平凡な天才
「この試合、ののはどうなると予想してるの?」
「そうだねぇ。あたいの取材によると、……」
そう言いながら、ののは裏パンフに目を通す。本当に、新聞部なんて立ち上げられる程の取材力なんてあるのだろうか。他人事ながら、心配だ。
「個々の戦闘力で単純に考えれば、圧倒的に沖田が強いだろうね。でも、こっちは3人で、相手は1人…………」
ののは続けて何かを言ったみたいだが、私は前半のみを受け取った。
「そうよね!数では圧倒的、絶対勝つわよ」
うん、そうに違いない。この試合で、少しでも他の優れた人達の技術を見よう。ちょっとしたデモンストレーションだ。家でテレビでも鑑賞するように、リラックスだリラックス。両手で軽く頬を2回叩く。
「いけー、お前ら絶対負けるんじゃねえぞ!!!」
突然、観客席の新入生が叫ぶ。
紅茶とクッキーでもあればなあって気分なのだけれど、周りはかなり熱が入ってる。というかさっき叫んだ奴の目は血走っている。
「ねえ、のの?これって、賭けが行われてて、彼は全財産賭けてるってことはない、わよね?」
「まあ、熱くなるのも分かるよ。さっきも言ったけどさ、この試合、ほんっとどうなるか謎なんだよ」
もういっそのこと聞いておこう。やけくそだ。
「そんなに、沖田先輩は強いのかしら?」
「うん、それもあるけど、代表の3人の相性がね、あんまり良くないからね」
見てれば分かる、そうののは言った。
見たくない、そう私は思った。
『まずは、ルールの説明だー!お互い殺り合え。以上。みんなー、楽しんでくれよー!!』
ハチマキ先輩の短い説明の後、ネロが退出した。
『ネロさんには、実戦同様、安全圏からのオペレートも行ってもらう』
解説担当のテンションは寝起きのようだ。
『戦闘の舞台はルーレットで、ランダムでいくぞー!』
どこが選ばれれば有利なのかとかは全く分からないけれど、取り敢えず祈る。
『これは、おおっと!コンクリートジャングルだあ。大きさは、軽く一つの街ぐらい。戦略がものをいうか?』
あ、それなら、ネロ擁する新入生チームが有利なんじゃないだろうか。ネロ様は希望の光だ。
あの透明な直方体の中の、無機質な空間が、変貌していく。といっても灰色ばかりで味気ないのは変わらないけれど。そして、3人の姿は小さくなっていく。ここからは主にモニターで観戦らしい。あのリングには、身体を縮小させるプログラムが施されているようだ。
試合開始のゴングがなる。
沖田先輩は、何も行動しないようだ。1対多だからまずは様子見なのだろう。それに対して、新入生チームは先手を取る。ネロの指示の元、沖田先輩を避けるように、コロセオは大きく迂回しながら走っている。状況を俯瞰的に把握できるネロはかなりずるいような気もするが、味方だからよしとしよう。
『どうやら、挟み撃ちでも仕掛けようというのかー!?』
『本当に、そうかな?』
解説の人の言葉は気になる。
コロセオの移動速度は凄まじい。人間の枠に収まらないのは当然として、あらゆる生物もその足元に及ばない。機械の領域だ。それもそのはず。背中にジェットエンジンが付いているようだ。
『おおっとおお!!コロセオのブリーフから凄まじい推進力が!!』
………いいや、背中にジェットエンジンが付いているようだ。
この試合の領域はまさしく街だ。3人で争う場としてはとてつもなく広い。なのに、彼はもう沖田先輩の後ろを取った。彼はおそらく身体能力を強化する魔法を自分に使用し、あの兵器の反動に耐えているのだろう。
コロセオがネクタイをしゅるりと外すと、それは矛になり、ハットを取ると、それは盾になった。コロセオは一気に間合いを詰め、沖田先輩に斬りかかる。当たり前だが、数百メートルを数秒で駆け抜けるその推進力をのせての突進だ。
先輩が持っている日本刀は、彼の唯一の兵器である。
魔法の才が無い先輩には、その刀が唯一の戦う手段である。
しかし、抜刀しない。
彼は生身なのだ。科学技術の粋である兵器が少しでもかすれば、それは即ち死である。
しかし、抜刀しない。
しかし!!!自ら負けにいくようなら、あんな啖呵をきる訳も無い。
沖田先輩は避ける!避ける!!避ける!!!コロセオの直線的な突進は全て見切られてしまった。
コロセオはスピードを抑えて、柔軟な攻撃にうつるしかないのかな。
『コロセオの速さだけの単調な攻撃は、沖田には全く通用しないー!!!どうする!?コロセオーーー!!』
『やはり、コロセオくんはスピードを落とすようだ』
コロセオの「背中」からの炎が弱くなる。不規則な攻撃に移行するようだ。
私から見ても、明らかにスピードが落ちてしまった。
そんな攻撃は寧ろ先輩には避けやすいもののようだ。少し重心をずらすだけで、右に左に避けていく。
「おい、変態。お前のやってる剣技は機械がやればいい」
ビュンッ
ギャッ
何が起こったのか、分からなかった。それは観客の多くだと思う。
気付けば、つばぜり合いをしている2人の姿があった。
『解説ー。プリーズテルミ―!』
『簡単だよ。トップスピードを隠してたんだ。沖田くんに、コロセオくんのスピードは大したことないと思わせてからのトップスピードでの奇襲だよ。沖田くんが油断して喋った時に、GOサインを出した。ね?ネロさん?』
「ぷぷぷ。ネロは凄いのよ」
しかし、ネロの計算違いもあるようだ。
「おいおい、その刀。修学旅行でテンション上がって、買っちゃたか?」
「かような、なまくらではない」
「じゃあ、それを扱うお前がなまくらってことか」
沖田先輩はコロセオの矛を弾き、二度程自らの刀で、ギャッ、ギャッと、その矛に攻撃を加えた。すると、無残にも矛は砕け散ってしまった。
『おおっと!コロセオ、万事休すか?』
先輩は刀の先をコロセオに向けたが、すぐに鞘に納めてしまった。
「ふっ、天才少女だかなんだか知らないがな、お前の作戦は失敗だ。何故ならこの変態に、この俺を誘導する程の力も無いんだからな。……まあいい。このおっさんはいつでも片づけられる。まずは、あの青の召喚士だ。こいつがこっちから来たんだ。奴は向こうか」
「吾輩、まだ戦える。雷神よ我が盾に!」
天空から、雷が降り注ぎ、コロセオの盾が帯電する。
『あの雷で、攻撃力も硬度も先程までとは比べ物にならないですね』
コロセオは突進する。しかし、先輩の刀の一振りで、その風圧のみで、コロセオは飛ばされていた。ビルを何個も突き破って止まった。
「寝てな」
『コロセオ、ダウーン!!!』
「おいっ!しっかりしやがれ!!」
周りはやじを飛ばしているけれど、私は先輩の強さに、ただただ驚くばかりだった。