「あぁ、またな」


 そして、ソラはログアウトしていき、この世界から跡形もなく消えていった。


「昔……か」


 自分の過去に想いを馳せると、記憶の彼方で誰かが俺の声真似で笑っていた様な気がした。しかし結局、いつ何処で誰にそんな事をしていたのか、思い出すことはなかった。そして、俺は再び巡回馬車乗り場へと向かったのだった。




「魔王様……リアルでは、どんな人なんだろう」


 私は『the Creation Online』からログアウトし、ベッドから起き上がった。そして、自然に棚の上の写真立てに目が行ってしまった。


「失踪しておいて、ゲームで魔王様プレイなんてしてたら……絶対ボコボコにしてやるんだから」


 そんな事は、あり得ないと思いながらも、昔お兄ちゃんが私を笑わせる為にしてくれた事を思い出していた。


「オンラインゲームでリアルの素性なんて聞くなんてマナー違反だし……でも……どうしよう」


 大学へと行く準備をしながら、頭の中ではそんな葛藤が渦巻いていた。そして、今夜のログインに向けて何か良いアイデアが浮かぶ事を祈りながら、玄関の鍵を閉めて歩き出したのだった。




「次は上井部員からの、プロジェクト報告をお願いします」


「はい、よろしくお願いします」


 報告会の進行役を務めてる笹本先輩から、報告の発表を指名され、私は発表者の席まで歩いて行った。


「初報告、頑張ってね」


 私の前に報告していた久留間さんが、すれ違いざまに声をかけてくれた。


「それでは、『第三フィールド六番エリアにおけるキングバジリスクの岩山消失』について報告をさせて頂きます」


 そして私は、運営本部員として初めてのプロジェクト報告を始めたのだった。


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