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第28話:あたしはこのダンジョンの中ボス(1)

「ミカンは一体を押さえるだけにして、後ろからスミレが魔法で攻撃。

 もう一体はヒスイが倒しちゃおう。サンゴはクマ太と一緒に応援ね」


「はーい」「わかりました」「やっちゃうよ」「……うん」


 夕凪の指示を受けて、

 四姉妹のそれぞれの返事と、サンゴに抱えられたクマ太の敬礼。


 直後に襲い掛かる、大ネズミ二体。


 そのうちの一体をミカンが盾を使って押さえ込む。

 何度も倒したこの部屋の大ネズミ相手なら、それは容易い仕事。


 そこにスミレが、火属性初級攻撃魔法【火の玉】を放つ。

 動きの取れない標的に見事に命中。「グギャッ」と叫び声があがる。

 激しく身をよじり逃げ出そうとするが、身体を張ったミカンが許さない。


「暴れたってダメだよ!」


 長女が時間を稼いでいるあいだに、次の攻撃にむけて集中しているスミレ。

 やがて魔力の練り上げを終え、力を込めた魔法発動の言葉を叫ぶ。


「飛べ!【火の玉】!」


 この二度目の火魔法攻撃も大ネズミに直撃。ゆっくりと光に消えていく。

 魔法発射の姿勢のまま、スミレは目を輝かせる。

 この時が彼女にとって――魔物を初めて仕留めた瞬間であった。


「やりました! ワタシやりました! 魔物を倒しました。魔法で退治しました。

 ミカン姉さま、ありがとうございます。

 ワタシ……もう……自分を『魔法使いだ』って言っていいですよ……ね」


 最初は興奮ではしゃいでいたスミレだったが、

 やがて言葉を詰まらせ、目を潤ませる。


 ミカンはサーベルを鞘に戻してから、

 その姿にゆっくり近づき、三女の頭を優しく撫でる。


「うん! スミレはもう魔法使いだ。

 御主人様の目が覚めたら、ちゃんと褒めてもらおうね」


「はい……」


 その頃にはヒスイも、残りの大ネズミを倒し、戦闘を早々と終わらせていた。

 ミカンの隣に並び、スミレの頭を「うんうん」と言いながら撫で始める。


 サンゴはちょっと離れた場所で小さく微笑みながら、

 クマ太をぎゅっと抱きしめて、三人の姉を見つめている。


 ――サンゴ……クマ太の首が締まってるよ。


 主人の腕の中でバタバタ暴れるクマ太には悪いが、

 四姉妹の雰囲気に水を差したくないので、その言葉を胸にしまう夕凪だった。



 ◇ ◆ ◇



 そして……二部屋目の扉の前。


「まーったく問題ないよ。この部屋の最初に出てくるのは、

 ちょっと強くなった大ネズミが一体と、大コウモリが三体なんでしょ」


 先日の戦いで、苦い記憶を植えつけられた因縁の場所。

 四姉妹の顔に緊張が浮かんでいるところに、夕凪が明るい声で話しかける。


「大ネズミ一体はミカンとスミレで、ぱぁっとやっつけちゃって。

 ミカンが押さえ付けながら、今度はちゃんと攻撃もする。

 スミレはさっきと同じように、離れた場所から火魔法で攻撃ね」


 ――多分ミカンだけでも大丈夫だろうけど。


 これで大ネズミは速攻で倒せるはず。


「大コウモリ三体はヒスイがとりあえず相手をして、

 倒せたら一体ずつでもいいから倒しちゃう。無理はしなくていいけどね。

 たぶん、ヒスイひとりでも大丈夫だと思うけど……、

 もし危ないようなら、サンゴのクマ太が大コウモリ一体の注意を引き付ける」


 夕凪の頭の中には、勝利への道筋がはっきりと見えていた。


「で、ミカンとスミレが大ネズミを倒したら、残った大コウモリの相手にまわる。

 これで完璧。みんな……いいかな!」


 夕凪の何でもないような話し方に、

 四姉妹も、なんだかこの戦いがとっても簡単な気がしてくる。

 すっかり緊張が消え去り、明るく返事ができるまでになっていた。


「はーい!」「なんだかいけそう」「そうですね」「クマ太もがんばる」


 ということで、いざ戦いへ。

 ミカンが扉の魔方陣に触れて、ダンジョン二部屋目への挑戦が始まる。


 そして――


「やったー!」

「なんだか随分とあっさり勝っちゃったね」

「この部屋の大ネズミにもワタシの魔法は効きました」

「……クマ太の出番がなかった」


「でしょ、でしょ! みんなの強さがちゃんと噛み合えば、

 このくらいの魔物なんか相手じゃないんだよ。ねっ!?」


 四姉妹が夕凪に笑顔を見せて、並んでうなずく。

 今回の戦いは、前回と比べようもないくらいの楽勝で終えていた。


 子供たちの喜ぶ顔を見ながら、

 夕凪は早速、次の戦いにむけて気持ちを切り替える。


「この部屋って次に続く扉がふたつあるんだね」


 入ってきた扉とは別に、正面と右側にひとつずつ先に進む扉がある。

 しかし……扉を開ける魔方陣はどちらにも現れていない。


「じゃあ、この部屋で、まだ魔物がでるってことか。

 みんなちゃんと薬草を……って、

 サンゴがもうみんなに渡してくれたんだね。……ありがと」


「うん……」


「それで……ここって、どんなふうに魔物が出るんだっけ。

 最初の部屋の時は魔物がどうやって出てきたか――教えてくれるかな」


 夕凪に訊かれて、答えたのはミカン。


「一部屋目は……最初が大ネズミ一匹で、そのあと休みをはさんで、

 何回か大ネズミが一匹ずつ出てきて、最後の時だけ二匹になった」


「ここも同じように出てくるとすると……、

 同じ部屋で何回か戦闘……で、段々と魔物が増えていくのかもしれないね」


「そうかも……」


 ミカンの返事に四姉妹の顔に緊張が戻ってしまう。

 しかし夕凪は、不安を打ち消す様に、あえて明るい声をだす。


「うん、でも全然大丈夫。

 さっきの戦いを見た感じで……たぶん魔物が倍になっても大丈夫だと思うよ

 大ネズミ二体と、大コウモリ六体が現れた時の戦い方を決めておこう」


 そう言ってから、笑顔で子供たちの顔を見渡す。


「その時はミカンが大ネズミを一体。

 ヒスイと、サンゴのクマ太で、残りの大ネズミと大コウモリを相手。

 倒そうとしなくていいから、敵をかき乱すことを優先してね。

 スミレは危なそうなほうを判断して、魔法で援護。スミレならできる」


 子供たちは首をゆっくりと縦に振る。


「ミカンなら大ネズミ一体をすぐに倒せるはずだから、それまで三人で頑張って。

 ミカンは一体倒したら、もう一体の大ネズミに向かう。

 こうなれば、こっちにもう負けはない。

 その頃には、ヒスイだって大コウモリを何体か倒しているだろうしね」


 夕凪が自信を持って伝えた言葉に間違いはなかった。


 それから二戦。

 一戦ごとに大コウモリが一体ずつ増えていく。

 多少戸惑う場面もあったが、大ネズミが一体のままなら全く問題なし。

 誰ひとり大きなダメージを受けずに勝利をおさめる。


 そして三戦目。

 予想通り大ネズミが二体になり、大コウモリも六体になったのだが――

 夕凪から作戦と勇気を授かって、自信に満ちた四姉妹の敵ではなかった。


 この部屋の大ネズミでさえ、サーベルの数撃で倒せるようになったミカン。

 ヒスイは舞うように軽やかに動き、魔物を攪乱しつつ着実にダメージを与える。

 スミレは的確に魔法を放ち、望むままに戦況を導く。


 サンゴは直接の戦闘に参加しなかったが、代わりにクマ太が本格的に参戦。

 小さな身体で魔物の注意を見事に引き付けて、敵戦力の分散に大いに貢献する。


 その結果――完勝。


 戦闘中の回復も必要なかったほど。

 夕凪はその間、静かに見守るだけだった。

 笑顔を向ける子供たちに優しい笑みを返す。


 サンゴが姉たちに薬草を渡し、続いて魔石を集めていると、

 中央の魔方陣から宝箱が現れ、この部屋の攻略終了を告げる。


 ヒスイが罠と鍵を解除。中身は即効回復ポーション五本。


 先に進むふたつの扉、そのうちの片方――正面の扉に魔方陣が現れる。

 同時に、どこからか聞こえるナゾ(二葉)の声。


「……お昼の時間だぞぉ……」


「今日はこれで終わりにしよっか」


「うん!」「はーい」「そうしましょう」「うん……」


 二部屋目の雪辱を果たし、攻略も終え、四姉妹は満足した表情で帰路につく。

 次の部屋の攻略は……また明日。



 ◇ ◆ ◇



 昼食を終えて――


「レベル10の魔物三百体から始めようか。

 奇場の魔物を参考にして、組織的な行動をとるようにしてあるから、

 今までと勝手が違うと思うが……まずは感触を確かめてくれ」


 小宇羅の説明から始まった夕凪と四姉妹の合同訓練。

 夕凪が使う仮想現実空間と、マルマル号のシミュレーション装置をリンクさせ、

 疑似的に同じ空間――万有之海――での訓練を可能にしていた。


 初日ということもあり、慣れるためにいろいろと試す夕凪と四姉妹。

 子供たちからしてみれば、窓の外に映る景色の中に、

 魔物と戦っている夕凪の雄姿が見えるとあって、安心感が段違いだ。


 各自の情報モニターにも夕凪の顔が表示され、会話ができるとあって、

 特に長女のミカンなんかは、心の中でワクワクを止められないでいた。


 ――夕凪お姉ちゃんが戦っている。


 こうして魔物と戦っている姿を見ると、その凄さがよくわかる。

 ダンジョンの魔物よりずっと強い魔物を、あんなに簡単に倒しちゃうなんて。


 主砲の次弾が撃てるようになるまでの空いた時間。

 いつの間にやら、自称『夕凪ウォッチャー』になったミカンがある発見をする。


「夕凪お姉ちゃん、時々動きが速くなったりするのは……なんで?」


 魔物と戦いながらも、まだまだ余裕のある夕凪。

 そのままミカンの問いに答える。 


「あぁ、わかっちゃった? まだ話してなかったけど、

 私、武器と身体を強化する術が使えるんだ。【破魔術】っていうんだけど」


「はまじゅつ……?」


「そう、それを使うと武器は強力になって、身体の能力も何倍にもなる。

 ミカンたちが言っているスキルみたいなモノかな」


「スキルかぁ……」


「でね、その【破魔術】はずっと使いっぱなしにもできるんだけど、

 次のステップのために、使ったり、止めたりってのを繰り返してたんだよね」


 次のステップとは【破魔術】基本技のひとつ【集中】


 これが使えるようになれば――

 やり方によってではあるが、通常強化のさらに数倍の効果が期待できる。

 前世では使えていたが、

 いまの絡繰の身体では、いまだ使うことができないでいる技。


 当初の予定通り、夕凪はこの訓練の最中にも【集中】の修練をしていた。

 その動きの違和感からミカンはそれに気づいたのだ。

 さすが夕凪ウォッチャー。


「アタシもそのはまじゅつって使えるようになるかな」

「うーん、教えてもいいんだけど……もう少しレベルが上がったらかな」

「やったー! 約束だよ、夕凪お姉ちゃん!」


 二人の会話を興味津々で聞いていた妹たちも、そろって声を上げる。


「ボクにも教えて!」「ワタシも覚えたいです」「サンゴも……」

「うん、わかった。じゃあ、ダンジョン探索もがんばらないとね」

「うん!」「はい!」「はい」「……うん」


 ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ。


「マルマル号の耐久度がゼロになりました。マルマル号は破壊されました」


 一花の冷静な声が、

 夕凪の仮想現実空間と四姉妹のシミュレーション装置に響く。


「おしゃべりはあとにしよっか……」

「……うん」「……はい」「はい」「うん」


 ばつの悪そうな夕凪と子供たち。

 訓練中、話し込み過ぎたようである。



 ◇ ◆ ◇



 翌日、ダンジョン探索。再び一部屋目から。


 一部屋目。大ネズミ(弱)二体。

 二部屋目。大ネズミ(強)二体。大コウモリ六体。


 さっくりと退治して――

 二部屋目の奥の扉、表面に浮かび上がった魔方陣に手を当てる。

 現れた通路をヒスイが罠を解除しながら進み、辿り着いた新しい部屋。


 部屋中央の大きな魔方陣から浮き上がるように現れたのは――

 おかしな格好をした……二葉だった。目元を隠す変な仮面までつけている。


「あれ、二葉じゃない?」


「……そんな美人のお姉さんじゃなーい、……あ、間違えた。

 ふふふ、誰のことを言っているんだい? あたしはこのダンジョンの中ボス。

 先に進みたければ、あたしを倒してから行くんだね。

 あっ、もちろん紅白の人は手を貸しちゃダメだよ」


 ――紅白の人って呼ぶな!


 ここはダンジョン中ボスの部屋だった。

 そして驚くことに、ダンジョンの中ボスは二葉だった。

 いや……実際は誰ひとり驚いていないのだけど。


 それはそれとして――


 中ボスは、両手がカニのようなハサミの形をしていて、

 お尻から伸びた尻尾の先に、先端が鋭く尖っている太い針がついている。

 ただし基本の姿は二葉。


「もしかして……それってサソリ?」


 夕凪が思ったことをそのまま言う。


「そう! あたしは誰もが恐れる凶暴な魔物――『大サソリ』だぁ!」


 バーン! と擬音が聞こえてきそうな感じで胸を張る二葉。

 夕凪は可哀そうな人を見る目をして、その姿を無言で見つめる。

 そしてため息ひとつ。


 ――まぁ、本人が楽しそうだからいいか……。


挿絵(By みてみん)




 第28話、お読みいただき有り難うございます。


 次回は――

 ダンジョンの中ボスと熱いバトル。子供たちの運命は!?……です。


 更新は一週間後の10月4日を予定しています。


※10月4日 タイトルに(1)追加


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