ジークハルド
「おい!これは、どういうことだ!!」
担任の女教師が、鬼気迫る表情で私に詰め寄ってきた。かなり動揺した様子だ。
「え!?こ、これは……」
私にも分からないのだ。そう言われても困る。
ナタリーは軽く放心状態で、周囲のクラスメイト達はざわついている。戦闘シミュレーションで、あわや死人が出たかもしれないので当然だ。
「ネ、ネロのせいなんだ!」
ネロが泣きそうな顔で、そう叫んだ。
「ネロがお姉さんにプログラムしたんだ。魔法強化のプログラムを」
先生は少し考えるような仕草を見せ、暫くすると平静さを取り戻した。
「成程。プログラムによる暴走、かもしれんな」
周囲のざわつきは収束の兆しを見せていた。ネロのプログラム能力の異端ぶりは既に、周知の事実であったからだろう。
「オーッホホホー!」
ナタリーはまた甲高い声で笑った。私の実力ではなくて、ネロのせいだと知った途端に元気を取り戻した。凄いな、この娘。死にかけた恐怖で放心していた訳じゃなくて、私がいつの間にか強大な魔法を身に着けていたんじゃないか、ということに驚いて腰を抜かしていたらしい。
「ごめんね、ナタリー」
「あらテネシー、あなたに非があって?上手く魔法が使えないのは悪い事では無くてよ」
嫌な奴だけど、大事に至らなくて良かった。
「皆、一旦教室に戻れ。後のことは教師陣でやっておく」
先生のその言葉を受け、生徒たちは教室へと移動を始めた。
「待て」
肩に、誰かの手が触れた。
「スタオラの妻、お前からしたら母親は、魔法適正皆無の人物だと聞く。それは真実のことか?」
私にだけ聞こえるような声で、先生が話しかけてきた。
「え?何故、そんなことを。………そうです。母は魔法を一切使えません」
「そうか。ならいい」
不思議なことを聞くものだ。
「お姉さんーー」
ネロが駆け寄ってきた。そして、小さな手で私の手を握った。
「ん?どうしたの?」
私はネロの方を向いて問いかけたのだが、ネロの顔は見えない。うつむいているからだ。
「………ごめんね」
蚊の鳴くような声だった。
「ううん。ネロは悪くないよ」
「………」
ネロは、私の手を放すと、ナタリーの元へと駆け寄って行った。
あの歳であんなに凄いのに、素直な子なんだな。
十数分すると、先生は教室へと現れた。そして生徒全員に着席を促した。
「まあ色々あって、皆疲れてるだろうが、本日最後のイベントだ」
先生の荒々しい字で、黒板にはこう書かれている。
仮チーム結成
「4人で1チームだ。ここに紙がある、これに自分の扱う武器、そして自己PRを書け。それを見て判断するも良し、書いてない部分から判断するのもありだな」
あんな醜態を晒したのだ。私に近づこうとするものは居ない。もしかしたら、って期待もあったのに、ののさえ見当たらない。
うららやネロの周囲には人だかりが出来ている。まあ、そうだよね。
私以外で孤立しているのは、やっぱりあの人達みたいだ。
ナタリーは勝気なキャラが敬遠されているのだろう。
そして、あのナルシストのブロンズ美少年は、なまじ美しすぎて近寄りがたいのかもしれない。
けれど、コロセオは逆だ。美しさの欠片も無いからだ。執拗に筋肉をアピールしている。………あっ!ヤバい。目が合ってしまった。完全にロックオンされた。白い歯を見せつけてくる。
恐怖に身を凍らせていると、近くで声がした。
「あたいは、テネシーと組むのだ!」
ののだ。私は見捨てられたのかと思っていた。
「ええ。ありがとう!のの」
満面の笑みをののは浮かべている。けれど、少し怪しい。
「テネシーに、手土産があるぞ!」
そう言って、ののは誰かの手を引っ張って私の前に出した。
「あ、あなたは!」
「ん?俺を知ってるのか?………ああ、朝に教室の入り口で邪魔をしてきた奴か」
「そうじゃなくて、もっとこう通学途中で何か、あったでしょ!?」
「通学途中、か。起きてすぐに、寝ぼけたままで来たからなあ。分かんねえ。何かあったか?」
「い、いえ。何も。そう何も無かったわ!!」
あはは、と誤魔化したが、内心グツグツと煮えくり返っている。
「いやよ!のの、私はこんな男となんて組めないです!!」
ののに耳打ちで抗議する。
「えー。良いじゃない」
私とののが揉めていると、ネロの声がした。
「ネロは、お姉さんと組むーー!」
ネロは周りの人だかりを器用にかわすと、私の胸に抱き付いてきた。そして顔をうずめる。
「3+1で4人。チーム結成なのだ」
ののがそう言うと、先生が名簿を付けた。
「なっ!」
ナタリーが叫ぶ。私が早々にチームを作るとは予想してなかったみたい。
チラッとあのキス魔導士の方を見た。………まあ、私は選り好みなんて出来ないし、仕方ないかな。
そして、全てのチームが出来た。
「よしっ!全員決まったようだな。じゃあ」
ブツ
無理矢理、電子機器のコンセントを抜いたときのような音がした。
そして、今まで普通に話していた先生が消えた。
どういうこと?何が起きたの?
『僕はジークハルド。君達は予行演習のモルモットに選ばれたのだ。この世界には今、人間は君達しかいない。それが今とちょっとの間だけなのか、それとも未来永劫そのままなのかは、君達次第。失われし都、その秘密を解き明かせ』
これで、1章:出会い編(主なキャラクターの登場)は終わりです。
すこし突飛な展開かもしれないですけど、2章は冒険色強めで行きたいと思います。この章でキャラクターと世界観の掘り下げを頑張ります。