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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第2幕 第4場 ―迷宮の夜明け―
80/322

Episode67 幼女誘拐事件


 自分が何者で、どこへ向かうのか。

 俺はこの3年ほど、思春期を迎えた子どもなりに将来を悩んでいた。

 その悩みは俺にとっては特に大きなものだったと思う。

 本来であれば、友達と切磋琢磨して過ごすはずの時間を、異常な能力、異常な強さのせいで奪われてしまっている。

 ……贅沢な悩みに聞こえるかもしれない。

 でも、同世代の子たちが楽しそうにマナグラムを自慢し合っている中、俺にはそこに加わる権利は無かった。その度、疎外感や孤独感が襲った。

 冒険者生活でいろんな友達や仲間は増えていったけれど、そこだけはどこか違ったのだ。

 さらに俺には記憶がなかった。

 自分の出生が分からず、持ち得た異常能力の意味、その過程が一切不明だったから、何をすればいいのか分からなかった。



 "――――ところであなた、骨付き肉は食べる?"


 だけど、思い出した。

 女神の言葉を思い出した。

 ケア・トゥル・デ・ダウ。

 俺をこんな体にした張本人だ。

 大魔術師エンペドのような分かりやすい恐怖の大魔法がいないこの時代で、俺に与えられた能力の意味は"狂った歯車の調整"だと聞いている。

 ケアの言う"歯車"とは世界のバランスの事を言いたいのだろう。

 狂った歯車……。


 メドナさんの事を思い出す。

 彼女は俺に、平和の楽器を教えてくれた人だった。その一方でメドナさんは黒い魔女だった。

 戦争で利用されるために作られた兵器、という意味では俺とその在り方は似ていた。その在り方の果てに戦いのない平和な世界を願った。

 彼女にとって、戦士を目指す俺の存在は認めたくなかったんだろう。きっと俺を引き留めようとしてくれたんだ。だけど、サン・アモレナ大聖堂の戦いの果てに俺がこの手で殺してしまった。

 この手でその胸を突き刺した……。

 後悔している。

 演奏楽団のやり口は気に入らなかったけれど、彼女たちが絶対悪だったかと問われれば、首を縦にも横にも触れないのが本音だ。


 "――――運命に偶然はない。あなたの決断は、すべて正解になるの"


 ケアが俺を放置している理由も、今の状況にあるのだろうか?

 この迷宮都市で過ごした3年間にも必然的な理由があるとでも?


「ロストさん?」

「………」

「ジャックネスさん?」

「………」

「えーと、ジャックネス・アブティニティニストさん?」


 はっとなる。

 隣にはシアが並んで歩いていた。俺たちはバイラ火山での戦いを終えて、またアザリーグラードへと引き返している最中だった。

 ニヒロ砂漠を歩き続ける、砂漠の旅だ。


「いや、ロストでいいよ」

「改名のせいで、ロストさんではもう反応してもらえないかと思いました」

「というか、それもう誰も覚えてないだろっ!」


 なんだよ、ティニティニストって……。

 確かそんな名前じゃなかったと思う。


「ぼーっとされてたので。大丈夫ですか?」

「あ、あぁ……」


 シアは記憶が戻ってからの俺のことを特に気にしていた。さっきみたいに考え事してぼーっとしている事が多いから、シアも俺が別人になってしまったようで心配なのかもしれない。この子も戸惑ってるんだろうが、特に俺の昔のことを聞いてくる様子はない。


「大丈夫! 俺は俺だ」


 とりあえず快活に返事をしてみる。

 安心させてあげないと。

 シアと2人っきりでやりとりしてると必ず割って入ってくるお嬢様がいるのだが、そのお嬢様も砂漠の往復で完全にダウン。今は荷馬車の荷と化して横になっている。


「人間ってのは弱いくせに強欲なところが憎らしいぜ。個々では魔物の足元にも及ばねえくせによ。山で俺に反抗してきた人狼ぐらいに烏滸(おこ)がましい。……あぁ、あいつらもヒトって名前を冠してやがったか」


 ダウンしたアイリーンの姿を見て、火の賢者サラマンドはベラベラと皮肉や批判を吐きつける。小さい赤いトカゲがそんな事言っている姿を見ると、お前のが生意気だよと言い返してやりたくなってくる。



     ○



 往路と同じくらいの期間をかけて、ようやく迷宮都市に帰ってきた。

 往復で約半年。

 今までの経験で一番の長旅だった。

 タウラスやアルバさん、しばらく見てないけど元気にしてるかな。

 あとグノーメ様も……まぁあの人には会いに行っても「こないだ会ったばかりだろ!」とか吠えられるから挨拶は後回しでいいか。

 2,3ヶ月じゃ"さっき"扱いだからな、あの幼女。

 半年程度じゃ"昨日会ったばかりだろ!"とか吠えられそう。


「ロストくん、本当に今回はいろいろとありがとう。きっと疲れているだろうし、積もる話はまたあらためて聞かせてほしい」

「俺もおかげで記憶が戻ったので、お互い様ですよ」

「あと、キミが作り出したボルカニック・ボルガのことも今度実演して見せてくれないか?」

「別にいいですよ。あのときは"火事場"で馬鹿力が出ただけかもしれないですけど」


 アンファンさん、ジーナさんの魔術ギルド組とは、迷宮都市の入り口で別れることになった。

 やっぱり必要以上にボルガへ拘ってる気がする。

 アンファンさんは紳士だったが、大人独特の厭らしさみたいなものを感じるときもあった。例えばそれどころじゃないってときにボルガの話に誘導したり、今はそれよりもメンバーの回復をって時に敵の殲滅に回ったりだ。

 きっと総合して考えたらアンファンさんの選択は正しいって後から気づくんだが、冷静の域を超えて人情の欠いた人って印象だ。社交的に見えて、その内面はかなり冷酷で計算高い、そんな印象を受けた。

 俺が直感スキルが高くて感受性豊かな子どもだからだろうか。


「ロストさん、あなたと旅が出来て良かった。これからの健闘もお祈りしてます」


 ジーナさんとも別れ際に握手した。

 この美人さんはどっちかというと人情タイプだと思う。



     ◆



 "偽ボルカニック・ボルガ"か。

 ロストくんの心象抽出のスキルは、もはやスキルの域を超えた物のように思う。知人の心象抽出スキル持ちに、一度その芸当を見せてもらったことがある。だが、イメージした物体を精密に拈出することは出来ても、そこに本来の性能や能力を持たせる事は出来ないのがこの能力のネックな所だ。

 ただの抜け殻の物質を作り出すだけの、くだらない細工スキルである。


 だが、ロストくんの作り上げたボルガには、本来のボルガの能力も有していた。彼には女神の加護以外にも、また別の力が備わっているような気がしてならない。

 その潜在能力の測り知れないところは、僕がライバルに思っていたイザイア・オルドリッジに酷似している。まるで彼が幼くなってそのまま現われたような印象だ。こっちでの仕事が終わったら、またイザイアの所へ会いに行きたいところだ。


「ロストさんは能力だけじゃなく、精神も立派な少年でしたね」

「うむ、魔術ギルド本部の立場からも興味深い。血の一滴でもサンプルとして頂きたいと僕も思っている」

「アンファン、またそんな事を……」


 ジーナとともに潜伏先として使っている宿へ戻ってきた。セキュリティも万全の、貴族旅行者向けの宿だ。しかし、部屋へ戻ってきたときには予定外の事が起きていた。

 部屋の中央には宿に備え付けの調度品として、座り心地のいい椅子が置かれていた。その品のいい椅子には似合わない汚らしいロープが括りつけられている。用途から言って、もちろん縛り上げることを目的としているのだ。縛っている対象はこの街に住みついて、賢者にしては珍しく土着生活をしているという精霊だ。

 土の賢者グノーメ。

 幼い姿をした神聖な存在が、部屋の椅子にロープで縛られているのだ。

 その光景に、僕は我が目を疑った。

 疑ったのは僕だけではなく、ジーナも同じらしい。


「なぜ土の賢者グノーメがここに?!」


 グノーメも我々の存在に気がついたようで、ぼろぼろになって汚れた顔をこちらに向けた。まだ威勢を張る体力は残っているみたいだ。怒りと不満を精一杯浮かべながら何か吠えている。


「――――っ! ―――っ!」


 だが顎が開かず、うまく発声できないようだ。目元や額には殴られた傷のようなものがいくつも見受けられて痛々しい。


「なんて非人道的な……! 今助けます」


 ジーナがグノーメへと駆け寄り、椅子の前で姿勢を下げた。ロープや轡を外してやろうというつもりらしい。


「待て、ジーナ」

「え?! アンファン、なぜですか?」


 ジーナは目を見開き、驚きの声をあげてこちらに振り返った。やかましくも、なぜ引き留めるのかと問うている。若さとはたまに目的を忘れてしまうものらしい。


「グノーメからはアーセナル・ボルガを拝借する予定だった」

「だから何だというのですか!? こんな状況見て放っておくことなどできません。解放して事情を聴きましょう!」

「解放してどうなる。この有様を見て考えられるのは、おそらくコリンの仕業だろう。彼なりに善処した上でのこの結果ならば、手段としては間違いではない」

「なぜ、そのような事を……」

「コリンから事情を聞くべきだろう。僕たちはチームなんだからな」


 冷静に、確実に。

 情に流されて目的を見失ってはいけない。

 僕たちの狙いは、世界を作り変える"神の兵器リゾーマタ・ボルガ"だ。

 その封印を解くためにはすべてのボルガが必要だ。

 揃った手駒は4つ。

 雷槍ケラウノス、氷杖アクアラム、土像アーセナル。

 そして火剣ボルカニックの贋作か。

 

 あと残る一つは、エアリアル・ボルガ。

 風の賢者シルフィードか。あの頑固者にはずっと前から魔術ギルドから職員を派遣しているが、なかなか手が打てていない。

 今回はどうやって動かすか……。

 土の賢者グノーメを捕らえてしまった以上、事は性急に進めた方がいいかもしれない。

 なに、あとは一つだけなのだ。

 もはや強襲の末の強奪も一つの手だろう。



     ◆



 アザリーグラードへ戻ってから数日経ったある日の事。

 冒険者ギルドの受付前でタウラスやアルバさんに久しぶりに再会した。

 立ち話で会話が進む。


「お、ロストじゃねぇか……ってお前、すげーデカくなってねえ?」

「ん? そうかな」


 確かに最近目線がけっこうあがった気がする。タウラスとも知り合った頃は見上げるように会話していたけど、今はほぼ同じ高さだ。


「しばらく見ねえとすぐ成長しちまうんだからなぁ」

「タウラスは見ないうちに、雰囲気落ち着いちゃった気がする」

「落ち着い………まぁ俺も落ち着いたんだよ、実は」


 そう言いながらアルバさんの肩に手を回すタウラス。

 本来だったらここで背負い投げか筋肉パンチでタウラスを葬るはずのアルバさんが、それを満更でもない感じで受ける。硬い表情だが、緊張の面持ちでタウラスを受け入れるアルバさん。

 なんか、アルバさんが女らしくなってる気がする。

 

「え?!」

「え……ってなんだよ」

「まじかよ。あのタウラスとアルバさんが……?」


 やりとりを見ていてお似合いだとは思っていたが。


「タウラスには私が必要なんだ。だから受け入れてやることにする」

「す、すげぇ……」


 アタックをかけ続ければいつかは報われるのか。

 まぁ良い歳した2人なんだ。付き合うとか、そういう関係になっても不思議じゃなかった。むしろそれぞれ変な輩と一緒にならずに俺としては良かったなと思う。 

 そういえばアルフレッドとリンジーは元気だろうか。

 リンジーも無事に赤ちゃん産んでいれば、今頃3歳くらいか……?

 戻ってきたら名前つけてね、なんて約束をしていた気もするけど、完全に忘れていた。


「そういえばよ、ロスト。最近グノーメ様見たか?」

「グノーメ様?」


 タウラスがなんでグノーメ様の事を気にしてるんだろう?

 俺の怪訝な視線に対して、アルバさんが変わりに答えてくれた。


「うむ、どうにも私がせっかく高い金をかき集めてようやく1500万ソリド溜めたというのに、あの若造がしばらく店を開いていないというのだ」


 そういえばそんな事あったな。

 1500万ソリドって、確か"退魔シールド"だったっけ。アルバさん、そんな大金稼げるなんてさすが超幸運の星のもとに生まれた人だ。


「私はあれを手に入れるためだけにこの1年もの間、平凡な装備で過ごして苦汁を舐めてきたというのに……っ! あの小娘、許さん……っ!」

「被害妄想じゃないかよそれ」


 グノーメ様は小娘じゃないし。

 やっぱりアルバさんは装備から最強を主張していたい体質らしい。



     ○



 俺は気になってグノーメ様のもとへ挨拶に行くことにした。普段、会おうとも思ってないのによく会える人ってのは挨拶とかも忘れがちになっちゃうからな。文句言われるの覚悟でとりあえず顔見せするだけでもいいか。

 インシグニア・アームズの調整もしてほしいところだし。

 そうして俺はその魔道具工房へと至る路地裏へと入っていった。

 ここは本当に人目に付かない。

 引き籠り気質のグノーメ様には持ってこいの立地条件。

 その路地裏の角を曲がって魔道具工房の入り口に着いたとき、俺は異常な光景に思わず思考が停止した。

 ―――魔道具工房の入口がバラバラに破壊されている。


 というか、そもそも入口だったのかここは、というくらいに建物が崩壊していた。爆発でもしたかのように、壁も粉々になっている。

 何か事件があったのは言うまでもない。それはグノーメ様が実験に失敗して怪しい兵器を作ってしまったからなのか?

 それとも強盗?

 普通に考えたら前者の確率が高いが、俺の直感が警笛を鳴らす。

 俺は慎重にその大穴が空いた入口から工房へと入っていった。



     …



 工房は静け返っている。遠くから聴こえる昼間の街の喧騒もはっきり聴けてしまうくらい静寂だ。

 グノーメ様がいる雰囲気もない。

 中は、外見から見る以上に崩壊していた。

 ガラクタとして詰まれていたグノーメ様の失敗作魔道具の数々も無残に散らばっていて、図面の紙の数々もびりびりに敗れて散らばっている。

 争ったような形跡も見受けられる。

 なんてったってグノーメ様のお気に入りのレールガンやロケットパンチも破壊されているのだ。これがただの実験失敗の現場ではないということは、彼女の性格から考えても自明の理だった。


「何があったんだ……」


 一人なのに思わず声に出して呟いてしまった。とにかく俺がニヒロ砂漠、バイラ火山へと旅している間に何かあったのは間違いがない。

 そして気になるのはグノーメ様自身の安否だ。

 ただの強盗の仕業とは思えない。精霊様とこんなに互角に張り合えるような相手というのは限られている。俺だってサラマンドとの戦いに死を覚悟したんだ。

 ただの冒険者の仕業ではないに決まっている。


 どうすればいい。

 グノーメ様が俺の仲間と云うには傲慢だが、武器顧問として親しい間柄だった。俺に戦士としての在り方も説教してくれた。思えば、グノーメ様はあの時から俺の在り方に気づいていたんだ。女神ケアによってただの兵器として改造された俺に、自分の意志を持てと教えてくれた。

 ……生きているとは思うけれど、探しに行こう。

 あと、こういうとき1人で突っ走っちゃダメだ。


 俺はそんなに状況を俯瞰するのが得意じゃない。

 頭脳派のやつらに相談した方がいい。

 シアとユースティンだ。

 あいつらに意見を聞きにいこう。



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