第六話 母の死
実日子は聡子と一緒に、集中治療室のソファに座って、母親が元気になって帰ってくるのを待っていた。二人とも、蒼い顔をしていた。
「……スーはどう?」
「…………」
「ごめん、ミカちゃん」
聡子は静かに言った。
「ママ、生きて帰ってくるよね」
「もう手術開始一時間を回るんだって。看護婦から聞いたわ」
「そんなに必死に生きようとしてくれているんだ。私たちのために。もう頑張らなくていいよ、ママ」
「駄目よ、ミカちゃん、そんなことを言っちゃ」
結果として、母親は死んだ。
母親は実は、事故で死んだのではない。
自殺したのだ。
大量の眠剤とアルコールで、心臓が停止した。手術では、何度も、電圧を心臓にかけることを試みたのだが。
実日子は、後に母親の遺書を見つけ、その真相を知る。
彼女が取った行動は、容易に察しがつくだろう。
聡子が家に帰ると、彼女は口を手で抑えた。
「何、この匂い……?」
彼女は身をかがめ、キッチンに行くと、実日子が倒れているのを見つけた。
「実日子!」
見ると、ガス栓が開いていたのだ。
読者諸君は、実日子の手によって、ガス栓は開いたと想像する者が大半だろう。だが、ガス栓を開けることなど容易なことではない。そう、ハルが魔力で手を貸したのだ。ハルは、ガス栓を緩めたのだ。なんという悪魔だろう。
聡子は直ちに救急車を呼び、同乗した。
実日子は病院に搬送された。
だが、幸福なことに、彼女はただ、恐怖で気絶していただけなのであった。酸素欠乏で、どこかの体の機能に損傷が起こることも、なかったのである。救急車のなかで意識を取り戻し、その日のうちに帰って来た。
午前五時、二人が家に帰ると、一組の若い夫婦が門の前に立っていた。
「な、何か御用でしょうか」
聡子がまごつくように言うと、
「おたくの猫さんを、引き取りにきたのです」
留守になった家では、ハルが絶望に暮れていた。
自分の中で、魔力の波動が失われているのだ。
(……おかしい、何故だ、何故力が使えないんだ……?)
外では、実日子が泣き崩れ、
「いや、絶対に嫌! ハルまで奪い取るなんて、もう嫌よ!」
「それは困りますね。ポスターを貼ったでしょう、あなたたち。私もあの猫には思い入れがあるんですよ? もうしわけないが、引き取らせてもらう」
夫婦は、顔を見合わせると、下卑た笑みを見せあった。