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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第3幕 第1場 ―新しい生活―
96/322

Episode80 再会の晩餐


 夕焼けが差し込む懐かしき広場前を通過した。

 日暮れ前までにこの5歳児を帰してあげないと………。


 ソルテールの中央に位置する広場。

 町並みは当時のラインガルドの襲撃によって変わってしまったけど、この中央のこじんまりとした広場はそのままだった。その腰かけにも使える石段も、広場の奥地に生える大きなブナの木も。

 変わらないけど、俺も体格良く成長してしまったから少し狭く感じる。それは港町ダリ・アモールでも感じた錯覚と同じものだった。

 石段が凹状の窪みをつくり、石畳が乱雑に敷き詰められた広場だ。


 懐かしい。ここでメドナさんはよくリュートの弾き方を教えてくれたものだった。

 メドナさんとの戦いを美談にするつもりはないけど、彼女の理想は忘れないようにしたい。戦いのない平和な世界。それを忘れないことが、俺の中の"殺戮兵器"を抑える唯一の癒しのように思う。

 そのためにも久しぶりに楽器でも弾いてみようかな。

 弾き方を覚えてるかどうかわからないけど、楽器を弾き続けることが、メドナさんの事を思い出すための1つのきっかけになると思う。

 今度時間ができたら楽器でも買いにいこうか。

 笛か、弦楽器か、鍵盤楽器か、なんでもいい。バーウィッチに行けば売ってるだろう。



 育った故郷をひたすら歩いていく。

 俺はリベルタのアジトへ向かって歩いていた。

 シアに手を繋がれてご機嫌そうにてくてくと歩く5歳児を連れて。


「ところでロストさんはなぜこの子のお家を知ってるのかしらー?」

「え?」


 言葉遣いに統一感のないシアが俺に話しかけてくる。

 あぁ、そうだった。俺が独断で動いてるけど、リナリーの親と、俺の会いたい人が同一人物だということはシアも分かっていないんだ。


「へんたいお兄ちゃん、もしかしてストーカーさんなの……?」


 不安感が募ったリナリーが足を止めて両手を胸元で握りしめた。わりと本気で心配そうな顔している。

 知り合って初めての5歳児にストーカー呼ばわりかよっ!

 リナリーは俺のことをすごく警戒していた。その幼くて柔らかそうな眉間に皺を寄せて後ずさりした。

 そしてシアの腰にしがみついて隠れる。

 第一印象が悪いとこうだ。

 悪評とは尾ひれ歯ひれが付いて回るものだ。


「まぁ大変」


 シアもそれに対して棒読みで返す。

 分かっていてもとりあえずノってみた、というところか。


「やっぱりそうなんだっ!」

「違ぇよっ! お父さんとお母さんを知ってるんだ」

「え、パパとママを……?!」

「アルフレッドとリンジーだろ? よく似てる」


 リナリーが戸惑うのも仕方ない。

 変態と思った人物が、両親と死地を共に駆けた仲間だったのだ。

 アルフレッドとは本気で闘い合った事すらある。

 この事実を知ればリナリーも少しは警戒を解いてくれるってもんだろう。


「ご両親のプロフィールも調べ尽くした徹底したストーカー、というやつですね」

「いやぁぁああ!! こわいこわいこわいぃぃいい!!」

「だからなんでそうなるんだよっ」


 だがその目論みもシアの煽りで台無しにされたのである。リナリーは俺とはシアを挟む形でさらに距離をとった。

 ……親2人に弁解してもらおう。



     ○



 その家にようやくたどり着いた。

 家の形状もすべて当時のままだった。一度倒壊していたけど、そのまま建て直したのかな。

 庭にあるテラスや揺り椅子、ベンチや小さな菜園もそのままだ。

 手入れも行き届いている。ちゃんと住んでいる証拠だ。


「アルフレッドの野郎はこんなところで呑気に(ねぐら)構えてやがったのか……くそ、俺様のボルガも、完全に持ち腐れってやつじゃねえか……」


 シアの肩に文字通り(ねぐら)を構えてるサラマンドが文句をぶつくさ垂れた。


「サラマンドはボルカニック・ボルガを返してもらえれば満足なのか?」

「いや、それだけじゃ……足りねえ………。屈辱を味わったんだ。俺様がボルガを失ってからどれだけ惨めだったか分かるか?」

「いや、知らないけど」


 バイラ火山で無関係の俺ですら八つ当たりしたくらいだ。

 何度か話は聞いたけど、とりあえずサラマンドはボルガ獲られて怒ってますというだけで、その仕返しをしたいようだ。アルフレッド本人からはそんなエピソードを聞いたことない。どうせ目的の物だけ奪って逃げて「あばよー、また会おうー」とか適当な事言ったのをサラマンドが勘違いしてるだけなんだろう。

 サラマンドは手足をバタつかせてシアの肩から飛び降りると全身に炎を纏って巨大化し、美少女の姿へ擬人化した……いや、幼女姿のサラマンドへとスタイルチェンジした。赤い蜥蜴の鱗を纏い、胸元から下腹部までヒト肌を晒している。頭部からは2本の角を生やし、尻からは太い尻尾をうねらせてびたんびたんと鞭打っていた。

 胸が小さいから残念ながらセクシー成分は壊滅状態だ。


「うおーーっ!」


 だが、その姿を見て目を輝かせたのはリナリーだった。並ぶと背丈はリナリーと同じだ。今のサラマンドの身体は5歳児くらいってことか。


「へいへい、こっちは準備万端だぜ」


 そう言ってその場で両腕を構えてステップを踏む火の精霊サラマンド。

 既に戦闘態勢らしい。


「……とかげさん、女の子だったのっ?!」

「トカゲじゃねえ! 俺様はレッドドラゴン! 竜族の中でも戦闘能力はトップクラスの火竜だぜ」

「おおおおーーーっ! かわいいっ!」

「はぁ? 可愛いだと?」


 リナリーは容赦なく同じ体格のサラマンドを力いっぱい抱きしめていた。サラマンドはいつもの癖で炎魔法で必死に対抗したものの、リナリーは火に動じることがない。一番相性の悪い天敵なのか、半ば諦めモードだった。

 シアがそこに止めに入ることでリナリーは治まり、サラマンドも安堵の息をついている。そのやりとりをぼんやりと眺めて、俺はこの3人の優劣順位にはっとなる。


 [シア] > [リナリー] > [サラマンド]


 こんな感じだ。

 今のところ3人の中で一番権力が強いのはシアだ。

 さすがシア・ランドール……機関銃みたいな幼女すら手駒にしてしまうとは、恐ろしい魅力を兼ね備えた女だ。しかし幼女にすら玩具にされるサラマンドもどうかと思うが。


「サラマンド、そんなんでアルフレッドに敵うのか?」

「敵うかどうかじゃねぇ、何としてでも仕返しに一発くれてやるんだよ!」


 漢気(おとこぎ)溢れるな。

 因縁さえなければアルフレッドとはむしろ性格面では相性良さそうな気がする。



     …



 俺は早速その玄関のドアノッカーをノックしてみた。

 鉄製の重たいドアノッカーが、緊張感からさらに重たく感じられた。

 ―――ゴン、ゴン、ゴン。重たい音が家の中に響いた。


 はずだけど、誰も出てくる様子がない。

 誰もいないのかな?


「リナリー、お父さんとお母さんはどっか出かけてるのか?」

「うー、わかんないっ」

「えぇ……知らないって?」

「うん」


 どういう事だ。

 困ったな。もうすぐ日が沈んじゃうし、俺とシアも宿取らないと部屋空いてるかどうかも分からない。この町で宿と言えばコンラン亭か。

 ナンシーさんはまだ看板娘やってるのかな。あの物腰柔らかい人だったら満室状態でももしかしたら神対応してくれるかもしれない。先にそっちへ行ってちゃんと宿確保してからでもいいか。

 さすがにシアもいるし、野宿だけは避けたい。


 ―――俺がそう提案し、旧アジトから踵を返すその時だった。

 薄暗くなったその草原の先に、夕暮れの西陽が差し込んで逆光で浮かび上がる2つの黒い人影があった。

 仲良さそうに寄り添いながら歩く影。

 片方はかなり体格が良い。男だ。もう片方は華奢だけどスタイルがいい。髪をサイドテールに下している姿は女性のシルエットだ。

 あぁ、間違いない。

 あれはアルフレッドとリンジーだ。


「あっ!! パパ! ママー!」


 リナリーはそれにいち早く反応し、その2人の元へと駆け出した。

 既に予定調和だったが、やっぱりと俺の中で確信が得られた。

 リナリーは、あの2人の子どもだった。

 今更だけど俺の印象そのままに、あの2人にしてあの子ありだ。


「こらっ、転ぶよ!」


 元気よく駆けるその姿と母親の温かい注意。

 そんな光景を見て、こっちも和む。

 やっぱり家族っていうのはあぁいうもんなんだろうな。


「うおおおお、リナリーっ!」


 アルフレッドは少し髪を短くしたのかな?

 冒険者だった頃の荒くれ感はない。少し爽やか人間になってしまってる。だけど乱暴な印象は相変わらずだった。その屈強な体躯で幼くて華奢な我が子をしっかりと抱き留め、両腕で高らかに掬い上げた。そして高い高いをした後に手慣れたようにリナリーを肩車した。その姿を見て優しく笑うリンジー。

 ……なんと微笑ましい。

 もうすっかり親になってしまった2人がいた。

 俺が迷宮都市で滅茶苦茶やっている間にも、あの2人にもあの2人の時間が流れていたんだ。しかも限りなく幸せな方向に向かって。

 俺を育ててくれた2人だ。

 こっちも嬉しくなってくる。

 当の2人も、こっち3人の存在に気づいたらしい。

 少し早歩きで近づいてきて、ペコリと俺たちにお辞儀をした。

 近くで見ると、益々緊張する。


 アルフレッドはまだまだ俺なんかよりデカくて筋肉隆々としてるし、リンジーも相変わらず美人さんだ。リンジーの背丈は越えられたかな。

 2人とも歳で言ってもまだ24,5歳くらいだろうか。

 まだまだ冒険者としても現役で戦えるだろう。

 態度こそ親そのものだが、見た目で言えば何ら変わりはない。


「すみません、うちの子を届けてくれたんですか?」


 そういって俺の顔を覗き見るリンジー。

 気づかなくて当然だよな。俺もまだまだ15歳とはいえ、別れる前は11歳。かなり背も伸びちゃったし、しかも隣のシアみたいなエルフの存在はこの辺の町じゃ珍しい。

 人間が中心の村ばっかりだ。


「その格好、冒険者か? 何だったら家で飯でも食ってったらどうだ?」


 俺とシアとサラマンドの異様な組み合わせにそれぞれ一瞥をくれて、アルフレッドはにこやかに提案してきた。器が広く、そして度胸も据わっているアルフレッド。初対面でも良い人間には懐に飛び込む勢いで関わってくるのがこの男だ。

 だけど、そんな彼ですらどうやら気づいていない。

 リズベスはすぐ気づいたものだけど、この夫婦は天然要素が強いからな。そりゃ一目見て気づくわけないか。彼らの中で"ジャック"ってのはまだ10歳程度の子どもなんだ。


「じゃあせっかくだし、ご馳走になろうかな。――――久しぶり、フレッド、リンジー」


 俺は勇気を出してそう投げかけてみた。

 当時と変わらない生意気さで。ジャックとただ呼ばれていたその頃のままの口調で。

 そんな俺の言葉を聞いて、彼ら夫婦は、揃って目をぱちぱちと瞬かせた。

 どちらさま? とでも言いたげだ。


「え……」

「あ……」


 2人の視線は俺の右腕や右頬に。

 そして腰に据えたブロードソード、腿に仕込んだダガーナイフに。

 その目が一瞬大きく見開かれ、頭に稲妻でも駆け巡ったかのように首をびくりと一瞬動かした。


「ジャックか?!」

「ジャックなの?!」


 2人同時に反応を示す。


「ただいま。やっと、戻ってこれた……」


 俺も2人のその様子を見て、安堵の息が思わず漏れた。


「ほんとにジャックだ! ジャックが帰ってきた!」


 リンジーが嬉しさの(あらわ)れなのか、俺にぎゅっとハグしてきた。サイドテールにしている栗色の髪にちょうど顔が埋まり、懐かしい良い匂いがした気がする。

 というか、旦那の前でそんなことしていいのか?

 と、ちょっと心配になってアルフレッドの方もちらって見てみたが、そこからさらに覆いかぶさるようにアルフレッドも俺にハグしてきやがった。

 筋肉が堅い。

 しかもバカみたいなパワーで痛い。

 抱擁とかじゃなくてこれ圧迫だ。

 圧死する。


「そうかっ! お前こんな逞しくなりやがって! くそ畜生が! よく帰ってきた!」


 2人の大人にがっちり固められて小っ恥ずかしくなる。今の俺は間違いなく顔面真っ赤な事だろう。まぁいい。何よりまた一段と変わってしまった俺を受け止めてくれたのだ。

 もうこの人たちが俺の親でもいいくらいだ。

 さようなら、オルドリッジ家。

 俺はジャック・リベルタとして生きていきます。

 ―――というのは冗談で、一度はそっちにも突撃予定だけど。



     …



 2人はハグをやめると俺の髪をくしゃくしゃっと乱暴にかき乱したり、肩をぽんぽんと叩いてきた。いくら成長して経験積んで帰ってきてもこの人たちにとってはやっぱり子ども扱いなんだろう。


「なんだよ、帰ってくんなら手紙寄こすとかしやがれってんだ」

「アイリーンちゃんから聞いてるよ。迷宮都市にいたんだって? また話聞かせてほしいな」


 積りに積もってのことなのか、2人は立て続けに俺に言葉を投げかけてくる。俺は照れが隠せない。


「あぁ、いや、まぁ、いろいろ、と……その………」


 おかしいな。俺ってこんな口下手だったかな。頭上がらない相手だと特に。俺が頭を掻きながらも言葉に詰まっている様子を見て取ってか、アルフレッドも豪快に俺の背中を叩いて提案した。


「まぁまぁ、帰ってきたんならさっそく飯でも食おうぜ! 部屋なら余裕で空いてっから、好きに使ってくれていいんだぜ」

「あれ、そういえば、あそこのお2人は……?」


 リンジーが手で添え示して、俺の背後のシアと幼女姿のサラマンドのことを気にかけてくれた。


「あぁ、あの2人は――――」



 ――――俺が紹介を挟もうとしたその刹那の事だった。

 火竜が姿勢を低くして突進を開始した。

 頭は一定の高さで微動だにしない。しかし、尻尾をぴんと伸ばし、それでバランスを保っているのか、凄まじい速度で大地をかけた。

 擬人化しているとはいえ、本当に竜のような機敏な動きだった。


「アルフレッドぉぉおおおおっ!!」


 火竜サラマンドが怒りの表情で差し迫る。だが顔が幼いからその怒りの表情も、親に全力で反抗してる幼女のような愛くるしさだ。


「あぁん……?」


 そのスピード感。

 今までほのぼのと再会を噛みしめていた雰囲気とは一変して穏やかではない。だけどその奇襲とも言える突進を、俺は目で追えたし、きっとアルフレッドにも余裕で目で追えた事だろう。掴みかかるその両腕をアルフレッドは屈んで躱すと、しなやかな動きと共に後ろ脚でサラマンドの顎を蹴り上げた。

 非常に危険な、骨が砕けたような音が庭先に響き渡った。


「んぐ……っ!」


 サラマンドの顔が悲痛に歪んだ。

 だが泣きっ面に蜂とも言うべきか、その顔面にバックブローが叩き込まれる。アルフレッドは気づけば足を降ろしていて、流れるような動きで裏拳をお見舞いしていた。

 真横へと一直線に吹っ飛ばされるサラマンドを見送り、俺は頭を抱えた。

 ここ同士も俺以上にしばらくぶりの再会だったんだろうけど、もう少し節度を守ってほしい。こっちもしみじみと感動を噛みしめていたというのに。


「なんだこいつは?」


 襲い掛かってくる敵はとりあえず殴るアルフレッド

 口より先に手が出てしまったようだ。

 まったく格闘術は衰えていない。いや、むしろ磨きが掛かっている。ちゃんと鍛えてるんだ。俺が心配することじゃないけど、さすがアルフレッドだな。それにしても彼は殴った後で誰だかが気になってくるようである。


ふひ(クソ)ょっ! ほほえへ(覚えて)ははれ(やがれ)っ! ほへははは(俺様は)ひふかは(いつかは)ほはへひ(お前に)ひっはふふへへ(一発くれて)やふんはは(やるんだか)らなっ!」


 両手で頬と顎を押さえながら、サラマンドは言葉にならない声を発した。

 サラマンド、なんだか噛ませ犬みたいだな……。

 ただのペットから噛ませ犬役になっている。


「バイラ火山の火の賢者サラマンドっていうらしいんだけど、フレッドも知ってるだろ?」

「ん……うーん、あぁ……」


 残念、ちゃんと覚えてなさそう!


「パパっ! だーめっ、サラちゃんは、かわいいとかげさんなのっ」


 父親の悪逆非道を横から小さな影が止めに入った。

 サラマンドを庇うように両腕を真横に開いて立ちふさがる。


「ひ、ひはひー(リナリー)……」

「なにぃ?! そりゃパパが悪かったっ! すまねぇ、謝るよ」


 えええええ。

 無謀のアルフレッドも娘の前では形無しってやつか。アルフレッドは大人しく振り上げた拳を下した。

 権力序列はアルフレッドがリナリーの下に来るか。

 ということは……。



 [シア] > [リナリー] > [アルフレッド] > [サラマンド]


 こんな感じかな。

 うむ、女は強い。

 


     ○



 パチパチと暖炉で燻される木材。

 灯る火に照らされ、赤トカゲは少しでも英気を養おうとしていた。

 サラマンドは赤トカゲの姿に戻り、ソファでぐったり横になっていた。そこにシアが寄り添って懸命にヒーリングをかけてあげていた。

 顎の骨が砕かれたらしいけど、誇り高きレッドドラゴンだし、大丈夫だろう。


「にしてもお前も罪な男じゃねーかっ」


 俺の目の前には豪快に笑うアルフレッド。

 片手にはジョッキ樽。

 発酵麦酒(ビール)を飲んでいた。

 夕飯をご馳走してもらうという話が、気づけば再会の宴のようになっていた。既にシアもリンジーも食べ終わって別の事をしているが、俺とアルフレッドは尽きない話をだらだらと駄弁っている。

 シアは丁寧な敬語で自己紹介をし、2人は好印象だったみたいだ。


「何がだよ」

「ジャック、あのお嬢様がどんな気持ちでお前を追いかけてったことか……クックッ……」


 あのお嬢様というのはアイリーンのことか。


「そんな事言われてもなぁ。俺も記憶が―――」

「だぁっていうのに、あんな可愛い女の子、わざわざここまで連れて帰ってきやがって……男上げたなぁオイ……クックック」


 アルフレッドが悪酔いしている。俺と会ってこうして上機嫌になってくれるのは嬉しいんだけど、その手の話を突っ込まれると弱い。


「アルフィ、ちょっと飲みすぎなんじゃないの?」


 そんなアルフレッドの様子を見て、リンジーが呆れたように溜息をつく。それと同時に彼女も大皿一つ、またしてもテーブルにドンっと乱暴に叩き降ろした。夕飯は終わったばかりなのに、まだ作ってくれるというのか、この人は。

 むしろリンジーが作りすぎなんじゃないの……。


「せっかくジャックが帰ってきてくれたんだぜ! これは祝い酒だ!」

「それにしてもだよっ」

「まぁ今日くらいいいじゃねぇか! それよりリンジーも飲めよ」

「きゃ……っ」


 強引にそのしなやかな腰を引っ掴む酒癖の悪いアルフレッド。


「やめてよっ! ジャックもシアちゃんもいるんだからっ」

「おうおう、じゃあいないところでだな」


 その切り返しに対してリンジーも顔を真っ赤にして慌てて台所に戻っていった。


「へへっ……何年経っても可愛い女房だよ」

「2人が幸せそうで俺は嬉しいよ」

「そりゃあ、ありがとよ……。お前のおかげでもあるんだ。人間ってやつは一回弱い自分に出会っちまうと、他人の支えの大切さを知るってもんよ……」


 アルフレッドも色々と苦しんだだろうしな。そういう時、リンジーという包み込んでくれる存在はリベルタのみんなにとっても必要なんだ。

 あれ、リベルタのみんな――――。


「そういえばドウェインは?」

「あぁ……? あいつはバーウィッチにいるぜ」

「えぇ、なんでまたそんな都会に?」


 俺の記憶の中では確かドウェインは気がおかしくなったままだ。

 元通りに戻ったのかな?


「アイツの親父さんがやってる魔法学校の教師をやってんだよ」

「え?! 学校の先生?」


 大丈夫なのか。


「まぁ驚くのも無理はねえか……一時、記憶も吹っ飛んで言動も幼くなっちまったけど、まぁ元々頭のキレるやつだ。相変わらずリベルタのメンバーだったときの記憶はねぇみたいだが、今じゃしっかりしてるぜ」

「へぇ~、そうなんだ……」


 意外だけど、ちゃんと自立してるなら問題はないかな。バーウィッチだったらすぐ会いにいけるし、俺の事を覚えてるかどうかは分からないけど今度会いに行ってみよう。

 それから、食器の片付けも落ち着いたのかリンジーも混ざって当時のメンバーの話に花が咲いた。

 俺の方からは迷宮都市で再会したリズベスの話をした。2人は注意深く聞いてくれて、迷宮都市での事件の事や、リズベスが最後にはリベルタらしい行動をして、しっかり魔術ギルドに戻ったと聞いて安心したようである。

 それからトリスタンの話だ……。

 楽園シアンズの戦い以降、トリスタンは音沙汰なしだ。

 当時、混乱が収まってからトリスタンの事もちゃんと探したらしい。もちろんシアンズの施設内も隈なく。だが、トリスタン自身はおろか、その遺体なども一切見つかっていないとか。


「俺は……トリスタンならどっかで生きてやがると思ってるぜ」

「アルフィ……あんまり楽観的すぎるのもどうかな」

「いや、なんていうかこれは"リーダー"としての勘ってやつだな。あいつはどっかで生きてる。そんで、いつかひょっこり現れると思ってんだ」

「うん……そうだね……」


 酒を飲むペースも落ち着いて、すっかり酔いが抜けてきた様子のアルフレッド。彼は遠くにいるかつての仲間の事を思い出すように遠い目をしていた。やっぱり2人とも親になってからも、ちゃんと仲間のみんなの事気にしてるんだな。


「ところでリナリーの事なんだが……」


 いい加減、夜も更けてウトウトし始めたタイミングでアルフレッドは娘の話を突然ふっかけた。その当の本人は2階でぐっすり眠っている。


「フレッド、娘自慢はもう聞き飽きたよ」

「いや、いいから最後に一つだけ聞いてくれや」

「仕方ねぇなぁ……」


 俺も眠気が来ていて口調も徐々に乱暴になってきていた。


「実はな、そのドウェインがいる魔法学校に今度入学させることになったんだ」

「え?!」


 俺は予想していたことと全く違うことを言われて素っ頓狂な声をあげた。

 予想っていうのは、リナリーの可愛いところとか、リナリーの強いところとか、そういう類いの話かと思っていた。さらにドウェインのいる魔法学校っていうところも驚きだ。つまり隣町のバーウィッチまで通わせるということか。

 5歳の女の子を?


「お前を除いたリベルタの5人ってのはみんなそこの学校出身でよ、校長の―――まぁつまりドウェインの親父さんの、ガウェイン・アルバーティ先生にはみんな世話になったんだ」

「そうだったのか……」


 今頃になっても深く掘り下げれば新しい話ってのも出てくるもんだ。5人が幼馴染だった話は聞いていたし、いまさら不思議な事はない。


「そういうコネもあって、今日はガウェイン先生にリナリーの魔力のことを直々に相談してみたんだよ」

「リナリーの魔力ってもしかして、あの尋常じゃない炎の?」

「あぁ」


 今日2人が家にいなかったのはそれでか。5歳の娘を放置して都会へデートとはまた放任主義よろしくな所はさすがと言わざるを得ない。

 だが、やはり親二人も娘の規格外の炎魔法のこと気にしてたようだ。

 アレは単なる親バカと言えるものじゃない。間近で見れば分かる。ダイアウルフたちが翻弄されるほどの魔力と魔法操作……準神級にも匹敵するほどの芸当。

 子どもにしては危険な火遊びだ。


「ガウェイン先生もいろいろ気になることがあるみてぇでよ、普通なら早くても7歳くらいから入学させるものらしいんだが、特待生で入学が決まっちまったんだ」

「そうか……おめでとう……? なのかな」

「いや、俺としては心配だ」

「私も……」


 他の子と比べても体格も情緒も幼い5歳の女の子、そこに通わせるのは親としても心配なんだろう。

 しかも性格はどっちかというとアルフレッドに似て好戦的な子だ。出る杭は打たれるじゃないけど、優秀で生意気な年下の子がいたら、同級生のいじめの対象にされる心配もあるかもしれない。


「うーん………」


 俺はうとうとしながら話を聞いていた。決してリナリーの事がどうでもいいわけじゃないけど、けっこう長旅の疲れもあってか眠気がふいに襲ってくる。

 ふとシアを見ると、ソファの背もたれに寄りかかって既に寝ていた。

 その様子に気づいたリンジーが気を利かせてくれた。


「アルフィ、ジャックたち疲れてるみたいだし、そろそろ……」

「あ、あぁ、そうだな。遅くまですまねぇ! とにかく入学までまだあるから、ジャックにもこの件のことこれからも相談させてくれ」

「えぇ、なんで?」

「ジャックが俺に似て頼りになる男だからだ。それに当面の間はこっちにいてくれるんだろ? この家もどんどん使ってくれよ」


 当面……どころか、他の予定はオルドリッジの屋敷に顔出しに行くくらいか。戦場ではフリーランスだし、人生はノープラン。

 アルフレッドの提案に適当に相槌を打って、俺は昔自分が使ってた位置にある寝室へと移動した。



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