Episode7 赤と白の戦士
そしてその日はやってきた。
リンジーのパーティーメンバーが帰ってくる日だ。お出迎えも兼ねてリンジーと二人、庭で日向ぼっこをしながらまったり過ごしていた。
昨晩、事前に教えてもらったパーティの情報を思い返す。
パーティの名前は"シュヴァリエ・ド・リベルタ"と言うらしい。
冒険で自由を求める戦士たちという意味で命名したそうだ。
リーダーの名がアルフレッド。
剣士として近接戦闘員を担っている。
髪から服装まで全身赤一色で、遠くからでも目立つ存在だそうだ。そのイメージ通り、炎魔法が得意で、剣術に時折、炎魔法も織り交ぜて戦う人物だという。粗暴な人物で細かい事は気にしないそうだが、決断力があって、リーダーに相応しい人物だとか。
同じく剣士のトリスタンはアルフレッドと対象的で無口だが、紳士的だとのこと。雷属性の魔法が得意で戦いには電撃をうまく使って戦っているらしい。
そしてリンジーと同じく後衛の魔術師のドウェインは冷静沈着な人物で、チームの作戦立案役。リンジーよりも闇魔法や光魔法を得意としている。メンバーの揉め事の仲裁役にも回る人物だそうだ。
遠距離サポーターでもある弓師のリズベスは、明るく何事にも前向きな女性だが、その性格もあってかアルフレッドと意見の食い違いで喧嘩が絶えないらしい。
バランスが取れたパーティーだ。
メンバーの得意分野、性格的な長所短所も含めて。
リンジー曰く、みんな幼なじみで腐れ縁から結成されたらしいが、相性がいいからこそ結成されたのかな。
そんな情報を前日の夜に教えてもらったこともあって、いつもよりなかなか寝付けなかった。
緊張の面持ちで彼らの帰還を待つ。
対するリンジーは少しうたた寝状態。
日光に晒されながら瞼を落とすリンジーは、綺麗な顔立ちからかどこか神々しさを纏っていた。
「リンジー! リンジー!」
「ん……なに?」
「パーティーの人たちは俺のこと認めてくれるかな?」
「さぁね~。ジャック次第じゃない?」
眠いのか、無責任な感じで適当な返事だ。
でもリンジーも俺のことをどうでもいいと思っているわけじゃない。
わざわざバーウィッチの商店街まで嫌がる俺を連れ出して、俺の身だしなみを整えるために服も買ってくれた。
少しでも冒険者然として、他のメンバーからも受け入れてもらえるように、と。
リンジーは言動の節々にお節介な性格が滲み出てる。
それが魅力なとこだ。
…
少し日も暮れ、見渡す草原がオレンジ色に彩り始めて、風も強くなってきた。
シュヴァリエ・ド・リベルタの面々の帰りが遅い。
今日一日ひなたぼっこで終わってしまった。
そんな時だ。
「――――あ、帰ってきた!」
「え? どこどこ」
「ほら、あの赤いの見えるでしょ」
町の方から野道を歩いてこっちに向かって歩いてくる人影が4人いた。確かにその中心人物は服装も赤ければ髪も赤色に燃え上がっているようだった。
ちょうど夕焼けが保護色となって姿を捉えにくい。だがその出で立ちたるや、勇ましい雰囲気を醸し出して存在感があった。
「みんなー! お帰りー!」
リンジーが大声で呼びかけて大きく手を振った。
それに呼応するように何人かが手をゆっくりと振り返す。
「よお、リンジー!」
背中に重たそうな刀剣を背負った赤い戦士、この人がアルフレッドさんだ。リーダーというよりもチームのムードメーカーのような存在に見えた。
彼が明るく返事をする。
「アルフィ、お帰りなさい。みんなも無事で何よりだよ!」
「私たちが手こずるわけないでしょ。ただのオーガ狩りなのよ」
そこに口を挟んだのは背中に2つも矢筒を背負った黒髪を短く切り揃えた女性だった。リズベスさんだろう。
きりっとした眼光は鋭く真っ直ぐ前を捉え、まだ狩りでもするつもりなのかと言わんばかりの気迫があった。ちなみに"ただのオーガ狩り"と言っていたが、オーガは知能こそ低いものの相当危険な魔族だと聞いている。
その2人に続いて歩いてくる2人の男性。
腰に剣を携えた白い騎士然とした感じがおそらくトリスタンさん。
茶色い革のベストを着て冒険者というより学者然とした雰囲気を醸し出す人物がドウェインさんだろう。
どちらの人物も口数は少ないが、白い騎士は表情が固く、革のベストの学者は表情は柔らかかった。
4人はリンジーとの再会を喜ぶようにその場でオーガ狩りの成果や戦利品について語り合っていた。幼馴染というのは間違いないようで、本当に和気藹々としていた。
リンジーの傍で茫然としている俺は身長やら存在感やら、ありとあらゆるものが足りていないのか、完全に空気と化していた。
しかし中心人物が俺にふと気づき、怪訝な目を向けた。
「ん? リンジー、なんだそのチビは」
「あぁ、この子はジャック」
「ジャック……?」
アルフレッドさんは俺を値踏みするようにジロジロと上から眺めはじめた。身長が高いから、リンジーの胸くらいまである俺の身長も、アルフレッドさんの前では腰ぐらいの背丈でしかなかった。
そして怪訝な目線をそのままに口を開いた。
「新しいペットか?」
「そう。道端で拾ってきたの」
「そうか。リンジーは餌付けが得意だからなぁ。困ったもんだ」
「えぇ! 待ってくれよ! 俺はペットじゃないよ」
「この犬、喋ったぞ……!」
「犬に見えるのかよ! ……ちょっと、リンジー!」
リンジーの腰にしがみ付いて、懇願の眼差しを向ける。
「冗談はさておき」
リンジーが咳払いをして場の雰囲気を変えようと試みる。
「リベルタのメンバー増員の件、この子をスカウトしようと思って」
落ち着いた口調でリンジーが説明した。
その言葉に全員が唖然とする。しかしリンジーは気にせず続けた。
「バーウィッチで雨の中死にかけてたところを拾ってきたの。本人曰く、孤児らしいから境遇としては悪くないでしょ。ね?」
「はい……!」
リンジーが目配せして合図してきたので、元気よく返事をした。それに一番最初に答えたのは中心人物であるリーダーだった。
「リンジー」
「なに?」
「俺は確かにガキが良いと言った。自分でも覚えているし、今でもそう思ってるよ」
「だったら」
「―――だが俺が言ったのは、鍛えがいのあるガキが良いと言ったんだ」
アルフレッドさんは少し怖い口調で最後の言葉を強調した。
俺の頭の中では不採用の3文字が浮かび上がり、俺の淡くも儚い希望が脆く崩れ去る音を感じていた。
そりゃそうだ。
それに対してリンジーが強気に反論する。
「鍛えがいがあるかどうかはまだ分からないでしょ」
「いや、分かる。こいつには何のオーラも感じられない」
続け様に酷い言われようだった。
「期待できない」
「まだ10歳の男の子だし、これからいくらでも鍛えれば―――」
「もうマナグラムで見たんだろ? 俺の目測じゃあ、こいつの実力は並以下だ。どうだ?」
「……そ、それは」
リンジーももはや弁論の余地がない。
俺の能力は並以下に加えて魔力ゼロ。
どんなプロのセールスマンでもこの人材を売り込むのはさすがに無理だと、自分でも理解していた。
しかしリンジーは最後には同情を誘ってきていた。
「少しは様子を見てあげてもいいんじゃない? お試しでも―――」
「リンジー!」
「……!」
「この家は託児所じゃねえんだ。ガキ拾ってくれば全員を面倒見るわけじゃねえ」
ついには喧嘩寸前かとも思える雰囲気となっていた。アルフレッドさんはそう言い残すと、リンジーと俺を振り切って玄関に向かって歩き始めた。
アルフレッドさんは事前に紹介を受けていた印象とは丸っきり違う。リーダーが一番受け入れてくれそうだとリンジーは言っていたが……。
でもそこで「話が違うじゃないか」と駄々こねるつもりは毛頭ない。
当然のことなんだ。
きっとアルフレッドさんは今、無理に厳しく当たっているに違いない、と俺の直感スキルが告げている。これはリーダーとしてパーティーの将来を見据えた当然の回答だ。
リンジーも狼狽えていた。リーダーの意向も全くその通りだと思いながらも、俺という子どもを見過ごせない。
そんな感情の板挟みを受けているかのようだ。
「……ほ、他のみんなは? どう思うかな?」
諦めることなく、リンジーは周辺のメンバーにも声をかけてくれた。
もうそこまでしてもらうのも悪い。
俺のせいで周囲が険悪になるくらいなら俺はこの場から消えるよ。
「リンジー、私も今回ばかりはリーダーの意見に賛成ね。最初から子どもは反対だったし、もっとベテランの人じゃないと」
リズベスさんはそう言って俺にちょっと申し訳なさそうに目配せしてからアルフレッドさんの後を追っかけた。
「僕も、どっちかというと、ね。リンジーの頼みでも、今回は」
そこにドウェインさんが続いた。もはやリーダーの独断というわけでもなく、反対多数で棄却だ。
「ちょっといいか?」
そこでだんまりを決めていたトリスタンさんが突然口を開いて、声を張り上げた。
「俺はこの子を迎え入れてもいいと思う」
「トリスタン!」
リンジーが歓喜の声を上げる。一番無関心な様子で、俺からしたらちょっと怖いな、とも思っていた人物が賛成側に回ってくれた。
完全に第一印象で考えてました。
ごめんなさいトリスタンさん。
「なに?」
その言葉が耳に届いたのか、玄関扉に既に手をかけていたアルフレッドさんが気に入らなさそうに振り返った。
そして早歩きでまた戻ってきた。
「おい、トリスタン、それは一体どういうことだよ」
「だから、俺はこの子をリベルタに加えてもいいと思う」
「なんでだよ!」
「ここで決断するにはまだ早い」
「だから! 俺は! コイツに! 期待していない!」
アルフレッドさんは凄い剣幕でトリスタンさんに詰め寄って真っ向から反発していた。しかしその勢いに気圧されることなく、トリスタンさんは平然としている。
「フレッド、昔からのお前の悪い癖だ。決断が早すぎる余りに判断を見誤る」
「判断を見誤るだぁ? じゃあお前はこんなひ弱そうなガキが俺らとやっていけると思ってんのか!」
「さて、それは分からない」
「分からないだと!?」
「あぁ」
「もう何なんだよ! お前にしては珍しく意見してきたと思ったら、その理由が"わからない"だと?」
トリスタンさんは平然かつ無表情に立ち尽くしていた。
苛立ちを隠せない赤い騎士と涼しい顔した白い騎士が、夕焼けの庭で対峙していた。
2人はしばらく睨み合っていた。
今にも決闘でも始まってしまうんじゃないかとも思えるほど、切迫した雰囲気だった。
「………よし、わかった。俺も冷静になろう」
そこでアルフレッドさんが折れた。リーダーとしての立場が我を押しとどめたのだろう。
それでこそリーダー。
感情的なだけではやっていけないということだ。
「俺も旅から帰ってきたばかりで疲れているし、やることもある。……だから、3日だけやる」
そういってアルフレッドさんは3本指を立ててきた。
「3日後の昼に俺がこいつの腕前を見てやる」
「アルフィ!」
リンジーが分かってくれたんだね、と言わんばかりにアルフレッドさんに駆け寄った。
「……ただし! 条件がある。俺がそのとき納得すれば、だ。でなければこのガキには出てってもらう」
「アルフィ、ありがとう!」
そしてリンジーがアルフレッドさんに抱きついた。
心なしか頬を赤らめているようだ。
子どもながらにちょっと嫉妬する。
でも俺はただの居候でしかない。
この人たちの昔からの結束にはどんなに背伸びしても適わないんだろう。
俺にもいつかそんな存在ができるのだろうか……?
「おい、ガキ! 返事は!?」
「……は、はい!」
相変わらず、アルフレッドさんからの呼び名は「ガキ」だった。
そしてこの俺、ジャックこと、"ガキ"はなんとかリベルタの人たちに一歩近づいたのである。
…
さすがにその日の晩御飯はリンジーの部屋で食べた。リンジーには謝られたが、むしろ俺が謝る方だ。
俺のせいで、ちょっとパーティーの空気を悪くした。俺が部屋に閉じこもることで、その空気が少しでも緩和するなら喜んで引きこもろう。
部屋越しにリベルタの人たちの話し声が聞こえてきた。
旅の土産話に花を咲かせていて、楽しそうだった。この感じ、オルドリッジの屋敷で過ごしていた時の感覚に似ている。
それゆえに慣れっこだった。
ちょっと関係性に亀裂が入ったかと心配していたが、まったく問題なさそうだった。
それもそうだ。俺なんかが現れるずっと前からあの5人は一緒だったんだ。お互いの信頼関係はちょっとやそっとじゃ崩れるものではないか。
―――そして団らんの時間も終わったのか、家の中が少し静かになり、各々が個室に戻っていく物音が聞こえた。
俺はトリスタンさんの部屋に訪れようと思っていた。あらかじめリンジーから部屋の間取りや各部屋の割り当てについては聞いている。
だいたい2階が各々の部屋だが、ドウェインさんだけ1階に部屋があるらしい。
トリスタンさんの部屋をノックする。特に返事もなく、いきなり扉が開く。
「お前か」
「あ、その、さっきのお礼を、言おうと思って……」
「入れ」
そして部屋に通された。
綺麗に整理整頓されて、趣味らしいものも置いてない。
無味乾燥としていた。まぁ新居として住み始めて間もないなら、こんなもんか。
トリスタンさんは自身の部屋だというのに寛ぐ様子もなく、立ったままだった。
彼は端正な顔立ちで、この町の女性が放っておかないんじゃないかと思うくらい美男子だ。だがその反面、無表情で何を考えているか分からず、少し怖いな、という印象を感じてしまう。
「ジャック、と言うんだったな」
「はい。さっきはありがとうございました」
「いや、いいんだ」
「トリスタンさんは優しい人なんですね」
「そうでもない」
「………」
「………」
会話が続かない。本当に無口な人なんだな。
「あの、なんで俺なんかを―――」
「そこは気にしないでいい」
話題も封じられる始末。なんかすごく居心地が悪いな。もう俺帰った方がいいのかな?
「ジャック、お前はまだ子どもだ。あまり背伸びをしなくていい」
俺の気持ちを察したのか、トリスタンさんから会話を始めた。
「いや、その………。とにかく3日後、頑張ります」
「フレッドも今日は疲れていたところで、面食らっただけだろう。3日後にお前を出ていかせるなんて事はしないはずだ」
「え? そうなんですか?」
「あぁ、だから安心しろ」
口調はとても冷たかったが、言葉一つ一つは温かい人だった。
リンジーと同じ環境で育ったというのも頷ける。しかし、俺はここにただ居座りたいからメンバーに入れてほしいと言っているわけじゃない。
本格的に冒険者となり、強くなって、誰かを守れるような戦士になりたい。その気持ちを忘れたわけじゃない。
「でも、俺は強くなりたいです。迷惑かけないようになったら一緒に冒険にも行きたいです」
「…………」
トリスタンさんは何も返事をしてくれなかったが、その目は優しさに溢れているように見えた。
「そうか。なら、俺が稽古をつけよう」
「え!?」
俺をあざ笑うでもなく、止めるでもなく、トリスタンさんは俺の気持ちを汲み取ってくれた。
「いいんですか……?」
「あぁ。だが厳しいのは覚悟してくれ」
「……はい! 頑張ります!」
「いい心意気だ」
そう言ってトリスタンさんは膝をつけてしゃがみ、俺の頭を撫でてくれた。なんて美丈夫なんだろう。俺が女だったら間違いなく惚れていたな。
「ならば明日さっそく朝からトレーニングだ」
「はい」
「朝、俺の部屋を訪ねてくれ」
「わかりました!」
白い騎士は淡々と俺に予定を伝えた。こうして俺は稽古をつけてもらえることになった。
願ってもないチャンスがきた。
それにしても何故こうも俺のことを気にかけてくれるのだろうか。
そういえば俺の能力値の悲惨さについてはまだ伝えていなかった。
幻滅されるだろうか……。
トリスタンさんも俺のどうしようもないステータスを見て「これでは何もできないじゃないか」と諦めてしまうだろうか。
そう思いながらも結局、言い出せなかった。
魔力ゼロのガキ。
判断としてはアルフレッドさんが正しいのは言うまでもないが。
俺はいろんな複雑な感情を抱えながらも、トリスタンさんの部屋から去っていつもの寝床であるリンジーの椅子に戻っていった。