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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第2幕 第4場 ―迷宮の夜明け―
88/322

Episode74 暗黒の古城Ⅱ


 城内へと潜入した私たち5人は、まず最初の違和感を覚えた。

 魔物が少なすぎる。

 静かな城内の通路を進んでいった。


「なにここ……これがあの難関って言われてる30層だった場所? 拍子抜けだわー」


 アイリーンさんが呆れたように間延びした声を上げた。


「前に来たときは、(トラップ)に嵌ってブラックコープスの大群が現われたんだったか?」

「城外であれだけ狩ったんだからな。城の中がもぬけの殻でもおかしくはない」


 タウラスさんとアルバさんもそれぞれ好き勝手な事言っていた。


「いずれにせよ、先に進むのには好都合です。私が案内しますから、こちらへ」


 小さなシルフィード様は宙を滑るように滑走していく。

 楽しそう。

 私も空圧制御スキルを極めればあんな移動もできるんだろうか?



     …



 そうして城内の回廊を駆け抜けてまず着いたのは、アクアラム・ボルガの台座の間だった。広間はガラス細工で出来ている。薄暗い広間で青い床が私たちの影を反射させている。

 シルフィード様の案内が的確だったというのもあるんだろうけど、すぐに到着してしまって拍子抜けだった。以前ピクニック気分でお散歩したときには、彷徨って彷徨って、一週間籠ってやっと辿りつけたくらいだ。


 薄暗い広間の中、台座は青白く光っていた。アンダイン様の彫物の下、台座からガラスの筒が突き出ている。

 あの筒は何度も見た。ユースティンさんがバイラ火山遠征中に、何度も使っていたアクアラム・ボルガだ。


「……綺麗な部屋ね」

「どうやらこの氷の間には見張りはいないようです。今のうちに早く!」


 シルフィード様の扇動で、私たちは台座へと駆け寄った。

 しかし、その安堵も束の間のものだった。



「―――おっと……へへっ、アンファンすげぇ~。本当に居やがった」


 その軽い調子の敵はふらっと姿を現した。

 私たち一同が驚いて振り返ったのも、ほぼ同時だった。

 その視線の先――広間の扉には、聖堂騎士団の2人が揃って入ってきた。


「とんだネズミが入る事は想定していたが、はたまたこんな愚鈍な小隊1つとは……滑稽至極」


 第四位階のコリン、そして第六位階のジョバンバッティスタ。

 "聖堂騎士"とは名ばかりの、残虐を背負って立つような2人の悪党だ。


「んん? シア・ランドール……よく生きていたものだ。貴様にも不死属性の呪いがお似合いかもしれぬ」


 多弁な金髪の槍術士はたまに何を言っているか分からないときがある。

 だが、そのほとんどの言葉が、こちらを見下していることは理解できる。


「さらには怪力屋のサウスバレット、闇討ちのストライド……あとは……ふむ、道化の雑種が一匹か」

「道化の雑種って俺のことかよっ!」


 タウラスさんが自分の不遇な呼称に不満を訴えた。


「なに……ヤミウチ? 前々から変な人だと思ってたけど、意味がわからないわ」

「………」


 アイリーンさんは呑気に肩を竦めている中、アルバさんだけ苦虫を噛み潰したような顔をしてジョバンバッティスタを睨みつけている。


「まぁまぁ。テメェらみてぇなガキどもを甚振る趣味はねぇからよ。怪我しねぇうちにとっとと失せな」


 コリンが猫背のまま、腕を振って追い払うような動作をした。


「立ち去るのは貴方たちの方です。我々はボルガを取り返し、この騒乱を鎮めます」


 そこにシルフィード様が毅然と言い放つ。

 そう、私たちはもう屈しない。こんな理不尽には、最後まで抗う。


「へぇ……得意の森林戦で負けた分際で、威勢のいいことじゃねぇか、賢者如きが……!」


 コリンから殺気が漂った。今までヘラヘラしていた印象から一変し、その鋭い眼光がこちらを一睨みする。

 拳を構えて、ステップを踏む。フットワークが軽そうだ。

 握りしめた拳を小刻みに震わせる度に、その周囲には白い光が纏い、明るく照らされていく。

 あれはアーバン・フラタニティで見せた技……きっと強化魔法の類だろうか。


「もう一度言うぜ? 怪我したくねぇんならとっとと失せな」

「答えは変わりません。この大地を統治している精霊として、リゾーマタ・ボルガの恐ろしさを知らない貴方たちを野放しにしておくわけにはいきません」


 殺気を感じたシルフィード様は、手の平を前に突き出して風魔法の準備をする。


「そっか………。だったら、この場で消してやるよっ!!」


 張り詰めた空気。そこにピシピシと伝わる狂人の殺気。

 聖堂騎士団コリンの真の姿なのかもしれない。

 私たちの陣営はこちらの方が多勢であるにも関わらず、その威圧に硬直した。まるで蛇に睨まれた蛙のように。



 ―――刹那、コリンの影が揺らめいた。


「ウィンドブラスト!」


 それに反応できたのは、シルフィード様ただ一人だった。

 突風をコリンへと向けて放ち、彼の突進の勢いを減弱させる。

 しかし、シルフィード様自身もかなり力が減衰している。風圧でコリンの勢いを弱めることはできても、止めることまではできなかった。


 突進とともに繰り出されるダッシュパンチは、シルフィード様の腹部を直撃した。

 ボディブローとして、その小さなお腹にめり込んだ。


「………ぁ!!」


 凄まじい勢いでシルフィード様は広間の端まで弾き飛ばされた。背後の壁に激突してガラス細工の壁が豪快な音を立てて割れ、破片が当たりに散らばった。

 だが、それだけでコリンの猛攻は止まらない。

 彼は姿勢を落として地面に両手両足をつくと、素早い身のこなしで隣に立っていた私の脚を、足払いしてきた。


「――――っ!」


 不意打ちに視界がぶれる。横ばいに倒れていく自分の体。

 異常に時間の流れがゆっくりに感じられた。


 そして倒れ往く私の顔面に、さらにもう一本の脚がしなやかに襲い掛かる。

 まるで蛇の頭のようだった。柔らかいその動きは、身体の関節がないんじゃないかというくらい縦横無尽に襲い掛かる。


 私は咄嗟に両腕を交差させて、その蛇の攻撃を防御した。

 急所は守ったものの、勢いまで殺し切れるものではない。シルフィード様と同じように後方へと吹き飛ばされる。

 ……背中を打ち付け、お腹から何かが逆流するのを感じる。

 痛い……近接戦闘は私の不得意分野だ。


「まずい! 戦うぞ!!」


 タウラスさんの号令がかかると同時に、扉の方からはバチバチと電撃の音色が耳に届く。

 

「では、我も楽しませてもらおう」


 ジョバンバッティスタがその雷槍を取り出した。ケラウノス・ボルガ……雷の魔法を宿したボルガ。既に解錠が済んで、すぐ引き抜いたようだ。

 それだけあの雷槍を手放したくないということなのだろうか?


 私も背中のロングボウを左手で握りしめると同時に矢筒から矢を何本か引き抜いた。

 咳き込んでいる状況じゃない。



 ガラスの破片を払い、現況を見渡す。

 混戦が激しい。


 蛇のように地を這うコリンと、闘牛のように剛健な突進で迫る大柄なジョバンバッティスタ。

 その戦い方は酷いほどに無差別だ。

 近くにいれば誰であろうと吹き飛ばす2頭の獣。


「ハッ……ハッ……ヘッヘヘ!」


 蛇行するコリンは、地を這いながらアイリーンさんを上空へと蹴り散らす。


「痛っ!」

「おらおらおらぁぁああ!!」


 速い……!

 軽々と宙へと投げ出されたアイリーンさんを放置して、コリンは近くのタウラスさんへと続けざまに襲い掛かる。地面から突き出るように伸び上がった長い足は、タウラスさんの顎を砕いた。


「がっ! うっ、うっ!」


 そしてそのままバク転で起き上がると、しなやかな拳がタウラスさんの肩、鳩尾(みぞおち)、腰の三か所の骨を確実に砕きにかかっていた。


「ごぅッ―――!」


 急所を確実に削いでいく。彼の拳闘術は"蛇蠕流"と言うそうだが、変則的な動きが特徴で、ペースに引き込まれると応戦が難しくなる流派と聞いている。……戦力差は開き過ぎていた。

 私も弓矢で照準を合わせようとするも、早すぎて目で追うのがやっとだった。



「サウスバレット、貴様の祖父はもっと善戦していたぞ」

「くっ……!」


 一方、さらに離れた場所ではアルバさんがジョバンバッティスタの雷槍の餌食になっていた。

 電撃の魔力を付与した、疾風のような乱れ突き。

 "乱れ"とはいえ、その一撃一撃は重い。

 それをグノーメ様から特別贈与された"退魔シールド"で弾き返していたが、圧されているのは傍から見ていて明らかだった。

 戦力でいえば、このパーティー内で一番実力があると思われるアルバさんですら苦戦している。


 いくらこちらが5人いようとも、その戦力差はまったく埋め切れていなかった。

 ロストさん、ユースティンさん……。

 あのお二人が戦士、魔術師としていかに優れていたのか今更ながら痛感する。


 この二頭の猛獣は、かの有名なメルペック教会聖堂騎士団の一味であることは知っていた。でもこうして戦力差を目の当たりにすると、一介の冒険者程度では太刀打ちできるわけが――――。


「シア・ランドール……! 諦めてはなりません」

「シルフィード様」


 シルフィード様が私の背中に手を添え、治癒魔法をかけてくれた。


「風魔法―――とりわけ"空圧制御"は古代エルフの奥義です。先代の加護が貴方の力になってくれます」

「空圧……制御……」


 そうだった。

 私には他の人にはない、唯一無二の技がある。

 それはシルフィード様が与えてくださった"精霊の力"だ。


「私もお手伝いします。今の貴方であれば―――勝てます」



     …



 冷や汗が頬を伝うのを感じた。


「なかなか良い盾を持っている……。だが貴様の戦いには驕心(きょうしん)しか感じられぬ。生きるか死ぬかの戦いで、その定見を許されるのは死を超越した者だけだ。恥を捨てられぬならば、それはただの愚者の誇りにしか成り得ない」


 アルバさんは壁に背を預けて、満身創痍で崩れ落ちていた。


「……はぁ……はぁ……」


 彼女は肩で息をしていた。頭からは血を垂れ流し、その艶やかな褐色の皮膚が汚れていた。

 最強に対する拘り、誇り。

 そういった執念がすべて打ち砕かれたかのように、絶望の表情を浮かべていた。

 私はその仲間の"すぐ傍ら"で、弓を構えていた。


 だが、ジョバンバッティスタには私が見えていない。

 ギリギリと、弓弦を引く音を必死で押さえる……。


 ―――空圧制御。そのスキルは物体の不可視化と加速度を高める風の魔法だ。シルフィード様が風のヴェールに身を包んでいたのは、私の不可視の矢と同じことをしていただけだった。

 今は、私自身を包み隠している。


「彼奴の孫娘は早熟ゆえに伸び代を失っていたようだな。――"最強"を成し得ぬまま、ここで果てよ」


 ジョバンバッティスタが鬼の形相を浮かべ、その雷槍を振りかぶった。


「今です……!」


 そして遠くからシルフィード様の合図。

 それと同時に私は、その一矢に空圧を装填した。

 空気の凝集音が矢羽根に集中していく。

 音を出したらお終いだ。

 あとはこの至近距離で、この弾丸(ショットガン)を放つだけ……!


「なに?! 小娘の気配――――?!」


 ジョバンバッティスタのその槍、その多弁は、困惑によって封じられた。

 私の放った弾丸は瞬速の勢を纏って、その大柄な体躯を貫いた。



 ―――だが、躱された?


 狙いは心臓。必殺の奇襲だったからこそ、一撃で倒さなければならなかった。

 しかし、ジョバンバッティスタはその身体能力の高さからか、至近距離でのこのショットですら、胴体をずらして回避した。

 矢は、その肩を貫いて彼の剛腕を吹き飛ばした。


「ぬぅ………!!」


 隆々しい太い右腕と、雷槍ケラウノス・ボルガが弧を描いて宙を舞う。

 それと同時に槍は放電して、ケラウノス・ボルガはただの純金製の筒に戻った。


「貴様……古代エルフのインビジブルスキルを……! 卑怯の血脈を辿りおったなぁ……!」


 ジョバンバッティスタは初めて私へ怒りの感情らしいものを向けてきた。それは余裕を失った騎士の表情だ。

 遺された左腕で、私を掴みにかかる。


 だが私は、風の力を操り、地を滑ってその腕を回避した。

 シルフィード様に教えてもらったばかりだが、空圧制御スキル自体は慣れている。自身に掛けるやり方さえ知ってしまえば制御も容易かった。


「シア!」


 アルバさんがその左腕を退魔シールドで叩き折り、バスタードソードで突き刺した。


「うぐ……!」

「私は未熟だが、サウスバレットの誇りは忘れない!」

「その傲慢………許さんぞ!」


 雷槍と剛腕を失った金髪の槍騎士だったが、それでもまだ闘牙は失っていないようだった。

 機能停止寸前のその左腕だけで、アルバさんへと襲い掛かっていた。


「シア、すまない! タウラスを守ってやってくれ!!」

「アルバさんは……」

「もう大丈夫だ。この金髪には恨みがある。私がトドメを刺したい」

「……わかりました!」


 私は地面を滑った。

 ヒガサ・ボルガの上空飛行も良いけれど、この低空飛行もなかなか癖になりそうだった。

 青い床に転がる、その純金製の長筒を見つけた。

 ケラウノス・ボルガ……それを滑りながらキャッチし、私はタウラスさんとアイリーンさんの援護に回った。


 背後からは極悪非道の聖騎士と最強の剣士が、最後の一騎打ちを繰り広げている。

 だが戦況は一つ、こちらに有利になった。

 あとは最強の戦士に任せよう。



     …



 コリンとの近接戦も、二人がかりとはいえ苦戦を強いられていた。

 そもそもアイリーンさんはそれほど戦いには慣れていなさそうだ。タウラスさんも冒険者歴が長いとはいえ、アルバさんに比べると戦力は並々。

 そこにシルフィード様の風魔法の支援も入って、なんとか時間稼ぎが出来ていたという感じだった。


 だが時間稼ぎをしていたのはコリンのようにも思える。

 その表情は、三人を相手にしているとは思えないほど余裕な笑みを浮かべている。

 じわじわと相手を嬲り殺す、まさに毒蛇のような戦い……。


「女子供を甚振る趣味はねぇと言ったけどよぉ!! なかなかハマると楽しいもんだぜぇ!」


 その動きは相変わらず蛇の動き。蛇行するように相手に素早く迫り、外角から相手の間合いに飛び込んで、光を纏ったその腕や脚を叩き込んでいた。

 こんな動きの相手をロストさんは一人で、しかもほぼ一撃で倒していたんだから、やっぱりあの人が一番の化け物だと思う。



「きゃあ!」


 アイリーンさんがお腹を蹴りつけられ、遂に打ち倒された。それと同時に申し訳程度に使っていたショートソードが吹き飛んだ。コリンは、突き出した足をゆっくりと畳んで、続いてタウラスさんを睨む。

 まるで一瞬足が伸縮したかのようだ。


「こいつぁ……今までで一番絶体絶命だぜ……」


 タウラスさんの軽口も限界が迫っていた。

 私は素早い地滑りで滑走し、アイリーンさんの元へと駆けつけた。


「アイリーンさん!」

「うぅ……」


 貴族令嬢にしてはとても頑張ってくれた。

 彼女からしたらここで殺される道理なんてどこにもないんだ……。

 これは私たち冒険者にとっての生存競争。

 ロストさんを追いかけてここまで"遊び"に来た彼女が、ここで頑張る理由なんてどこにもなかった。

 でも、手伝ってくれた。

 私が死にかけているときも必死に助けてくれた。

 ……とても健気な子だ。私に対して口は悪いけれど、でも芯はしっかりしている。


「シア・ランドール……タウラスへの援護をしばらくお願いします」


 背後からシルフィード様から声をかけられる。

 それと同時にアイリーンさんへヒーリングが掛けられた。だが彼女の意識は戻らない。


「コリン・ブリッグズの動きには落ち着きがありません。彼は足止めさえしてしまえばすぐ倒せるでしょう」

「……どうすれば?」

「少し時間稼ぎをお願いします。タウラスへのヒーリング、そして援護射撃をお願いします」

「はい!」


 シルフィード様は頼もしい。

 戦況を冷静に分析し、的確なアドバイスをくれる。



「おらおらおら!」

「くっ……!」

「ハハッ! お前良い歳して全然腰が据わってねぇ! 女ども守れなくてみっともねぇと思わねぇのかっ!」

「うるせぇ……!」


 タウラスさんは弄ばれていた。

 基本に忠実な剣技は、その変則的な格闘技を抑えることはできなかった。

 さらに彼は最初の強襲で既に身体は満身創痍。

 骨も何本か折れているに違いない。


「ヘヘッ! 見栄張りやがってよぉ! 女どもの前で土下座でもすりゃ命だけは助けてやっても――いいんだぜぇぇえ!」


 うねる左拳が、タウラスさんの額の古傷を叩いた。

 頭蓋骨に穴が空いたんじゃないかと思えるほど、鈍い音が場内に響いた。


「―――あああッ!!」


 だけど、タウラスさんはそれでも倒れない。私は後方からヒーリングを緊急的に掛け続けるものの、タウラスさんの奪われ続ける体力に、回復は追いついていない。


「く……好きな女が頑張ってんだ……俺にだって、意地ってもんがあんだよ……!」


 彼は既に死に体だった。それでも剣を振るい、拳や脚に耐え続けるのは、(ひとえ)に気力に依存していた。


「バカがッ!! うぜぇからとっとと死にやがれ!」

「そのバカを、俺は張り通す……!」


 右からの拳に、タウラスさんは頭突きを食らわせた。

 魔法で強化されたその拳と、砕かれる寸前のその頭―――張り合えるはずがないというのに、それでも打ち合ったその攻撃に、こちらにまで熱気が立ち込めた。


 ―――しばしの沈黙の後、その虚勢の息は途絶えてしまった。タウラスさんが、ゆっくりと崩れ落ちた。


「へっへっへ……はーっはっはっは!! バカは死んでも治らねえってのはこの事だぜっ!!」



「――――っ!」


 私は間髪入れずにその大口に不可視の矢を叩き込む。

 だがその矢も、蛇はしなやかな動きで回避した。


「―――おっと……あとはお前だけか?」


 軽い口調で私にターゲットが定められた。

 だけどもう恐怖心は麻痺している。

 その曲がりくねった猫背、卑しい笑み、光魔法を宿したその拳や足……何も怖いと思えない。

 私は速射の構えでロングボウの照準をコリンに向けた。

 三連用に、指を4本使って3つの矢を同時に装填する。


 だが、気づいたときにはコリンは目の前にいた。陽炎のように揺らめいて、気づけばその蛇は獲物を狩るように近づいている。


「遅ぇぜ」

「……ッ!」


 ―――でも、その拳を、なぜか目で追うことができた。

 私は空圧制御で姿をくらますと同時に、その蛇行する腕を躱した。


「躱しやがった……!」


 私は背後に素早く移動して彼との距離を取って、再度、矢の照準を向ける。

 眼前の彼は困惑していた。


「―――あん?! なんだと?!」


 それは、自身の拳と、その脚部の輝きが失われていくのを見ての戸惑いだった。

 光の魔法が失われていく。さっきその拳闘を目で追えたのは、強化魔法の効力が切れたから……?


「おい! どうした!!」

「―――魔力の枯渇です」

「あぁん?!」


 その疑問に応えたのは空中から彼を見下ろすシルフィード様だった。


「バカか……! 聖堂騎士団第四位階のこの俺が、魔力の枯渇なんてするわけねぇだろうがっ」

「いいえ、貴方の魔力は枯渇しました。タウラスとの戦いで気づいていなかったのですか?」

「……?!」


 コリンは、はっとなって自身の腕、そして周囲の床を慌てて見返した。何かの痕跡を探すように……。


「こいつは、魔力吸収スキル……?」


 度重なる甚振り行為。そして舐めきったジャブの繰り返しは、じわりじわりと慢心したこの拳闘士の魔力を奪っていたのだ。


「彼をただの冒険者だと侮っていたのですね。並の剣士である彼が、本当に並のスキルしか持ち得ないと思っていたのですか?」

「………くっ……猪口才なバカ野郎がぁ……!」


 怒り狂ったその眼光が、既に倒れ伏した戦士に向いた。

 その戦士の表情は心なしか満足そうである。

 タウラスさんは私たちにすら自身のスキルを見せてくれた事はなかった。それはマナグラムの見せ合いがマナー違反だと認識していたからだ。だから知らなかった彼の特技―――。


 世の中には魔力を吸収するスキルが存在し、それを魔法陣トラップに応用する術があると聞く。

 だが、魔力を吸収できても、それを使いこなす魔術師としての技能がなければあまり意味をなさない。スキルという物は適材適所通りに得られない場合もあるが、タウラスさんは今ここでようやくその力を発揮できたのだ。


「さて、形勢逆転です。強化していない貴方の拳など、"並の戦士"以下でしかありません」

「………バカにすんじゃねぇ……!! 強化がなくてもお前らをぶっ飛ばすくらい十分すぎる!」

「そうですか。では、試してみますか?」


 シルフィード様はゆっくりと舞い降りた。白いワンピースがふわりふわりと漂いながら、その幼い素足を床につけた。


 その刹那、その蛇は突進を開始した。

 勢いこそ先ほどの強化中の攻撃に劣るものの、怒涛の勢いは相変わらずだ。

 それを、賢者様とはいえ、精霊力を失ったその力で抑えられるとは思えない。


「バンシー・ザ・クライ!」


 その一声で、空気は一斉に振動した。シルフィード様は大気を震わせ、不協な大音響を生み出した。


「く、そ……!」


 耳を押さえてコリンの動きが一瞬、鈍った。

 だがその猛攻はまだ止まらない。血走ったその表情のまま、シルフィード様を襲う。


「死ねぇーーーー!!」


「――――アクアラム・ボルガ、その恩恵に与ります」


 その直後、シルフィード様は青いガラスの筒を左指で弾いて取り出した。右手に持ち替えて、その氷の杖を召喚する。ユースティンさんが使っていた時よりもより鋭く、鋭利な長竿が出来上がった。

 氷の杖は装備者の魔力を反映させるようだ。

 さっきの時間稼ぎは、アクアラム・ボルガを台座から引き抜くため……?


「海の神リィールの名の下に……我に綿津見の力をっ!」


 シルフィード様が持ち得たその氷の杖から、多量の噴水が放たれた。それはまるで洪水を引き起こすように、噴き出る水圧は容赦なくコリンを押し返した。


「シア・ランドール! ケラウノス・ボルガを使いなさい!」

「え……?!」


 私はポケットに入れておいたその純金製の筒を取り出した。

 急な出来事に困惑したが、ケラウノス・ボルガは私の手の平に、まるで魔力を吸い上げるように吸着した。

 そして魔力を込めると、意図も容易くその雷槍は出現した。

 ジョバンバッティスタ生成のものよりも小柄だった。

 これまで敵の得物だっただけに、こうして目の当たりにすると少し引く……。


「雷槍はその名の通り、電撃魔法の塊です」


 電撃魔法……今まで散々、ヒガサ・ボルガのレールガンで遊んできた。

 その使い方には慣れている。

 弓師上がりの低姿勢で、その雷槍を構えた。

 バチバチと、唸りを上げているような気がした。


「いきます……!」


 その矛先をコリンへと向け、颯爽とその雷撃を発射させた。

 雷撃はその水を這うように伝い、蛇に襲い掛かった。


「あ、ああああああ、ぐああああああ!!」


 感電したコリンが悲鳴を上げる。しかしこれだけで攻撃を終わらせるつもりはシルフィード様もなかったようだ。

 残虐性には残虐性を持って返す。


「終わりです―――アイシクル・グラスランド」


 浴びせ続けたその洪水を、今度はシルフィード様は凍りつかせた。アクアラム・ボルガの矛先から、水浸しのコリンへと氷が迫る。

 感電により抵抗できないコリンは、そのまま足先から凍りついていった。


「………あ、ぁぁあ………ちく………ちくしょ……!」


 そうして彼の全身が凍りつく。凍結したコリンの体は、この広間の中央に佇むアンダイン様の彫刻と同じように、まるでこの部屋の石像と化してしまったように見える。

 コリンはもう二度と伸縮する拳も、曲がりくねった足技も、披露することは出来ないだろう。



「…………はぁ……」


 終わった。

 今の私たちには強敵すぎた。

 でも勝てた。

 完全勝利とまではいかないけれど――――。


「タウラス……!!」


 背後からアルバさんが駆け寄ってきた。その奥には、胴体と生首が分離したジョバンバッティスタが転がっていた……。

 あちらもかなり残酷に倒したようだ。

 偉丈夫なジョバンバッティスタとはいえ、首を跳ねられたらさすがに生きてはいないだろう。

 タウラスさんの体を起こして、アルバさんは膝枕した。


「死んだのか?」

「………う……うぅ……」

「生きてるのかっ!」


 タウラスさんは生きていた。

 あの崩れ様は、さすがに心配だったが、なんとか生き残ってくれたらしい。だがその彼を支えるアルバさん自身もまた、満身創痍のようだ。体がよろけている。


「……ア……ルバ………ごめん、俺……弱っちぃからよ………」

「そんなことはない! そんなことはないぞ、タウラス……!」


 アルバさんはタウラスさんの右手を両手で握りしめ、頬擦りした。アルバさんも歳頃の女の子のように微笑んで、それを見てタウラスさんもいつものようにニヤっと笑ってみせた。

 その頬を伝って、アルバさんの涙は彼の右腕へと伝わっていく。

 タウラスさんがいなかったらコリンには勝てなかった。

 彼は決して弱い男じゃない。

 最強のカップルがここにいた。


 そのお似合いっぷりは嫉妬ものだ。

 見ていると、私も早く例の化け物の彼と合流したくなってくる。



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