Episode69 救出劇
毎晩、夢に見ている光景がある。
私の父と母の夢だ。
森に連れていかれ、その森の中のある村へと置いていかれる。
父と母は2人で森に入っていき、そのままいつまでも戻ってこない。
私が1人で泣いていると、見えない女の人に声をかけられた。
"しばらく1人で生きていく力が必要になるでしょう"
それは温かい声だった。
"貴方になら、私の力を少し分け与えてあげられます"
その声は私の頭に木霊して、やがて目が覚める。
いつからこの繰り返す夢は始まったんだろう。
気づけば私の腕輪には「空圧制御」という文字が浮かんでいた。
…
毎朝、起きてから私はある手紙を読んでいる。父が残してくれた手紙。いえ、これは手紙にも成りえないただのメモ書きでしかない。
一枚の紙切れに書かれた、ただの走り書き。
―――――――――――――――
シアへ
お父さんとお母さんは森の奥へ行きます。
遅くならないように帰るから、良い子で留守番しているんだぞ。
弓の手入れを忘れないように。
ロア・ランドール
―――――――――――――――
これだけのメッセージだ。私はこの数秒で読めるメモ書きを毎朝読み返している。
父と母の事を忘れないように。
そうして毎朝、まず弓の手入れから始めるのだ。
居間に立てかけてある大きなロングボウ。父の愛用していた弓。
私は両親がいなくなる前には、手入れや弓の技術を叩き込まれていた。だから手入れが家族の中での私の仕事だった。
フィールドワークで忙しい考古学者の両親は、あまり私へ構っている余力なんかなかったはずなのに、思い返せば思い出はたくさんある。
父から指導された弓打ちの練習。母から教えてもらった魔族言語。
それだけじゃない。父からは対人マナーの事、母からは女としてのおめかしの仕方なんかも教えてもらった。
……でも父と母は、死んでしまった。
その理由も、私はなんとなく気づいていた。当時の私を助けてくれたあの声の主は、私に"とある魔法"を掛けてくれた。その力で救われた。
―――1人でも生きていけるようになった。
でも、たまのクエストでルクール大森林での依頼があると、私はしょっちゅう森へ向かっていた。
もしかしたら父と母の手がかりが掴めるような気がして。
ある日、森のオーク討伐クエストに出かけたとき、海岸で彼と出会った。
見かけた瞬間、何かを感じた。
歳は同じくらいだとすぐわかった。ぼろぼろの姿は、私と似たような境遇を感じて仕方ない。似た者同士として……助けてあげたくなった。
その彼も、私が助ける必要ないくらいに変わった人物だったけれど。
朝の身支度を済ませ終わり、朝食を取っているときの事だ。
「すまない、ここはシアくんの家と聞いた。少し話をしてもいいか?」
朝から突然の来客。
気怠いけど、今のはユースティンさんのお父さんの声だ。まだちゃんと素性を知ったわけじゃないけど、砂漠や火山へは長い期間一緒に旅させてもらった間柄だ。居留守を使うほど薄情でもないつもりだ。私は固く錆びた扉を勢いづけて開けて、その人物を出迎えた。
「はーい」
「……あぁ、朝からすまない。キミは風の賢者シルフィードと知り合いだと聞いたのだが」
「そう、かもしれません………多分……?」
後ろを見ると、ユースティンさんも居た。
どうやらシルフィード様とのコネクションを教えたのは彼らしい。
「どうしたのでしょう」
「突然で本当にすまないが、今日、森のシルフィードのところまで案内してもらえないか?」
なんだか焦っているように感じる。
「シルフィード様のところへ何しに?」
「バイラ火山のサラマンドのときと同様だ。ボルガを我々が保護する」
またボルガの話。
そもそもその必要があるのか、私には疑問で仕方がない。でも今のアンファンさんの剣幕には、有無を言わさないオーラを纏っていた。
断ったら、まるで牙をむきそうな、そんな血相を浮かべている。
◆
俺は昼間から、マーケット通りの露店商を見て回った。
バイラ火山から帰ってきてからというもの、心なしか鍛冶品や魔道具に粗悪品が増えているような気がする。しかも高い。相場が上がっている。
その原因は分かっていた。
グノーメ様がいなくなったからだ。
グノーメ様は質の高い魔道具や良質な武具を適性な相場で売っていた。作り出すもの1つ1つの品質が高く、高級品店として店を構えていた。だからこそ、他の粗悪な鍛冶品が調子に乗らずに安めの相場に抑えられていたんだ。
その存在がいなくなった今、相場のバランスが崩壊しつつある。
例えば、ある鍛冶師が売ってるこのブロードソード。
こんなもの、B級品だ。
今までの相場で言えば、高くても1万ソリドくらいでいいだろう。
それが現在では4万ソリドくらいまで引き上げられている。
なんだか切ない。
「ジャーック!」
そして最近やたらと登場シーンの多いお嬢様はいつもの如く俺を付け回すのである。いや、むしろ俺を付け回すから登場シーンが多いと考えていい。
「今日も見つけたわよっ!」
「すっかり元気そうだな」
「ジャックのおかげで夜の物音もしなくなったからねっ」
黙っていればアイリーンも可愛い子なんだけどな。元気すぎて喧しいと思ってしまう。
「今日はダンジョンにいくのかしら? それとも狩り?」
「今日はー……」
やっぱりグノーメ様の事が気になるからそれどころじゃない。でも冒険者がそのどちらもやめてしまったら生計が立たなくなってしまうからな。
仕事放棄も大概にしとかないと……。
と、その刹那、マーケットの雑踏の奥からざわめきの声が届いた。行き交う冒険者たちが、何かを見つけてザワザワと騒いでいるようである。
俺とアイリーンはそのざわめきの方へと視線を移す。
そのざわめきの中心にいたのは、魔術ギルドの人間、聖堂騎士団の人間だった。
アンファンさん、ジョバンバッティスタ、リズの3人がいる。
何故かジーナさんとコリンの姿はない。
その後ろに、ユースティンとシアの姿もあった。
異様な組み合わせの5人だ。
街のざわめきは、どうやらカリスマ魔術師のアンファンさんと街の人気ショタ魔術師ユースティンの登場、そして青い髪の化け物シアの姿が目に留まって、注目を集めているようである。
俺とアイリーンはその集団に駆け寄った。
「おーい」
「あ、ロストさん、こんにちわなさい」
「こんにちわなさい、シア……ってどこか行くのか?」
別に疎外感を感じてるわけじゃないけど、冒険者仲間として知っておきたい。……うん、疎外感を感じてるわけじゃないぞ。決して仲間外れを感じたわけじゃない。
「そうですね。これから――――」
「これからルクール大森林へ向かう」
シアの間に割って入って、アンファンさんが答えた。濃紺色の三白眼が俺を睨んでいるように感じる。その彼はバイラ火山へ出向いたときとほぼ同じような装備で立っていた。
なぜこの人が俺たちの間に入るんだろう。
しかも武装も派手だ。
「何かあるんですか? また大所帯で……」
「……風の賢者シルフィードへの謁見だ」
躊躇いがちに、そのカリスマ魔術師は答えた。言い淀みに何か真意が隠されているような気がしてならない。だが表情は至って冷静だ。特に苦い顔をしているわけでもなく、無表情である。
……謁見? この人、前に賢者たちへの謁見に興味はないとか言ってなかったかな。
「そんなパーティーで、ですか?」
どう見ても最難関ダンジョン討伐部隊にしか見えない。謁見にいくだけにしてはちょっと大袈裟過ぎじゃないだろうか?
「あぁ、最近大森林ではオークが荒れ放題だと聞いているから。先日のバイラ火山のような事態にはならないよう、安全性を担保するためにね」
「………?」
理由はそれらしいが、でもルクール大森林程度だったらシアだってよく1人で練り歩いてる。武装も仰々しいし、ちょっと怪しいな。
アンファンさんだけじゃない。後ろに控えるリズベスも愛弓を携えたちゃんとした装備だ。その姿は、俺がリベルタ時代に憧れていた当時と変わってはいない。
「リズも?」
後ろのリズベスに話しかける。彼女にはいろいろと相談したい事があった。グノーメ様の行方を掴むために何をするべきなのかを。こないだ泊まっている宿も知ったところだし、思い出話もついでに、と思ってたところだったんだけどな。
「わ、私は最近欠勤気味だったから仕事しないといけなくて……ごめんなさいね、ジャック」
「………?」
ごめんなさいね?
なぜ謝られるんだろう。
手ぶらユースティンも黙ったままだし、大きな弓を背中に背負ったシアも黙ったまま。まぁこの2人はあまり雄弁に喋る方ではないからいつも通りなんだけど。
俺がいろんな人の反応に疑問を抱いている最中、隣に立つアイリーンは意気揚々と俺の左腕をがっちり抱きしめた。
「と、いうことはっ! 今日はわたしがジャックを独占していいってことよね?!」
「え、う……?!」
アイリーンが、その微妙な雰囲気の集団に高らかに問いかけた。
俺は思わずシアの顔色を窺った。彼女は怖ろしく冷たい顔で、俺の掴まれた左腕を睨んでいる。ジト目であることに変わりはないのだが、その表情には闇が潜んでいた。
「ふっふーん。悔しいのね、泥棒猫。今日一日はわたしのジャックよ!」
「………」
シアはその様子に対して、対抗心を燃やすわけでもなく、力を抜いて大人の態度を示した。
「1日くらいどうぞ」
その言われ様はなんだか複雑な気分だぞ。だが、それを聞いたアイリーンは勝ったとばかりにご満悦の表情を浮かべた。そんなあからさまな反応されても俺としても良い気分じゃない。
「え、おい……」
「では、いってきます」
「行きなさいっ! 帰ってくる頃にはもうジャックは貴方の事なんて眼中にないわっ」
「なんて事言うんだよ、アイリーン!!」
「ふーんっ」
俺とアイリーンの2人を残して、その5人一行はすれ違ってルクール大森林へと向かっていってしまった。シアの冷たい態度は俺としては気にしないわけにいかない。最近アイリーンに付きまとわれてろくに2人で出かけたりしてなかったからな。
好感度下がっている可能性も否定できない。
すれ違い様、ジョバンバッティスタが俺の方へとちらりと振り返った。
その大柄な金髪の男は、ふっと不敵な笑みを浮かべて去っていった。
右手に例の雷槍の柄が握り絞められていた。
それがバチバチと稲妻を纏っている。
マーケットの雑踏へと消えていく5人パーティー。
何故かジョバンバッティスタの右手の稲妻だけがやけに目に焼けついて離れなかった。
○
ジョバンバッティスタとは一戦交えた事がある。
楽園シアンズで足止めを食らったときの事だ。その雷槍がボルガ・シリーズの1つであったと知ったのは最近の事だが。
ケラウノス・ボルガか……。
結局、ティマイオスという精霊は天空に住んでいるという話だが、会おうというつもりは起こらなかった。他の4人にはもう全員顔を合わせた事になるから、その存在が気にならないわけじゃないけれど。
どんな賢者なんだろう。
ティマイオス様も他の賢者同様、変わった人物なんだろうか。
そもそも人なのか?
「ジャックっ! 今日は一日なにしようかしら?」
アイリーンは相変わらずこの調子だ。俺の考え事などお構いもなしだ。あの5人一行が森へと向かい、邪魔者がいないと考えているのかいつも以上に浮き浮きしている。
5人一行が森に……安全性の担保とはいえ、あそこまで火力を揃える必要があるのか?
しかも、ケラウノス・ボルガまで携えて。
待てよ、ケラウノス・ボルガは雷槍だ。
………雷?
グノーメ様の魔道具工房にも電撃による焦げ跡が、線を這うようについていた。犯人は電撃魔法が得意な者、と考えていた。
あくまで魔法の類だと。
でも、別に魔法じゃなくても電撃を起こすことは出来る。
ケラウノス・ボルガを使うとか。
しかもグノーメ様を付け狙う犯人は、ボルガ・シリーズを狙った"強盗"だと思っていた。でも、ボルガ・シリーズを狙っているのは強盗だけじゃない。
さっきの彼らもまた……。
「ねぇ、せっかく今日一日わたしと2人っきりなのに、楽しくないの?」
アンファンさんからは焦りも感じられた。リズですら反応が怪しかった。
―――風の賢者シルフィードとの謁見だ。
何故わざわざシルフィード様に会いに行く?
彼らはずっとボルガ・シリーズにしか眼中になかった。狙いはきっとエアリアル・ボルガのはずなんだ。ボルガ・シリーズが欲しい、という点では魔術ギルドの人たちも同じだ。
だからグノーメ様の所へ行かないはずがない。
その賢者がいない事を、魔術ギルドの人たちは気にもしてない様子だったじゃないか。そしてこないだのタワーロッジ。その高級宿を魔術ギルドが拠点として使っていた。さらにそのフロアから夜中に鳴り続ける物音……まるで下の宿泊客へ存在を知らせるような物音だった。
全てが繋がった気がする。
俺は気づいたと同時にタワーロッジへと走りだした。
「もしかして!」
「え? あ、ちょっと、ジャック―――!」
「アイリーンも来て!」
タワーロッジだ。
推理が間違ってなければ、やっぱりあそこにグノーメ様がいる。
○
アイリーンのスピードに合わせながら、タワーロッジに辿り着いた。
「な、なに、どうしたの、ジャック……」
「早くセキュリティカード出して! 部屋にいく!」
「え、部屋に?! ……いきなり?!」
「当たり前だろう!」
「え、そんな、わ、わたしも、まだそこまで準備が……!」
「早く!」
俺は焦る気持ちを抑えられなかった。
「わ、わかったわっ」
アイリーンは呼吸を乱したせいか顔面が真っ赤になってて苦しそうにしている。彼女が取り乱したようにカードで認証を通すと同時に、俺はアイリーンの手を引いて階段を駆け上がった。
「ま、待ってっ! わたしは嬉しいけど、でも、その……っ!」
「嬉しいって、今はそんな事言ってられないんだ!」
「え、でも、優しく……優しくして……っ!」
なんか会話が噛みあってない気がする。まぁそんな事構っている状況じゃない。俺は3階を通り過ぎて4階へと向かった。
「え、なんで4階なのよっ」
俺はアイリーンをその部屋の前まで連れてきた。
「はぁ……はぁ………ここってあの魔術ギルドたちの寝床じゃないかしら?」
「ここは開けられないのか?」
「ここはわたしのカードじゃ無理よ……3階じゃないと」
「そうか、分かった」
だったら破壊するしかない。だけど、もし推理が間違っていたら………いや、間違っててもいい。弁償ならいくらでもできるだろう。
金回りのいい人たち多いからな。
「アイリーン、離れてろ」
「え?!」
俺は右腕に力を込めて駆けだした。
爆裂音とともに、扉が一撃で破壊される。
「きゃあ!」
扉の瓦礫を蹴り散らかして、乱暴にその部屋へと侵入した。豪華な扉の残骸が、綺麗に装飾された部屋へと飛び散り、一気に汚してしまった。
爆裂音の後に静まり返る部屋。
そこに1つの声が俺の耳に入る。
「なんだ?!」
部屋に入ると同時に、ベッドで膝を組んで仰向けで寝ているコリンが視界に映った。
「コリン・ブリッグズ……!」
「お前、ロストじゃねぇか! 何してやがんだっ」
突然、俺が扉を壊して部屋に侵入したことに、コリンは狼狽しているようだ。だが俺の視界には、そんな事以上に、その異常な光景に驚愕した。
何してやがんだはこっちの台詞である。
その部屋には、グノーメ様とジーナさんがいた。
2人とも2つ並んだ椅子に縛りつけられている。
なぜジーナさんも?
「コリン、テメェ……!」
怒りに打ち震える。
いや、この怒りの矛先はコリンだけじゃないのは自分でもわかっている。
「よくここが分かったじゃねぇか。へへっ、褒めてやる」
コリンがベッドから降りて、いかにも悪党が吐き捨てそうなセリフを俺にぶちまけた。ちらりと2人の様子を確認する。
ジーナさんの方がだいぶぐったりしていた。殴られたような痣もあり、綺麗な頬に傷がついてしまっている。意識を失ったように俯いていて、俺たちの事に気づいていない。
グノーメ様は精霊としての余力なのか、俺を見て喜んだように口をもごもご動かしていた。しかし轡が嵌められていて声になっていない。それに、見た目ではグノーメ様の方が顔中が痣だらけでぼこぼこに腫れ上がり、見るに痛々しい。
拷問を受けた後?
―――外道が。しかも、その外道はコリンだけじゃない。アンファン・シュヴァルツシルト……なんでこんな事が平然と出来るんだ。
「くくっ、まぁ見られた以上は、仕方ねぇよなぁ……いつかのお返しといきますか」
「ジャック……」
背後からアイリーンの声。
心配そうな声をあげている。心配なんかいらない。せいぜい巻き添え食わないように気をつけてくれればいい。こんな奴、サラマンドに比べたら雲泥の差だ。
「俺の蛇蠕流に―――――」
刹那、俺はぶん殴っていた。
コリンの顔面を。
想像した以上のスピードで。
「ぶへぅ!!!」
派手な音とともにベッドの骨組みも吹っ飛んだ。
「まだ足りねぇよ……ッ!」
俺はさらにコリンの胴体を蹴り上げる。彼は自身の流派の構えに至る事なく、その意識を失ったようだ。その胴体を壁に打ち付けて床に倒れた。
一瞬だった。
怒りに任せて殺す勢いでやってしまった。
時間もむしろ止まったようだった。
だけど後悔なんてしてやらない。
俺はこいつの態度は気に入らないし、何よりグノーメ様もジーナさんもこんな風に縛り上げられているのを見て冷静でいられるほど冷めた人間でもない。
「アイリーン、手伝って!」
「う、うん……!」
俺とアイリーンは2人でグノーメ様とジーナさんの拘束を解いて、轡も外してあげた。
「あぁーー……久しぶりに希望ってやつを垣間見たぜ……」
さすが精霊様。幼女の外見にそぐわず、まだ喋れる余裕はあるみたいだ。
ジーナさんはやっぱり意識を失っていた。アイリーンにはジーナさんの介抱をお願いし、あとダヴィさんとリオナさんの応援も頼んでもらう予定だ。
いずれ、このフロアはセキュリティを壊した事で騒ぎになるだろう。
「一体なにをされたんですか?」
「……何されたって……そうだ、今は事情話してる場合じゃねぇ! あたしと一緒にきやがれ!」
グノーメ様の声を久しぶりに聞いたけど、元気そうで少しだけ安心した。
「魔術ギルドの連中ですか? やはりボルガが狙いで?」
「ボルガとかそんなレベルの話じゃねぇよ! この街が消えるぞ!」
え……この街が、消える……?
いきなり規模が大きすぎてついていけない。
「いいからアイツらを止めにいくぞ!」
「は、はい!」
俺はグノーメ様が元気そうに走り出すのを後ろから追いかけた。その背後ではアイリーンが文句を垂れているようだが、事態も事態のために振り返る余裕はない。そういえばグノーメ様、どれくらいあの部屋に監禁されてたんだろう。俺たちがバイラ火山に言っている最中に捕まったとして、どんなに短くても1ヶ月くらいは監禁生活だったんじゃ……。
よく元気に走り回れるな。
タワーロッジを抜け出るとき、あまりの騒々しさから宿スタッフに止められそうになったが、なんとか振り切った。今、グノーメ様の魔道具工房へと向かって街中を駆け抜けている最中だ。
彼女は走りながら俺に事情を少しだけ話してくれた。
まずジーナさんが捕まっていた理由だが、単純にグノーメ様を助けようとしたかららしい。ジーナさんは彼女なりの正義を貫いてあんな目にあったんだろう……。ならば、その元凶にあたるあの魔術師を赦すわけにはいかない。
そして魔術ギルド連中の狙いは、明言しているような各ボルガ・シリーズの保護でもなんでもない。その5つを揃えることで迷宮の封印を解き、リゾーマタ・ボルガを入手することだ。
リゾーマタ・ボルガは神秘の力の根源だ。
詳細は一切不明。文献にも記録がない。
古代の大魔術師エンペドが神との契約で造り出した兵器って事だけが分かっているが、実際に武器なのか、魔道具の類なのか、知る人間はいない。
もはや逸話といっても過言ではないが、その"神秘の力"を知っている数少ない存在がここにもいる。
「グノーメ様! リゾーマタ・ボルガとは一体なんなんですか? 封印を解くことで何が?」
「あれは兵器なんてもんじゃない。説明は難しいが、言っちまえば、この世界そのものだ!」
世界そのもの。規模が大きすぎて意味が分からないぞ。
「迷宮の封印を解いちまえばエンペドが蘇る! リゾーマタと共にエンペドも封印されてんだ!」
そしてまさかの"恐怖の大魔王"復活の危機。絵本で描かれた悪の権化は、実は身近に存在しているのだった。魔術ギルドはきっと深刻に考えてはいない。ボルガの存在の是非、そして知的好奇心で入手しようとしているだけなんだろう。
俺はそんな事に手を貸していたのか。
やっぱり無知は罪だ。