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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第2幕 第3場 ―神秘の力―
79/322

Episode66 重たい剣の呻り


     ◆



 燃え盛る体。全身を爛れさせようと襲い掛かる炎の渦中。

 遠い、遠い過去の日々を思い出した。

 それは俺がまだ、ただの子どもだったときの話だ。

 魔獣グリズリーとの死闘の末、リベルタというパーティーに入隊が認められてすぐの頃の話。

 これは俺の走馬灯だろうか。


「おい、ジャック……犬っころにそんな手間取ってるようじゃダンジョンに連れてってやれねぇよ」


 赤毛の戦士アルフレッドは両手を腰について呆れたように声をなげかけた。


「だって……! こんな早い敵ついていけないよ!」


 ダイアウルフと対峙しながらも、俺は言い訳をした。

 この頃はまだ戦いなんてド素人だった。まだ10歳の少年の頃の話だ。アジトがある長閑な町から都会へ向かう街道の途中、旅人はよく大型なオオカ(ダイアウルフ)ミに襲われる。冒険者はいつでも逃げられるように安全マージンを確保しながら平原で狩りをするのが初心者の基本だ。

 アルフレッドは俺の教育のためにわざわざ低レベルの戦いに付き合ってくれている。

 もう一人、最速の暗殺剣ソニックアイを得意とする白い剣士も一緒に来てくれた。


「ジャック……敵が動いてから目で追うんじゃない。相手の動きを予測しろ」


 俺に剣術を教えてくれた優しい剣士だ。

 そうだ、彼の名前はトリスタン。稽古は厳しかったが、優しさと愛情は感じていた。その愛情に答えようと、当時、俺は必死に頑張っていた。


「ちくしょう……!」


 俺に与えられた得物は短剣だった。10歳の子どもに扱える武器はそれくらいしかなかった。

 他2人のベテランが一撃でダイアウルフを葬る中、長い長い戦いの末に一匹しか狩れない俺。

 悔しかった。

 この2人に追いつくまでの道のりは遠すぎる。

 2人は18歳だというが、俺が同い年になる頃に、ここまでの実力を持っていられるとは到底思えない。



     …



 アジトで夕飯作りのお手伝い。栗色の毛を二つにおさげにしたお姉さんが俺に指示をしてパーティーメンバーの食事を作っていた。

 彼女は……リンジー。

 俺を守ってくれた人だ。

 生きる事の大切さや意味、直接口で教えてくれることはなかったけど、彼女からの愛情や優しさに触れているうちに、俺は希望を取り戻せた。

 リンジーを見ていると俺もしっかり生きようと思えてくる。

 そんな人だった。

 家族に捨てられ、理想と現実の差に絶望して息絶えるとき、俺に希望を与えた彼女こそ、本当の女神に見えた。

 そんな彼女はのんびりと、火魔法を使ってフライパンで料理をしている。


「ジャック、みんなを呼んできて」

「うん」

「みんな家にいると思うけど……たぶんアルフィは裏庭かな?」


 俺はアルフレッドを呼びに、アジトの裏庭へ出ていった。もう日も暮れて、外もだいぶ暗くなっていた。薄闇の中、目立つ赤毛が遠くの方で1人で何かしている。

 その男は裏庭の原っぱで座禅を組んでいた。胡坐を掻くように座り込み、精神を集中させているようだ。少し肌寒くなってきたというのに上裸で、惜しげもなくそのバキバキの筋肉を魅せてくる。


「フレッド! ご飯だってっ!」


 声をかけても返事がない。近づくと、アルフレッドは目を瞑って、地面に置いたドデカい大剣に手を当てている。


「フレッド、なにしてるの?」


 俺が近くで声をかけると、アルフレッドはゆっくりと開眼してからその赤い魔力を大剣に伝えた。片手でグリップを握りしめ、片手で刀身を支え、その剣を水平に持ち上げた。



「―――(うな)れ」



 その命令とともに、大剣には炎が纏った。赤い赤い炎だった。その炎が揺らめく様は、アルフレッドの呪いの毛ともまるで同じ物に見えた。薄闇に赤い光源が揺らめいている。その炎は徐々に勢いを上げ、放射音を周囲に散らした。

 アルフレッドは炎の刀身を手で支えているというのに、まるで熱がっている様子はない。


 俺はしばらくその光景に見惚れていた。

 欲しいとも思った。

 炎の刀剣、これがあれば俺にだってダイアウルフくらい一撃で倒せそうだ。アルフレッドは集中を解き、その剣に対する炎の纏着を終わらせた。そして立ち上がり、俺を見下ろした。


「ジャック、悪いな。あとで行くとリンジーに伝えといてくれ」

「あ、あぁ……というか、その剣すごい! 俺も欲しいよ! どうやってやってるの?」


 俺は羨望の眼差しを向けた。


「こいつか? こいつは名剣ボルカニック・ボルガ! 俺の勲章よぉ!」


 アルフレッドは大剣を軽々と持ち上げてみせた。

 勲章! その単語に惹かれずにはいられない。


「アルフレッドの勲章? 俺もいつか欲しいな!」

「ははっ、それは無理だ」

「えー、なんでだよ!」


 俺はアルフレッドの独占にケチつけた。


「俺だってそれがあればダイアウルフくらい一撃で倒してやるのにっ」

「甘ぇな。これは俺みてぇな炎に愛された男にしか似合わねえ剣なんだよ」

「なんだよ、ケチぃ」


 俺はふんっと生意気にアルフレッドを振り切って、アジトに帰ろうとした。夕闇の世界に、赤毛の男がふっと吐息を漏らした気がした。それは俺に呆れて嘲笑したんだと勘違いした。

 でもどうやら違うみたいだ。


「お前がいつか立派な戦士になったらくれてやってもいいぜ?」


 アルフレッドは俺の背に向けて言い放った。

 それを聞いて俺は嬉々として振り返り、喜びのあまりに万歳した。


「本当に?! やったー!」

「でもその代わり約束しろ。この剣は、仲間を守るために使うってな」

「もちろん!」

「"重たい剣"だぜ? 仲間を守る武器ってのはよ」


 アルフレッドのそのときの言葉の本当の意味を、俺は聞き流していたのかもしれない。大事な愛剣をくれるという約束が、リーダーに認めてもらっているという喜びに置き換わって、完全に舞い上がっていたからだ。


 ……仲間を守る武器ってのは、重たいんだ。



     ◆



 俺はすべてを思い出した。

 自分が何者であるのか、どうしてここにいるのかを。

 死が目前に迫ったとき、俺の頭のブラックボックスはその刺激で解放されたようだ。


「ハッハハハハハハ!! ざまぁねぇよ、アルフレッドの子分がッ!」


 死は笑っていた。

 焼け爛れる俺の体を見て。

 仲間を守ろうと体を張った俺のことを、笑っていた。

 火竜サラマンドの闘技場。

 マグマ溜りが目下に広がり、大広間の壁という壁からは溶岩がどろどろと垂れ続けた熱気あふれる熱い闘技場だ。

 俺はそんな中で焼かれていた。女神の奇跡による魔力無効の力も、この精霊の紅蓮剣(ボルケーノ)の前では無力だった。


 でも俺は思い出したんだ。

 仲間を守る重い剣のことを。


「…………れ……」


 既に熱さなど眼中にない。

 この炎を俺がなんとかしなければ、後ろで倒れているユースティン、アンファンさん、そして戦況を見守るジーナさんを守ることはできない。


「え? 炎が……?!」


 まだ周囲の声は耳に入る。今のはジーナさんの声だ。

 俺の体はまだ機能している。


「………なれ……」


 俺に襲いかかる炎は、気づけばその揺らめきを不自然に方向転換して右腕に寄り集まってきた。

 それは俺の意思だ。俺がそうさせた。


「お次は何してやがる?! テメェは一体なんなんだ?!」


 サラマンドも困惑して俺に更なる追撃を放つ。


「消え去れよ、人間がぁあ!!!」


 紅蓮剣から放たれる炎はその勢いを増して、再び俺を飲みこんだ。

 その振るわれる炎の剣には、重圧さが足りていない。

 ボルガの力を宿さない、火竜サラマンドのオリジナル武器の紅蓮剣。そこに真性としての重みは圧倒的に不足している。

 あの、赤毛の男が持ち得た、最強の剣。

 ボルカニック・ボルガの重みが足りていない。



「―――――呻れ……!」



 アルフレッドの精神は、あの夕闇に輝く赤い光源は、俺の中で忠実に再現できた。心象抽出は複製の技なんかじゃない。

 俺のイメージを形にするんだ。


 故に、材質は炎。

 あの輝きには、赤い光源が必要だ。

 あの揺らめく炎、夕闇の中を照らす輝きが。

 だから土や木材如きじゃ作りえない。燃え盛る炎の闘志が材料なんだ。これまでの複製トレーニングで形にできなかったのは、材料を間違えていたから。


「お前……ボルカニック・ボルガを……」


 材質は紅蓮剣(ボルケーノ)

 襲い掛かる火炎の渦は、とぐろを巻いて俺の右腕へと纏わりつき、まるで配下のように手先へと凝集した。焼け爛れていた俺の体はその纏わりつく炎が引いていくのに合わせて自己修復されていった。


「あぁぁぁあああ!!!」


 手先からは"重たい剣"が精製された。

 仲間を守るために使えよと、リーダーから仰せ遣った熱い剣だ。

 アルフレッドが作った"偽エクスカリバー"を思い出す。あのときと同じように名付けるなら、これは、偽ボルカニック・ボルガか。

 偽エクスカリバーのときもそうだ。

 偽物でも、悪は倒せる。


「こいつ……俺様の神秘の(ボルガ)力を……精製しやがった……!?」


 戦闘狂は、その狂った戦意を初めて萎縮させた。それはサラマンドなりの悲鳴なのかもしれない。

 だけど、俺は容赦なんてしない。

 偽ボルカニック・ボルガの心象抽出と同時に、アルフレッドの闘志までその身に宿したみたいだ。手先から巻き起こる炎で出来た剣は、俺の闘志を反映させてより放射量を上げ、乱暴な轟音を周囲に散らしていた。

 まさに"呻り"をあげていた。


「くらいやがれぇぇえええ!!」


 俺はその剣を振り被り、渾身の力を振り絞って一閃振るった。

 この剣の力は知っている。

 振るえば炎が舞い上がる。

 それはサラマンドの持つ"紅蓮剣"と用途は似ている。


「そんな贋作如きで俺の剣に敵うわけねぇだろうがッ! ウガァァァアアアアア!!」


 サラマンドの雄叫びにはさっきまでの怒り、憎しみに加えて、焦りも混じっているように感じられた。


「ああああああ!!」

「アアアアアア!!」


 「炎の剣(ボルカニック)」と「炎の剣(ボルケーノ)」が同時に火炎を放射する。

 その威力は一見して互角。火炎の塊同士はぶつかり合い、その闘志を拮抗させ合った。剣先から放射され続ける炎の蛇がお互いを食い合うようにぶつかっている。


「くそ……っ! なんでこんなガキに俺様が……! 死ねやぁああ!!」


 サラマンドはさらに怒りを増幅させた。それと同時に火の勢いも強まる。

 向かい来るは巨大な火災旋風。それが俺を飲みこもうとしている。


「ロストさん!」



 ――――ジャックのばかっ!


 ちょっと前の記憶だ。

 後ろに立つ茶髪の魔術師の声が、リンジーの影に重なった。リンジーがメラーナ洞窟で俺を守ってくれた時、その顔に安堵と涙と怒りの表情が含まれていた。俺を守ろうと必死だったからだ。

 今度は俺がみんなを守る番なんだ。


「負けねぇぇぇぇえええ!!」


 俺は再度、力を振り絞った。右腕の"勲章"が俺が作りあげた偽ボルカニック・ボルガに呼応してエネルギーを与えてくれた。


「あ……俺様の……炎が………ぐ……」


 それは火の賢者にとって屈辱でしかなかっただろう。自分の土俵で競った結果がこれなのだ。得意分野で張り合っている時点で、サラマンドの負けは確定していた。

 炎の競り合いはついに終焉を迎える。

 俺の燃え盛る闘志は、サラマンドの炎を巻き返し、その勢いをすべて飲みこんでサラマンドへと襲い掛かった。


「……ぐ、ぁ、あぁあぁあああ!!」


 放たれた炎のベクトルはすべてサラマンドに集中して火竜を飲みこむ。

 レッドドラゴンと言えど、自身の限界を超えた炎に耐えきることは出来なかったようだ。その身を散らし、炎が通過して霧散した後は、そこに美少女の影も、レッドドラゴンの影もなくなっていた。

 その光景を見て、俺の偽ボルカニック・ボルガも元から無かったかのように霧散して消えた。


 俺の勝ちだ。

 フレッド、厄介な面倒事を残しやがって……。

 後始末は済ませたよ……。

 力を使い過ぎた反動なのか、俺は姿勢を維持する力もなくなり、その場に倒れ込んだ。ちらりと見たが、後ろの3人は無事なようだ。


「ロストさん、大丈夫ですか?!」


 守りきれた。仲間を守るって本当に重たい事なんだな……。

 瞼も重たい。

 そのまま意識も失った。



     ○



 気づいたときには、俺は魔族の村の宿にいた。

 ベッドで寝ていたようだ。

 突如として訪れる平穏に、頭が混乱する。


「あ……れ……?」

「ジャーーック! 意識が戻ったのねっ」


 あれだけ俺の侵入を拒んでいた魔族村だったのに、なぜ俺を村へと入れてくれたのか。それは俺の目覚めとともに飛び込んできたアイリーンとユースティンの2人に教えてもらった。

 その他、俺が気を失っているときに起こった事も含めて。


 俺が意識を失ったあと、ユースティンが復活した。ユースティンが俺を、ジーナさんがアンファンさんを担ぐような形でバイラ火山から下山してくれたようだ。

 下山中にアンファンさんも意識を取戻し、あとは俺を運んでくれて魔族の村へと無事に戻ってこれたらしい。

 魔族の村人たちは俺が村へ入ることを最初拒否したようだが、事情を話した途端、魔族たちは手のひら返したように俺を受け入れ、むしろ丁重に扱い始めたらしい。

 昔から、魔族たちはレッドドラゴンであるサラマンドを怖れていた。

 サラマンドがバイラ火山に住みつくようになってからもう数百年。そんな昔から、彼女が一暴れする度、バイラ火山は火口から咆哮をあげて噴火が起こっていたそうだ。

 それよりもずっと昔からバイラ火山の麓に住んでいた魔族たちは、サラマンドを忌避したかったというのは言うまでもない。

 それを打ち倒した俺は、もはや魔族からすれば英雄扱いというわけらしい。英雄は手厚く持て成すのがどんな民族でも共通のオモテナシ概念だろう。そんなわけで普通に魔族の村の一級宿で休ませてもらうことになった。


「ロスト、今回は僕と父が、足を引っ張ってしまった。すまない……」

「いや、そんなことないよ。2人ともやっぱり凄い」

「……? なんか返事がロストっぽくないな」


 記憶を取り戻した今、以前はどんな風に俺が人と会話してたか思い出した。そんなに劇的に口調が変わったとも思ってないが、ユースティンにとっては違和感を感じるくらいには思ったようだ。


「昔の記憶を思い出したんだ」

「え?!」


 反応したのはアイリーンだった。


「あぁ、思い出した……アイリーンの事も、リベルタのみんなのことも……」

「じゃあ、わたしと過ごした夜のことも?!」

「そんな誤解されるような事言うなよっ!」


 そこにシュっと一本の妬心が俺とアイリーンの間を裂くように、布団へと突き刺さった。

 矢だ。

 続いて部屋の入り口から姿を現したのは青い髪に金髪のジト目をした半妖精だった。


「………シアか」

「ロストさんの意識が戻ったと聞いたので」

「また失うとこだったけどな」

「気のせいというやつです」


 そして、今回キーアイテムとなった短剣をくれたウォーブル。

 シアが通訳してくれて分かったことだ。

 彼は5年前に訪れた冒険者たち、リベルタの5人に助けてもらった事があるらしい。

 彼は火山噴火の被害にあってウォーブルの妻は死に、その復讐のためにバイラ火山に単独で潜入した。ティースヘッドにやられそうになっている所を、シュヴァリエ・ド・リベルタの5人が助けたようだ。

 リベルタの面々は火竜サラマンドをチームワークで往なし、秘宝ボルカニック・ボルガを奪取。

 サラマンドとアルフレッドはそのとき、何かの約束をして見逃してもらったらしいが、この辺りの情報は当事者がいないから確認しようがない。アザリーグラードへ帰ったらリズにでも聞いてみてもいいかもしれない。

 そして、ウォーブルは恩を忘れないために何か物を乞うた。

 これは魔族の習慣だそうだ。

 貴方たちの恩は忘れないです、とアピールするために、敢えて物を交換しあうのがマナーだとか。

 そしてトリスタンから短剣を貰い、ウォーブルはずっと肌身離さずそれを持っていた。

 俺の剣術を見たとき、トリスタンの剣技と似ていたのを見て、ウォーブルは俺をリベルタのメンバーと見極めたらしい。

 剣術だけでそんなこと分かるか、と思うが、長生きな魔族は同族を見破る能力が備わっていて、実際にそういうスキルがある。



     …



 その夜の、宿での晩餐のとき。

 相変わらず、俺とシアとアイリーンとユースティンの4人だった。

 アンファンさん、ジーナさんは何か仕事があるようで、晩御飯を早めに食べてどこかへ行ってしまった。結局、アンファンさんからも謝罪されたが、ボルカニック・ボルガを複製して見せたという話を聞いて、謝罪よりもむしろそっちに関心が高い様子だった。

 ストライド家の執事とメイドのダヴィさんとリオナさんは、気を遣ってくれて遅めの夕飯を取るそうだ。

 リオナさんも俺の記憶が戻ったと聞いて「また女装でもしますか?」と俺をからかってきた。ジャクリーンだったときの記憶も思い出して恥ずかしさのあまりにまた記憶を失ってしまいたくなる。

 だがその姿を知っているアイリーンは全く気にしていない様子だった。

 シアが思い出したように口を開く。


「記憶が取り戻せてよかったですね、ロストさん……えーっと、このままロストさんでもいいんでしょうか?」


 と、シアは首を傾げて俺に問いかける。

 あざとい。

 可愛い。

 その無垢なキョトンとした顔で首傾げてくるのが相変わらずたまらない。


「あぁ、なんとでも呼んで――――」

「ダメに決まってるじゃないっ! ジャックはジャックなんだからっ!」


 そこにアイリーンが対抗する。


「では、ジャックロストさんでいきましょう」

「それじゃあ西国に伝わる霜の妖精と名前が被ってしまう。この際、さらに改名してしまうのはどうだ?」


 ユースティンが口を挟んだ。


「ジャックでいいじゃない!」

「いや、ここは正義感を出すためにジャスティスにするべきだ」

「では、ジャスティストさんでいきましょう」


 シアがさらに纏めようと付け加える。 


「なんでトを付けるのよっ! トをっ!」

「ロストさんは最後にトがつくイメージです」

「それは貴方が変な名前つけて愛着わいたからでしょっ!」

「ロスト・ジャスティス……失われた正義のために戦う戦士……!」

「だから元はジャックだったって言うのを忘れないでよっ」


 アイリーンとシアとユースティンは勝手に俺の命名で盛り上がっていた。

 アイリーンは「ジャック」を主張し続け、シアは最後に何でも「ト」を付けたがり、ユースティンは「ジャスティス」「インフィニット」「ダークネス」「アブソリュート」を付けたがった。

 この流れは、暗黒覚醒チーズパンの時と同様で、絶対良い事が起こらない。

 最終的に、挙げられた言葉をすべて混ぜる方式が採用され、「ジャックネス・アブスティニット」という名前が採用されたが、明日の朝には誰も覚えていないことだろう。


 そもそも俺の名前は、そこに挙げられたどれでもない。

 俺の大元の名前は、イザイア・オルドリッジ・サードジュニアだ。

 ラウダ大陸で名を馳せた大魔術師イザイア・オルドリッジの三番目の息子……。

 俺はジャックである以前の記憶もすべて思い出していた。

 忌まわしき過去だが、その影はどこにでもついて回る。

 なぜ俺の父親はあんなに俺の事を邪見に扱ったのだろう。アンファン、ユースティン親子の様子を見たり、シアが父の手紙を読んで泣いている姿を見て、やはり父性というものの正体が気になっている。

 落ち着いたら、ラウダ大陸に会いにいきたい

 今の俺ならその程度の度胸はある。


「まったく、俺様からしたらバカげてやがるなぁ」

「ん?!」

「名前なんてどうだっていい事だぜ」


 どこからか不穏な空気を纏った暴言が、食卓に吐きつけられた。

 俺"様"?

 しかもその声は、俺が意識を失う前にガチンコで命のやり取りをしたドラゴン美少女の声と瓜二つだった。


「サラマンド?!」

「おうよ。ここだ、ここ」


 どこだ?

 静まり返った宿の食卓テーブル。そこに一つの違和感があった。

 その違和感の正体は俺の向かいに座るシアの肩にあった。


「ここだ」


 シアの肩の上に赤いトカゲがいた。青い髪の横にいるその赤はとても目立つ。トカゲは前足を上げて、「よっ」みたいな風に俺に意志疎通を図った。

 その様子はただの動物でしかない。

 バイラダンジョンで見かけたレッドドラゴンとしての悍ましさも、美少女化して奮ったあの威勢も、どこにもなかった。


「シア、そのトカゲは何だ?!」

「これですか? この子はサラちゃん。ペットです」


 俺は驚きのあまりに立ち上がり、椅子を後ろに倒して身を引いた。

 さも当然のように赤トカゲの顎を撫でるシア・ランドール。

 ペットです? サラちゃん?

 今、火の賢者にして五大精霊のことをペットです、と。


「いや、ペットなわけねぇだろ! そもそも今喋ってたし、返事もしたぞっ!」

「気のせいというやつです」

「そうだ、お前の気のせいだ。気にすんじゃねぇ」

「気のせいじゃねぇよ、今喋ったし!」


 俺一人だけあまりにも取り乱していた。

 いや、というか他3人が取り乱さない方がおかしい。この赤トカゲの正体はレッドドラゴン、火の賢者サラマンドだぞ。俺はこいつに殺されかけて、しかもそれを何とか返り討ちにあって殺したはずなんだぞ。

 それがトカゲの姿になって舞い戻った?

 意味が分からない。


「お前のせいで精霊としての力の大半が無くなってこんな風になっちまったんだ」

「お、おう……そうか……」


 どんな理由を言われても、殺し合いした仲で真っ当に話し合いできる方がおかしいだろ。詳しく話を聞いてみると、俺との戦いに敗れた後、赤いトカゲとしてサラマンドは姿を変えてしまった。冷酷に殺してしまおうと思った魔術師ジーナさんだったが、慈愛の心が働いたのか、一緒に連れていくことにしたのだった。


「バイラ火山にいる理由もねぇし、俺様も退屈だった。お前らと一緒に行動しようじゃねぇか」

「だからなんでだよ!」

「お前が面白い奴だと思ったからだ」


 あんなに人間如きがーとか死ねやーとか憎々しく暴言していた仇敵に対して、今度は面白い奴だ?

 頭おかしい。

 5大賢者ってやっぱり頭おかしいぞ。


「そういうわけだからよろしく頼むぞ、ジャックネス・アブスティニット」

「そんな名前じゃねぇよ!」


 まぁ、敵意も無さそうだし大丈夫か。

 そんなトカゲの姿なら騙し討ちしようもないだろうし、もしまた猛威を振るいだしたらぶっ飛ばしてやればいい。



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