第三話 父親の災難
実日子の生活に、影が差していたのは、ハルが来て二週間ほどした頃のことだった。
実日子は潤子と教室の掃除当番を終え、おしゃべりしながら帰って来た。
家に帰ると、ソファに座ってうなだれている父親と、向かい合って、悲しそうな微笑をうかべている母親がいた。
「パパ?」
平日なのに、会社はどうしたのだろう。実日子はしずしずと二人の方に歩み寄った。
「実日子……すまない」
父親は何かを呟くように、そう口にした。
「どうしたの、パパ」
「仕事、辞めることになった」
実日子の父親は、新聞社に勤めており、彼は一般家庭より若干高い給料をもらっていた。ところが、ある株式会社T社のインサイダー取引の現場を取材していたところ、彼のミスで取材した情報が別の一般企業S社に売られてしまったのだ。そのせいで、実日子の父親は、多額の罰金を請求されることになった。その金は新聞社が負担することになったが、新聞社の威信を傷つけたことで、必然的に父親は会社をやめざるを得なくなった。
「再就職先を探すつもりだが、そのうちマスコミに、うちの新聞社の不正が明るみに出て、その騒動の張本人である俺は、どの企業も雇おうとはしないだろう。貯金が尽きれば、家のローンが残っているから、破産手続きをして、最悪、生活保護になるかもしれない。お姉ちゃんには、大学を辞めて、働いてこの家を出て行ってもらうかもしれない」
「そんな……お姉ちゃん、いなくなっちゃうの?」
姉の聡子は、非常に面倒見のよい姉だった。
「仕方ないのよ、ミカちゃん。ごめんね。本当にごめんね」
母親は、ただ微笑していた。悲しい微笑を。
ハルはその一部始終を見ていた。にゃあご、と鳴き、床に寝転んだ。
(ごめんね……実日子。お父さんに僕は呪いをかけたんだ。一体どんな不幸が起こったのか、悪魔の僕には分からないのだけれど)
実日子はしくしく泣き始めた。ハルは、そんな実日子を、本来の悪魔の姿に戻って、抱きしめてやりたくなった。