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第19話:次の部屋に行こう(2)

 部屋の奥にある扉の表面に浮かぶ魔方陣、ミカンがそれに手をかざす。

 すると、音もなく扉が消えて、ダンジョンの奥へと向かう通路が現れる。


 道幅は、姉妹四人が横並びで何とか歩けるくらい。

 天井も足元も、そして左右の壁も、平らに締め固められたむき出しの土。

 升目に描かれた迷路のような道をヒスイが先頭になって慎重に進む。

 初めて歩く場所ということもあり、ミカンも大人しい。


 乏しい明かりの中、

 四姉妹がそのままの緊張感で二度目の角を曲がろうとした時……。


「待って!」とヒスイが手を横に出して、後ろの三人の前進を遮る。


 ヒスイは通路に設置された罠を見つけていた。

 すぐ後ろを歩いていたスミレとサンゴがビクッと立ち止まる。

 最後尾のミカンは二人の間から心配そうな顔を覗かせる。


 だが当のヒスイは落ち着いていた。


 ダンジョン入口からそう遠くない場所であれば、

 設置されている罠は、初心者でも解除可能な難易度である場合が多い。

 ましてやダンジョンに入って最初の罠である。


 ヒスイはこれまでの努力が実り、スキル【探索術】を早くも会得している。

 このスキルは、罠の発見と解除を容易くし、

 さらに、自分のレベル以下の罠であれば一瞬で無力化する効果がある。

 この程度の罠、恐れる必要はない。

 腰をかがめて手をかざしただけで、あっさりと罠を排除するヒスイ。

 静かに見守っていた姉と二人の妹に笑顔を向ける。


「もう大丈夫だよ」


 妹の笑顔に応えて「うん、ありがと、ヒスイ!」とミカンも笑顔を返す。

 スミレとサンゴもホッとした表情を浮かべる。


 この調子で続く二回の罠をほとんど素通りするように進み、

 やがて辿り着いた二部屋目の入口。


 四姉妹は真剣な顔で頷きあい、ミカンが魔方陣に手を触れる。

 ダンジョン二部屋目が四人を迎え入れる。

 現れた魔物は大ネズミ一体と、空中を羽ばたく大コウモリ二体。


 彼女たちは決して油断などしていなかった。

 だが、この戦いで思わぬ窮地に追い込まれてしまう。

 その原因は経験の少なさからくる、小さなミスの積み重ね。

 四姉妹は自らの未熟さを、その身に味わうことになる。



 ◇ ◆ ◇



 最初のミスは大ネズミ一体の対処。


 見慣れた魔物にミカンが挑む。

 だがミカンはこの時、あることをすっかり忘れていた。

 ダンジョンに現れる魔物は、

 同じ姿をしていても、強さは全く異なる場合がある――ということを。


 もちろん――

 そういったダンジョンの常識は知識として全員が持っていたのだが、

 頭で理解していても、実戦に当てはめて考えるには経験が必要であり、

 残念ながら、ミカンたちにはそれが不足していた。


「ぐっ!」



挿絵(By みてみん)



 大ネズミの体当たりを喰らって、ミカンが地面に投げ出される。


 レベルアップ後は大ネズミを四、五撃で倒せていたのが、

 七撃目でも倒せなかったことで、わずかな焦りが心に芽生えた。

 結果、攻撃に力が入り、盾での防御が疎かになった――その一瞬の出来事。


 ミカンの名誉のために付け加えると、

 この時のミスは簡単にフォローできる程度ではあった。

 だが、結局はこれがきっかけになって、

 予想していた以上の危機を作りだす――その始まりとなってしまった。


 ヒスイは持ち前の素早さで、

 初対戦にもかかわらず、空中を飛び交う大コウモリ二体を巧みに翻弄していた。


 スミレは大ネズミの対処を長女に任せて、

 やはり初見である大コウモリを敵と見做して、

 覚えたばかりの攻撃魔法【火の玉】を実戦で初めて使う。


 その二人の目の前で、

 精神的支柱であるミカンが激しい勢いで地面に叩き付けられる。


 想像もしていなかった事態に、

 妹たちがうろたえてしまったとしても責めることは出来ない。

 ヒスイは経験不足、スミレにとっては初戦なのだ。


 ミカンの状況はそれほど酷くはなかった。

 実際に、すぐにでも立ち上がろうとしていたのだから。


 ヒスイの実力であれば、魔物全てを相手に翻弄し続けるのも不可能ではない。

 倒すことは出来なくても、時間を稼ぐのはヒスイの得意とする戦い方。

 だから、そこで短時間でも稼げていれば立て直しができたはず。


 だが……、

 ミカンの姿に慌てたヒスイが、大コウモリの爪攻撃を受け、足を止めてしまう。

 そのまま何度か攻撃にさらされる。


 どうにか冷静を保っているスミレが【火の玉】で援護するが、

 威力はあっても連射はできない。

 ヒスイを攻撃している動く標的を牽制しきれない。


 体勢を立て直したミカンが、

 ヒスイの援護に向かおうとしたのだが……間に合わなかった。


 大ネズミの突進を腹部に受けて弾き飛ばされるヒスイ。

 彼女は、素早さは高いが防御力は低い。

 ミカンが耐えきった攻撃でも、ヒスイにとっては大ダメージとなる。


「ぐぐっ……」意識を失ってはいないが身動きできないヒスイ。


 ポケットにある回復用ポーションを使いたくとも、

 取り出すことさえ出来ない状況だった。


 ミカンはこれ以上ヒスイに攻撃が向かわないように、

 全ての魔物を相手にしようとする。


 だが素早い妹と違い、ミカンは一対多の戦いが不得手。

 大ネズミを押さえながら、大コウモリ二体の相手をするのは荷が重い。

 サーベルを振り、追い払うのが精一杯。

 魔物にダメージを与えられないまま体力が削られていく。


 ただひとり戦いに参加していないサンゴ。

 姉たちの戦いを一歩下がった位置で見るだけしかできない。

 けれども、この状況で何もしない訳にはいかないと、そう思うのも無理はない。

 腰のバッグから回復用ポーションを取り出す。


 ――サンゴが……サンゴが力になれれば……。


 自分の名前を心の中で連呼して、クマ太を強く抱きしめて、

 そうやって自分を鼓舞することで、ようやく震えながらの一歩を踏み出す。


 だが、それを制止する声。


「だめだ……サンゴは動かないで……」


 倒れたままのヒスイ。

 かすむ視界でサンゴがしようとしたことを知り、無謀な行動を引き止める。


「ボクは大丈夫だよ……

 戦いが終わったら薬草を使うから、用意しておいて……」



 ◇ ◆ ◇



 ヒスイは朦朧とする頭で考えていた。


 大コウモリは、動く敵に向かっていく習性がある。

 ここでサンゴが、自分かミカン姉を回復するために近づこうとすると、

 必ず大コウモリが向かっていくはず。


 大コウモリの攻撃は決して弱くはない。

 戦うための訓練をしていないサンゴの防御力では、

 一撃ですら耐えられるかどうか。


 それよりも――

 今は自分が立ち上がって、

 ミカン姉の援護ができるようになった方が良い。


 ヒスイは自分を叱咤して、起き上がろうともがき始めた。



 ◇ ◆ ◇



 スミレは焦っていた。


 自分の力が戦いに貢献できていない。

 ミカン姉さまとヒスイ姉さまが危機の時こそ冷静になって援護する、

 そう頭に描いていた自分の役目が全く果たせていない。


 ――でも、一体どうすればいいのですか。


 スミレは図書館でダンジョンについての本を読み漁っていた。

 知識を貪欲に吸収していた。

 だから、こうなってしまった最初の原因を見抜いていた。

 大ネズミの能力が、最初の部屋にいた大ネズミよりも上がっているからだと。


 けれど、今の状況を打開する方法が思いつかない。

 自分の【火の玉】が大コウモリに当たらない。


 スミレがこうなるのも仕方がない。初めての実戦なのだ。

 初めて魔法を敵に向けているのだ。それも一段階強くなった魔物相手に。

 しかし、だからといって唇を噛むだけでは今の事態は好転しない。


 スミレの心は追い詰められていた。



 ◇ ◆ ◇



 ミカンは耐えていた。


 今の状況を引き起こした原因は自分にある。

 妹たちがピンチになったのは、自分が大ネズミを倒しきれなかったからだ。

 その責任を感じながら、大ネズミと大コウモリの攻撃を一身に受け続けていた。


 ――アタシがこうしていれば妹たちに攻撃は向かない。


 妹たちを護る、その一心で耐え続けていた。

 そうすれば、少しずつでも妹たちが魔物達を弱らせてくれる。

 いつかこの攻撃は弱まる。その時まで耐えられればいい。


 ――大丈夫。アタシたちはこんな所じゃ負けない。


 ミカンは今の状況でも全く挫けていなかった。



 ◇ ◆ ◇



 ここで冷静な視点からこの戦いを分析できる者がいれば、

 今の状況を覆すのは簡単なことだと考えるだろう。


 彼我の状況をはっきりと見極められれば容易いことだと。


 ひとつは大ネズミ。

 この魔物は、残り僅かで光に還るほどに、ダメージを受けている。

 確かに最初の部屋にいた大ネズミより能力がアップしているが、

 レベルアップしたミカンの攻撃をすでに相当回数その身に受けている。

 見た目で解らなくとも、大ネズミは最後の力で足掻いているだけなのだ。


 そしてスミレ。

 最初に自分の敵を大コウモリと決めてそれに固執してしまっている。

 数発は当たっているが大コウモリを倒し切るには至っていない。

 まだ未熟な【火の玉】は、

 空を進むとはいえ、その精度からまだ飛翔する敵とは相性が悪い。

 威力はそこそこあるのに生かし切れていないのだ。


 ここで攻撃目標を大ネズミに切り替えれば、

 最後の一押しが出来るのだが、残念ながらそれに気がついていない。

 これも経験不足が原因である。


 神の視点からの助言は四姉妹に届かない。


 だがこの状況は――

 ひとりの天才の能力を開花させるきっかけになったのである。



 ◇ ◆ ◇



 姉のひとりからダメだと云われて、

 それに逆らうなどサンゴには到底できない。


 ――ヒスイお姉ちゃん……なんで……なんで……。


 ヒスイお姉ちゃんかミカンお姉ちゃんのところに駆け出して、

 このポーションを使えば……そうすればみんな助かるのに……。


 ただその結果、どうなるのかもサンゴは理解している。

 大コウモリの習性を見抜いているから。自分が襲われるのを知っているから。


 ――でも……でも……。


 それでもこのままではという思いで足を前に出そうとするが、

 気弱な感情とヒスイの言葉が邪魔をする。

 心の許容量を遥かに超える状況に、もう祈ることくらいしかできない。


 ――御主人様……。


 サンゴは御主人様の顔をほとんど覚えていない。

 四人姉妹の中で一番遅くに人型への変化を覚えて、

 まだ見た目赤ん坊だった時に別れを迎えてしまったからだ。

 だから、その時サンゴの頭に浮かんだのは……夕凪の顔だった。


 まだ出会ってたったの三日。

 なのにミカンお姉ちゃんに信頼されて、

 ヒスイお姉ちゃんの心を見抜いて、

 スミレお姉ちゃんの願いを叶えた。


 そしてサンゴ自身の心を受け止めて、しっかりと答えてくれた。

 御主人様から貰ったクマ太と戦いたいという想いを。


 ――夕凪お姉ちゃん……。


 その時サンゴの身体が柔らかな光に包まれる。

 それは魔力の輝き。

 やがてその光は収束を始め、サンゴのお腹に集まる。

 自分のお腹にあるのに、逆に自分が包み込まれているような感覚。


 突然集まった魔力を何に使うか、サンゴは一瞬たりとも迷わなかった。

 昨日から続けてきた魔力の使い方。

 胸に抱えたクマのぬいぐるみ――クマ太――に与える。

 想いが凝縮された魔力の一滴を、ひとつの願いを込めて。


「……クマ太……」


 てれれてってってー。


 全身が輝きだすクマ太。


 その光が落ち着いたと同時に、

 サンゴの腕の中でゆっくりと伸びをするように手を上げる。

 降ろして欲しいのだと理解したサンゴは腰を落として解放する。


 クマ太はサンゴの手にあったポーションをさっとつかみ、

 小さな身体で颯爽と駆け出す。

 その速度はヒスイと比べても見劣りしないほど。

 大コウモリの襲撃を軽やかにかわして、ヒスイのもとに駆け付ける。


 サンゴはレベルが上がった。

 サンゴはスキル【人形術レベル1】を手に入れた。


 万能ぬいぐるみ――クマ太――が動き始めた。



 第19話、お読みいただき有り難うございます。


 次回――「この子はクマ太」

 四姉妹がピンチの中、動き出したクマ太。この戦闘の結末は……です。


 更新は8月12日を予定しています。

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