表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/13

第八話 ハルの姿

 ハルが連れ去られた翌日、忌引休暇を取った実日子だったが、教員に説明しなければならないとのことで、姉と同伴で学校に行った。彼女は恐怖で震えていた、いつも学校に行くときのように。

 ところが、学校に着くと、坂口の女子グループがやってきて、

「古畑さん!」

 と言って、彼女を取り囲んだ。実日子は動転していた。

「今までひどいことしてごめん、皆坂口さんのことが怖くて、あなたをいじめていたの」

 すると潤子が、

「坂口の奴、退学になったの。何やらかしたか知らないけど、校則違反で。ほら、あの子、成績もよくなかったからさ」

 しかし、実日子はどうにも喜べなかったが、

「そっか、ありがとう」

 とだけ言い残し、手を振って姉に連れられ、職員室に向かった。


 一方のハルは、臼田夫婦の虐待に耐え始めて3日が経とうとしていた。痣ができ、右後ろ脚を骨折して、熾烈な痛みに耐えながら、足をひきずりながら歩いた。

 食事もろくに与えられることのなかった彼は、初めて、涙を零した。

 魔力を失った悪魔は、悪魔としての魂を失い、死ねば消滅するという、魔界のルールがあった。ところが、ハルは死後の世界をある程度把握しているので、彼はいっそ早く死に、消えてしまえばいいのだと考えていた。

 ――あんなに、実日子の笑顔に、優しい気持ちを抱きさえしなければ。

(彼女を傷つけた罰なんだ、きっとこれは)

 これがハルが涙を零した理由である。彼の涙は頬を伝い、何滴も何滴も垂れて行った。

(脱走しなくては、実日子の元に帰らなくては)


 臼田氏が会社から帰ると、彼はさっそく、ハルをいじめようとした。妻は家事も何一つせず、麻薬のブローカーとアポイントメントを取って街に出かけていた。

「おう、クソ猫、ここにいたのか」

 彼は倒れている黒猫の首根っこを掴んだ。そして体をはたいた。

 だが、猫は微動だにしなかった。

「なんだこいつ、死んでいるのか? けっ」

 臼田氏はハルを庭まで連れて行き、ほっぽり出した。死体が腐って部屋に匂いがつくと、警察に怪しがられるからである。彼は翌朝ハルを埋めるつもりだった。


 ところが、これはハルの策略だった。彼は生きていたのである。

(しめた)

 右後ろ脚が不自由なハルは、脚をひきずりながら、外の道路に出た。だが、実日子の家までは、途方もなく遠い。

(誰かに助けてもらわなくては。だが、人間は下劣だ。自分のことしか考えない。実日子を除いては。僕が人間の言葉を話せれば……)

 ハルはその夜、道路の途中で力つきた。


 翌朝になると、ハルは、誰かに体をゆすられ、目を覚ました。

「大丈夫ですか?」

 目の前には、三〇代くらいの青年が、スーツを着て、ハルに話しかけていた。

「今救急車呼びましたんで」

「救急車?」

 するとハルは、はっとなった。

「……なんで僕は人間の言葉が喋れているんだ?」

「なんでって、あなた人間じゃないですか」

 青年はスマホを取り出し、真っ暗な画面を見せた。

 するとそこには、耳の尖った、蒼い目をした、黒いスーツを着たハルの姿が、画面に反射して映っていたのであった。

 青年の名前は荒井と言った。彼によると、ハルの倒れていたすぐ近くの家の臼田氏夫妻は、二人とも警察に掴まったとのこと。後に臼田夫妻は動物愛護法違反、それから余罪で、二人とも懲役刑に服すことになる。

 そういったことを喫茶店で二人は話していたのだ。救急車は帰ってもらった。

「すみません」

「いいのいいの。お金、ある?」

「ないんです」

「浮浪者?」

「いえ……」

「あんたイケメンなのに、苦労してんだね」

 荒井は笑った。そういう彼も、容姿はなかなかハンサムだ。

「探している人がいるんです」

「ほう。そうだろうとも思ったけど。協力するよ。誰だい?」

「……古畑実日子という、中学生の女の子です」

 ハルは顔を紅潮させ、荒井は笑った。

「いいだろう、出来る限り尽力するよ」

「ありがとうございます」

 と言いつつも、臼田夫妻のことで、ハルは荒井のことを信じてよいのか迷っていた。

 しかし、他にあてがないので、荒井の力を借りることにした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ