最終話 運命(さだめ)
ハルと聡子は、階段を駆け下りて急いで実日子のいる無菌室に向かった。
そこには、息の絶えようとしている実日子がいた。
「実日子!」
ハルは駆け寄った。すぐ傍にいた医者は、
「体力が非常に低下しています。もう治療をする余地もありません。今夜が峠でしょう」
窓の外では、西日が傾き、茜色の陽が差していた。
「ああ、実日子……」
聡子は泣き崩れた。
「実日子、僕が誰だか分るかい」
「…………」
「覚えているかな、僕は……」
「スー……おいで……」
実日子はか細い声で、ハルを呼んだ。
ハルはすぐさま、
「これを受け取ってくれ、実日子……」
花束を渡そうと、実日子に近づいた。無菌室のビニルのカーテンに入ろうとすると、医者は止めようとした。
だが、実日子は、その花束を受け取ろうとしなかった。
「何故受け取らないんだ、これを受け取れば君の命は……」
「スー、おいで……」
実日子はスーの首に手を絡ませ、頬にキスをした。
「大好きだよ、スー。いっぱいわたしのクッキー食べてたね。可愛かったよ。わたしの枕元で寝転ぶスーを見てると、いつも私はスーのお腹を撫でてた。すごく温かかったよ」
「僕はまた猫の姿に戻るよ、実日子。だからどうか、生きてよ」
実日子はハルの頬に手を添え、力なく微笑み、涙を一筋零した。
「違うでしょ」
実日子は静かに言った。ハルはぼろぼろ涙を零し、
「そうだね……人間の姿に戻ったから、言わなくちゃね」
ハルは花束を棄てた。そして実日子の頬に口づけをして、
「……愛してくれてありがとう、僕も君を、永遠に愛してる」
そしてそのまま、実日子は息を引き取った。
――魔界にて。
ハルは官僚を辞め、高校教師になった。
もう二度と、仕事のなかで、愛によって傷つくことはなくなった。
ところが、彼は恋をして、妻をめとることになる。
魔界の生徒たちの視線はまっすぐだ。ハルは生徒たちにも恵まれ、いつしか、愛の本当の意味を知った。
ある日の数学の授業。
「それじゃあ、この間の期末テストを返す」
ハルがそう言うと、クラスは非難の声でどよめき、ハルが名前を呼び、生徒にテストを返して行った。
「次」
「はい」
少女の悪魔が立った。
「95点か。大変いい出来だ」
「ええーっ95点!?」
生徒のひとりが驚いた。今回の試験は難しかったのだ。
「頑張れば先生のお給料上がるんでしょ」
「いや、それはない。ほら、早く受け取って、席に戻りなさい」
「はーい」
少女が席に戻ろうとすると、振り返って、
「ハル先生」
「何だ」
少女は意地悪く笑い、
「スーって呼んでいいですか」
「駄目だよ、実日子」
ハルは笑い飛ばし、いつまでもニコニコほほ笑んでいた。
[了]
最後まで読んでいただきありがとうございました。まだまだ描写力が足らないのが課題ですね。もっとハルと実日子のかけあいをやるつもりだったんですが、先を急いでハルと実日子が別離してしまったのは、自分でも失敗だったなと思います。ディティールを精密に描けるよう努力します。再びになりますが、ありがとうございました。




