Episode73 暗黒の古城Ⅰ
アザレア城の南側の門と迷宮都市を繋ぐ、大地の橋。
そこは少し前まで、街のメインストリートでしかなかった。本来であれば冒険者ギルドがあり、楽しげに冒険者パーティーたちが探検に向かう道のりだ。
だが、今は暗黒へと誘う恐怖と絶望の廃掃路。向かい来る挑戦者を容赦なく奈落の底へ突き落すデスブリッジと化していた。
そしてその先にはアザレア古城。黒々とした魔力が漂っている。
暗黒城と形容しても過言ではない。
俺はその廃掃路を正面に見据え、モンスターの行進を待っていた。
眼前に広がるのは大きな橋。
隣にはグノーメ様、肩には赤トカゲ姿のサラマンド。
俺の背後には無数の冒険者たちがいた。
これだけ大勢の冒険者たちが一堂に集まるのは、アーバン・フラタニティ以来かもしれない。
だが、今はそんなお祭りムードの賑わいはない。
真剣に、固唾を飲んで城門を見守っている。
俺も含めて、彼らは全員緊張しているのだ。
これから押し寄せてくるのは、地下迷宮30層以降に湧き出るモンスター。ランクの低い冒険者パーティーであれば、真っ向勝負を張ると死ぬ可能性もある。強敵だと感じる冒険者もたくさんいるだろう。
だが彼らは逃げようとはしない。
仲間を失った者もいるかもしれない。
あるいは、大切な存在を失ってしまった者も……。
彼らにとって、これは弔い合戦なのだ。
緊張の面持ちで敵の進攻を待ち受ける中、徐々に大地が震動し始めた。それに合わせて、冒険者たちも各々の剣や槍、斧や鎌、はたまた弓や杖を構えた。
己が極めたその得物。
ここで振るうのはこれまでの迷宮探検の成果だ。これまで彼らが生活に利用してきたその迷宮が、今は牙を剥いて街へと襲いかかる。
あるいは"迷宮の反乱"とも言えよう。
「きたぞーーーーッ!」
誰かが叫ぶ。
城門からはその黒雲が押し寄せてくる。
それは黒い煙のようだった。
しかし目を凝らしてみると、一つ一つが黒々としたモンスターなのだと分かる。
黒い煙のような魔力を纏った抜け殻の甲冑ブラックコープス。
そして同じように黒々とした巨大なゴキブリ――甲虫ジャイアントガーディアンも怒涛の勢いで迫りくる。
あれはアザレア王国の軍勢の亡霊。王国の怨嗟が、今ここで意志のない兵器となって生者を亡き者にしようと襲い掛かってくる。
「ロスト、テメェは"先に進む"ことだけを考えやがれっ! 変な正義感で冒険者たちをなめんじゃねぇぞ! あたしのことも無視しろ、いいな?!」
俺の武器・戦術顧問のグノーメ様は勇ましい。
突貫工事で作り出した魔造兵器の砲台シリンダーを設置してその砲台をその黒雲へと向けている。鍛冶師ゴーグルを装着し、シリンダーのスコープを覗いて照準を定めた。
「わかりました!」
「あたしはお前の右腕をいじれて幸せだったぜっ」
そう言うと照準を覗き込んだまま、グノーメ様は高らかに右手の親指をこちらに突き立てて見せた。
「いや……そういうの嫌な予感しかしないんでやめてもらえません?」
「ちげぇよ! 戻ったらまだまだ改造させてもらうからなって意味だぜ」
その発言も余計に不吉だ。
シリンダーのチャージ音が鳴り響く。
ヒガサ・ボルガやレールガンとは少し違う音だった。
ゴポゴポとお湯が沸騰するような音も一緒に響き渡る。
グノーメ様は砲台の両サイドに伸びるハンドル部を握りしめた。そのハンドルは土製単車アーセナル・ボルガのハンドルを彷彿とさせる。
「いくぜっ! 歯ぁ食いしばれよ、野郎どもっ!」
背後の冒険者たちにグノーメ様は吠えかける。それに呼応するように、冒険者たちは各々の武器を高らかに掲げて雄叫びを上げた。グノーメ様の快活な幼い声は、冒険者たちの士気を鼓舞させた。
―――続いて、ズドンという鈍い打撃音が轟いた。
放たれたのは、特大の"泥の塊"である。レールガンのときよりも貫通力は弱そうだが、表面的な破壊力は高そうだ。グノーメ様は元はドワーフだった。土魔法を得意としていた。彼女にとっては、これこそが専売特許なんだろう。
泥の塊は、迫りくるモンスターの大群の前列にぶち当たると、その塊を吹っ飛ばし、峡谷へと突き落とした。
「今だっ! みんなスピードスターに続けぇぇええっ!!」
誰かの叫び声とともに、俺も、冒険者も、一斉に駆け出した。
戦力の大半をそぎ落とされた黒い大群だが、まだその勢いは失われていない。
冒険者軍と黒いアザレア軍がぶつかり合う。
俺は即席で作り出した剣をブラックコープスの甲冑に投擲し、インシグニア・アームズの反魔力弾をジャイアントGに射撃し、あるいはアルフレッド仕込みの拳闘術でモンスター共を谷底へと突き落として葬った。
相変わらず、俺が作り出した反魔力は、魔物を爆散させる。
まだこの大陸に着いて何も知らなかった当時、ルクール大森林のドワーフ村に現われたベヒーモスですら爆散させた。
ベヒーモスも同じような黒い魔力を纏っていた。
俺の血を巡る反魔力は、こういう魔物でさえ、魔法と同じように無効化――つまり無き者にしてしまう?
そういえばまだ最弱だった頃のリベルタ入隊試験のとき、グリズリー戦でも流血戦の末に勝ち抜いた。
あれも俺の血が、グリズリーを弱体化させていたのか……?
□
アザレア城の西側の架け橋。
耳がぴくんと反応する。
南側からの戦いの合図が届いた。
グノーメ様のシリンダー砲台が、こちらへの作戦開始の合図。
「シア・ランドール、いきますよ」
「はい!」
私とシルフィード様は西側の橋から城壁を回り込み、北門から潜入することになっている。潜入後は、シルフィード様の案内で台座の間を周り、ボルガ・シリーズを回収するのが私の役目だ。
「おっしゃあ! 久しぶりの冒険だっ! 腕が鳴る」
「バカラスは黙っていろ。私がシアを護衛する」
タウラスさんとアルバさんが今回、私の陣営に回って護衛してくれる。
弓師と力を失った精霊だけでは潜入とはいえモンスターに出会ったらピンチに陥るかもしれない。それに西側の橋から城壁を回っている最中は周辺の森を突き進むことになるのだ。
森はダンジョンの名残で、グリズリーやジャイアントサラセニアが蔓延っている。
レンジアタックだけでは不利なのは自覚していた。
「これでロストとユースティンがいてくれりゃあ、懐かしのパーティーなんだけどな」
「あの人たちは……」
「ま、俺はあの2人が一番盛大にケンカしやがると思ってたぜ。これはさすがに盛大すぎるがなっ」
タウラスさんはこんな窮地の事態でも余裕そうに軽口を叩いていた。
ムード作りなんだろう。厭みっぽくないところがタウラスさんの良さだ。
「にしても、ロストとユースティンの代わりが、この……」
タウラスさんは後ろを振り返った。
そこにはいつも私に張り合ってくる、あのお嬢様が仁王立ちして苛立ちの表情を向けていた。豪華な白と紺を基調とした貴族ドレスは、まるで王城への潜入には向いていない。城へ進攻にいくというより、王城のパーティーに招かれたご令嬢のようだ。動きにくそうだし、いかにも観光客という印象だから、タウラスさんの印象も仕方ないでしょう。
「なによ、わたしになんか文句あるっていうの?!」
「い、いや、ねぇけどよ……子守が増えるだけじゃねぇか……なんて……」
その瞬間、タウラスさんが視界から消えた。
アイリーンさんの気配も消えていた。次に殺気とともに現われた瞬間には、タウラスさんの胸倉を掴んで地面に叩きつけていた。
「ぐぁっ!」
「ふん………これで少しは分かったかしら」
「凄まじい体術だ。速いというよりも気配を感じない……」
「お爺ちゃん直伝よっ」
のしかけたタウラスさんを見下すように、アイリーンさんは二の腕を組んで吐き捨てた。
少し心配だった。
そうこう言い合いをしているうちに、橋の方からはジャイアントサラセニアが何体か橋を這ってこちらに向かってきた。
「Chant Start……Brandstifter!」
そこに聞き覚えのある3つのフレーズの詠唱が聞こえてきた。
それとともに高火力の炎が食人植物を燃やし尽くす。リズベスさんと同様、魔術ギルドと縁を切ったジーナさんがこの橋を守ってくれている。
この方も病み上がりのようだが、橋の門番として這い出る魔物を強力な魔法で葬ってくれていた。この魔力で本調子じゃないというのだから、本気を出したどれだけ怖ろしいのか想像できない。
「さぁ、今のうちに城へ! ご武運を……!」
シルフィード様含む、私たち5人は西の橋を走って渡った。
そう、今は真剣勝負の最中。
ロストさんだって意を決して正面突破で、南から突入してくれた。
だから私たちも、もたもたはしていられない。
ロストさんが親玉を引きつけてくれている間に、早くボルガを……お母さんとお父さんが守ろうとしたものを奪い返す。
私たちは、途中で現れるモンスターを早々と葬りながら、北側へとぐるりと回り、北側の城門から内部に潜入した。
□
背後の蛮勇たちの雄叫びを耳に聞き納め、俺はその暗黒の門を潜った。
スピードスターと賞賛の声を浴びた以上、俺も大多数の敵は手早く倒しておいた。今のところの戦力は五分五分というところか。この軍勢の根源を断つためには、この城自体を何とかしなければいけない。
俺はグノーメ様の忠告通り、冒険者たちを信用して先に進んだ。
アザリーグラードには似つかない冷気が城内から吹き出てくる。
「あんな死ぬ間際の台詞ばんばん吐き捨てやがって……グノーメももうお終いだな」
肩に乗る赤いトカゲが俺とまったく同じ感想を漏らしていた。
「城の中に入った時点で、俺たちの方が危険だろうけど」
「……仕方ねぇだろう。俺様はお前に"素材"を提供しなきゃならねぇんだからな」
素材……。偽ボルカニックボルガの素材だ。
あの大剣は火で出来ている。
だから生成するには文字通り、火付け役が必要だった。それで火の賢者サラマンドの放つ炎で偽ボルカニック・ボルガを作ろうという流れだ。
だが、本当にそれでいいのか?
エンペド復活は、すなわちリゾーマタ・ボルガ復活を意味する。
それは奴らの思う壺なんじゃ?
シャンデリアと黒い甲冑、燭台が続く薄暗い通路を突き進んだ。
そして冷気が漂う。城内の魔物はほとんど外へと飛び出してしまったのか、逆にアザレア場内の方が敵も少なくて平和そのものだった。
数体の魔物はいた。
しかも、ブラックコープスやジャイアントG以外の黒いコウモリ程度。
雑魚だ。
俺が余裕綽綽と駆け足で通路を進んでいるときの事だった。
その銀髪の魔術師はただ、立ち尽くしていた。
フードローブを目深に被り、俯き加減だからどんな表情をしているか分からない。だが初めて会ったときと同じように、杖も何も持っていない。
「ユースティン……」
「………」
ユースティンは喋らない。
その沈黙は拒絶を意味しているような気がした。
俺と和解するつもりはなさそうである。
「ユースティン、俺はお前の父親を殺そうとしたわけじゃない」
「………」
「お前だって、本当は気づいてるんだろ? 親父さんがやろうとしてることは―――」
ユースティンを宥めようとしたタイミング。
彼は左手を挙げてその指をパチンと弾いた。
その動作は、アーバン・フラタニティで決勝戦の混乱を抑えたアンファンと全く同じものだ。
彼は続けてゆっくりと口を開く。
「―――Übergang」
そのフレーズは、森で襲われたときと同じ魔術だった。
シアの放つ弓矢を、時間差で出現させたリピート魔法。
その詠唱とともに、ガシャリと、俺の背後から禍々しい気配を感じた。
その音はもう嫌というほど聞きなれた甲冑の行進の音だった。
「……!?」
振り向くと、そこにはいつのまにかブラックコープスの大群が整列して俺にクロスボウを構えていた。
さっきまで何もいなかったその空間に突如現れた魔物。
しかも数が多すぎる!
南の城門から這い出てきた大軍よりも多い。
「ユースティン、お前の仕業か?!」
だが責任追及している暇はない。
俺は時間魔法を駆使して、俊足でそのモンスターたちを狩ることにした。
鼓動の高鳴り。
それとともにゆっくりになっていく世界と赤い光景。
だが――――。
「Schwerkraft!」
「ぐっ………!」
さらにユースティンは詠唱を重ねてきた。
その詠唱もアンファンに弱点を突かれた、してやられた例の重力魔法だ。
俺の時間操作は、世界の時間を操っているわけじゃない。
俺自身を加速させているだけだ。
アンファンはそれに気づいた。
原理はよく知らない。でも重力魔法で俺を重くさせるだけで、まんまとその加速も封じてしまえるってことだろう。
"新規の魔法"とは厄介な魔法である。
そうこうしているうちに、ブラックコープスの群れは俺にクロスボウを放ち、あるいは剣を振るって襲い掛かってくる。
「ぐ―――う、ぁぁあああ!!」
俺はその放たれたボルトを、緊急生成した剣で振り払った。
腕が重すぎて、傍から見たらとても緩慢な動作に見えたことだろう。
だがそのボルトの数々を防ぎ切ることは出来なかった。いくつか肩や腿をかすめ、微弱ながらも着実に俺の体にダメージを与えてきた。
さらにはそこに剣を携えたブラックコープスの近接攻撃が迫ってくる。
床から引き抜いた大理石の剣は、強度が強すぎるがあまりに迎撃には向かず、すぐさま粉々にはじけ飛んだ。
―――脆い剣だ。
「ロスト、これじゃあ分が悪い! 逃げろ!」
「ち、ちくしょう……ユース……ティ……」
喋るために顎を開けるのも辛かった。
そんなユースティンは、現われたときと同じように俯き加減で表情を隠している。
喜怒哀楽が読めない。
何を考えていやがるんだ……。
正義の大魔術師……街の光景だって見ただろう。
お前の正義は、その程度かよ……。
襲ってくる黒い騎士団は、その魔術師の配下のようだった。
城内にモンスターの姿が少なかったのは決して外へ出てしまったからじゃないんだ。ユースティンが自身の魔法の中に閉じ込め、それを好きなように召喚しているんだ。
この魔法はいわば"召喚魔法"か?
弓矢であれ、モンスターであれ、一度取り込んでしまったものを再度、時を超えて召喚させる魔法。こんな高等な魔術をユースティンがいつのまにか覚えていたなんて。
俺は、仕方なく前屈みに逃げ去った。
ブラックコープスとは反対方向、ユースティンの脇をのろのろと緩慢な動作で……。
その光景は至極、無様に映ったことだろう。
ユースティンはそんな俺をゆっくりと見送った。
そして逃げゆく俺の後ろを歩いて付いてくる。
俺の命を奪うつもりはないらしい。
「―――Schwerkraft」
重力魔法が重複する。
俺の動作はどんどんノロくなっていった。
身体が重すぎて動くのすら辛い。
だが逃げねば……このままじゃモンスターたちに蜂の巣にされる。
久しぶりに魔法に恐怖を感じた。
今まで、なまじ簡単に打ち消してしまえるから、時間制御で回避できてしまえるから、最近は魔法というものを舐めていた。だが、こんな魔法至上主義の世界。洗練された魔術師の技法というのは、近接特化型の戦士なんて意図も簡単に封じてしまえるんだ。
悔しいが、俺は無力だ。
基本五属性の魔法なんて子どものお遊びでしかなかった。
シュヴァルツシルトの専売特許――重力も転移も、敵に回れば強敵だったのだ。
…
それからもユースティンの攻撃は続いていた。
だが直接的な攻撃というよりも、俺のことをどこかへ追い立てているようだった。俺が別の通路へ行こうとすると、その通路の目の前にモンスターの大群を"リピート"再生させた。その度に俺はふらりふらりと別の通路を探して逃げ回った。
まるで俺を誘導している?
「……はぁ……はぁ………」
体力がもたない。
疲労が激しく、もう少し歩いたら床に這いつくばろうかというその時、ある扉の目の前にいることに気がついた。
とても大きな扉だ。
見上げるほどの大きなもの。
「ロスト、ここは……ボルカニック・ボルガの―――」
「え……? なんだって……?」
疲れて頭も働かない。
サラマンドは俺の肩に隠れているから呑気なもんだ。
俺はサラマンドの視線を追うようにその扉を眺めると、突如その巨大な扉は開け放たれた。
――――バタン!
扉の奥からの吹き出る風圧で目が開けられない。
「う……!」
「ようこそ、ロストくん――――Eröffnung」
その悪魔の声とともに、俺は地面へと吸い込まれるように、その穴へと落っこちた。転移魔法ポータルサイト……。地面に出現した転移魔法は俺を吸い込み、そして次の瞬間にはその台座の間へと吐き出した。
「うぇっ!」
硬い石床に吐き出され、体を打ちつける。
重力魔法も相俟って、俺の気力はもうぼろぼろだった。
「げほ……げほっ……!」
咽せ返る息を咳き込んで、身体の空気を入れ換えた。
それだけでも少しは気力が取り戻せそうな気がする。
何とか体を起こす――ゆっくりと、緩慢な動作で。
そして周囲を見渡した。
どうやらさっきの大きな扉の中に強制的にぶち込まれたようである。
部屋の中心には――あの死闘を繰り広げたセクシーなトカゲ美女の像があり、その下には例の台座があった。
火の賢者サラマンドの像。
つまりここは、ボルカニック・ボルガの台座の間だ。
「誘導ご苦労だった、ユウ」
その大きな台座の横に立つのは、アンファン・シュヴァルツシルト。
魔術ギルドの幹部。そして今回の事件の首謀。
彼は毅然とした態度で立ち尽くしていた。
背筋をピンと伸ばし、無表情だった。
濃紺の三白眼がこちらを睨んでいる。
「キミに死なれなくて良かったよ」
「アンファン……シュヴァルツシルト………」
俺の苛立ちの声に対して、アンファンは悪魔の笑みを浮かべた。
口元だけが歪み、目元は笑っていない。
その表情は、嘲笑でもなんでもない。
勝利を確信したときの悪魔の顔つきだ。
「ボルカニック・ボルガがないなら、また大陸を渡って奪いにいかなければならない。僕もそんな悠長なことをするほど暇じゃないんだ」
大陸を渡って奪いに……?
それはつまり、アルフレッドから奪い取るって事か?
「ソルテールに居るお仲間のところにあるんだろう? 本物のボルカニック・ボルガは」
間違いない。こいつはアルフレッドの所在を知っている。
そこにはリンジーも、そして無事に生まれたはずの子どももいるはずだ。
そしてこの状況。
アンファンの意図することはすぐ理解できた。
遠方にいる仲間を人質として扱っているんだ。俺がこの場でボルガの封印を解かなければ、その家族を襲うぞと、脅しているんだろう。
「それだけはさせない」
「良い心がけだ。では、早くここの封印を解いてみせろ」
横暴な暴君……。
その様は俺の父親のことを思い出す。
なんで父親って奴は、こうも傲慢で自分勝手なやつが多いんだ。
でも俺がここで従わなければ、アルフレッドやリンジーにまで迷惑がかかる。それだけは絶対にさせてたまるか。だったらアンファンに従って、リゾーマタ・ボルガ復活の手伝いをする……?
俺がここで従えば、遠くの仲間は助かるんだ。それだったら仲間を守るために、この悪党に手を貸すべきなのか……?
「するわけないだろ、バカがッ!」
否、そんな選択肢があるわけがない。
アルフレッドも、リンジーも、こんな状況だったら全力で抗う。リベルタ流を舐めるんじゃねぇ……一本筋を通してこそのリベルタ。俺がそんな力に屈するわけがないし、そもそもアルフレッドもリンジーもそんな選択をした俺に良い顔するわけがない。
―――街の人たちを助けろよ、ジャック。
アルフレッドだったら絶対にそう言う。
そして何よりもこの5年間、俺を支えてくれたシア、タウラス、アルバさん、賢者様たち、そして街のみんなは今、ここで苦しんでいるんだ。
「あんたは自分がやってる事が分かってんのか?! たくさんの街の人を見殺しにした! ギルドの目的を果たすためだか何だか知らないが、たくさんの人の思いを踏みにじったんだ!」
だが俺の罵倒は、この壮年の魔術師には虚勢に映ったようである。
一切表情を変えることなく、その魔術師は口を開いた。
「ほう。それがどうした?」
「―――――ッ!!」
俺の中の何かが弾けた。
このクソオヤジが……。
言って分からないなら、俺がこの場でこいつを裁く!




