表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/44

第05話:実力を見せてくれないか(1)

 はるか遠くまで広がる青空。まっすぐな地平線。

 所々に突き出ている大きな岩の柱。

 足元は反射率の高いガラスのようで、地表という言葉が似合わない。

 箱庭の世界とは違う場所、違う景色。


 夕凪は今そこに、小宇羅と二人で立っている。


「ここが箱庭の世界の外側『万有之海ばんゆうのうみ』と呼んでいる場所。

 以前はこの場所に『百群郷』があったのだけど、見ての通り今は何もない。

 ただし……これは仮想現実空間に再現した景色だけどね」


 四姉妹と絡繰メイド二人との顔合わせを終えて、

 この世界に呼ばれた理由を教えてもらったあと……、

 再び最初の部屋――小宇羅の研究室に戻り、カプセルに入るよう指示された。


 言われた通り中に這入ると、扉が閉められ、

 視界が暗くなったかと思った次の瞬間……この場に立っていた。


「その身体の全感覚はわたしの作った物だから、

 こうやって仮想現実空間を見せるのも簡単なんだ。

 ここにいるわたしも、夕凪殿にとっては実物と変わらないだろうけど、

 実際には研究室の椅子に座って、カプセルの中の夕凪殿を見ているのさ」


 手を広げて説明する小宇羅をまじまじと見つめて、

 現実と変わらないその姿に「ほえー……」とため息しか出ない夕凪。


「わたしの知る限り……、

 夕凪殿のいた『起源世界』では、ここまでの仮想現実の技術は無いらしいね。

 けれど空想の小説とかではよくあると聞いている……どうかな?」


「えぇ……、うん、たぶんそうかも」


「知識だけでもあるのならありがたい。受け入れが早くて助かるからね。

 ここだといろいろな説明が簡単にできるから便利なんだ。

 でも、まぁ……もっと大事な使い道が他にあるのだけれど、それは後で。

 最初にここ『万有之海』の説明をしようか」


 ――『万有之海ばんゆうのうみ


 造物主が創造した全ての世界が浮かぶ場所。

 ここから生まれここに還る。果てしない広さを持つ空間らしい。

 小宇羅が『らしい』――というのは、

 彼女も正確な知識を持っている訳ではないからだ。


 小宇羅たちの故郷が消えたこの場所は万有之海の素の状態ともいえる。

 遠い未来には、ここにまた新しい世界が生まれるのかもしれない。


 万有之海は三層で構成されていて、今立っている場所は『表層』。

 海で言えば海面にあたるが、ガラス状の表面は上に乗っても沈むわけではない。


 そして足元に透けて見える空間が『中間層』。

 世界を構成するあらゆる物質が混在している。

 海ならば海水にあたる部分――万有之海そのものの場所。


 さらにその下に海底に当たる場所があり『下層』と呼んでいる。


「で、わたしたちの箱船は今その下層に潜んでいる。

 しかし、新たな大地を探す旅をするには、

 下層から浮上して、箱船の上半分ほどをこの表層に出している必要がある。

 これは箱船の機能上やむを得ないんだよねぇ」


 夕凪は足元をかかとで叩き、硬さを確かめる。

 今立っている表層――ここに箱船の上半分を出して……?

 凍った海を行く砕氷船みたいな感じ……?

 その疑問に応えず、小宇羅は真面目な顔で話を続ける。


「それで、ここからが問題なんだが……表層には魔物と呼ぶ凶暴な生物がいて、

 こっちを見つけると集団で襲ってくる……それも執拗に。

 おそらく彼らの役目は『万有之海』で活動する異物の排除なのだろう。

 したがって、旅をするには襲ってくる魔物を退治する必要がある。

 ――それを夕凪殿にお願いしたい」


「魔物退治……?」


 それは――夕凪にとって身近な日常。

 だが、小宇羅は彼女の前世を知らない。

 夕凪の呟きを誤解して、さらに真剣な目になって訴える。


「驚かれるのも無理はない。突然の話ですぐには納得もできないだろう。

 だが、その身体は魔物に対抗できる能力を十分に持っている。

 まずは戦う相手を知り、実際に強さを知ってもらって、

 その後にゆっくりと判断してほしい。強制はしないが、できれば前向きに」


 一旦言葉を切って、小宇羅は夕凪に怯えや怒りがないかを確認する。

 これだけの話をいきなり聞かされれば、

 そういった感情を持つのはごく普通の反応だ。


 だが小宇羅が確認した限りでは、夕凪は負の感情を全く抱いていなかった。

 それどころか「ふむふむ」と納得するような呟きが聞こえる。


「この仮想現実空間の一番の目的……、

 それは夕凪殿に魔物退治に慣れてもらうための訓練場なんだ」


 そこまでを伝えた小宇羅はふっと表情を緩める。

 夕凪の様子から、長く話すよりも見てもらった方がよさそうだ――と、

 考え方を切り替える。


「ということで、まずは魔物を見てもらいたい。心の準備はいいかな」


「うん、いいよ」とあっさりと答える夕凪。


「……って相変わらず肝が据わってるねぇ。

 それならそれでありがたいよ。――じゃあ、さっそく魔物の登場だ」


 少し離れた場所に移動した小宇羅がニカッと笑う。

 ゆっくりと両手を広げたのを合図にして――

 表層の下からスーッと浮き上がるように現れたのは二種類一体ずつの魔物。



挿絵(By みてみん)



 片方は人の胴体ほどの大きさをしたヒトデに似た魔物。

 もう片方は同じくらいの大きさで目のないサカナの形をした魔物。

 共に小宇羅の頭の高さで浮いている。


「毒ヒトデと……突進魚……」


 夕凪がポツリと呟く。

 両方とも前世で戦ったことのある魔物だった。


 ヒトデの方の特徴は、体の中央にある口から毒液を吐き出す遠距離攻撃。

 サカナの方の特徴は、鋭い牙を持つ口と硬い頭を使った突進攻撃。

 どちらも宙に浮いているが、人の身長を越えて高く飛べるわけでもなく、

 四、五体まとめて出てくるだけのザコ敵扱いの魔物。


 転生した異世界で知っている魔物を目にするとは思っていなかったが……、

 夕凪にとっては驚くに値しない状況だった。


 しかし――

 小宇羅にとっては、夕凪が見せた反応は全くの予想外だった。


 元『百群郷』の神であった小宇羅でさえも、

 この二種類の魔物はあまり目にする機会の少なかった種族で、

 ここに来て『万有之海』を守護する特別な魔物であると知ったばかり。


 種族の名前は毒ヒトデと突撃魚。


 夕凪が呟いた呼び名にほんの少しの違いはあれど、

 同じ魔物を言っているのは間違いない。


「なんで知ってるのかな?」


 形状からヒトデと魚が思い浮かぶのは不思議ではないが、

 毒と突進という形容は攻撃方法まで知らなければ出てこない。

 魔物の存在しない『起源世界』の人間だった夕凪が知るはずもない。


「…………?」


 だが、小宇羅の問いに首をかしげる夕凪。


 求められている役目が魔物退治だと聞かされて、

 自分の前世を知った上での話なのだろう――と、

 であれば自分が魔物を知っていても不思議に思われるはずがない――と、

 そう考えていたから小宇羅の疑問がピンとこない。


 何故なら、彼女の前世は……。


「……あれっ? 私をこの世界に転生させたのは、

 私が魔界の門の守護をしていたからじゃないの?

 それを知っていたからだと思ったんだけど……。

 まぁ、確かに見覚えのある魔物がいるとは思わなかったけどね」


 現実の方、研究室に座っている小宇羅が赤い鳥に顔を向ける。

 赤い鳥がクイッと首をかたむける。

 仮想空間の方で小宇羅が考え込むように「ふむ……」と言う。


「魔界の門の守護……? いや……それは知らない。

 というよりも、夕凪殿の前世は全く知らない」


 小宇羅は夕凪が日本生まれだったことさえ確証を持っていなかった。

 夕凪の前世についての情報を何も持っていないのだ。


 ここでようやく小宇羅と夕凪の認識の違いが発覚した。


「この世界に来てもらって、その身体を受け取ってもらった理由はただひとつ、

 夕凪殿の魂がその絡繰の身体と相性がピッタリだったからだ。

 それだけ……という言葉は使いたくない。

 百日以上をかけて数万の魂から選ばせてもらったのだから。

 それまで最高で五割の適合率の魂しかなかったところに、

 ほぼ十割の適合率を見せてくれた夕凪殿の魂をようやく探し当てたんだ」


 小宇羅らしからぬ興奮した様子で話し終えたあと……、

 熱くなったのを自覚したのか、冷静さを取り戻し言葉を続ける。


「夕凪殿の前世の話は極力聞かないつもりだったけれど、

 差し支えなければ、魔界の門の守護とは何なのか教えてもらってもいいかい?」


 ようやく夕凪も小宇羅の疑問が理解できた。


 自分の前世が魔界の門の守護者だというのがただの偶然だとしても……。

 それならそれで何か問題があるか……と考えてみたが特に何も思い浮かばない。


 自分にとって魔物退治はただの日常。

 知りたいのは相手の強さくらいだ。それならさっさと話を進めた方が良い。


「いいよ、ここで隠す必要もないし――」



 ◇ ◆ ◇



 夕凪は語り始める――魔界の門の守護とは何なのかを。


 彼女にとって前世となる『日本』では、

 決して表には現れない、とある重要な役目を持った者たちが存在していた。


 その役目が魔界の門の守護。


 魔界の門とは魔法の源となる魔素を吐き出す重要な地。

 もちろん魔法の存在も重要な機密として秘されていて、

 その存在が公になることはない。

 だが日本には空想の物語に出てくるような魔法が確かに存在していた。


 この魔界の門、日本各地の山中に十二ヶ所存在し、

 切り立った崖などに存在する、人の身長の二、三倍の高さのある自然の洞穴。


 中に這入りしばらく進むと、ある場所から、

 その先が全く見えない完全な闇になる。そこから先は未知の世界。

 何処かの異世界に繋がると云われているが、

 闇の中に這入った者が帰還した記録が一切なく、その真相も闇の中である。


 一方で、この門から時折現れる存在がある。

 それが――魔物。人の能力を凌駕する異形の存在。

 その容姿や大きさはさまざま。

 既存の生物に似ているモノ。半人半獣。ほとんど人と変わらないモノ。

 世間では空想の生物とされるモノ。その他もろもろ。


 共通しているのは、

 本能的に人に敵愾心を持っていて無差別に人間を襲うこと。

 その存在を退治すると肉体は光に還り、魔力の結晶を残すこと。


 この魔物を退治する――それが魔界の門を守護する者の使命であった。



 ◇ ◆ ◇



「魔法もあって魔物も現れる世界か……。

 わたしの聞いている『起源世界』の『日本』とは少し違う気もするが……。

 夕凪殿の話の魔物は……『百群郷』にいた魔物と同じ存在としか思えない」


 腕組みをして「ふむ」と考え込む小宇羅に、

 夕凪がふと思いついた事を付け加える。


「それで毒ヒトデと突進魚だけにあった特徴なんだけど……、

 この二つの魔物だけ魔力の結晶を落とさなかったんだよね」


「その魔力の結晶を『魔石』とわたしたちは呼んでいる。

 確かに……この二種類の魔物は魔石を落とさない特異な種だ。

 その件だが……、

 どうやらこの二種は『万有之海』で生まれた特別な魔物らしく、

 魔石を残さないのも、おそらくそこに原因があると考えている」

 

 小宇羅が目を閉じる。

 だがそれは短い時間だけで、すぐに目を開けて言葉を続けた。


「ここまでの話で、

 夕凪殿が護っていた魔界の門とこの世界とは深い関係があるのは確実だが……、

 その理由を求めても、得られる答えはあくまで想像の域をでない。

 それよりも今は、魔界の門の守護者であった――

 夕凪殿がその身体の持ち主になってくれたことに心から感謝しよう」


 夕凪が「いやいや、それほどでも……あるかな……?」と照れた顔をする。

 その姿を見て、それまでは真面目な顔をしていた小宇羅がまたニカッと笑う。

 

「早速ですまないけど――夕凪殿の実力を見せてくれないかな?」



 ◇ ◆ ◇



 こちらは研究室――現実の方の小宇羅。


 椅子に座って机の上のモニターを眺めている。

 そこには仮想現実空間で準備運動中の夕凪と、それを見守っている自分の姿。

 先に見せた魔物は一旦下がらせたので、いまその姿はない。


 モニターから目を離し、椅子ごと身体を横に向けて、

 すぐ隣、止まり木の上の赤い鳥に話しかける。


波根はねちゃん、確認だけど……、

 夕凪殿の前世が何だったのか知ってたわけじゃないよね?」


 赤い鳥はその問いを否定するように首を左右にかたむける。

 そこに何かの意志の疎通があったのか、小宇羅は納得したようにひとり頷く。


「ふーん、そう。まぁ、そうだよね。魂の記憶までは読めないよねぇ。

 でも身体との単純な適合率だけで、

 ここまで狙いすましたような魂が転生されるなんてねぇ。

 なんにせよ……波根ちゃんに苦労してもらった甲斐があったってもんだ」


 赤い鳥がまた首を左右に振る。


「いやぁ、謙遜しなくていいよ。

 魔物退治を納得してもらうのが最難関と考えていたんだから。

 それがこうもあっさり納得してもらえるなんてね。

 これで、これからのスケジュールが大幅に短縮できる」


 小宇羅はニカッと笑って身体の向きを元に戻す。

 仮想現実空間の中では夕凪が準備運動を終えていた。



 ◇ ◆ ◇



「じゃあ、夕凪殿。さっそく魔物と戦ってもらうってことでいいかな?

 あんまり心配する必要はないよ。

 最初は本当に弱い魔物だし、その身体は頑丈だから」


 と、そこまで話した小宇羅がふと何かを思いついたように言葉を続ける。


「おっと、そうだ……夕凪殿、大事なことを忘れていた。

 何か使いたい武器はあるかい。大概の物ならすぐに用意できるけれど」


「私は槍が得意なんだけど……大丈夫?」


「銃火器じゃないんだねぇ……まぁ、その方がこっちも都合がいいんだけどね。

 槍ならすぐに用意できるよ。

 それと盾も用意してあって、ぜひ使ってほしいんだけど……どうだろう?」


「あぁ、そっちもお願い」


 仮想現実空間の中の小宇羅が右手を振る。

 音もなく現れたのは――赤い枠と持ち手以外は透明な素材でできた盾。

 形状は縦長。大きさは夕凪の身体の半分が隠れるくらい。

 小宇羅は両手でそれを持って夕凪に渡す。


「盾が透明なんだ……、で、武器ってこれ?」


 敵に向ける方の裏側、

 持ち手がある場所の下方に、幅広の刃を持つ短剣が付着している。 


「柄の部分を握るとそこから外れる……で、

 構えて【開放】と念じてもらえるかな」


「えっと、こう?」


 夕凪が言われた通りにすると……、

 突然、手にした短剣が輝き出し、「おうっ!」と驚きの声を上げてしまう。


「大丈夫……そのまま持っててくれるかい」


 短剣が光の中で姿を変えていく。

 やがて光が収まった時には、身長程の長さのある一本の槍に変化していた。

 幅広の刃の部分が全体の長さの半分以上を占めていて、

 斬るのにも突くのにも適した形状。

 その根元辺りに穴が開いていて、何かの力で赤い球が浮いている。


「どうだい? 使えそうかい?」


 感触を確かめるように夕凪は手にした槍を片手で軽く振り回す。

 たったそれだけの動きがやけに様になっている。


「……うん、いい感じ」


「それは良かった。じゃあ腕試しをお願いするよ」


「どんとこーい!」


 このあと小宇羅は――


 予想を遥かに超える夕凪の実力を目の当たりにして、

 驚きにその身を震わせることになるのであった。



 第05話、お読みいただき有り難うございます。

 次回――実力を見せてくれないか(2)です。


 次回更新は6月16日を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ