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私は大和の固い座席に深く腰掛け、物思いに耽る。
地球。私達人類の母なる星。
そんな地を捨てるきっかけになったのは、ある大戦だ。操作がこれ以上のものに発展していく様はとても緩やかだろうと言われ始めた頃、操作末期に起こった。その操作により良い意味でも悪い意味でも進化した戦が、10年を超えたその戦が人々を地球から追い出したのだ。
当時2つの敵対戦力があった。言わずもがな魔法と兵器の対立。魔法陣営の中枢国家は、昔ながらの大国で世界を導くという強い驕りと長年の繁栄に裏打ちされた確かな国力があった。一方兵器陣営の中枢国家は、成り上がりの大国で他より上にという強い野心と一部の者達による大きな力があった。
魔法陣営はモンスターの大量召喚を行った。召喚とは世界のエネルギーを用いて新たな生命を生み出す魔法のこと。
兵器陣営は殺戮ロボットの大量生産を行った。この時代には、一本の鉄の棒でさえロボットに成り得た。
操作により、召喚陣のコピペが可能に、そしてただの鉄屑にAIを搭載することが可能となっていたのだ。だからモンスターは思いのままにロボットは低コストで生産できた。
その結果、戦争は手軽になった。GDPに占める軍事費の割合は低くなる一方で、死んだモンスターや破壊されたロボットの山は高く積み上がっていった。世界中の至る所でモンスターと兵器はぶつかり合った。けれど、死者は出なかった。人や自然、建造物への被害を避ける操作がなされていたからだ。
人々は日々を過ごした。朝になるとトーストと目玉焼き、ベーコンなどを頬張りながら珈琲を飲み、そして戦争を見た。子供達は公園で勧善懲悪のヒーローごっこをしながら戦争を見た。夜景の綺麗な広場で手にキスをして指輪を捧げながら戦争を見た。若い母親がお腹をさすりながら戦争を見たのだ。
街でも田舎でも山でも海でも、モンスターは死にロボットは破壊された。機能停止したそれらは、自動で廃棄場所へと移送された。そして、簡単に新たな兵が投入される。
状況は拮抗していた。
そして気付いたのだ。
これは戦争ではないと。
「人が無為に死ぬ」=「戦争」なのだと。
誰も死ななければ、終わりが迎えられない。そう悟った。
このままでは無為に資源が時間が費用が失われていく。どちらがということもなく、両陣営がそう考えた。
人類への被害を抑える操作の緩和がなされた。
けれど、被害は出なかった。
そして更なる緩和がなされた。
けれど、被害は出なかった。
………………
………………
一向に状況は変わらなかった。
しかし、一度流れが変わると一気にその勢いは全てを飲み込んだ。
モンスターも兵器も待っていたのだ、あるレベルまでに緩和が達するのを。そして彼らは大きく緩和のなされた個体たちを自ら繁殖生産していった。
世界は飲み込まれた。
人々は望まれた結果として、多くの犠牲を払いながらも、衛星へと逃げていった。
お父さまスタオラは何百年何千年と生きて、世界を守るのが役目。こうなるのを止められなかったのを酷く悔やんでいた。勿論それなりのバッシングもあった。けれど避難に当たっての救助活動などの功績は広く讃えられた。
…………私は誰かの声で我に返った。
「謎、それは謎だった」
大和が地球の成層圏に突入するかしないか位で、アレクが言ったらしい。何か哲学めいた言い回しだ。どうせかっこつけてるつもりなのだろう。少し遠い目をしている。
「………」
アレクは無言で窓の外を親指でさしていた。
それに従い大和の車窓から外を覗く。
地球だ。生で見るのは初めてだ。私は衛星国家生まれだから。
こんな時に不謹慎かもしれないけど、期待を裏切られ酷く残念な気持ちになった。モンスターと兵器だらけとはいっても青い地球を想像していたのだが、今は夜みたいで青い海など…………
「え!?」
ふっ。アレクがようやく気付いたかと鼻で笑った。
「おかしいだろ?ここにはあってはならないものがあるのさ」
ええ、そうだ。
地球に光があった。
何世代も前に人類が捨てた筈の地球に、煌々と輝く灯りなんて存在していいわけない。それが数か所で大きな光なら、兵器の仕業かもしれない。けど、これは無数だ。夜間に光を放つ兵器が大量にあるとは考えづらい。この光の群は集落の可能性がある。
「何故?人が住んでるの!?」
日本の電気や水道などのインフラは止まっていた。多分、ジークハルドも制御できないと考えそういうのはストップさせたらしい。だから、この光は電気を制御できる者の存在を示している。それとも、地球の人類だけは残したのだろうか?
「ノンノン。忘れたのかい?今、世界に人類はいないのさ。おそらく地球も例外じゃない、あいつは“この世界”と言っただろ?」
アレクの中では答えなんてとうに出ているらしく、余裕の面持ちでいる。そうなら、早く教えてくれたらいいのに。
「なら、どうしてなの?」
アレクは溜める。
「………ああ、おそらく。人類以外の知的生命体がいるのさ」
それが、……謎。失われし都の謎。地球の謎ってこと?
私達が突き止めるべきはそれなの?
「わーい(*´▽`*)!綺麗だぞ」
ネロは悩んでいる私を尻目に、ただその車窓からの景色にはしゃいでいる。天才のネロなら何か分かるんじゃないかと思い、尋ねようとしたが止めた。楽しそうな雰囲気に水を差すとネロの中で不安がまた大きくなってしまいそうだから。
向こうではパシャパシャと、ののがシャッターをきっている。こんなチャンスを逃す手はないだろう。事が全て終わったら、この苦難を綴る記事で、私ならこの地球の写真を見出しを飾る写真にするかもしれない。
“A High Adventure in the Earth”「地球での雄壮な冒険」
タイトルはこうしようかな。いや、何かダサいかも。ののなら良いタイトルが思いつくのかな。
ののの邪魔は良くないなと思い、一応隼人を探したが何処にも見当たらない。
まあいいや。ここで考えてれば何か分かる訳でもない。もうそろそろ着く頃だしさ。
成層圏突入の際にも、というより一度も衝撃というか一切の揺れもなく、私達は地球に降り立った。意外にもこの魔動列車は素晴らしいものなのかも。
暗いので、ここがどの辺りなのかは分からない。
夜に出歩くのは危険ということで、大和の中で一夜を明かすことになった。
日本から持ってきたもので食事を取った後、探索班と防衛班とに分かれ作戦会議を行うことにした。
私達のチーム(私、のの、ネロ、隼人)は4チームある探索班の内の一つだ。他にはうららのチーム(うらら、ナタリー、アレク、コロセオ)もそう。
私達探索班は一両目に集まり、席に座った。
「みんな聞いてくれ。明日は初日だ!」
会議の初っ端からいきなり、そう声をあげる者がいた。
「そんなこと分かってるさ。なんだい?何かあるのかい?」
アレクが聞き返すと、その男子は自信たっぷりの面持ちで続けた。
「明日は初日。何があるか皆目見当が付いていない。そんな状態で4人行動なんて危険すぎやしないだろうか?」
皆薄々そう感じていたのかもしれないが、効率を考えると言いだせないでいた言葉だと思う。
「確かにね。件の知的生命体が歓迎してくれるとも限らないしね」
「そう!そうなんだ!だから僕らはここに提案する、当分の間探索班は2チーム単位で行動しようではないかと」
探索班の面々は各々の顔を見る。誰も反対意見はないようだ。それに考えたくはないけれど、万が一少人数で行動してチームが全滅になった方がかえって効率が悪いかもしれない。
「有意義な提案をありがとう。よし、そうしよう!」
アレクが組み分けを検討しようとすると、さっきの提案者である男子が選手宣誓のように手を高く上げ叫んだ。
「ひとーつ!」
「ひとーつ!」
すると、おそらく彼のチームの他の3人だろう男子達も手を上げ繰り返した。似たTシャツに身を包み、何やら大きく文字が印刷されている。
「僕ら親衛隊はネロ様に命を捧げる!」
「僕ら……!」
お揃いのTシャツには「ネロ様」とある。よくもまあ、この短時間で用意したものだ。そして、このセリフで思い出したのだが、彼はネロファンクラブの会長に就任していた奴だ。多分、ネロのファンクラブで作ったチームなのだろう。
「うるさいっ!!」
終わりの見えない規律を何カ条も読み上げる彼らを、ネロは制した。やっぱり、ネロも迷惑してるのかな?
「あなたたちはネロが良いと言った時にだけ、口を開きなさい!ぷーぷっぷっぷ!」
「ははー。仰せのままにー!ネロ様よ、永遠に!ネロ様よ、永遠に!ネロ様よ…………………」
……ネロは案外乗り気だ。女王様気分のようで恍惚とした表情をしている。
そして、親衛隊は宗教じみているな。統一された何か良く分からない動きをしながら、ネロの不老不死でも願っているようだ。かえってうるさいわ!
「き、決まりのようだね」
さしものアレクも少し引きつった顔をしていた。
こうして、私達のチームはネロの親衛隊チームと共に行くことになった。改めて自己紹介をしてみると、かなり分かりやすい人達だった。それというのも彼らの来ているTシャツの後ろにはAからDのアルファベットが書いてあり、それによってキャラが把握しやすいのだ。全員兵器の使い手らしい。
Aはリーダーで通称アフロ。と言っても色白の日本人で、髪はちりちりの天然パーマだ。多分Aの称号が欲しくてそう呼ばせてるだけだろう。彼の戦闘はボクサースタイルで、見た目はライト級だ。けれど衝撃を吸収・蓄積出来るグローブを装備し、それで溜めた衝撃をパンチで一気に放つというヘビー級でもあるって。
Bは通称ボマー。筋骨隆々の黒人でかなり背が高い。Tシャツがパツパツだ。チームメンバーが言うには、細かな作業の得意な手先の器用な男らしい。彼のバッグにはたくさんの種類の爆弾が入っている。設置型で時限式や加圧式のものなど、かなり多くのものがあるそうだ。中でもお気に入りは槍型炸裂弾だそう。ぶん投げて使用とのこと。それだけ聞くと大胆な奴のようだけどな。
Cは通称カバー。オレンジの髪でそばかすのあるひょろっとした白人だ。しかし、瞬時に展開可能な激強のシールドの使い手で頼れる男らしい。大きめのリュックサックには宝が詰まっている。
Dは通称ダイア。無個性のオタク眼鏡だ。なんて失礼だが、彼自身がそう言ってるのだからしょうがない。「ボクは無個性の眼鏡使い、あっ!いえ、おほんっ!ボクは眼鏡です」それが第一声だった。何度か言い直してようやく、無個性のオタク眼鏡だと言えてスッキリした賢者の顔をしていた。レアダイアという、硬度の優れた鉱石を用いたナイフ2本を扱う。
私達はこの8人で旅立つのだ。