第一話 実日子と黒猫
公園に咲く紫陽花。古畑実日子は友人と二人でブランコに座ってお喋りをしていた。彼女らは公立中学に通う二年生である。
「そろそろ帰ろうか、ミカ」
「そうだね、潤ちゃん」
彼女らは立ち上がり、鞄を拾いあげると、実日子は苦しそうに咳き込んだ。
「ミカ、大丈夫?」
「へいき。この程度、発作じゃないわ」
実日子は肺が弱かった。小さい頃から何度も入退院を繰り返してきた。そのせいで、中学を留年している。出席日数が足らなかったのだ。今は薬が合っているのか、やっと学校に通えるようになった。友人の上村潤子は、学年は下だが、彼女のグループに実日子を入れてくれた、親友だ。
「ねえ、ミカ、あれ」
紫陽花の花の下から、なにやら物陰が潜んでいた。二人が寄ると、出て来たのは、小さな黒猫であった。
「わー、可愛い」
「ほんとうだね。そういや、ミカの家って猫飼ってたでしょう?」
「うん。つい最近死んじゃったけど」
実日子は猫を抱き上げる。
「ずいぶん大人しいんだね」
「ママに頼んで飼ってもらおうかなぁ」
実日子はそう言って、猫を見下ろす。
「みゃあお」
黒猫が鳴くと、二人は黄色い声を上げて可愛がった。
それが、あの悪魔ハルとも知らずに……。
ハルは心を痛めていた。
(いい子たちだ……この子にあの書類の通りの不幸を与えなければならないなんて……。)
「この猫、飼い猫じゃない? ネームプレートついてるわよ」
「なんだろうこれ、ロシア語かな? 読めないや。けど、飼い猫なら、飼えないわね」
「いいじゃんミカ。貼り紙してさ、飼い主見つかるまで飼えばいいじゃない」
「やっぱりそうするしかないわね」
実日子の顔がぱあっと明るくなった。
(女の子のほほ笑む顔を見てると、幸せだな)
まったく悪魔らしい一面を見せない、ハルであった。