第25話:箱船が…沈みます(3)
「最初に一発……いっくよー!」
左前方に現れた魔物の集団めがけて先制攻撃。
ミカンが主砲を発射する。
口径と同じ太さの赤い光が魔物の身体を貫く。
命中した部位が瞬時に消滅し、その後を追うように全体が光に消えていく。
マルマル号の主砲の攻撃力は、
単体相手で考えた場合、夕凪の破魔槍術を使用した槍の攻撃力よりも上。
直撃でレベル20の魔物を消し去る威力を持っている。
さらに、威力を弱めながらも貫通、軌跡上にいる魔物全てが餌食となる。
複数を攻撃対象にするので、集団戦において極めて優秀な武器である。
「どうだーっ!」
ミカンの放った初撃は、敵が固まっているポイントに見事に命中し、
たったの一撃で十体を超える魔物を光に還していた。
「いつもよりたくさん倒せたぁ!」
ただし欠点はある。
それは連射ができないこと。
次弾を撃てるようになるには、
必要とするエネルギーを溜めるのに、相応の時間が必要なのである。
「ヒスイ、運転はどう?」
「うんっ、調子いい、敵の動きが良く見えるよ」
「レベルアップのおかげだね。アタシもそうだった」
ヒスイがハンドルを左に切って、魔物の近くを全速で走り抜ける。
車体右機関銃を担当するスミレが、照準圏内の魔物を迎撃する。
「ヒスイ姉さま。もう少しスピードを上げても大丈夫です」
「サンゴも頑張る……」
ヒスイが車体を滑らせて正面を魔物に向ける。
彼女の担当する正面機関銃と、サンゴも左の機関銃を向けて、銃撃に参加。
機関銃の一発は、魔物の持つ体力のおよそ一、二割を削る。
三人の一斉掃射で広範囲の魔物にダメージを与え、数体の体力をゼロにする。
「ちゃんと命中してます。六体が光に還りました」
だが魔物もただやられるだけではない。
当然、銃撃を受けながらも反撃してくる。
ドン! と大きな音と共に車体に激しい衝撃。
続いて、ドドドドドドッと何体もの突進魚から攻撃を受ける。
四姉妹の目の前にある各自の情報端末――
そこに表示されている耐久度の数値が、5ずつ減っていく。
「ヒスイ姉さま! 敵の攻撃がっ!」
「一旦離れるよっ!」
追い打ちで、遠距離から毒ヒトデの毒弾攻撃が命中。
この攻撃によるダメージは少なく、耐久度の減少は一撃につき1だけ。
そして、マルマル号に毒状態はない。
だが、窓にあたった毒液がその場で広がり、視界を遮るのは避けられない。
走り続ければいつかは流れ落ちるが、
それまでは視界不良で戦わなくてはならない。
「ヒスイ! 大丈夫!?」
「このくらいなら大丈夫だよ、ミカン姉」
主砲のエネルギーが溜まり、再び撃てるようになる。
敵集団から一旦離脱。
固まって追ってくる魔物に向けて主砲を放つ。
再び主砲が打てるようになるまで機関銃で応戦。
それを繰り返していく。
◇ ◆ ◇
小宇羅はまだ目覚めない。
二葉がその隣で主を見守るように黙って座っている。
◇ ◆ ◇
その頃、夕凪は――
三度目に現れた魔物集団の退治が終わって、短い休息を取っていた。
「はぁ……、はぁ……、はぁ……」
呼吸も荒い。
体力を表すバーは残り二割を切って、表示が赤い点滅に変わっている。
まずは解毒薬を飲み、体力が減少するのを止める。
そして回復薬を一本、そしてもう一本。これで体力は四割程度。
回復薬の残りは三本。
地平線が見える万有之海。遠くまで広がる青い空。
まばらに屹立している岩山、その一本に背中を預ける。
襲ってくる魔物がいないと完全に無音の世界。
夕凪は休息のため、まぶたを閉じる。
視界に映る情報からレーダー画面だけを残し、他を遮断する。
そこに音声だけの連絡が入る。
凛とした女性の声。夕凪が初めて聞く声。
『すまない、過酷な戦いを押し付けてしまった』
「……誰?」
『私の名前は波根。小宇羅と同じ存在。
君の魂をこの世界に呼び出したのが……私だ』
「もしかして、あそこにいた赤い鳥?」
『そう……そのとおり』
「そっか、それなら言いたいことがあるんだ」
『なんだね』
「……ありがとう。私を選んでくれて」
『私のほうこそお礼が言いたい。ありがとう、私の呼びかけに答えてくれて。
君の魂を探し当てたことが、私の最大の功績だったのかもしれない』
「まだ、その言葉は早いよ――
でもいつか、その言葉を笑って受け入れられるように、
みんなにそう思ってもらえるように、なるつもりは……ある。
だからこんな所でくじけてなんか……いられないよね」
『そう。今の君に言うのはつらいが、君にはまだ頑張ってもらわねばな』
「だいじょうぶだよ」
『小宇羅の容体は問題ない。
意識が戻るにはもう少し時間はかかるが、必ず復活する。
それまで苦しいだろうが……生き延びてくれ』
「もちろん、そのつもり」
『それと……子供たちはいま、君を救出するため、
実戦に出られるようにと、君が受けたような機動戦闘車の試験を受けている。
結果については、期待しない方がいいのかもしれないが……』
「そう……あの子たちが……」
『この話は、君にとって励ましになるのではないかと……、
そう考えて、あえて教えたのだが……どうだろうか』
「ふふっ、そうね、確かにすごい励みになった。
なんだか気持ちが温かくなって、
そして意地でも戻らなくちゃって気持ちになったよ。ありがとう」
『この程度しかできないことを許してくれ』
「いやいや、充分だよ」
『正直に言うと、君の魂を捜して、
その身体に定着させたところで、私の力はほぼ限界に近かった。
そして先程、小宇羅を癒すのに力を使って、いまはもう全くの空っぽだ』
「それってどういうこと……?」
『私は――私の役目に専念するために、
鳥の姿をこれ以上維持することができなくなった』
「消えてしまうの?」
『いや、これからも箱船の中に私はずっといるよ。
そしていつまでも見守り続ける。ただ、今みたいな会話はできなくなる』
「……」
『昔は、大きな鳥の姿が私の本当の姿だった。
だが、この小さな赤い鳥の姿は、ただの未練であり、仮初めの姿でしかない。
今の私の本体……本当の姿は、あの『安らぎの大樹』――
皆を見守り、地下にいる千人の生命維持をおこなう存在。それが私なんだ』
「そっか。あなたも小宇羅ちゃんと同じ覚悟をもっているんだね」
『そう、君と同じだ』
「わかった」
『最後に君と話をしたかったから、こうして時間が取れて良かった。
箱船に戻ったら安らぎの大樹を見上げてくれ。
言葉は交わせないが、無事な姿を見せてくれ』
「約束するよ」
夕凪がそう答えた時――
再び、レーダー画面が数十体の魔物の姿をとらえる。
『また魔物が現れたようだな。あとはもう全てをお願いするしかない』
「うん、大丈夫。まだまだ立ち上がれる。それに……さよならじゃないよね」
『あぁ、また会おう』
夕凪は目を開けて、全ての情報を受け入れる。
視界の隅にある四角いウインドウの中、赤い鳥が頭を下げる姿が映り、
すぐにそのウインドウは閉じて消える。
夕凪は長槍を支えに覚束ない足で立ち上がり、コテツ君にまたがる。
現れた魔物たちが一直線に向かってくる。
◇ ◆ ◇
四姉妹の戦いは終わりが近づいていた。
あれから、定石通りの戦いを繰り返し、主砲の発射が五回を数える頃――
耐久度――残り47。
敵――毒ヒトデ8体、突進魚23体。
実際、この中間結果は過去最高。というか群を抜いて好成績ではあった。
いままで魔物を半分以下にできたことがないのだから。
その理由はいくつも考えられる。
四姉妹のレベルアップによる反射神経、動体視力の向上はもちろんのこと、
激しく動く車内で身体の安定を保てるのも、その恩恵だろう。
ダンジョンで本物の魔物と対峙したという自信も影響しているはず。
しかし、もっとも大きな要因は、
全員の「夕凪を助けたい」という想いの強さなのは間違いない。
だが――ここからが難しい。
魔物の数は減ったということは、
主砲の一撃で倒せる――同一射線上にいる――魔物が減ってしまうということ。
あと何回主砲を撃てば敵を全滅させられるか、予想が難しい。
かといって、もう一方の攻撃手段、機関銃での戦闘は乱戦になりやすく、
ダメージの大きい突進魚の体当たりをまともに喰らってしまう。
もう耐久度は残り少ない。当初300あったのが、現在は47。
これまで通りに戦っては、敵を全滅させる前に尽きてしまう。
さらに、魔物がこちらの攻め方を学んだようで、
先回りするような行動を見せるようになっている。
四姉妹は誰ひとり、あきらめてはいないが、
それでも、心に浮かぶ焦りを止めることができないでいる。
あと一歩という状況。
そして再び主砲の発射準備が整う。
ここで攻撃の手を休めるわけにはいかない。
主砲が撃てるのなら少しでも敵の数を減らすべきだ。
何ら新しい手立てが見つからないまま、
ヒスイが魔物から距離をとるようにマルマル号を走らせ、
ミカンが主砲の発射体勢に入ろうとする。
その時――
「ミカンお姉ちゃん! ヒスイお姉ちゃん!
サンゴの方に敵が向かないようにしてる! それじゃダメ!」
そう叫んだのはサンゴ。
引っ込み思案の彼女からは考えられない行動。
しかし、彼女はここ数日で変わっていた。
少しずつではあったが自己主張をするようになっていた。
そんな末っ子が無我夢中で声を上げる。
「サンゴも! サンゴもやれる!」
姉たちはその言葉で我に返る。
敵の攻撃から回避する場合、決まって左へ方向転換をしていた。
それは三女スミレが担当する、右側面に敵をむかえる行動。
過去、サンゴがまだ戦闘に慣れていなかったころからの名残り。
しかし、その単調な回避が魔物に予測され、つけいる隙を与えていた。
「ごめん、サンゴ。そうだね、サンゴもやれる。アタシが悪かった。
ヒスイ、次、アタシが撃ったら右に曲がって!」
「わかったよ、ミカン姉!」
ヒスイの言葉と同時に、ミカンが主砲を発射する。
その一撃で、まず毒ヒトデ二体、突進魚三体が光に還る。
散開する魔物たち。突進魚が狙いを定めて加速してくる。
こちらも直進して三人の機関銃で迎撃。
ダメージを受けた突進魚の進撃速度が鈍る。
そこから体当たりを受ける直前――
ヒスイが車体を一瞬だけ左に向けてから――右に避ける。
見事にフェイントが決まって、突進魚とは逆の方向に頭を向けるマルマル号。
サンゴの正面に突進魚の側面が晒される。
「サンゴもやる!」
マルマル号の左側機関銃が、激しい断続音と共に火を吹く。
突進魚はその攻撃方法から頭部の強度はあるが、身体の側面は弱い。
サンゴが放った銃弾は見事に目標の弱点に吸い込まれていく。
ヒスイがハンドルを左に切る。
車体を滑らせて魔物を正面に捉える。
ヒスイとスミレも銃撃に加わる。
その結果――倒した突進魚は七体。
いつもはこのタイミングで受けるはずのダメージがゼロ。
「サンゴ! やったね!」
「……うん」自分の成した結果に驚くサンゴ。
息つく間もなく、遅れてきた突進魚が攻撃をしかけてくる。
ヒスイが再びハンドルを切り、タイヤを滑らせて、正面でその集団と向き合う。
ヒスイ、スミレ、サンゴ、三人の迎撃。
結果、三体の突進魚の体当たりを受け、さらに毒ヒトデの毒液も着弾。
こちらの戦果は二体の突進魚の撃破。
耐久度残り――29。
敵――毒ヒトデ6体、突進魚11体。
「ヒスイ! このまま、あっちの毒ヒトデをやっつけちゃおう」
「うん!」
そのまま突進魚をやり過ごし、後方にいる毒ヒトデの群れに突っ込む。
突進魚よりも防御力の低い毒ヒトデは、
これまでに受けたダメージもあり、数発の銃弾で全てが光に消える。
耐久度残り――24。
敵――毒ヒトデ全滅、突進魚11体。
「このまま直進して!」
かなり離れた位置でうろうろしていた突進魚だったが、
ようやく体勢を整えてマルマル号の後を追いかけてくる。
加速を始めると、最終的にマルマル号の最高速を超えるスピードになる。
追いつかれるのは時間の問題。
だが、これはミカンの思惑通り。
残っている全ての突進魚が、マルマル号の真後ろを一団となって追ってくる。
ミカンは主砲を真後ろに向ける。
「これで決めるよ!」
力強く叫んで――主砲を発射。
太く赤い光の束。ほぼ一直線に並んでいる突進魚、その先頭の頭部に命中。
一体の身体を消滅させても、激しい光の勢いは衰えない。
続く直線上にいる突進魚全て、その存在を消していく。
耐久度残り――24。
敵――突進魚3体。
いまの真後ろへの攻撃は、相手が少ないからこそできた芸当。
撃ち漏らした敵からの攻撃を、無防備な後方にまともに受けてしまうからだ。
だが、もう突進魚は残りたった三体。
予想通り、追いつかれ攻撃を受けてしまうが、それは魔物の最後の悪あがき。
これまでの戦いで、この三体も相当のダメージを蓄積しているはず。
ヒスイが急ブレーキと共に車体を百八十度回転。
二体がスミレの、一体がサンゴの攻撃範囲におさまる。
「ワタシが倒します!」
「サンゴだって!」
スミレとサンゴの銃撃で、最後に残った突進魚三体が光に消える。
耐久度残り――9。
敵――全滅。
シミュレーション装置に囲まれたマルマル号。
その車内に、静かな時間が流れる。
四姉妹は、望んでいた結果にようやく辿り着いた。
だというのに……声も出せずに、呆然とした表情で座っている。
喜ぶことも忘れて。
誰かが試験の終わりを告げるまで――ずっとそのまま。
第25話、お読みいただき有り難うございます。
次回――「箱船が…沈みます(4)」
試験に合格した四姉妹が夕凪の救出に向かう……です。
更新は9月13日を予定しています。




