第03話:転生したっていいじゃないか(2)
ミカンと呼ばれた少女が顔を覗かせていた正面にある大きな窓からは、
澄んだ青空と、綺麗な緑の葉が生い茂った樹が見える。
小宇羅は窓際の机にある椅子から立ち上がり、静かに夕凪を見ている。
夕凪が目覚めた時、最初にいた場所は、
窓とは反対の壁に据え付けられた縦型のカプセル――三台並ぶ内の中央だった。
いまはそのカプセルを横目に見て、
部屋の真ん中に置かれている応接セットのソファの上に座っている。
つい先ほど小宇羅からの説明が一段落ついたところで、
夕凪は「そう……そういうことなんだ……」と答えたものの、少し困っていた。
事情を教えて欲しいと言ったら、なんだか難しい話をされてしまった。
聞いている間は「ふむふむ、なるほど」という顔をしたけれど、
実はあまり理解できていない。
けれども「全然わかりませんでした」なんて言える雰囲気でない事もわかる。
だから、困っているのを隠して、わかったフリをした。
――もう一度頭を整理してみよう。
夕凪が小宇羅から聞いた話とは、こんな内容だった。
◇ ◆ ◇
「最初に聞くけど……夕凪殿は『日本』で暮らしていたのかな」
これまで、異世界だ、絡繰少女だ、なんて単語が話に出ていたのに、
いきなり日本が出てきて夕凪は戸惑う。
「……そうだけど?」
「あぁ、念のための確認さ。
話し言葉も表示しているメッセージも日本語で通じているようだから、
日本にいたのは、ほぼわかってたんだけどね」
そういえば全部日本語だ。今さら気付いた。
とはいえまだ納得できない。異世界と日本語がつながらない。
その気持ちが表情に出ていたのだろう……小宇羅が補足する。
「それもまとめて説明するから、聞いてくれるかい?」
夕凪が肯いたのを見て、ゆっくりと話を切り出した。
最初に見せていたニカッとした笑いは影を潜めて、真剣な眼差しになっている。
「ここにひとつの世界があった――」
小宇羅の話はそこから始まった。
――世界は数えきれないほど存在する。
その中で特別な位置づけを持つのが夕凪のいた世界。
他の世界と区別して『起源世界』という名前が付けられていた。
それ以外の世界は全て――
ある存在――造物主――に創られた世界なのだと。
それらの世界は『起源世界』にあるゲームや小説、
そういった空想上の舞台を真似て創られたとしか思えない世界だった。
ひとつ不思議な特徴がある。
起源世界と、創られた世界とは、時間の流れが全く異なるのだ。
そこに何の意味があるのか知らないが、
起源世界の数十年の中に、創られた世界の数千年があり、
しかも――両方の時間の流れは過去と未来すら錯綜しているらしい。
「まぁ、そこで生きている者たちにとっては、
時間の流れの違いなんて関係ないんだけどね」
造物主は環境や条件を変えて、幾つもの世界を創り上げていた。
だが、その理由は知る由もない。
中でも『起源世界』にある夕凪の故郷『日本』――その文化や、
そこで生み出された空想の舞台を取り入れて創られた世界が数多くあった。
「ここまでは前置き。正直に言うと推測の部分もそれなりにある。
それで……話をしたい世界は、そのうちのひとつ」
そこには――
色々な魔法があり、色々な武器と武術があり、
人間がいて、亜人がいて、魔物がいて、勇者と魔王がいた。
魔物の森があって、ダンジョンがあって、魔王城があり、
騎士がいて、貴族がいて、王様とお姫様がいた。
冒険者がいて、ダンジョン探索者がいて、魔物ハンターもいて、
起源世界から転生したり、召喚された人間が活躍していた。
「夕凪殿がその世界を見たら、ゲームや小説の中みたいだと思うのかもしれない。
けれども、そこで暮らしている人々は架空の人物じゃない。
実際に存在している――生きて活動している命ある存在だ。
わたしを含めてね」
そこは亜人を含む人類側勢力と、
魔族や魔物と云った魔に属する勢力とが対立していた世界。
さらに言えば、魔に属する勢力の方が圧倒的に優勢な状況であった。
そこで造物主は四人の超越者を創り、
多くの制約と共に人類側勢力に加勢するよう使命を与える。
彼らはその世界に住む者から『神』と呼ばれるようになった。
その者たちの貢献により、
ゆっくりとではあったが人類側勢力が優位になり始めたころ――
ある日突然、造物主がその世界の管理を放棄した。
何故なのか……その理由を知るのも造物主のみ。
結果、ひとりの『神』が姿を消し、
別のひとりが魔に属する勢力に寝返った。
彼らの超越した力を縛る制約は依然として残っていたが、
力を何に対して行使するか……その命令を与える者が消えてしまったからだ。
こうなってしまえば、もう魔に属するモノたちの勢いを止める手段はない。
それほど時を置かず、人類側勢力は滅亡の危機に瀕してしまった。
ここにひとつのルールがあった。
創られた世界すべてに適用され、
条件を満たした場合は確実に執行される最も過酷なルール。
それは――
魔に属する勢力に制圧された世界は消滅する……というもの。
「わたしたちは、その世界を『百群郷』と呼んでいた」
小宇羅は椅子から立ち上がり静かな声で告げる。
何故、世界を語る言葉が過去形なのか――
何故、世界の在り様を知っているのか――
その答えを。
「わたしは、今は無き『百群郷』で――神と呼ばれていた存在のひとりなんだ」
小宇羅の頭に乗っているカメを模した帽子、
その目がゆっくりと閉じた。
◇ ◆ ◇
――小宇羅ちゃんは神様で、元いた世界が無くなって困っている?
大体あっているので、夕凪の頭はそう悪いわけではない。
小宇羅は夕凪が大人しく聞いていたのを、
神妙に聞き入っていたと勝手に受け取って満足していた。
シリアスな顔から一転、ニカッとした笑いを浮かべる。
知らぬ間に帽子のカメも目を開けている。目の錯覚だったのかもしれないが。
「これから先の話は、今いる場所がどんなところか見てもらって、
ここで生活しているみんなを紹介してからにしようか」
木製のしっかりした扉を開けて部屋の外に夕凪を連れ出す。
絡繰の身体は動いても異音など全く発生しない。
それどころか歩く音さえ立てないほど静かな動作だった。
扉の外はやはり病院の廊下ではなく、人が二人横並びで通れる程の普通の廊下。
ただしその突き当りにはエレベーター。
小宇羅に連れられて夕凪もそこに乗り込む。
「この建物はわたしの館。ここは二階で、さっきの部屋は研究室」
窓から見かけたオレンジ色の髪の女の子は、
どうやら二階の窓の外から覗き見をしていたようだ。
エレベーターが下に降りる感覚。短い沈黙。
扉が開いて小宇羅が先を歩く。
「ここが一階、左は団欒の場所」
エレベーターを出た先で一旦足を止める。
そこにあったのは右と左とで雰囲気の違う部屋。
仕切りがない代わりに、小宇羅が示した左側は床が一段高くなっている。
「こたつ……?」
「そう、奥に寝室もあるけれど、大抵ここで寝てしまう。
やはり、こたつにはどうしても勝てないんだよねぇ」
真ん中にこたつのある畳敷きの部屋だった。
囲うように壁の上側に提灯が並んでいる。確かにこれは日本の文化だ。
――でも、部屋に提灯を飾る感性はどうかと思うなぁ。
その思いは口に出さない。ただちょっとジト目になる夕凪。
自分の感性がそんな風に思われたのを知らずに小宇羅は話を続ける。
「こっちがみんなが集まる場所。食事はここでする」
今度は右側を手の平で示して歩き始める。
木のテーブルが中央にあって、椅子が並んでいる。
壁には暖炉があり、左側の和室と対照的にこちらは洋風だった。
その場を通り過ぎて、両開きの扉の前。
「ここ玄関の先が……夕凪殿に見せたい景色」
一度、夕凪に顔を向けてニカッと笑ってから、扉を開けて外に出る。
夕凪が後をついて扉をくぐる。
青空の下、強い日差しが目に眩しい。
微かに水の流れる音がする。柔らかな風が頬を撫でる。
――なんだか……とても優しい風景。
そこにあったのは、
こじんまりとした公園ほど――子供が走り回って遊べるくらい――の場所。
周りを立ち上がった崖が囲っていて、その向こう側が見えない。
ある意味、閉鎖された空間。
小宇羅の館を背にして右側に、崖を切り崩した中に造られた建物。
その向こうに橋が見える。川があるのだろうか。
さらにその先には木造の小屋が見える。
左側に目を向けると、丸太を並べた壁に囲まれた場所があって、
その先に崖を削って造られた生活空間っぽい場所。
隣りはトンネルがある小さな山。
正面には部屋の窓から見えていた大きな木が一本。
周囲は一面の緑の芝生。さらにその周りをぐるっと道が通っている。
その中、右手に柵の中にいる牛と豚と鶏。
左手に机と椅子が並んでいる場所がある。
そこに四人の幼い女の子と、その後ろに二人の女性。
女の子の中には、さっき窓から顔を覗かせていたオレンジ色の髪の子もいた。
夕凪が一通り景色を眺め終ったのを見て、小宇羅が声をかける。
「あそこにいるのが、ここで生活している全員なんだ」
第03話、お読みいただき有り難うございます。
次回――転生したっていいじゃないか(3)です。
本日22:00ごろの更新を予定しています。