第21話:みんなで花火
四姉妹の家は青空教室のすぐ近く。
外から中の様子が丸見えだけど、
箱庭全体がみんなの家みたいなもんだから、何の問題もない。
入口付近にテーブルと椅子がある横に長い部屋。
子供用のベッドが四つ、奥に向かって横に一列に並んでいる。
その頭の方、ひとりひとりに小さなタンスがある。
全体的に小さい寸法でできているので、
私が気をつけの姿勢をとると、頭が天井に当たりそう。
用意してもらった椅子に座って、買ってきたお菓子をテーブルに広げる。
奥には湯沸かし道具くらいはあるみたいで、
いつものおすまし顔でスミレがお茶を出してくれた。
全員が椅子に座ったところで、私が話の口火を切る。
「じゃあ、ちょっとダンジョンで何があったか聞かせて」
四姉妹の顔が少し強張る。
もう、みんなの気持ちは落ち着いたみたいだから、
このまま楽しく別の話をするのが正解なのかもしれない。
でも、やっぱり傷が心の奥底に沈む前に癒した方が良い。
そんなにうまくできるかどうか自信はないけど頑張ろう。
この子たちのために。
そして、みんなから話を聞いた。
一番話してくれたのはミカン。
何でもないように明るく話していたけど、
その内容から、一番頑張っていたのがよくわかった。
――だからあの時、私の顔を見て、気が緩んで泣いちゃったんだ。
いまの私の気持ちは頼られて嬉しいってのが大きい。
……ミカンの本意じゃないだろうけど。
それから、ヒスイ、スミレ、サンゴの話を聞いて――私の結論。
「誰も悪くないし、間違ってない。魔物と戦っていればよくある、よくある。
それで最後にはしっかり魔物を片付けたんだから、
何も悔んだり落ち込んだりする必要はないって!」
そんなもんだ。
大ネズミはあと一押しで倒れそうだった――とか、
スミレが魔法を使う相手を間違っていた――とかは思い付くけど、
それは結果論ってやつ。
でも私のこの言葉だけじゃ納得できないようで、
スミレが小さな声で心の中の不安を口にする。
「でも……
サンゴのクマ太が動き出さなかったら、どうなっていたかと思うと……」
「クマ太、こっちにお出で」
サンゴのタンスの上で、ぬいぐるみとして待機していたクマ太。
バッと立ち上がりジャンプして床に着地。パタパタと駆けてきた。
――サンゴの人形術ってすごいんじゃない?
小宇羅ちゃんの話じゃ、
言うことを聞く人形が生まれるのって、難しかったんじゃなかったっけ。
クマ太のこの動きって……一花さんや二葉と比べても引けを取らないよね。
まぁ、今その話はおいといて――
隣りでビシッと姿勢を正したクマ太を抱き上げて、サンゴに渡す。
「決め手は確かにクマ太だったみたいだね。クマ太よくやった!」
サンゴの腕の中で敬礼するクマ太。
「クマ太の優秀さはもちろんだけど、みんなが失敗だった訳でもない。
たぶんクマ太がいなくても、その場はどうにかなったはずだから。
みんながその部屋に挑戦する実力は十分にあった。
多少の失敗をしても、どうにかできる余裕だってあったはず」
四姉妹は納得していない顔をしている。
ならばちゃんと伝えよう。
「まだまだミカンは耐えられた。ミカンだってその時はそう思っていたんでしょ」
「……うん」
「ヒスイはもう少しで起き上がれた」
「……うん」
「スミレは必ず冷静さを取り戻していたはず」
「…………」
「サンゴはクマ太を動かしたんだから、十分やることはやった」
「…………」クマ太を抱きしめるサンゴ。
「四人のうちの誰でも、その場をどうにかできる力があった。
最初にそれをしたのがサンゴだっただけ。
それは十分にみんなの力が足りていた証拠だよ」
自信を持って告げる。
「今日の戦いで覚えて欲しいのは……戦いには流れがあるってこと。
ほんのちょっとしたことで相手が有利になったりする。
そんな時にはそういうこともあるって、ぱっと受け入れたほうがいい。
それよりも大事なものを、大事な機会を見逃さないようにしよう」
これは私の信念だ。
「あとひとつ、こっちは戦ったあとの話。よく聞いてね……」
四姉妹が身を乗り出す。
「あんまり自分を責めないで。
今日は誰も悪くないのに、みんな落ち込んじゃってる。
スミレとサンゴがダンジョンデビューして、クマ太が動き始めて、
すっごくおめでたいはずなのに……元気がなくなっている。
そんなのもったいない。ミカン! そうだよね!」
「うん!」
ミカンが明るさを取り戻して答えてくれた。
だから私も同じように返す。
「そうだ! やっぱりミカンはみんなのお姉ちゃんだ!」
「うん! アタシはお姉ちゃんだからね!」
ミカンがいつものセリフを元気に言う。
それから四姉妹の長女は、妹たちの顔を順番に見て言葉を贈る。
「ヒスイ! ヒスイは頑張った。お姉ちゃんはちゃんと見てたよ!
スミレ! スミレの魔法はちゃんと魔物にだって効いてた。凄かった!
サンゴ! クマ太がいれば魔物退治がもっと楽になる! ありがとう!
クマ太! これからよろしく!」
妹たちがいつものミカンを見て元気を取り戻す。
今度は本気の元気みたいだ。これで本当に大丈夫みたい。
――まったくミカンときたら……。
その後は、おやつを食べながら、
一花さんと二葉の噂話をしたり、例の機動戦闘車の訓練の話を聞いた。
そして日が傾く前におやつの時間をお開きにする。
最後に私は提案する。
「暗くなったら花火大会をしよう。
小宇羅ちゃんと一花さんと二葉には私から言っておく。
みんなのレベルアップのお祝いとクマ太の歓迎会だぁ!」
不安も後悔もわだかまりも無くなった、四姉妹の賛成の声が返ってきた。
◇ ◆ ◇
「それじゃあ、明日出発ってことで」
夕凪がサラッと小宇羅に告げる。
四姉妹とのおやつが終わり、再び小宇羅の研究室。
一花に呼び出される前にしていた話――その続きをしていた。
それは……これからの予定について。
小宇羅たちの目的は、万有之海にあると信じる新たな大地、
箱船の中で眠る千人の人々が暮らせる大地を探し出すこと。
さしあたっての目標はそのための旅を始めること……である。
しかしながら、現在、箱船は万有之海の下層で待機している。
その理由は、新たな大地を捜す旅の邪魔をする魔物、
異物を排除しようとする魔物たちに、対抗する手段がなかったから。
しかし夕凪が転生してきたことで状況が大きく変わった。
魔物への対抗手段とするための自律式絡繰少女人形の身体、
そこに魂が宿ったことで、目標に向かって大きく前進――ここまでは計画通り。
そしてこれから。
まだまだ続く多くの課題に相当の時間がかかる――そう考えていた。
だがしかし――
たったの二日で、夕凪が全ての課題をサクッと乗り越えてしまった。
小宇羅が当初設定していた、旅を始めるにあたっての条件、
レベル20の魔物百体を退治する――を昨日達成してしまったのだ。
もちろんこれは嬉しい誤算で、歓迎すべき状況なのだけれど、
だからこそ、計画の見直しをする必要が生じたのである。
「その条件は確実というわけではない」
小宇羅は自分の決めた条件を――全てではないにせよ――否定する。
夕凪は黙ったまま先を促す。
「わたしは『百群郷』で神だったとはいえ、それはあの世界だけの立場。
今いる万有之海についての知識は聞きかじった程度でしかない。
だからこの条件、何度か上層の様子を調べた結果から、
安全率を適当に見積もって、ざっくりと決めただけのものなんだ」
「うん、その考え方わかるよ」
「いま夕凪殿が予想をはるかに超える能力で、
わたしの考えていた条件を軽々とクリアしてくれた。
そこで、予定より繰り上がったスケジュールから――
さらなる戦力アップしてからの出発という選択肢ができたんだ」
夕凪が小さく頷いたのを見てから、小宇羅は話を続ける。
「ひとつは、夕凪殿の破魔術。
前世では使えていた能力の中で、今はまだ使えない能力について」
「【集中】と三つの奥義だね」
「あと、もうひとつ……子供達の成長もある。
まだ機動戦闘車の使用許可は出せないが、いずれは可能になるだろう」
「うん、昨日と今日だけでも驚くくらい成長しているね。
あの子たちも頑張っているよ」
「そこで夕凪殿の意見が訊きたい。
旅立ちの日をいつにしたほうがいいだろうか」
そう言ってから、少し困った様に笑う小宇羅。
「ただその意見で責任を押し付けるつもりはない。
だからわたしの考えを先に言っておく。
わたしは――明日にでも出発しようと思う」
小宇羅の気持ちに誠実に答えようと夕凪は口を開く。
「先にひとつだけ……私の考え。
あの子たちの成長を、旅立ちの条件に組み込むのだけはしたくない。
ミカンも、ヒスイも、スミレも、サンゴも……、
あの子たちのペースで成長してほしいから」
今日の出来事で、これだけは夕凪の中で決まっていた。
「とすれば、私の残りの能力をどうするかって話だけ。
けれど、そのために留まる必要はないと思う。訓練は戦いの中でもできるから。
だから待つよりも先に進もう。やらないとわからないことのほうが多いし。
いざという時、どうやって逃げるか――、
それだけしっかりと決めておけば、小宇羅ちゃんの考えに賛成するよ」
そう言って、夕凪は明日の出発を宣言した。
こうして――
夜の花火大会は、出発前夜祭も兼ねることになったのである。
◇ ◆ ◇
星の光が輝く空の下、
出発前夜祭を兼ねた花火大会が、子供たちの家の前で催されている。
ミカンがくじ引きで当てた花火だけじゃなく、
二葉も自分の店から売り物の花火を持ち出して、盛大に始まっていた。
打ち上げ系の花火に火をつけて「きゃっほーい」と叫んでいるのはミカン。
華やかな火花を出す手持ち花火に「わぁ」と歓声を上げているのがヒスイ。
二人の楽しそうな姿を見るだけで、
つい笑顔を浮かべてしまうスミレとサンゴの手には線香花火。
夕凪も混ざって子供たちの楽しそうな顔を見ている。
すでに全員が明日の出発の話を聞いていた。
だから明日は全てそちらを優先。朝の訓練も青空教室もなし。
二葉の店も図書館も休み。ダンジョンも入り口を封鎖する。
もちろん子供たちは小宇羅の話に素直にうなずいた。
旅立ちは四姉妹にとっても嬉しい知らせだから。
新たな大地が見つかれば御主人様にまた会えるから。
その期待と喜びもあって、みんながこの花火大会を心の底から楽しんでいた。
今日ダンジョンで起こった苦しい戦いの記憶も、
今となっては子供たちのいい経験に変わっていた。
「二葉……ミカンたちから詳しく聞いたけど、
今日のダンジョンの出来事、二葉は何も悪くないよ」
「いや……」
「まぁ、私の話を聞いてみて……」
うつむく二葉に夕凪が優しい声で話す。
「まだまだあの子たちには余裕があった。
あの子たちが気がつかなかっただけで。二葉もわからなかっただけで。
その結果、サンゴの【人形術】っていう一番のラッキーが起こったから、
もし、そのラッキーが起こらなかったらって考えてしまった。
それが不安の原因。罪悪感の原因。後悔の原因」
「…………」
「今日あの子たちは、戦いの最中に泣き言を言わなかったって聞いた。
それは耐えられるレベルの戦いだったって証拠。
あんまり偉そうなことは言えないけど、
今日は普通の戦いがあって、普通にあの子たちが勝利したってだけだよ。
あの子たちも、もうそれに気づいている。理解している。
だから、二葉が責任を感じたり、反省したりする必要はないよ」
「そう……なのか?」
「そうだよね……小宇羅ちゃん」
「そのとおりだと思うよ。
優しい二葉にはダンジョン管理なんて困ることも多いだろうけれど、
この調子で続けてくれればいいんだ」
「了解しました……小宇羅様」
「てことで……、
君がクマ太か。凄いねぇ、言葉も理解して自律行動もできるんだって?
うちの一花や二葉とそう変わらないじゃないか」
そろそろ眠いという顔をしているサンゴに、寄り添うようにしていたクマ太。
小宇羅の言葉を耳にして、気をつけの姿勢を取ったあと、
手を横に振って「いえいえ、そんなことは……」と身振りで答える。
「いえ、そのように謙遜できるだけでも、二葉より精神的に大人だと思います」
「一花……それはいくら何でも、あたしだって傷つくぞ」
クマ太が「まあ、まあ」と取り成す様に手を振りながら二人の間に立つ。
小宇羅が「一花の言う通りだねぇ」とニカッと笑う。
やがて子供たち全員がサンゴと同じ眠たそうな顔になったころ、
花火大会はお開きとなる。
子供たちは家に帰ってそれぞれのベッドに、
小宇羅と夕凪は、館の和室にあるこたつに座ってくつろぎの体勢に。
眠る必要のない一花と二葉が後片付け。
子供達のはしゃぐ姿を思い出してか、心なしか二人の表情も和らいでいる。
星明かりに照らされ、静寂に包まれる箱庭の世界。
安らかな時間がゆっくりと過ぎていく。
そして――夜が明ける。
第21話、お読みいただき有り難うございます。
本日夕方に「図解:箱庭の世界」を更新します。
そのあとに、
次回――「では出発する」
新たな大地を探す旅が始まり、謎だった箱船の全容が明かされます。
更新は8月23日を予定しています。




