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第08話:お姉ちゃんだから(1)

 ここから少しの間、四姉妹の話。そして長女ミカンの話。


 ミカンたちのあるじは十七歳の少女だった。

 百群郷でも珍しい『魔物遣い』という能力を持った人間。

 その能力はミカンたちと出会うことで発動した。


 一般に、人間への敵愾心を本能に持つ魔物と心を通わせるのは不可能。

 しかし例外もある。

 そのひとつが『ダンジョン』という施設に現れる魔物たち。


 ダンジョンとは――

 人間に探索されるのを目的とした巨大な建造物。

 複数の階層で構成されていて、内部には魔物が徘徊している。

 魔物を倒すとその肉体は光に還り、あとには魔力の塊「魔石」だけが残る。


 階層ごとにいるボス魔物を倒すと特別なお宝が手に入ったりもする。

 深層に行くほど魔物は強くなり、手に入る魔石もお宝も上等になっていく。

 魔石とお宝そしてスリルと名声、それらを求めてやって来る人間を歓迎する。


 そこに現れる魔物は人間への敵愾心を調整され、持たない魔物も珍しくない。


 あるダンジョンの浅い階層で、隠れるように活動していた四体の魔物がいた。

 大きな丸いクッションの形をしたマルスライムという弱小魔物。

 それぞれ異なる体色――蜜柑色、翡翠色、菫色、珊瑚色。

 珊瑚色の個体だけ他の個体の半分以下の大きさ。

 のちに、ミカン、ヒスイ、スミレ、サンゴと名付けられる魔物達であった。


 ある日――四体は主となる少女と運命的に出会う。

 少女は魔物遣いとなり、

 マルスライムたちは名前を与えられ、使役される魔物になった。


 主から訓練を受ける日々。

 まだ訓練の意味も分からず、ただ主とともに身体を動かすことが楽しかった。

 生まれた時期が離れていたサンゴだけは、

 丸い身体をプルプルさせるのが精一杯だったけど。


 ミカンたち主従の暮らしは人の世界の中。

 当然、数々のトラブルにも遭い、人の悪意に晒されるときもあったが、

 それも主となった少女の努力でどうにか乗り越えていった。


 やがて訓練の中で、

 ミカン、ヒスイ、スミレの三体が種族特性である【変化の術】を会得する。

 それは別の生物への完全な擬態能力。

 もちろん選んだのは人の姿。この日から三体は三人になった。


 続く訓練の中でサンゴが一歩遅れて人型になり、

 他の三人は知能が上がり、人の言葉が話せるようになる。

 まだ人語のわからないサンゴも含めて四姉妹に主が告げる。


「強くなったら一緒にダンジョン探索をしよう」


 主の望みを知り、訓練の意味を知り、目標ができたミカンたち。

 周囲では徐々に理解ある人間も増え、ようやく主従の生活は落ち着き始める。

 だが、その幸せな時間は短かった。


 その頃、百群郷で魔物の一斉蜂起が起こったのだ。


 魔物の軍団に各地の都市や町はことごとく敗北。

 一年も経たずして人類は滅亡の危機に立たされる。


 そして――

 ミカンたち主従の暮らしていた町は、

 偶然にも百群郷で人類最後の町になったのである。

 魔物への風当たりが最悪な状況になり、隠れるように暮らしていたとき。

 ある日、主から告げられる。


「あなたたちは魔物だから、もし人間が全滅しても魔物の中で生きていける。

 だから、ここでお別れ。

 運よく、わたしが生き残れたら、みんなと最初に出会ったダンジョンに行く。

 わたしのことを覚えていたらあそこで待ってて」


 泣きながら縋るミカン。涙を流して動けないヒスイ。

 泣き顔を見せないように後ろ向きでサンゴを抱いているスミレ。

 人型になったばかりのサンゴはまだ赤ん坊程度の知能しか無く、

 事態を知らずにスヤスヤと眠っている。


 主の少女の言葉は魔物遣いの能力を使った強制命令だった。

 そうなれば使役される側のミカンたちに逆らう方法はない。

 ミカンたちの主は四姉妹を残し、町の防衛隊に志願して出ていってしまった。


 やがて町にも魔物が現れる。

 それは町の防衛線が突破されたということ。防衛隊が負けたということ。

 もうすぐこの町も魔物に制圧されてしまうだろう。


 だがミカンたちは感じていた。

 まだ主従契約は切れていない。主はどこかで生きている。捜しに行こう。

 襲い掛かる魔物達からどうにか逃れて町を離れる四姉妹。


 そこに現れたのが小宇羅だった。

 三人の妹を庇うように前に出るミカンに静かな視線を向ける。


「人に使役されていた魔物か……

 人のがわに立つ気があるのなら、わたしの手伝いをしてくれないかな?」


「アタシたちは御主人様を捜す!」

「生きている人間は、もうこの世界にはいなくなってしまったよ」

「そんなことない! アタシとまだつながってるもん」


「そうか……だとすると、わたしが助けた人間の中にいるんだろうな。

 それなら……やっぱりわたしに付いてくるしかないよ。

 この世界はもうすぐ崩壊してしまう」


「御主人様に会わせてくれるの?」

「それは……」


 ミカンたちは小宇羅から説明を聞く。


 助けた人間は千人。これから新しい世界を探して旅をする。

 旅をするための船――箱船――には、千人もの人間が生活する環境を作れない。

 そのために全員を眠らせて箱船に乗せている。

 ミカンたちの主だけを起こすことは出来ない。

 新しい大地が見つかるまでは。


 ミカンたち四姉妹は箱船に乗り込む決心をした。

 そこは箱庭の世界だった。


 四姉妹に与えられた役目は人間らしく生活すること。

 それは眠る人間に見せる夢のため。

 眠ったままの彼らにミカンたちの生活を夢として与え、

 刺激にして精神の磨滅を防ぐ。

 そのために、これからもずっと人としての姿を保って人の生活を続ける。


 ミカンたちは小宇羅の提案をのむことにした。

 子供程度の知能で、それでも一生懸命に理解しようとした結果として。


 箱庭での生活が始まる。


 午前は青空教室で勉強、

 午後は主の望みであったダンジョン探索に備えた自主訓練。

 みんなで一緒に食事をして、毎日お風呂に入って身体を洗って、

 小遣いをもらって買い物をしたり、図書館で本を借りて読んだり……。


 そこでの生活に不満はなかった。

 けれども御主人様のいない生活……ミカンの心にぽっかりと穴が開いていた。

 小宇羅に尋ねる


「どのくらいで新しい場所って見つかるの?」


「ごめん、それはわからない。

 それと……解決していないことがあって、まだ出発もできていないんだ」


「えぇ! なんでなんで!?」


「もう前の世界は消滅して何も残っていない……

 今いるのは『万有之海』という何もない場所。

 わたしもここは初めての場所なんだが……、

 ここにも魔物がいて、どうやらわたしたちを狙っているらしいんだ」


 小宇羅は優しい声で諭すように話す。


「戦う専門の絡繰人形を作ったんだけど、

 それに合う魂がなかなか見つからなくて、まだ動かないんだ。

 戦闘用となると、一花や二葉みたいな仮想人格ってわけにはいかない」


「じゃあ……アタシがやっつけるよ! 

 御主人様と一緒にダンジョンで魔物を倒したことあるから」


 そう話すミカンだったが――

 実際は主と二人で行った、たった一回だけの経験。

 それもダンジョンの最初の部屋についていって、

 主が弱らせた魔物のトドメを刺しただけ。


 その後は、妹たちも連れてダンジョンに行く予定だったはずが、

 魔物の進攻が始まってしまい、この一回限りになってしまった。

 だからミカンにとっては本当に大切な思い出。


 けれども、いま必要なのは『万有之海』の魔物と戦える実力。


 小宇羅はミカンの実力をすでに見て知っている。

 とても『万有之海』に現れる強化された魔物と戦える力量ではない。

 それでも……気持ちは嬉しい。


「ミカン姉がやるならボクにもやらせて」「ワタシにも」


 ヒスイとスミレも協力を申し出る。

 この時のサンゴは言葉を理解し始めてはいたが、まだ話すことは出来なかった。

 にもかかわらず、三人の姉と共に頷いて見せたのだった。


「みんなの気持ちはわかった。

 少し時間をくれないか。みんなが戦えるように考えるから」


 数日後……。


「みんなが乗って戦える車を作った。わたしの自信作だ。

 それを乗りこなせれば、外の魔物退治もできるようになる」


 四姉妹を集めて小宇羅が話し始める。


「今日から、午後はそれを乗りこなす訓練にする。

 いくつか課題を出すから、それに全て合格したら外の魔物退治をやってもらう。

 ただし――外の魔物は強いから、その分課題はかなり難しくしてある。

 焦らなくていい。しっかり訓練して、少しずつ課題をこなしていって欲しい」


 小宇羅の館にある工場。ミカンたちが目にしたのは、

 四姉妹用の機動戦闘車――『熱血ばく進弐号』の完成した姿であった。


 半球形の車体を持つ四輪自動車。

 万有之海の魔物と戦うのに十分な武装――

 上部に大口径主砲一門。左右に連装機関銃、正面に二門の固定機関銃。


 なお、名前はすぐに『マルマル号』に変更された。


 その日から始まった訓練。

 工場の一角に作られたシミュレーション設備。

 マルマル号の周囲をスクリーンで囲い、実機をそのまま使用。

 操縦と射撃操作が忠実に反映されてスクリーン上に映し出される。


 午後の数時間を使った訓練で、少しずつではあるが課題は消化されていく。

 だが未だ出撃には遠い状態がしばらく続く。


 そして数十日。


 残す課題はあとひとつ。だが壁にぶつかる。

 成果が上がらない――と、ミカンの心の中の焦りが強くなり始めた頃。


 ある朝、いつものようにみんなで朝食を食べていると……

 小宇羅からうれしい報告があった。


 戦闘用の絡繰人形に適合する魂が見つかり、同化に成功した――と。


 今日から、そちらを優先して調整と訓練に入る。

 だから午前の勉強は一花と二葉が先生役に、

 午後のマルマル号の訓練は少しの間だけ休みにすると説明があった。


 それを聞いたミカンは、

 どんな人が来てくれたのか、どんな人が魔物と戦ってくれるのか――と、

 はやる気持ちを抑えきれずに研究室の覗き見をした。



挿絵(By みてみん)



 青空教室が始まる前……、

 小宇羅の館の外側から二階の窓によじ登ってまでして。


 そこでミカンは、絡繰少女が目を開けた瞬間を目撃した。



 ◇ ◆ ◇



 ぱっちりと開けた目が印象的だった。

 小宇羅ちゃんに見つかって追い返されて、

 それ以上見られなかったけれど、その時のことは今でも心に残っている。


 そのあと国語のお勉強の時に……、

 その人を紹介するって云われて、すごく緊張した。


 いきなりここに連れて来られて、怒っていたらどうしよう。

 アタシたちを見て、いやな顔をされたらどうしよう。


 不安で心が一杯になった。それは妹たちも同じみたいだった。

 だから、がんばって自己紹介をしようと心に決めていた。


 ――そうしたら……。


 アタシの目をしっかり見て笑顔で「こんにちは」って。

 夕凪お姉ちゃんて呼んでいい? ってお願いしたら笑って許してくれた。

 妹たちにも優しくしてくれた。


 小宇羅ちゃんの話では魔物退治がすごく得意らしい。

 魔物退治できる? って聞いたら「任せて!」って、すっごく頼もしかった。


 それに……とっても優しい。

 ほっぺたに付いたご飯つぶを笑顔で教えてくれた。


 来てくれたのが夕凪お姉ちゃんで……本当に良かった。


 だから、アタシももっとがんばろうって思った。

 だから、今日の午後は前から考えてたアレをやろう。妹たちには内緒で。


 だって、アタシはお姉ちゃんだから――妹たちの力になんないとね。



 第08話、お読みいただき有り難うございます。

 次回――お姉ちゃんだから(2)です。


 更新は6月28日を予定しています。

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