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第九話 人を救う悪魔

 荒井と話をしていると、ハルは急にトイレに行きたくなり、彼に一言告げ、トイレへ向かった。ハルは用を足した。

(なんだ……失われた魔力の波動がむくむくと呼び覚まされて来たぞ)

 鏡を見ると、そこにはハルの上司の姿があった。

「バフォメット様!」

 上司の名はバフォメットと言った。彼が振り返ると、黒いローブに身を包んだ老人がいた。彼は悪魔なのに、柔らかい表情をしていて、にっこりほほ笑んだ。

「ハル。あなたは愛を信じますか」

 と、バフォメットは問いただした。ハルはどう答えればよいか迷った。愛など、悪魔にあってはならない。愛など天使や神が引き受けるものだ。別に悪魔は神や天使と敵対しているわけではないのだが。答え次第では悪魔の職を本当に追われてしまう。だが、ハルは、

「悪魔に愛はないです。ただ、僕には愛が芽生えてしまいました。どうぞ、僕を罰してください」

 バフォメットはそれを聞くと、声を上げて笑った。

「そうですか。あなたには愛が芽生えたのですね。ではあなたはきっと、私たちより理知的な悪魔なのでしょうね」

「バフォメット様……」

「とはいえハル、元老院から通達がなされました。古畑実日子は試練に勝ちました。もうあなたは人間界から引き下がってよろしい」

「ですが……私は実日子に会わなければ」

「その姿でですか……?」

 ハルは黙りこくった。するとバフォメットは、背伸びしてハルの頭を撫でて、

「あなたには一週間の猶予期間が与えられています。それと」

 バフォメットは少し悲しそうな顔をして、

「古畑実日子は、死んでしまうでしょう。そして、あなたを救った荒井和孝という男も、苦しみを抱えています。あなたは、人を救う悪魔になりまさい」

「ああ、バフォメット様……」

 バフォメットはそれだけ告げると、消えていった。


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