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第20話:この子はクマ太

 クマ太は駆ける。ヒスイのもとに。


 両手で抱えた回復ポーションの小瓶のふたを鼻先を使って器用に開ける。

 追ってくる大コウモリ一体を振り切り、ヒスイの口へ液体を流し込む。


 それから転進。


 一度振り切った大コウモリに再び追われるが、そのままミカンの近くまで走る。

 そこでミカンにまとわりついている、もう一体の注意も自分に引きつける。


 ミカンは大ネズミを盾で押さえこみながら、

 今まで自分に向かっていた大コウモリの攻撃が無くなったことに気づく。

 もしかして妹たちが標的になってしまったのかと、

 そんな最悪の事態を想像して、急いでその姿を目で追う。


 そこで目撃したのは、大コウモリの注目を一身に受けて、

 ちょこまかと動き回るクマのぬいぐるみ。見事に攻撃をかわしている。


 ミカンは安堵する。


 こうなっている理由は知らないけれど、

 あのクマのぬいぐるみが、おとり役を買って出てくれているのは確か。

 だとすれば、邪魔が消えた今の状態が好機なのは間違いない。


 すでにかなりの体力を消耗していたミカンだったが、

 気力を振り絞り、残る敵、大ネズミを盾で殴りつける。

 巨体を震わせて「ぐぶぶ」と怯む魔物。

 その瞬間に右手のサーベルを全力で振り下ろす。


 最後の悪あがきでしかなかった大ネズミは――

 その一撃を胴体に喰らって、わずかに残っていた体力を全て失う。


 光に還るその姿を最後まで見る時間も惜しいと、

 ミカンは振り向きざま「ヒスイ、だいじょーぶ!?」と妹の名を叫ぶ。


 姉の声が聞こえたヒスイはよろよろと立ち上がり、

 どうにか笑顔を浮かべて「ボクは大丈夫だから……」と気丈に答える。


 本当に大丈夫かどうかは、わからないけど、

 少なくともはっきりと意識があって、立ち上がれるのなら、

 もう少しだけ我慢してもらって先に危険を取り除こう――


 ミカンはそう考えて、

 おとり役で頑張っているクマのぬいぐるみに視線を移す。


 クマのぬいぐるみ――サンゴが受け取った御主人様からの贈り物。

 夕凪お姉ちゃんに「これで戦いたい」とお願いしていたのも覚えている。

 でも、どうして動き出しているのか、なんて頭を悩ませている暇はない。

 逃げ回る姿から考えて、どうやら攻撃手段がないらしい。


 であれば、自分が――と、

 そうミカンが心を決め、動き出そうとした時。


「ボクにやらせて」


 回復ポーションの効果がようやく現れ、体力が持ち直したヒスイ。

 しっかりとした足取りでミカンの横を駆け抜け、大コウモリに向かう。


 大コウモリは、クマのぬいぐるみに気を取られて、周囲が見えていない。

 その内の一体が、ヒスイの不意打ちに防御動作もできず、

 まともな一撃を喰らい光に還る。


 ようやくヒスイに気づいた残る一体も、もうすでに為す術がない。

 連続してナイフの攻撃を受け、こちらも光に還る。

 落下する大コウモリの魔石。


 サンゴは自分のぬいぐるみが動き回る姿を、

 まるで夢の中のような現実味のない光景として見ていた。

 だが、クマ太の活躍で苦境から脱したのは事実だった。


 こうして――全ての魔物が消え去った。


 四姉妹全員が、今起こった出来事を呑みこむまでに時間がかかっていた。

 少しの間、戦いが終わった部屋の中に静寂が訪れる。



 ◇ ◆ ◇



 最初に声を上げたのはスミレだった。


「ミカン姉さま! ヒスイ姉さま! すみません……本当にすみません。

 力になれませんでした……ワタシは……」


 スミレは拳を握りしめて涙をこらえているが、その声は泣いている。

 サンゴが腰を地面に落として「えぐっ……えぐっ」と泣き始める。

 クマ太が後ろから静かに近づいて、その肩を優しくポンポンと叩く。


 ヒスイは、スミレとサンゴの泣く声を聞いて、顔を伏せる。


「ごめん……ミカン姉。ボクがちゃんとできなかったから……」


 妹たちの暗く沈んだ雰囲気を打ち払うように、

 長女ミカンの、明るく元気な声が部屋の中に響く。


「いやぁ、アタシちょっと失敗しちゃったね。うん、みんなごめんね。

 心配かけちゃったみたいだったね。でも、ほらもう魔物は倒した。

 スミレは最初の戦いで怖かっただろうけど頑張ってくれた。

 そしてなんてったって、サンゴはクマさんを動かせるようになったんだよね。

 大成功だ。うん! だいせーこー!」


「えぐっ……うっ……クマ太……この子はクマ太……」


「そうだね、クマ太だったね。

 コウモリの相手をクマ太がしてくれたから、大ネズミを倒せた。ありがとう!」


 サンゴを慰めていたクマ太がミカンに敬礼をする。


「じゃあ、今日は大成功だから一旦戻ろう。

 ほら、ヒスイもコウモリを二匹倒して大活躍だったね。

 そうだ! みんな忘れずに、薬草を使って体力を回復しておこう」


 妹たちを元気づけたあと、ミカンは薬草を口にしながら、

 ふと思い出したように「魔石を集めちゃお」と声に出す。


 その言葉に従って、真っ先に動いたのはクマ太。


 魔石集めの担当がサンゴだと知っていて、

 主の代わりを務めたとしか思えない動きだった。


 小宇羅は言っていた、

 術者の思い通りに動く人形が生まれる確率は非常に小さい……と。


 では、このクマ太は――


 主の心を思いやり、

 命令されるまでもなく主の意を汲んで動くクマ太の存在は、

 奇跡としか言いようがないのではないか。


 クマ太を生み出したサンゴ――


 彼女が手にしたスキル【人形術】は、

 神であった小宇羅と比べても、決して見劣りするものではない。

 それほどの術を成功させるのに、要した期間はたったの二日。

 それも……生まれて初めて魔力を操った時からの日数なのである。


 この事実が、彼女の天才性をはっきりと示していた。


 しかし四姉妹は、末っ子の能力がそこまで並外れたモノだとは、

 この時、当の本人を含めて気づくことはなかった。


 ヒスイとスミレは終わった戦いについて、

 まだ心の整理が済んでいなかった……それはサンゴも同じ。


 長女のミカンは、動き回るクマ太の姿に驚きはしたが、

 サンゴの望みが現実になったことのほうを喜んでいたのだ。


「よーし、じゃあ帰ろうか。ねっ!」


 クマ太が集めた魔石をサンゴの代わりに受け取ったミカン。

 ニコニコと笑顔を浮かべて、妹たちに号令をかける。


 四姉妹は入ってきた扉から部屋の外に出て、

 長女を先頭に、来た道をゆっくりと戻り始めた。



 ◇ ◆ ◇



 ちょうどその頃、小宇羅と夕凪は――

 訓練を中断していて、今後の方針について研究室で話し合っていた。


 そこにノックの音がする。


「小宇羅様、夕凪様、少しよろしいですか」

「いいよ、どうした?」


 扉を開けて入ってきたのは一花。

 小宇羅に一礼してから、夕凪に視線を向ける。


「二葉が少し失敗したようで、子供たちが危険な目に遭ったようです。

 それで……勝手なお願いで申し訳ないのですが、

 できましたら、少しの時間――

 夕凪様に、子供たちのお相手をしていただきたいと思いまして……」


 ――いま、あの子たちはダンジョンに行っているはず。


 日々のダンジョンの管理を、二葉がしているという話はすでに聞いている。

 夕凪は少し表情を硬くして小宇羅の顔を見る。


 頷く小宇羅。


「わかりました。すぐ行きます」と夕凪が一花に返事をする。



 ◇ ◆ ◇



「クマ太はすごいね。しゃべれないけど言葉はわかるんだね」


 ダンジョンを戻る道では、元気のない妹たちがうつむきながら歩いている。

 その中で唯一ミカンの明るい声に答えてくれたのが、

 サンゴに抱えられたクマ太だった。


 ミカンはクマ太に「ヒスイはね」「スミレは……」「サンゴは……」と、

 絶え間なく話し続けて、クマ太は両手と顔を動かして身振りで答えていた。


 そして薄暗い階段を昇り終えて、ダンジョンから出る。

 日差しが目に眩しい。


「お疲れぇ!」


 待ってましたとばかりに、明るい声で出迎えたのは夕凪。


「みんな頑張ったみたいだね。

 私がおごるから、二葉の店でお菓子でも買って、それからおやつにしよう」


 その夕凪の笑顔を見た途端――

 ミカンが「ぐえええええぇ……」と変な声を上げて泣き出す。

 さっきまでの笑顔はどこへやら、そのままドンッと夕凪の腰に抱き付く。


「ゆうなぎおねえぢゃーん」


 ミカンの泣き声に妹たちもこらえきれなくなって、

 一斉に夕凪に駆け寄り、抱き付いて泣き出す。


「うええええぇ……」「うっ……ううっ……」「えぐっ……えぐっ」


 直前にサンゴの腕から飛び降りたクマ太が、直立不動で夕凪に敬礼をしている。

 どこからか現れた二葉が、両手を合わせて謝罪の姿勢をとっている。


 ――一花さんに、もう少し詳しい事情を聞いておけばよかった。


 そのままの体勢で、四姉妹が泣き止むのを待つしかない夕凪だった。



 ◇ ◆ ◇



 しばらくして、泣いていたミカンがピタッと大人しくなる。

 他の三人も泣き声が小さくなって、少し落ち着きを取り戻したようだ。

 それでもまだ全員が夕凪にしがみついて、顔を押し付けている。


 その様子を黙って見守っていた夕凪だったが、ふと、あることに気づく。

 少しだけ見えるミカンの横顔が真っ赤だった。

 そう思っていると肌が見える部分、うなじとか腕もどんどん赤くなる。


 ――えっ!? どこか怪我でも!?


 夕凪が焦ったのも束の間、

 いきなりミカンがガバッと顔を上げて夕凪から離れる。

 顔だけじゃない、全身が真っ赤だ。そして手をワタワタとさせる。

 目がグルグルしている。


「ア、アタシはお姉ちゃんだからね……、だから泣いたりしないよ。

 そ、それに夕凪お姉ちゃんが何だかあったかくて、

 気持ちよかったなんて思ってないよ……あっ、間違えた、いまのは無し!」


 ――まったくミカンは……。


 まったくミカンは私に優しい気持ちをくれる――と、

 夕凪が「ふふっ」と笑う。


 ミカンは「うん! アタシはお姉ちゃんだから!」と、

 わけがわからなくなって、さらに同じ言葉を繰り返し、顔が赤くなる。


 妹たちもミカンの突然のおかしな言動に気を取られて、夕凪から身体を離す。

 と同時に、これら一連の出来事で、

 苦しかった戦いを一時忘れて、ようやく気持ちのほうが切り替わっていた。


 最初にヒスイが「ミカン姉はミカン姉だね」と笑顔になり、

 スミレも続いて口に小さく笑みを浮かべて「ミカン姉さまですから」と、

 そしてサンゴも「ミカンお姉ちゃん……」と穏やかな声。


 この機を逃さず夕凪が声を上げる。


「じゃあ、二葉の店に行こう!」


 ようやく泣き止んだ四姉妹と、手を繋いで歩き出す。

 夕凪の両手はミカンとスミレ。ヒスイはミカンの、サンゴはスミレと手を繋ぐ。

 クマ太はサンゴの腕の中でキョロキョロしている。



挿絵(By みてみん)



 ダンジョンから左にある短いトンネルを抜けて、

 畑の近くを通って橋を渡ると、二階が図書館になっている二葉の店がある。


 いつの間にか戻って店番をしていた二葉。

 何事もなかったかのように、素知らぬ顔で挨拶。


「よお、いらっしゃい。丁度いい時に来たな。

 今日は特売セールの日で全品半額だ。

 それとお買い上げの人全員に、豪華景品が当たるくじ引きがある」


「あれっ? ダンジョンに行く前はそんなこと言ってなかったよ」


 すっかり機嫌が直ったミカンの鋭いツッコミ。

 それを聞いて、つい笑ってしまった夕凪に、二葉が嫌そうな顔をする。


「ぐっ……、……あぁ、ちょうどさっきから始まったんだ。

 そう、大根がな……いい大根が採れたからそのお祝いにな……」


「二葉がそう言うんだからそうなんだよ。

 それなら、いつもよりもたくさん買っていいよ。

 私のおごりだからって遠慮しないでいいからね……返事は?」


「はーい」「はい!」「はい」「はい……」


 ――あぁ、良かった。いつも通りだ。


 何があったかわからない。

 でもダンジョンを出てきた時の様子じゃ、つらいことがあったのだろう。

 まだ、その痛みは心に残っているだろうけど、

 もう大丈夫だ、こうして元気に返事ができるのだから。


 夕凪は少し気持ちが楽になり、

 内心で落ち込んでいるはずの二葉に、口の形で「だいじょうぶ」と伝える。

 それを見た二葉も「すまない」と口の形で返して、頭を少しだけ下げる。

 夕凪が笑顔で応える。


 四姉妹は明るさを取り戻し、

 お菓子をたくさん買って、そのあと帰り際に全員でくじ引き。

 ミカンは大量の花火セットが当たって「やったね!」と素直に喜ぶ。

 ヒスイには編み物セット。


「こういうのはボクに似合わないよ」

「そんなことないよ。いちばん器用なんだから、ヒスイは」

「そ、そうかな……ちょっとやってみようかな」


 大好きな姉に言われて、まんざらでもないヒスイ。

 スミレが十二色入り色鉛筆セットを当てて「まあっ」と笑顔を見せる。

 サンゴが当てたのは『爆発魔法石』が十個。二葉が使い方を教える。


「これは敵に投げると、爆発する魔法が込められた石だ。

 威力はそんなに強くないが、驚かせるくらいはできるぞ」


 こうして、ひと通りの用事が済み、夕凪が子供たちに号令する。


「じゃあ、二葉にお礼を言って帰ろう」


「ありがと、二葉!」

「二葉、ありがとう」

「ありがとうございます」

「二葉……ありがと」


 クマ太も二葉に敬礼をしている。


 ――クマ太って、いつの間に動けるようになったのかな……?


 夕凪はそのこともまだ聞いていなかった。

 だから四姉妹の家へ向かう、ダンジョンで何があったのかを聞くために。


 いや、それよりも大事なことがあった。

 みんなで一緒に家へ帰ろう……そう、おやつの時間だから。



 第20話、お読みいただき有り難うございます。


 次回――「みんなで花火」

 四姉妹も全員レベルアップし、夕凪もすでに目標を達成済み。

 出発前夜の花火大会……です。


 次回更新は都合により、一週間後の8月19日を予定しています。


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