第二話 家族になったハル
ハルはずっと、実日子の胸に抱かれていた。
「その猫の名前、何にする?」
潤子が尋ねる。
「ソフィアにする。賢そうだもの」
「ソフィアって、呼びにくくない?」
「じゃあ、スーにしよう」
実日子は嬉しそうだった。ハルは、情に流されてはいけないという上司の命令を思い出し、最初の不幸をもたらす機会をうかがうことに集中した。
実日子が帰ると、母親が、
「あら、ミカちゃん、おかえり。まあ、可愛い仔猫ねえ。拾ってきたの?」
と、ハルの頭を撫でた。
「スーって言うの。ねえ、ママ、飼っていいでしょう」
「そうね。パパに聞いてみましょう」
肺病持ちの実日子には、両親とも、割と甘かった。しかし、仕方のないことである。実日子は闘病生活で多くのことを我慢してきた。親心としては、元気になった実日子に、少しでもわがままを聞いてやりたかった。もっとも実日子も、普段はあまり親を困らせるようなことを言わない、いい子なのであるが。
父親の了承も得られ、ハルは、実日子の家族となった。
「スー、一緒に寝ようか」
パジャマ姿の実日子に抱きかかえられながら、ハルは部屋に連れてこられた。
(ねえ、君はずっと独りきりだったんだろうか)
布団の中で、ハルは実日子に語りかけるように、心の中で思った。
「スー、私、スーと一緒にいられてすごく幸せだよ」
そう呟き、ハルの頭を撫でて、ぎゅっと抱きしめた。
(ごめんね。もう明日から、僕は君の家族を不幸にしなくてはならないんだ)
ハルは、詫びる気持ちを禁じ得ない自分に対し、人間ごときに詫びる道理などないだろうが、自分は悪魔なのだから、と責めた。
それでも、実日子から発せられる甘いローズの香りに、ハルは心を癒されていた。
(人間って、こんなにいい香りがするものなんだな)
ハルは静かに眠りについた。
朝を迎え、実日子は学校へ行った。
ハルは朝ごはんのキャットフードをほおばった。