誰も受けないクエスト
「此処が、アリンの村か」
「はい! ようこそ『外れの村ハスレ』へ!」
名前からして、幸が薄そうな名前だったが、アリンが満面の笑みで歓迎してくれているのを見たら、此処に来たのは決してハズレではないと感じていた。
「よろしく頼む」
俺も笑顔でそう返すと、アリンも笑顔で今度は自分の家へと案内した。
アリンの家へ向かう途中に、他の村民の家を眺めながら歩いていると、アリンの言う通り何かに襲われたような爪痕が所々見られた。
アリンが、俺のその様子に気づき、笑顔が苦しい顔へと変わった。
「大分あれでも直してあるんです。モンスターの襲撃直後は、もっと酷かったんです……」
アリンは再度泣きそうな顔をしたが、次の瞬間には気丈にも笑顔を見せていた。
「でも、もう少しでまた家は治るし、沢山薬草も取ってきたので、大丈夫です。また、コツコツ村のみんなでお金を貯めて石化解除回復薬を買います!」
「村のみんなで金を貯めて、薬を買う?」
俺はアリンの言葉に疑問を感じたが、それを尋ねる前にアリンの家に着いた。
「着きました! ここが、私の家です! おかぁさぁあん! ただいまぁ! 薬草取ってきたよ!」
木造平屋の扉を勢いよくアリンは開け、母親に帰った来たことを伝えた。そして、俺は呼ばれるまで家の外に居たが、少しして明らかにしょんぼりしたアリンが家から出てきた。
「魔王様、どうぞ中にお上り下さい……」
「どうした? 母親の容態が、悪くなっていたのか?」
「いえ……勝手に森に入ったので、怒られました……」
「そうか、それは仕方ないな。それだけアリンの事が心配だって事だからな」
「はい……同じことを今言われました……」
「なら、その後に喜んでくれたのだろう?」
「え? 何でわかるんですか?」
「ふふ、そんな気がしただけだ」
アリンは不思議そうな顔をしていたが、俺を家の中へと招き入れた。そのまま、寝室へとアリンは俺を案内した。
「邪魔をする」
「これはこれは、貴方がアリンを助けてくださった『魔王』様ですね。この度は、アリンを助けて頂き……ありがとうございます……」
アリンの母親は、ベッドで寝ていたが俺に礼を述べながら、起き上がろうとしていた。
「辛いのだろう。そのままで良い」
「済みません。アリン、お茶を淹れてお出しして」
「はぁい!」
アリンが、母親にそう言われ動き出そうとしたので、俺はそれを止めた。
「茶は有難いが、結構だ。その代わり、コレを他の村民にも配ってきてやれ」
「こんなに……凄い……」
「ね! 魔王様って、とっても凄いんだよ!」
俺が自分のメニュー画面から、先程採取したイシオクレール草を取り出すと母親は驚いていたが、アリンは何故か自分の事のように胸を張っていた。
「分かったから、配って来るといい」
「はぁい!」
アリンは、籠一杯にイシオクレール草を入れて、家の外へと駆け出していった。
俺は部屋に置いてあった椅子を、母親の寝ているベッドの横まで移動して腰掛けた。
「アリンの取ってきたイシオクレール草は、もう使用したのか?」
「えぇ、先程アリンが部屋に駆け込んできた時に急かされまして。お客様を外でお待たせているというのに、申し訳ございませんでした」
「それだけ、心配だったのだろう。そうでなければ、戦えぬNPCの少女が森に入ったりせぬよ」
「えぇ、本当にありがたいですが、心配で……あ! 私ったら、娘を助けて頂いたのに名乗っておりませんでした。私は、アリンの母親のシリルと申します」
「改めてこちらも名乗ろう。俺は『魔王』という者だ、よろしく頼む」
お互いに軽く頭を下げ、お互いの名を知ったところで俺はシリルに聞きたかった事を尋ねた。
「俺はこの世界に来たばかりなのだが、確か町や村にはモンスターは入って来ないのではなかったのか?」
チュートリアル時に聞いた説明では、街や村にはモンスターは入れない上に、プレイヤーも戦闘が出来ない非戦闘エリアだった筈だ。
「普段はそうなのですが、数週間に一度の『理の改変』が起きている期間は、大きい街や復活の神殿などの施設が設置されている村以外は、保護区域から外れてしまうのです」
「『理の改変』か……聞いた事のない言葉だが、どんな現象なのだ?」
「『理の改変』は、この世界の理が変わる事です。その『理の改変』が起きている数時間から長いと数日にかけての期間は、世界が闇に覆われます。そして、ここのような街からも離れている小さな集落では、一番危険な時間帯となります」
「それが、保護区域の消滅か」
「はい、『理の改変』中は村の護衛のクエスト依頼を出そうにも、冒険者の方は一人としてその期間中は見かける事も出来ません。それに、その期間中はクエスト自体が受付不可とされてしまうのです」
冒険者が一人いなくなり、且つクエストも受付不可となる期間が、『理の改変』だと言うらしい。チュートリアル時の説明を再度思い起こしていると、似たような現象を思い出した。
「『メンテナンス』というやつか」
『メンテナンス』期間中はプレイヤーはログイン出来ない上に、ログイン中のプレイヤーは強制的にログアウトさせられるらしい。
実際はプレイヤーではない俺は『メンテナンス』が起きた時に、どうなるのか興味があったのだ。
「えぇ、冒険者の方々はそう呼びますね」
「それで、保護区域が消失した上に、護衛も依頼出来ないのでは、たまったものではないな」
「それがこの世界の理のなので、仕方ないのですが……うっ」
「随分苦しそうだな、大丈夫か?」
母親のシリルが、布団の中の足辺りを押さえ、苦しみ出したので近寄り容態を尋ねた。
「すみません……イシオクレール草では……残念ながらやや状態が軽くなるだけなのです……それでも……ないと辛いのですが……」
「失礼するぞ」
「きゃ!? 何を!?」
俺は、ベッドに上に横になっていたシリルを覆っていた布団を、全て剥いだ。
「これは、かなり既に進行しているな」
シリルの両足は既に太股まで石化が進行していた。更に、布団で隠れていた上半身も右腕が既に右胸まで石化していた。
「おそらく後数日のうちに……全身が石化してしまうでしょう」
「全身石化すると、どうなるのだ? やはり『死ぬ』のか?」
「いえ、石化は全身に及んでも死にはしません……その代わり、石化している間は死ぬほどに苦しいのです。いっそ殺してほしいと願うほどに……そして、その間も精神は狂う事も許されません」
「動けず、狂う事も出来ず、そして死ぬ事も出来ずでは、全く救われぬではないか」
俺は、チュートリアルの際に、冒険者の状態異常の説明も受けていたが、全くNPC状態とは異なっていた。
冒険者は石化など自分自身ではどうにもならなくなった時は、一定時間毎に体力が削られていき、石化したまま戦闘不能になると復活の神殿にて復活する。その上、痛みに関してはメニューにて設定できる為、単に動けない程度でしかなかった筈だ。
冒険者ではない俺が石化すれば恐らくNPCと同じ状態なる可能性が高かったが、実際は俺が石化するなんてあり得ない為、そのような心配はいらないのだが。
「石化を治す回復薬は、『始まり街スターテイン』ではNPCの店では売っていないですし……冒険者のお店はNPCは購入する事自体が出来ないですから……」
「NPCは、冒険者の店で購入する事が出来ないだと?」
「それが、この世界の理なのですから……仕方ありません……」
シリルは悔しそうに、そう呟いた。
売店で購入出来ないため、クエスト案内所で『石化解除回復薬またはキングバジリスク左牙採取クエスト』を村で依頼するらしいが、石化解除回復薬もキングバジリスク左牙も『始まりの街スターテイン』付近では手に入らない為、クエストをクリアしてくれる冒険者が現れる事自体が稀らしい。
「冒険者に魔法で回復して貰おうにも、冒険者の方達は私達NPCに対して、基本的に攻撃及び回復をする事が出来ません……結局、誰かが受けてくれるのを待つのみなのです」
シリルは、悔しそうに涙を流していた。
自分の他にも、部分的な石化にかかっている村人はいるばかりか、全身石化になってしまっている人達がいる事が分かっているが、どうする事も出来ない悔しさなのだろう。
「ちなみに、この村からクエスト案内所に出しているクエストは『石化解除回復薬またはキングバジリスク左牙採取クエスト』の他にもあるのか?」
「はい……石化の元凶である『キングバジリスク討伐依頼』です。しかし、こちらも難易度に対して、村が用意できる報酬が少なく、これまで誰も受けて貰えた事が有りません」
俺はシリルからその事聞き、改めて確認する。
「ふむ、では確認するが、要は『石化の解除』と『キングバジリスク討伐』の二つだな?」
「はい……」
「では、それを俺が受けようではないか。その『誰もやらないクエスト』を」
「え!?」
世界の理に虐げられ、冒険者にも救われないのであれば
この魔王が救ってやる