石化
「え?」
シリルは、俺がクエストを受ける事に驚いていたが、俺は早速行動に移す事にした。
「『鑑定』『分析』」
「一体何を……」
俺はシリルの石化した箇所を『鑑定』し、その結果を更なる詳細が分かる『分析』を用いて今の正確な状態を把握した。
「ふむ、見た目は『石化』しているが、実際はそう見えるだけで、体内は石になっている訳ではないのか」
『分析』によると、石化部位は体表面を微弱に覆っている魔力膜が『硬化』状態となっている様だった。そして、石化部分の体内魔力の流れが乱されているのが見える。恐らく、これのせいで体調が悪いのだろう。
「少し触るが良いか?」
俺は、原因が魔力の流れであるのであれば、直接触れ流れを正常化する事により『石化』を解除出来る予測を立て、その事を確かめる許可をシリルから得ようと尋ねた。
「それは……私から許可を得たとしても、冒険者の方はどちらにしろNPCには、触れる事は出来ない筈ですが……」
「そうかもしれないし、そうじゃないかも知れない。先ずはシリルが、許可してくれるかどうかだな。触らせて貰えれば、俺も何か力になれるかもしれない」
俺は、真っ直ぐにシリルの目を見ながら問いかけた。
「……コレが治る可能性があるであれば……お願いします」
シリルは、不安混じりだがしっかりとした口調で俺に答えた。
「分かった。この『魔王』任せろ」
俺はそう言うと、ゆっくりとシリルの石化した足に、手を乗せた。
「『硬化』の状態は……これならば」
俺は、自分の魔力を石化部位へと流し込み『侵食』させていく。
「ッ!? 何ですか!? 魔王様!? 足から何か……んぅ……あぁあ……あぁあああ!」
「我慢しろ。俺の魔力で、石化を解除出来るか試している所だ。俺の魔力による侵食は、確か痛くはなかった筈だが?」
「んあぁ……痛くは……ないのです……が! んぅ!……痛くは……あぁああ!」
シリルは、まだ足先だと言うのに、ひどく苦しんでいる様だった。以前に魔王城で石化した者を治してやった時も、その者も似た様な声をあげていた。ちゃんと気を使って気が楽になる様に制御しているのだが、これはやはりもう少し検討する必要があると考えながら石化の状態に集中していく。
「うむ、この世界でも、『侵食』は使えそうだな。ならば、『侵食』した部分の『硬化解除』は……いけるな。シリルよ、もう暫く我慢しろ。石化は解除出来そうだ」
「ほん……とうです……んぁ……か?……はぁはぁ」
「あぁ、今から足先から徐々に解除していくからな。そう少し、我慢しろ」
「足先から……? はっ!? という事は……どんどん上に?」
シリルは若干顔を赤らめているが、何をそんな恥じる事があると言うのか。
「何を、恥ずかしがっておるのだ。この石化はシリルが子を守ろうとした証だろ。何も恥じることはない。むしろ誇らしいことじゃないか」
「いえ……そういう事を恥じている訳はなくてですね? あのその、足先の石化を解除するだけで、これだと……足も付け根まで石化してるわけで……その胸も片方が石化しててですね……」
「案ずるな。全てちゃんと石化を解除してやるからな」
俺は、心配そうな顔をするシリルを安心せる為に、優しく微笑みかけた。
「いえ、あの……その心配をしている訳では……んうぁ……また……ちょっと待って……あぁあああ!」
俺は、石化から解除される感覚に必死に耐えるシリルを励ましながら、全身の石化を解いたのだった。
「……もう……色々……無理……」
シリルは汗だくになりながら、ベッドの上に力尽きる様に倒れた。
「……もう、終わった?……」
シリルの石化解除が終わり、寝室にシリルの荒い息遣いだけになると、扉が開きアリンが顔を出した。
「どうした? 部屋の外にいたのか?」
「え!? あっ……うん、いたよ?」
何故か罰の悪そうな顔をしているので、俺が手招きする。
「どうした? 入ってきていいぞ」
「え!? いや……でも……だって、魔王様とお母さんが……」
「ん? あぁ、アリンの母の石化を解除したところだ。解除の影響で少し疲れているが、身体は元の通りに戻したぞ。見てみろ、そんな扉の隙間じゃなく、しっかり元に戻った母の姿を」
俺は、扉を強引に開け、アリンに母親の姿がよく見える位置に手を引いて連れて行った。
「え!?……お母さん……足も……胸も……何で……」
「アリン……部屋の外で、聞いた事は……全部忘れるのよ……」
「そっちはどうでもいいよね!? 石化だよ! お母さんの石化が治ってるよ!」
若干惚けたシリルの肩をアリンが揺さぶって、シリルの正気を戻すと改めて自分の今の状況を確認していた。
「足が……腕も胸も……石化が治ってる……アリン……」
「お母さん……うわぁあああん!」
二人は、抱き合いお互い涙を流していた。
俺は静かに寝室から出て、静かに扉を閉めたのだった。
「良いものだな、生きていると言う事は。生きてさえいれば、また会える」
俺は居間の椅子に座り、二人が出てくるまで目を閉じ、静かに待つのであった。
遥か昔に生まれ、何の為に世界の壁を越えようとしていたのかも、もはや思い出せない程の刻を生きてきた
生きる刻が一万年も過ぎれば、自分が何者だったかも忘れるだろう
何故、『魔王』と名乗っているのか
何故、世界の壁を超える研究をしていたのか
世界の壁を超えて、何処に行きたかったのか
何処に帰りたかったのか
俺が思考の渦の中に沈みかけた時、寝室の扉が開きシリルとアリンの親娘が出てきた。
「失礼致しました。親娘共に恩人である魔王様を放って二人で泣きなうなんて……なんとお恥ずかしい」
シリルは申し訳なさそうに謝っていたが、俺はその謝罪を途中でやめさせた。
「そんな事は、謝る事ではない。二人は、生きているのだ。嬉しい時は思いっきり喜ばないとな」
俺は二人に向かってそう言いながら、笑うのだった。
「「……魔王様……」」
二人は若干顔を赤らめながら、俺を見ていた。
「二人ともどうした、顔が赤いぞ?」
「お母さん!?」
「アリン!?」
二人はお互いの顔を見ながら、何やら驚いていたが、俺はアリンに他の村民の様子について尋ねた。
「完全石化は十数名に、部分石化でも同じくらいいるのか。全員解除していっても良いのだが、時間がかかりそうだな。シリル、この世界で石化を解除するには、回復薬しかないのか?」
「回復薬の他には、キングバジリスクの左牙があれば、その牙を石化部位に突き刺す事によって解除が可能ですが……あまりにも危険なので、NPCがこの方法をとる事は、殆どありません」
「なるほどな……それで、キングバジリスクは何処におるのだ」
俺は、シリルにキングバジリスクの居場所を聞くが、シリルは考え込んだまま、中々口を開こうとしなかった。
「どうした、その様子だと場所は分かっているのであろう?」
「お母さん……」
シリルは、先ほどから口を開こうとしては閉じの繰り返しをしていた。
「魔王様は、キングバジリスクの居場所を聞いて、どうするつもりなのですか?」
「知れた事だ、俺が行って討伐して来るに決まっている。そのバジリスクの牙は繰り返し使えるのか?」
「はい、繰り返し使用可能ですが……魔王様、時間がかかっても先程の様に解除では駄目なのでしょうか?」
シリルは、俺に向かって苦しそうな表情でそう提案してくる。
「俺が解除しても良いが、それだとまた『理の改変』時に村がキングバジリスクに襲われれば、また繰り返しになるだけだろう? その時に、また俺が来るとは限らんぞ」
「ですが……魔王様は冒険者ではありませんよね?」
「え!? 何を言ってるのお母さん! そんなわけ……」
シリルは真剣な眼差しで、アリンは驚愕の眼差しで俺を見て、答えを待っていた。
「別に隠す事の程でもないが、確かに俺は所謂この世界の冒険者という種族ではない。別の世界から『the Creation』へと世界を超えて転移してきた者だ」
「世界を……超える……」
「そんな事が……」
二人は、俺の言った事が真実なのかどうか判断して良いかわからない様子だった。
「まぁ、信じられぬのも無理はない。俺もこの世界を超える転移の術式を完成させるのに、ざっと一万年程かかってるからな」
「「は?」」
二人は更に惚けた顔をしていた。
「何を驚いている?」
「冗談……ですよね? 一万年とか」
「魔王様って……何歳なんですか?」
「おいおい、二人とも俺を誰だと思ってるんだ?」
「「誰って……」」
「俺の名は『魔王』。世界を統べる者だ」
「世界を……」
「統べる者……」
そして、俺はキングバジリスク討伐のクエストを、NPCからのクエストとして請け負ったのだ。
報酬は、すぐに決められないと言うので、キングバジリスクの牙と引き換えに貰うことになった。それまでに、報酬を決めて準備するとの事だ。
「楽しみにしておこう。それでは行ってくる」
「ふふふ、楽しみになさってくださいね」
「魔王様、気をつけて!」
俺は二人に見送られ、俺は普通の冒険者ならまずもって受けないクエストを、引き受けたのだった。
「さぁ、やるか」
魔王様は静かに呟いた。
そして、キングバジリスクの縄張りに向かって特に気負うこともなく、堂々と歩き出したのだった。